58話 魔法少女が好きな理由、魔導少女になった理由


 河川敷でのはぐれ唖喰に遭遇した翌日、俺は病院のベッドの上にいた。

 

 何もさっきまで寝ていたわけじゃない。

 ゆずがカオスイーター達をあっさり倒したあと、俺は緊張の糸が切れて気を失ったんだが、日付が変わらないうちに目を覚ましたのだ。


 じゃあなんで病院のベッドで横になっているのかというと……。


「いや~ホンマに堪忍なぁ~つっちー」

「季奈が謝ることじゃないって、あの状況じゃ仕方ないだろ」

「そんでもつっちーに無茶さすなー! ってゆずに大目玉食らったんやで?」

「当然です。本来身体強化術式は徐々に出力を引き上げていくものなのに、いきなり最大出力にしてしまったら司君の体に悪影響が起きるに決まっています。和良望さんならその辺りもしっかり注意されていると思っていたのですが……」

「いくら魔力が操れないからって筋トレの一つや二つやってこなかった司にも原因はあるでしょ? そうじゃなかったら……」


 季奈、ゆず、鈴花が順に話していき、鈴花が途中で言葉を切って俺を現状を告げる。

 季奈は魔力切れを起こしたが、俺と同じようにその日のうちに動けるまでに回復したようだった。

 さずが魔導少女……鍛え方が違うな。


「筋肉痛で指先一つ動かすのに苦痛が伴うなんてことにはならないでしょうに……」


 はい、鈴花が言った通り俺が病院のベッドで未だ動けないでいるのは筋肉痛のせいです。


 原因は言わずもがな季奈が俺に施した身体強化術式だ。

 あの時の万能感は凄まじかったが、当然代償というべきものは存在していた。


 いくら火急とはいえ、本来は徐々に効果を高めて体を慣らしたうえで使用するのがあの術式なのだが、季奈が俺に施した時はその過程を無視して一気に百パーセントで発動させたために、俺はこうして筋肉痛を引き起こしてベッドで横になっているわけだ。


 前にゆずから受けた授業で聞いていたとはいえ、あの切羽詰まった状況で後のことに気を配っている余裕はなかったため、こうなっても仕方なかったんだけどな。


「全身筋肉痛がこんなにもキツイとか思いもしなかったよ……」


 正直喋るだけでも体に響いて筋肉が悲鳴を上げている。

 とはいえ何度も言うが、あの危機的状況では仕方がないため、誰が悪いかと言えば唖喰が全部悪いで済む話だ。


 が、ゆずは俺がこうなったことに大変不満らしい。


「ごめんなさい司君、治癒術式では筋肉痛を治せないんです……」

「ゆずのせいじゃないって、悪いのは俺と季奈を襲ったはぐれ唖喰だってことで済んだ話だろ?」

「それでも〝術式の匠〟である和良望さんなら司君がこんな状態にならずに済む手段を取ることだって出来たはずで……」

「あ~、後悔先立たずっていうでしょ? 季奈が魔力切れを起こしてまで司の命を守り通したってことに感謝こそすれどそのことでネチネチ不満を言ってもしょうがないって」

「うぅ……」


 ゆずが鈴花に言い負かされた……。

 まぁたらればを語っても仕方ないだろう。


「俺だってもう気にしてないしさ、ゆずと季奈のおかげで俺は筋肉痛だけで済んだってことでいいだろ?」

「……司君がそういうのなら……」


 しぶしぶだがゆずはそう言って引き下がった。

 そういえばいつの間にかゆずとの距離が戻った気がする。

 はぐれに遭遇したから心配をかけたからだろうな……。


「あ、ごめん司、アタシと季奈はこれから用事があるからそろそろ行くね」

「お大事にな~つっちー、ほなな~」


 そう言って鈴花と季奈が病室から出て行った。

 ちなみに俺が入院している部屋は個室じゃなくて4人部屋だから、他の三人のおじさんお兄さんが〝なんであいつには美少女三人がお見舞いに来るんだ!?〟と嫉妬と羨望の視線を浴びている。

 

 もうここまで来ると怖いというより、優越感が勝ってくる。

 フーハッハッハッハ、羨ましかろう!!


