34話 天使の抱き心地


 柏木さんと映画を見た翌日……今日は日曜日だ。


 ゆずは次のデートの服を見繕うため、鈴花に連行されて買い物へ行っている。

 昨日も服を見に行っていたはずだが、鈴花曰くゆずという美少女の素材が凄すぎて一日じゃ足りなかったらしい。

 

 そのため、今日は久しぶりの一人だ。

 さらに初咲さんが俺に初給料を出してくれるというので、一体いくらだろうかと考えながら商店街を歩いていると、不意に話しかけられた。

 

「お~い、そこのキミぃ」

「え、なんですか?」

「俺さぁ~、ちょっとパチンコしたいんだけど金が無くてさぁ~、そこで親切そうなキミにお金を貸してほしいわけよぉ~」

「お、おお……」


 なんて古典的なカツアゲだ……。

 云々倍にして返すからとか言って、例え本当に倍以上になったところで一生返ってこないやつだよこれ……。


「なぁいいだろう? 貸してくれた金を三倍にして返すからさぁ~」

「えぇ、でも俺今お金持っていませんし……」


 フラグ回収早。

 これから給料をもらえるからカバンに入っている財布の中身はすっからかんだ。

 そんなわけでお金がないことを伝えると、男の態度が一変した。


「あ゛あ゛? 三倍にするつったろ? さっさとよこせよ」

「い、いやお金ないのは嘘じゃなくて……」


 男は俺の胸倉をつかんで人気のない路地裏に連行した。

 

「さぁてと、痛い目見たくなかったら出すもんだしな」

「ほ、本当に金は無いんだって――ぶぐっ!?」


 なおも無い金をよこせと言い張る男に三度目となるお金ない宣言をすると、左頬をぶん殴られた。

 

 いってぇ……口切ったから血の味がする。

 

「ほらほら、早く金出さないともっと殴るぞ~?」


 男は握りこぶしを見せつけながらそう睨みつけてきた。

 その視線を受けた俺は……。


(やっばい……全然怖くない)


 そんなことを考えていた。

 

 いやそんな悠長なことを考えている場合じゃないけど、どうしても唖喰に感じた死の恐怖と目の前のカツアゲおじさんを比べちゃうんだよ。

 

 で結果唖喰の方が何万倍も怖いって思っちゃうんです。


 殺意の差かな~。

 唖喰は俺のことをマジに餌としか思ってなかったけど、このカツアゲおじさんはまだ俺を人間扱いしているからかもしれない。


 俺の内心感じている余裕を察したのか、カツアゲおじさんはイライラを隠さずに右手を振りかぶって、俺に二撃目を食らわそうとしてきた。  


 その時、カツアゲおじさんの背後にいる陰に気付いた。

 その影は腰まで届く長い髪を揺らしながら果敢にもカツアゲおじさんに向かって攻撃を仕掛けた。

 

 そしてその影の正体は………。


「ひ~~ちゃん、き~~ッく!!」

「はっ!?」


 天坂翡翠だった。

 翡翠の声で後ろに振り返ったカツアゲおじさんの顔面に翡翠の飛び蹴りが炸裂した。


「みずたまっ!?」


 翡翠がカツアゲおじさんを蹴り飛ばした。

 紺と白の大きなジャージは彼女の太股を半分まで覆っていて、袖もブカブカとなっているため、萌え袖状態だ。

 下にはズボンもスカートも履いていない。生足だ。

 そして今おじさんが〝水玉〟って言ったことは……多分そういうことなんだろう……。


「……で、なんでこんなとこに居るんだ、翡翠」

「つっちー! 助けてもらったらお礼を言わないといけないです!」

「……ありがとう」

「えっへん、です!」


 翡翠がBカップになったばかりの小さな胸を張る。

 

「で、改めてどうしてここに?」

「ひーちゃんは今日は非番なので、つっちーと遊ぼうと思ったからです!」


 意味が分かりません。

 なんでせっかくの休みを俺と遊ぶことで過ごそうと思ったのか……。

 その発想にもその行動力にも全く賛同出来ない。


「あ、そうだ翡翠、お前も一端の魔導少女なら、今蹴り飛ばした人の今の暴行に関する記憶だけ消せるか?」


 こういう輩は報復行為が怖い。

 だから記憶を消しておかないと翡翠にも被害がでるかもしれないし。


「え~、ひーちゃんはそれよりつっちーと遊びたいです~」

「やってくれたらちゃんと遊ぶから」


 ぶーたれる翡翠にそう約束をする。

 なんか従妹をあやしてるみたいに思えてきた。


「んー、もう一声です!」


 何が一声なんだよ。

 よし、本人は気づいてないようだが仕方ない。


「記憶消さないとその人、お前の水玉パンツを見た可能性が――」

「すぐに暴行期間の記憶を抹消するです! 乙女の天敵です!」


 変わり身早!? 

