50話 魔導銃の実践と気付かされたこと
「つか――竜胆、君……」
「――へ?」
ゴールデンウィークが明けてから三日が経った今日も授業中にゆずからチラチラと視線を感じていた。
放課後前の最後の授業が終わり、俺は羽根牧商店街南方面にあるアニメショップで〝マジカル・メアリー〟のアニメDVD二巻を買うために教室を出ようとした際、ゆずに呼び止められたのだ。
予想外のタイミングで話しかけられたため、俺は間抜けっぽい声を出してしまった。
「な、なんだ、ゆず?」
若干つっかえながらも何とかそう言い繕うことが出来た。
ゆずが俺に話しかけると同時にさっきまで放課後の予定などを話し合ってて騒がしかった教室中が突如シン……と静まり返った。
やめろ。
全員が全力で耳を傾けるなよ。
お前ら普段からどれだけ俺とゆずの動向を気にしてるんだよ……。
緊張からかクラスメイト達の視線が集中しているのに気付かないゆずはというと、手を合わせて指を絡めたり解いたり、頬を赤めながら上目遣いでチラチラと俺の方を見たり逸らしたり、大変可愛らしかった。
やっぱりこれって――いや、ゆずに命の危機を救ってもらって日常指導係になって、さらに友達なんだ。
それ以上は驕りだ。
頭の中で掠める可能性を首を振って振り払い、ゆずの方に向き直す。
そしてゆずは……。
「あ……の、その……また明日……」
ペコリ。
つっかえながら擬音が付きそうなほど綺麗なお辞儀を披露したゆずはそそくさと教室を出て行ってしまった。
「え、えぇー……」
正直拍子抜けだった。
それはクラスメイト達も同じようで、男子達は尊い何かを見たように悶え、女子達はキャーキャーと黄色い歓声を上げていた。
どうして本人達より一喜一憂しているんだろうか……。
しかしゆずはまだ本調子じゃないのか……。
でも昨日の夜に唖喰の侵攻があったが、鈴花曰く戦闘はいつも通りちゃんとしているらしい。
怪我をしていないなら心配することもないだろうけど、俺の横を通り過ぎて行ったゆずが辛そうな表情をしていた。
俺はその時のゆずの顔が頭から離れないまま、教室を後にした。
「シャアアアアア!!」
商店街南方面のアニメショップで無事〝マジカル・メアリー〟のDVD二巻は買えたが、その帰り道でデジャヴが半端ない光景に遭遇した。
モヤモヤした気持ちを〝マジカル・メアリー〟を観て忘れようと、早く家に帰ろうと自宅への時間短縮として裏路地を通ったところ、ものの見事にはぐれ唖喰として一体だけで行動していたラビイヤーに鉢合わせたのだ。
神様は俺のことが嫌いらしい。
一度遭遇したからって、二度目を起こす必要性なんてないだろと内心愚痴りつつ、俺は右手首にある腕時計型の魔導器のリュウズ部分を押し込み、魔導銃を手元に転送する。
思ったより早く魔導銃を実践で使う日が来た。
全身に緊張感が走る。
唖喰を見てすぐに魔導銃を転送出来たのは、射撃訓練を始める時にゆずから、敵と遭遇したイメージをしながら鍛練を積むと、有事に対応しやすくなるとアドバイスを受けていたおかげだ。
そのアドバイス通りに訓練をしてたのだが、どんなイメージをしながら訓練をしていたのかというと、皮肉にも唖喰に襲われた経験をしていたことが功をそうした形になった。
ラビイヤーとの距離は二十メートル以上離れている。
向こうは俺の動きを警戒しているのか、その場から動こうとしない。
俺としては好都合だが、もたもたしているわけにもいかないため、魔導銃をラビイヤーに向けて素早く構える。
「シャアアアアア!!」
俺が銃を構え出すと同時にラビイヤーが俺を食らおうと襲い掛かるが、既に引き金を引くだけだった俺は焦ることなく、ラビイヤーに向けて魔導銃を発砲する。
パン、と風船が破裂する乾いた音が裏路地に響いた。
「シ、シャ、ア……」
魔力を籠められた銃弾はラビイヤーの両目の間にある眉間を撃ち抜き、銃弾を受けたラビイヤーはその場で倒れて動かない体を動かそうとプルプルと震えていた。
「……ふぅ、当たってよかった」
外せば死んでいたので、ぶっつけ本番で首の皮一枚繋げた気分だ。
ラビイヤーは俺の方を恨めし気に睨んでいる(表情がないのであくまで予想だが)。
そういえば唖喰ってどんな感触がするのだろうかと、ふと気になった。
もちろん野良猫に触るのとはわけが違うことくらい分かっている。
いくら動けない状態とはいえ軽々しく手を伸ばせば、バクリと手を食われるのは明らかだ。
そうは分かっていても、思い至ったら妙に気になって仕方ない。
ラビイヤーの場合、なんかブヨブヨしているから余計に気になる。
あれだ、普段はどうでもいいことなのに、いざ気になりだすと夜も寝れないやつ。
まさにそれだ。
念のためラビイヤーの背後に回ってから魔導銃を持っていない左手を伸ばす。
恐怖半分、わくわく半分の気持ちでゆっくりとラビイヤーに触れる。
――ねちょ。
「うわあああああああああ!!?」
ねちょってした!?