 まあ間違っても顔と声には出さないけど。


 そうして鈴花と季奈が出て行ったことで、俺とゆずの間に無言の空間が形成された。

 なんて声を掛けようか考えていると、ゆずの方から話しかけられた。


「……久しぶりに二人きりですね」

「……お、おう」


 ゆずが突然ドキリとすること言うものだからちょっと素っ気ない返事が出てしまった。

 そう、こうして二人きりになるのは本当に久しぶりだった。


「……」

「……」


 また沈黙が続く。

 けれど避けられていた時の沈黙と違って気まずい感じはなくて、あるのは妙な気恥しさだけだ。


「あの……」


 ゆずが口を開いた。

 

「私……司君に聞きたいことがあります」

 

 ゆずはとても真剣な眼差しで俺を見る。


「あまり人には聞かれたくありませんので……防御術式発動、防音結界」


 ゆずが小声で術式を発動させた。防音結界は外で唖喰や魔導の話をする場合、どうしても人目を避けられない時に使うものだ。

 それを使うっていうことは……聞きたいことというのは唖喰関連か? 

 こんな風になるなら関わらないほうが良いって言うつもりなのだろうか……。


 俺が緊張を張り巡らせていると、ゆずの口が開く。そして訊ねられた質問は……。


「司君は……どうして魔法少女が好きになったのですか?」

「……へ?」


 あれ? 凄く真剣な顔をするからてっきり唖喰関連だとばかり思ってたら、俺が魔法少女オタクになった理由を聞きたかったってことなのか?


 俺がそうやって戸惑っている間にゆずは顔を赤くしながらどうしてそれを知りたいかを話し出した。


「その……ですね、司君と和良望さんがはぐれに襲われて、その救助に向かっている際にですね、よくよく考えると私は司君のことを、今まで司君が見せてくれた部分しか知らないということに気付きまして……その、二人を無事に助け出せたら、まず聞きたいことが魔法少女を好きになった理由というわけでして……」

「……ぶっくく……」

「えっ!? どうして笑うのですか!?」


 理由を話すゆずの頬が赤いままワタワタと言葉を捲し立てる姿をみて、俺は思わず笑いだしてしまった。


「ど、どうしてって……ゆずの動きが可愛かったから……あ」


 しまった、ついポロリと本音が……。

 でもゆずなら〝またですか?〟とか言って流しそう……。


「か……かわっ!!?」


 当のゆずの反応は顔をリンゴのように真っ赤にして、プルプルと震えていた。

 それは今までに比べて明らかに動揺していた。


「ゆ、ゆず? なんか様子が……」

「はっ! い、いえ! 大丈夫……です……」


 なんとか落ち着きを取り戻したゆずは話を続ける。


「ゴホン、とにかくそういった過程を経てまして、司君が魔法少女を好きになった理由を知りたいという結論に至りました」

「……言いたいことは分かったけど、好きな食べ物とかじゃなくて魔法少女を好きになった理由ときたか……」


 微妙にテンプレから外れるのがゆずクオリティとはいえ、これでは締まらない感じがする。

 俺の言葉をゆずは疑問に思ったらしく、首を傾げながら言う。


「司君が一番好きなものを一番初めに知りたいと思うことに何か問題があるのでしょうか?」

「も、問題は……ないけどさ……」


 どうしたんだゆず!? 

 さっきまでワタワタしたり急にドキリとさせられるようなこと言ったり、なんだか思わせぶりな言動が増えてません!?


 これ、自分の気持ちを自覚したのか?

 だとしたらさっきの可愛い発言もやらかし認定になるわけだけど……詳細が聞けないのがもどかしい……。


「もしかして、ここ数日私が司君を避けていたことを怒っていからでしょうか……?」

「え、いやいや、そんなことはないけどさ……大丈夫なのか?」


 丁度考えていたことを怒っているのかと指摘されて驚いたけど、せっかくなので流れに乗って聞いてみることにした。


「……はい、今も司君と話していると何故かドキドキして落ち着きませんが、この気持ちのせいで司君と距離を開けるより、こうして司君と話せないほうが耐えられないと分かりましたから」


 そう言って満面の笑みを浮かべるゆずに、俺は胸の高鳴りを抑えられなかった。

 やばい、好意の天秤が揺れてる……!

 俺もジゴロ発言が多いほうだけど、ゆずさんも大概じゃないっすかね!?


「そそ、そっか、落としどころを見つけられたようで何よりだよ」

「そうですね……もっと早くこうしていれば良かったと過去の自分に言い聞かせたいくらいですね」


 やめてぇ! 

 これ以上俺の好感度を稼がないでぇ!!


 どうしてこれで無自覚なんですかゆずさぁん!?

 俺も人のこと言えないけど!!