 

「間接的にとはいえ、俺も翡翠のパンツの柄を知っちゃったわけだけど、こっちも消すのか?」

「あ、つっちーの記憶は消さないです! つっちーなら見られてもいいです!」


 その信頼は本当に何処からくるの? あと、うら若い乙女が見せても良いなんて言っちゃいけません。

 そうこうしてるうちに翡翠が俺の怪我も治してくれた。

 すげえ、ほんとに痛みがなくなった。


「ふう、終わったのです! つっちー、よしよしするです!」

「はいはい、ご苦労さま」


 翡翠の頭をなでる。

 あ、女の子のいい匂いがする。


「それで何でせっかくの休日を俺と遊ぼうと思ったんだ?」

「ひーちゃんは今日は暇だったのでどうしようかと思ってたら、ゆっちゃん達からつっちーが暇だと聞いたので飛んできたのです!」


 それ最初に聞きたかったなー、なんの偶然かまたゆずに助けられた感じだな。

 偶然にとはいえ翡翠にもちゃんとお礼をするべきだろう。


「さて、何して遊ぶんだ?」

「ふっふっふっふ、よくぞ聞いてくれたのです! 今日はつっちーにひーちゃんをひーちゃんの部屋でギュッとしてほしいのです!」


 それは遊びでやっていいことではない気がする。

 少女の部屋で少女を抱きしめていた事案発生で、俺がロリコン扱いされて社会的に殺されるやつだ。


「……できたら別の遊びを………」


「ギュッとしてほしいのです!」


 この子梃子でも動く気がしないぞー?

 結局俺は翡翠に押し切られて、翡翠の部屋でギュッとすることになった……アーメン。




「ここがひーちゃんのお部屋なのです!」


 案内された翡翠の部屋はTHE少女と言うべきものだった。

 ピンクのカーペットにピンクのクローゼット、ピンクの机とピンクのベッドの上には熊のぬいぐるみが飾られていた。


 内装からは信じられないけど、なんとここはオリアム・マギ日本支部の地下二階にある居住区だ。

 居住区の部屋は内装は個人の自由だが、テレビとキッチン、洗濯機などの生活必需品は共通らしい。

 

 現在居住区には翡翠を含めて四十人近く住んでいるという。

 支部長である初咲さんはもちろん、技術班班長である隅角さん、医務室で女医をしている芦川先生に工藤さんも住んでいる。


 さらに……。


「ちなみにひーちゃんの部屋の隣はゆっちゃんの部屋なのです!」

「ええっ!!?」 


 そう、以前気になっていたゆずの住居はここだったのだ。

 その事実に驚きと同時に納得もした。


 いつもゆずと別れる時はこの建物だったが、ここに住んでいるというのなら、当然のことだった。

 

 ゆずの部屋か……めっちゃ気になるなぁ……。

 

 それと同じく気になっていることもある。


 組織の居住区で翡翠みたいな中学生が一人で(厳密には一人ではないけど)過ごしていることだ。

 それに関して思うところがあるものの、無用な詮索をしてこの子を傷付けるわけにもいかないため、今はここが翡翠の部屋だということだけ把握しておこう。


「ここが翡翠の部屋か……ちょっと少女趣味が強すぎて居づらいな……」

「つっちー! 早くひーちゃんをベッドの上でギュッとするです!」

「よおーしっもう少し小さい声で喋ろうか! 他人に聞かれると誤解を招きかねないNGワードが飛んでたからな!!」


 ほんとにやめてくれ、翡翠が自分の部屋だっていってもオリアム・マギ日本支部の一室なんだ。

 ゆず達に知られたら何をされるか分かったもんじゃない……。


 さて、これから翡翠をギュッとするに当たって絶対に煩悩に負けるわけにはいかない。

 さもなくば俺は豚箱行だ。


「そ、それじゃギュッとするぞ……」

「つっちーの手、おっきぃです……優しくしてほしいです……」


 だからそういうこと言うのやめて下さい。俺はシャバで生きたいです。

 声に出さずそうツッコミを入れながら俺は翡翠をギュッとした。


 ――細っ!? ちゃんとご飯食べてんのか!?