すっごいねっちょりとしてた!?
予想外の感触に慌てて手を引っ込めたが、それでも全身に悪寒が走った。
それだけじゃなくて鳥肌もたっている。
これは、やめておけばよかった。
台所の悪魔に遭遇した時と同じくらい後悔した気分だ。
くっそ、見た目と生態だけじゃなくて感触すら気持ち悪いとか、嫌われるために生きているんじゃないかと勘繰ってしまう。
俺の反応に対して、体を触られたラビイヤーはまだ麻痺が抜けていないようで、未だ体をプルプルさせていた。
そのことに安心したが、腹いせにもう一発撃ちこんでおく。
「……本当に
製作者である隅角さんと季奈から、魔導銃は唖喰の中でも最下級であるラビイヤーすらも倒すことが出来ないと言われているが、一発だけだとダメージが低いだけかもしれないので、追加でもう二~三発撃ち込んでみる。
痛覚はあるのか、ラビイヤーは銃弾を受ける度に身悶えはするけど、それ以上は何も変化がなかった。
う~ん、隅角さんや季奈の言う通り、魔導銃の威力はラビイヤーに対しても麻酔銃以上の効果は望めないみたいだ。
さて、そうなると術式を使って唖喰が倒せない俺じゃこれ以上何も出来ない。
なら唖喰を倒せる魔導士・魔導少女に任せるしかないが、銃弾の効果が切れてラビイヤーが動き出さないようにここで見張る必要がある。
スマホで誰に連絡するかだけど、ゆず、鈴花、季奈、翡翠、工藤さん、柏木さんの六人になる。
仲直りしたいって気持ちを優先するならゆずなんだけど、唖喰を倒すだけ倒して会話も無く立ち去ってしまいそうだ。
鈴花は魔導少女として前線に立たなくなってから、まだ唖喰を見ていない。
いくらラビイヤー相手とはいえ、むやみに鈴花のトラウマを彷彿とさせるような真似は避けたい。
そうなるとこの場で呼んで問題ないのは季奈と翡翠と工藤さんに柏木さんの四人だ。
まずは季奈に電話をしよう。
俺はスマホの電話帳から季奈の番号に電話を掛けた。
――プルルルルルル……。
――ガチャ。
「もしもし、竜胆なんだけど――」
『<ギュイー>お掛けになった電話には<ガリガリガリガリ>構っとる暇があらへんから<ピーー>失礼s<ボガアアアアアン>』
――ブツッ。
――ツー、ツー。
「……」
なんか色々聞こえた……。
ひょっとして新しい術式の開発中だったのか?