「それで司君、魔法少女を好きになった理由を教えてもらえませんか?」

「え、お、おおう、合点招致でござるぜよ!?」

「どうして忍者と土佐弁が混ざったのですか?」


 よし、本人は何でもないようだから、理由を話そう。

 決して俺一人でドキドキしていたことを悟られたくないからではない。

 ないったらない。


「理由って深いものでもないけどな、小さい頃……五歳くらいの頃に初めて魔法少女のアニメを観たのがきっかけだったよ。普通の五歳児はマスクライダーとか戦隊物みたいな特撮系が主流だったから、当時の俺は浮きに浮きまくっていてな……五歳児にして男友達より女友達のほうが多かったよ」


 まぁ女友達云々は置いといて、魔法少女達の戦う姿に希望を見出したわけだ。


「なるほど、司君の魔法少女好きは筋金入りだというわけですね」

「冷静に分析するような程でもないけど、そういうこと」


 〝パジャ魔女ファソラ〟とか〝カードトレジャーチェリー〟が当時の少女達の間では流行っていたが、当然ゆずは知らなかった。


「司君が五歳の頃といいますと、私は二~三歳ですからその時でしたら両親もので、普通の生活をしていたと思います。そうだとすれば記憶にないだけで見ていたかもしれないですね」


 ゆずがそう苦笑するが、俺の心にはゆずのご両親の話が出てきたが、その中で気になる言葉があった。


「両親が生きていたって、どういうことだ?」

「あ……えっと、その……」


 俺の指摘にゆずはしまったというふうな表情になった。

 その様子に俺は慌てて言い繕った。


「悪い、言いにくいなら無理に言わなくても――」

「――いえ、司君が魔法少女を好きになった理由を話したのですから、この際です……私が魔導少女になった理由をお話します……」

「え、それって……いいのか?」


 期せずして俺が日常指導係になると決めた理由の一端である、ゆずが魔導少女になった理由をここで聞けるとは思わなかった。

 

 でもゆずの様子からしてもう生きていないという言い方をした彼女の両親と関係があることは明らかだ。

 無理に聞きたいことではないため、ゆずに確認をしてみた。


 俺の問いにゆずは悠然とした表情のまま答えた。


「いいんです……私が話したいと思って話すことですから……」

「……分かった。じゃあ、頼んでいいか?」

「……はい」

 

 そうしてゆずは自分の過去を話し始めた。








 並木ゆずは日本人の父親とイギリス人と日本人のハーフの母親の間に生まれたクォーターの少女だ。

 そして幼い頃からあらゆる分野で才能を発揮する神童と呼ばれるほどの才女であり、そのあたりは今のゆずを見れば納得できるところではあった。


 そんな才能と愛らしい容姿を持つ少女は両親の愛情を受け、周囲の称賛を受け、自分が頑張れば両親や周りの大人達は皆喜んでくれる。

 

 齢五歳にしてゆずはそんな周りの期待を裏切らないよう努力を怠らない少女には輝かしい将来が約束されていた。


 

 

 十年前、とある件が起きなければ……。




 それは、ピアノのコンクールの帰りだった。

 隣県の会場で行われたコンクールで見事最優秀賞を獲得したゆずは、車を運転する父親とその父親とゆずの将来を話す母親を後部座席で眺めていた。


 お互いを愛し、自分を愛してくれる両親が大好きなゆずは、幸せな気分だった。


 自宅までの道のりにある山道の途中で、ゆずは両親にあることを頼んだ。


『おとーさん、おかーさん、おトイレに行きたい』


 まだ五歳の少女としては何もおかしくないお願い。

 ゆずの願いを快諾した父親は山道の途中にある休憩所に車を停め、既に一人で排泄を行えるゆずは一人で車から降りてトイレに向かった。


 時間にして五分ほどで用を済ませたゆずが両親の待つ車へと向かうためにトイレに出ると……。




 両親の乗っている車に接近する犬型の怪物がいた。




 当時唖喰という存在を知らなかったゆずでも一目でそいつが異形の怪物だと分かり、咄嗟に両親に逃げるよう叫んだ。


 それと同時にイーターが車へ飛び掛かり……運転席にいたゆずの父親を車の一部毎噛み砕いた。


 その時の父親だった肉塊を咀嚼するイーターの姿は五歳の少女にとってトラウマになってもおかしくないものだった。


 ゆずが目の前で起きていたことに茫然自失としていると、母親がゆずの元へと駆け寄って来た。

 ゆずの父親は魔力を持っていなかったため、唖喰を視認することは出来なかったが、ゆずの母親は魔力持ちだったため、唖喰の脅威を明確に感じ取っていた。


 ゆずの母親は幼いゆずの手を引いて人のいるところへ走る。

 そもそも自分の夫が怪物に食い殺されたのに、自分とゆずの命を優先したことに薄情と思われるかもしれないが、せめて娘だけでも助けようとする母性の証拠だと思えなくもない。


