59話 2章エピローグ そしていつもの日常へ
二日後の朝、ようやく退院した俺は学校に向かう前に駅前に来ていた。
時間は八時前、朝のホームルームが始まるのが八時半からだから、ここから学校までは二十分ほどで着くため時間的に余裕はある。
ここでは人を待っている。
駅を利用する人混みを眺めながら待っていると、目的の人物が現れた。
「おはようございます、司君」
黄色の髪をセミロングにし、緑の瞳を俺に向ける美少女――並木ゆず。
別に俺とゆずは恋愛関係にあるわけではない。
俺は魔導少女である彼女の日常指導係を担っている。
「おう、おはよう土日を挟んだとはいえ入院中の課題とか見て貰って悪かったな」
「いえ、私も勉強になりましたし、また司君とこうして会話をしながら登校できるようになって嬉しいです」
先週はゆずが俺を避けだすという事態が起きたものの、はぐれに遭遇してからは以前の距離に……いや多分それ以上になっている。
「あ、それ……」
俺はゆずの右手首にあるものに気が付いた。
ゆずの右手首には、俺がゆずにお守りとして渡したミサンガが身に付けられていた。
「……お守りですから、普段から身に着けないといけませんよね?」
「……あ、ああ、そう……それは、そうだけど……」
なるほど、こうして大事に使ってくれると。人へ贈り物を送るというのはかなり嬉しいことだとわかった。
「司君、体の調子はどうでしょうか?」
「ああ、激しい動きをしなければ特に問題はないって芦川先生に言われているよ」
「ふむ……まだ全快ではないということですか……少しでも回復を早める方法がありますが、どうでしょうか?」
「おお、そんな方法が……頼んでもいいか?」
「はい。ではまず、左手を出してください」
「これでいいか?」
俺は左手を出して、ゆずの右手と手を繋いだ。
おぅ、相変わらずすべすべだな……。
「で、どうするんだ……ってどうした?」
「い、いえ、なんでもありません!」
「そ、そっか……」
手を繋いだ瞬間、ゆずが顔を赤くしていた。
またやらかしを積んだことに気付いた俺は、それ以上は聞かないことにした。
「こ、これから司君の魔力を巡回させて、自己治癒力を促進させます。そうすることで僅かですが、筋肉痛の回復も見込めます」
「おぉ、なんか元気の源的なのが体中を駆け巡りだした……!」
マッサージの血流促進みたいで気持ちいい。
ここ最近ずっと思ってたけど、魔力持ちに生まれて良かった。
「……司君は私以外の女の子と手を繋いだりすることがあるんですか?」
「いいや、小さい時くらいでここ最近じゃゆずとしか手を繋いでないぞ」
突然の質問に驚きはしたものの、素直に答える。
俺の答えにゆずは嬉しそうに微笑みだした。
「ふふ、そうですか、よかったです」
「? なにがだ?」
そう聞き返すとゆずが頭に〝?〟を浮かべてきょとんとする。
いや、そんな可愛い顔されてもこっちもわからんって……。
「どうして〝よかった〟のでしょうか?」
あー、ゆずさんわからないんでしたねー。
俺は今やっとわかったけど……。
ここで答えたら藪蛇だろうな……はぐらかそう。
「俺に聞かれても……」
「そうですよね、すみません……」
ゆずがそう謝るが、依然としてよかった理由が気になるようだ。
……。
……。
ああー!! モヤモヤするー!!
俺も変に意識してきちゃった。
ゆずと手を繋いでいる左手、手汗とか大丈夫か?
「……」
「……」
会話が出ねぇ……。
そうやって二人して黙っていると、メシアが現れた。
「おはよ~二人とも、朝からなんか妙な空気になってるわね、どうかしたの?」
「おはようございます、鈴花ちゃん。実はですね、何が〝よかった〟のか分からなくて悩んでいたのです」
「……なにが?」
「待てゆず、それじゃ分からん……。えっとな、ゆずがちょっとでも俺の筋肉痛を解消するために手を繋がないか提案されて、手を繋いだんだが、他の女子とも手を繋ぐことがあるのか? って聞くからここ最近じゃゆずだけだって答えたら、ゆずが〝よかった〟って言うんだよ、それで何が〝よかった〟のかなんて俺も分からないからどうしたもんかと……」
「うん、あんたらが無駄に相性いいことしか伝わらないけど、それ単純に司が女子なら誰彼構わず手を繋いだりしないって安心したからでしょ?」
鈴花が呆れたように言う答えを俺とゆずは反芻する
数秒の沈黙ののち、俺は頭を抱えたくなった。
うわあああああ恥ずい!!
めっっちゃ恥ずい!!
ちょっとゆずさん!?
なんでちょっと独占欲露わにしてるんだ!?
うああ、顔が熱い……今日は日中気温そこまで高くならないって天気予報で言ってたのに、なんか顔がものすごく熱い!!
おおう!?
しかもゆずも顔が赤い!?
ボスッ! ボスッ!
顔合わせ辛いよこれ!
畜生何がメシアだよ!
なんかギクシャクし出したじゃねえか!
ボスンッ! ボスンッ!
うん、取り敢えずこのまま手を繋ぐのはいけない気がする。
「なあ……ゆず、嫌なら、手……離そうか?」
俺がそう聞くとゆずは顔を勢いよく左右に振って拒否する。
そして顔を赤くして俯いたままこういう。
「こ……このままのほうが安心します」
うわぁ可愛い……美少女にこんなこと言われたらどうすれば……あ、手を離す必要は無かったんだ。
ボッス! ボッス!
「さっきからボスボスうるせぇよ!! なに鞄殴ってんだよ!!」
なんかボスボス聞こえると思ったら鈴花が鞄を殴っていた。
本当になにしてんだ……!?
「目の前でお若い男女がいちゃいちゃいちゃいちゃするもんだから、このやり場のないどす黒い何かを拳に込めて、鞄を殴ることで二人に被害が及ばないようにしてるのよ、感謝しなさい」
すまん、ゆずの無自覚な好意に付き合わせて本当にすまん。
「せめてその騒音が無けりゃ素直に感謝出来たよ……」
「あ、あの、鈴花ちゃんなら司君と手を繋いでも大丈夫ですよ?」
「え? それ俺じゃなくてゆずが判断することなのか?」
「え?」
「え?」
俺とゆずはしばらく目を合わせたあと、同時に顔をボンっと赤くさせて互いに顔を逸らした。
「あ……い、いえ……その……忘れて下さい……」
「お……おう……」
「うがあああああ!! 人は何故朝っぱらからこんないちゃつけるんでしょうかあああああ!?」
だからうるせえよ!!
連休明けだというのにあまり変わらない俺達は近所迷惑にならない程度にはしゃぎながら登校した。
学校では、ゆずの下駄箱にラブレター四通入っていたり、俺とゆずの距離が戻ったことに男子達が絶望し、女子達が歓喜したり、今日もまた騒がしくもかけがえないの日常を過ごしていく。
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