俺は術式がどんな風に構築されるのか知らないけど、少なくともまともではなかった音が聞こえた気がする。
とりあえず、気を取り直して次は翡翠に電話を掛けようとすると……。
「え、竜胆君!? 大丈夫なの!?」
「ん?」
後ろから聞きなれた声が聞こえたため、後ろに振り返ると柏木さんがいた。
栗色の髪を三つ編みに束ねて右肩に流し、白色の襟にフリルがついたブラウスはちょっと上品な感じに見え、茶色のロングスカートという彼女らしい清楚さを押し出す装いだった。
その柏木さんが何故か妙に焦ったように俺を見ていた。
「えっと、お久しぶりです。土曜の映画以来ですね」
「そんな悠長な話をしてる場合じゃないでしょ! 攻撃術式発動、光剣展開、発射!」
「うおうっ!!?」
柏木さんが右手を突き出して、手の平に展開された魔法陣から光の剣が放たれ、軌道上にいた俺は慌てて体をくの字に逸らして躱した。
なんか怒ってるみたいだ……なんて思ったのは一瞬で、柏木さんが放った光剣は俺が五発もの銃弾を浴びせたことで、未だ体を麻痺させていたラビイヤーに突き刺さり、塵に変えた。
それでどうして柏木さんが焦っていたのか理解した。
「えっと、心配させてすみません。俺、最近魔導銃っていう唖喰に有効な銃弾を撃てる銃を作ってもらって……あ、でも唖喰に遭遇したのは偶然なんで、怪我とか何も――」
柏木さんは多分、探査術式を発動させながら買い物をしていた途中でさっきのラビイヤーの反応を見つけたのだろう。
その近くにいた俺の生体反応を見て要救助者だと判断して駆けつけてみれば、それが知り合いの俺だったことで焦っていた。
それはつまり、彼女にとても心配させたことになるため、慌てて謝罪をしたわけだが、途中で言葉が途切れたのには理由がある。
「――良かったぁ……!」
「ぶっ、え!!?」
柏木さんが俺に抱き着いてきたからだ。
あばばばばばば、やばい!!
柏木さんのいい匂いとか胸に当たる柔らかな感触とか色々やばい!!
「かかか、柏木さん、おちつ――」
「落ち着けるわけないでしょ!? 怪我が無くて良かったけど、もしも死んじゃったらどうするの!?」
「――っ、すみ、ません」
耳元で聞こえる柏木さんの声は涙が混じったものだった。
柏木さんの心配は過剰でもなく尤もだった。
いくら魔導銃があるからといって、この場にいたはぐれ唖喰がラビイヤーだけとは限らなかったし、銃弾を命中させられなかったら、食われて死んでいた。
そうならなかったのは単純に運が良かっただけなのに、魔導銃と訓練をしていたおかげだと思い込んでいた。
(バカ野郎……なんてザマだ……)
自分の馬鹿さ加減に呆れて、自分で自分をぶん殴りたくなってきた。
これじゃ、慢心していた鈴花を同じだ。
はぐれ唖喰を倒してもらったこともそうだけど、こうして自分の中の慢心に気付かせてくれた柏木さんに何かお礼をしないと。
「えと、柏木さん。柏木さんの気持ちはよく伝わったんで、俺は大丈夫です」
取り繕うことなく素直にそう伝えると、柏木さんは俺の肩に手を置いたまま、体だけを離した。
その表情は俺を純粋に心配するように両頬を赤くして涙目になっていた。
「……本当に?」
「はい、本当です」
嘘ではないと伝えると、柏木さんはハンカチを取り出して涙を拭った。
「……じゃあ、言ってみて」
「えっと、
「――ふぅ~ん」
俺の答えに、柏木さんは微妙な表情をした。
え、違った?
「嘘じゃないけど、それでいいよ……」
何か含みのある言い方をしていたが、言いたくないようだったので、余計なことは言わないようにした。
「とにかく、俺ちょっと調子に乗っていたみたいで、心配かけてすみませんでした」
「ううん、私が勝手にしたことだから。竜胆君に怪我が無くて本当によか――ぁ」
そして柏木さんは冷静になったのか、両手で顔を覆い、耳がリンゴのように真っ赤に染まっていることから、恥ずかしがっていることが分かった。
(異性に抱き着いたことに対する羞恥心が今やって来たのか……)
わざわざ聞くまでもない。
もちろんそこに突っ込むような野暮なこともしない。
「ごごご、ごめんね!? 私、急にだだ、抱き着いたりして、迷惑だったよね!」
「い、いや、柏木さんにどれだけ心配かけたのかよく伝わりましたし、迷惑より柏木さんを身近に感じられて嬉しかったです」
「みみ、身近、嬉し……!?」
顔を覆う両手の指の隙間から、柏木さんの動揺する表情が見て取れた。
おっとぉ、またやっちまった!!?
「や、優しさ! 柏木さんの優しさが身近に感じたっていう意味です!!」
「え、あ、ななん、なるほど、
それってどういう――いや、突っ込むまい!!
「そ、そうですって、あは、あははははははははは!」
「えへ、えへへへへへへへへへへへへ!」
顔が熱い。
俺の顔も赤くなってる気がする。
なんだこれ超恥ずかしいし、居たたまれない!
そうしてしばらく俺と柏木さんはお互い笑って誤魔化すことしか出来なかった。
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