 しかし、一般的な女性の体力と脚力……特にまだ幼いゆずを引き連れては車から早々距離を開けることは難しかった。


 そのためゆずの父親と車だけでは満足しなかったはぐれイーターは、逃げるゆずと母親を追いかけて来た。


 もう助からない。

 そう判断したのか、ゆずの母親はゆずと繋いでいた手を放して、自分は化け物を食い止めるから先に行ってと言った。


『いやだぁ! おとーさんとおかーさんといっしょがいい!!』


 当然まだ五歳のゆずは家族と離れることを拒んだ。

 一人で逃げるより、両親と一緒に居たいとゆずは訴えた。


 幼い一人娘が現状を把握していないのか定かではなかったが、少なくとも自分達と一緒に居たいと望んでくれたことに、ゆずの母親は涙を流したという。


 だがそんな親子の絆を引き裂くように、はぐれイーターは大口を開けて二人を食らおうと飛び掛かってきた。


 咄嗟の判断でゆずの母親は彼女を突き飛ばしたことにより、間一髪ゆずは食われずに済んだが、その代償に彼女の母親はイーターに体のほとんどを噛み付かれた。


 そうして死の間際に、口から吐血するのも関わらず、ゆずにある願いを告げた。


『ゆず……絶対、……に生き……て』


 掠れた声で娘の生を願った母親は、父親と同じように元の姿が分からない程ぐちゃぐちゃに噛み砕かれて死んだ。


『――ぁ、あぁ……』


 その瞬間、ゆずは幼心ながら両親の死を悟った。


『お、とーさ、ん……、おかー、さん……』


 それは小さな少女の心に大きな楔となって打ち付けられた。

 ショックで茫然としていたゆずをも食らおうと、はぐれイーターが肉迫してきた時……。



『いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』



 小さな少女には到底受け止め切れない現実に、ゆずの中で宿っていた膨大な魔力による荒津波のような現象を起こした。


 それはまるでゆずを中心に火山が噴火したような膨大なエネルギーだったという。


 〝魔力暴走〟と呼ばれるこの現象は、感情の爆発によって起きるものだが、強い感情と魔導士でも特筆されるレベルの膨大な魔力量が無ければ発生しない非常に珍しい現象だという。


 現に最高序列第一位であるゆずの魔力量は、まだ五歳の頃でも一般的な魔導士顔負けの量を誇っていたため、それだけの魔力量と両親の死というショックは魔力暴走を引き起こすに十分なものだった。


 そうして発生した魔力暴走によって、魔力の津波を受けたはぐれイーターは消滅させられた。


 それでもショックが治まらないゆずが起こした魔力暴走はとどまることを知らず、半時間は続いたという。



 その後、当時魔導士だった初咲さんが魔力暴走が発生した現場へ到着し、魔力切れを起こして気を失っていたゆずを発見・保護された。



 唖喰に襲われた人は基本的に遺体は残らないため、ゆずの両親はゆずがトイレに行っている間、車が崖下に落下し、二人の遺体も車の残骸も残らない程の炎上を起こした事故という形で処理された。


 五歳という幼いゆずは親戚に預けられないか検討されたものの、母方の親戚も父方の親戚も、経済難から彼女の引き取りを拒否した。


 ならば児童養護施設に預ける……とはならなかった。

 

 理由はゆずが無意識に引き起こした魔力暴走だった。

 常に魔導士を求める組織にとって、魔力暴走を起こすだけの魔力量を小さな体に宿すゆずは、組織にとってはまさにダイヤの原石だった。  


 それだけの逸材をみすみす見逃すのはどうにも惜しいというのが、当時の日本支部支部長の意見だった。


 ゆずを保護したことで、法的には一時的に彼女の後見人となった初咲さんはそんな子供の心を無視した非情な意見に猛反発をした。


 せめて彼女が自分で判断できる年齢になってからに出来ないのかと。

 成長して唖喰と戦うというならともかく、まだ五歳の少女に死の危険が伴う戦いに巻き込むのは倫理に反していると。


 しかし、ここで初咲さんにも当時の日本支部長にも予想外のことが起きた。


 おさらいするが、並木ゆずという少女はあらゆる分野で才能を発揮してきた神童だ。

 当然会話の理解力もあって自身の立場もよく弁える所謂いわゆる〝賢い子〟だ。


 そんな彼女に自分の才能を活かせる場があると。

 両親を殺した怪物と戦う力を育むことが出来る場所だと。

 なにより……母の遺言である「生きて」という願いの通りに多少死の危険があろうとも、生きるのに困らない生活が保障されていると。


 鼻先にぶら下げられた餌のような提案を前にした賢いゆずは……。



『……たたかいます。それがわたしにできることなら』



 齢五歳にして死が隣り合う戦いへと足を踏み入れることを受け入れた。

 







「――流石にまだ義務教育も済んでいない子供を戦場に立たせるわけにはいかないということで、実戦は後回しにしてひたすら訓練に励み続けました」

「……」

 

 あまりの凄惨さに言葉が出なかった。

 自分のことを淡々と語る様子から、既にゆずの中で折り合いがついたことであることは分かった。


「あとは司君も知っての通り、抜け殻のようになった私は十歳になった折に初戦闘を経験して、周囲から言われるがままに魔導士として戦えと言われたから戦う、休めと言われたから休む……機械と変わらず、中学校にはろくに通うことなく、普通の女の子とは程遠い生活をしてきました。

 ……この通り、司君が期待するような世界がどうとか、大切な人がなんだとか、そういったことは正直知った事ではなくて、生きるために唖喰と戦って来たんです」


 失望させてごめんなさい。

 そう言ってゆずは魔導少女になった理由を話し終えた。


 ゆずは悪くない。

 勝手に崇高な理由を期待していた俺のせいで、彼女の両親を殺したはぐれ唖喰のせいだ。

 

 魔導少女になった過程の中に、ゆずの汚点は一切存在していない。


 一体誰が責められる。

 まだ五歳の女の子が、ただ同じ年齢の子供より賢い子供が母親の遺言通り〝生きる〟ために戦う道を選んだだけだ。

 当時のゆずに亡き母親の願いにしかすがれるものが無かったのに、どうしてゆずのせいだと責められるんだ。


 順風満帆な人生を歩むはずだったゆずの人生を滅茶苦茶にした唖喰が憎い。

 戦う過程で感情を凍らせる選択をさせた唖喰が嫌いだ。

 

 俺は今日ほど唖喰に嫌悪感を抱いたことはなかった。

 昨日殺されかけたなんて目じゃない。

 

 ゆずは初めて会った時も、俺が日常指導係になってからも、鈴花が慢心をして調子に乗っても、昨日のことでも、むしろそんな過去に係わらず人格が歪まなかったばかりか他人への優しさを見せているのに。


 なんで……なんでこんなに優しい女の子の人生がたった一匹の化け物に壊されなきゃならないんだ。

 

 唖喰への嫌悪感とか、ゆずへの感傷とか、色んな気持ちがごちゃ混ぜになって涙になって溢れて来た。

 情けないなんてのも思えない。


 こんな話を聞いて泣くななんて言う方が無茶だ。


「つ、司君? どこか痛むんですか!?」

「――っぐ、だい、だいじょう、ぶ、だか……ら……!」


 俺が勝手に泣き出したことに、ゆずが本気で心配しているのが伝わって、さらに涙を誘った。

 

 五分くらい泣き続けて、ようやく涙が止まった。

 もう向こう一年分は泣いた気分だ。

 

 そうしている間に、ゆずにどうしても尋ねたいことが出来た。

 

「ゆずは……今まで戦ってきたことを後悔しているのか?」

 

 ゆずは首を左右に振る。

 

 その反応は俺の期待通りだった。

 そうでなくては困る。


「ならそれでいい。戦う理由はどうであれ、戦ってきたことに理由理屈はこじつけでしかないんだ。だってゆずが戦い続けていたから、あの時ゆずに助けられて、俺はこうしてゆずと向き合って話が出来るんだからさ」

「――ぁ」


 ゆずが魔導少女になった理由がどうであれ、結局行きつくところはそこだ。

 因果とか運命とかそんな言葉を使えばゆずの人生が壊されるのが決められたことのようで不愉快だ。


「……俺、ゆずの日常指導係になって良かったよ」


 終わり良ければ総て良し。

 切っ掛けはどうだろうが、最後に笑っていられればそれでいいんだ。


 後ろばかり見つめてどんよりしているより、前を……未来をみて笑っているほうがずっといい。


「……私も、司君が私の日常指導係になってくれて、良かったです」


 そんな俺の答えを聞いたゆずは出会ってから一番の笑顔を浮かべて俺に微笑みかける。

 

 ゆずが振り返っても色あせることのない日常を一緒に過ごして行きたい。

 これが、俺がゆずに教える日常の最大の目標となった。

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