 

 最初に感じたのが翡翠の体の細さだった。

 それはガラス細工のように繊細で、ちょっと力を籠めたら簡単に割れてしまいそうな危うさを秘めていた。


 次は匂いだ。さっき頭を撫でたときは鼻をくすぐるような感じだったが、今はギュッとしているため、俺の鼻孔は常に翡翠の匂いで満たされていた…。


 そしてこの柔らかさだ。胸とか尻には触ってないよ? やろうもんなら即ONAWAだし。

 繰り返すが、女の子の肌は非常に柔らかい。

 特に翡翠はまだ幼さが目立つため、群を抜いて柔らかい。

 デートの時に繋いだゆずの手より柔らかいのだ。


 そう、全てが至福だ。

 まるで幸福が俺の全身を包み込むように温かい充実感に満たされていた。


 ――やばい、これはハマる……。


「つっちー、どうです? ……ひーちゃんは気持ちいいですぅ……」

「俺もだぁ……ひーちゃんの身体……とっても温かくて柔らかくてずっとこうしていたいくらいだぁ……」

「えへへ~、ひーちゃんをギュッてすると落ち着くってみんな喜んでくれるのですぅ」

「マジで最高だぁ……俺このままとろけてしまいそうだぁ……」

「ひーちゃんもふわ~ってするですぅ~」


 癒し系。

 天坂翡翠という少女を表すのにこれ以上の言葉はいらない。

 魔導の治癒術式では治せない心の傷が今癒されている。

 これが魔性の癒し……なんつって……。


 はははは、こんなくだらないことも笑えてくるなんて凄いな~。


「ひーちゃんは、つっちーにギュッてしてると落ち着くのですぁ」


 あ~、だからよく抱き着いてくるのか~。


「つっちーは……と似てるですから」


 んー? 何に? 

 そう聞き返す前にひーちゃんからあることを告げられた。

 

「つっちー、ひーちゃん……なんだか体が熱くなってきたですぅ……」

「奇遇だなぁ~俺もだよ~」


 まだ四月下旬とはいえもうすぐ五月だ。

 いくら人肌でも密着してたら暑くなって当然だよな~。


「熱いと汗をかいて風邪をひいてしまうですぅ~だから服をぬぎ~ってするですぅ……」


 確かに風邪をひくのはよろしくない……脱ぐか。


「つっちーがひーちゃんの服を脱がしてほしいですぅ……」

「おお、そうだな。それじゃさっそくぬぎ~」

 

 そうして俺はひーちゃんの服に手をかけて……。





「地獄と豚箱どっちがいいかなぁ~このクソロリメガネ……」





「――!!!!?」


 ――っはあぁ!? 俺はいったいなにを!? 今なにしようとした!?

 

 恐る恐る振り返ってみると……出るわ出るわ信じられないような腑抜けっぷりをさらす愚かな自分の姿が……。


 そして俺を天国から現実どころが地獄に引きずり下ろしたのは………目が完全に座っている鈴花だった。


「ようやく気が付いた? 買い物が終わってこっちに来たら初咲さんから司が建物の中に入って来たはずなのにまだ支部長室に来てないって言うから翡翠が一緒に居るっていうからここに来てみたら、まさか高校生が少女の身ぐるみを剥そうとしてたなんて信じられない光景に出くわしたわけでさ~?」


 やばいやばいやばい! これ久しぶりにキレてる!

 まるで言い訳のしようもない! 確実に殺られる!


「すーちゃん? すーちゃんもひーちゃんと遊びます?」

「ごめんね~翡翠。ちょっとだけ司としてくるからここで待っててね~」

「ん~? わかったです~」


 翡翠に弁明を頼まないかって? 

 馬鹿を言うんじゃない、そんなことをしたら針千本が万本になってしまう。


 俺は抵抗することも足掻くことも諦めて、鈴花に小一時間説教されることとなった。





「全く、あんたにはゆずに日常を教えるっていう大事な役目があるのに性犯罪者になってる場合じゃないでしょ!?」

「はい! すいませんでした! まっことおっしゃるとおりです!」


 鈴花の説教は軽く一時間をこえていた。

 当然だろう、なにせ本当に取り返しのつかないことをするところだったから。


「翡翠が可愛いのはわかるけど、あんたが見るべきなのはゆずだけ! あ、ゆずにならしていいって意味じゃないよ!?」


 わかっております。

 もうあんなヘマはするもんか。


「すーちゃん、ひーちゃんが悪いです。つっちーはただ、ひーちゃんの魅力に気付いただけです!」


 翡翠さん? 

 それってかばってるのか自慢しているのかどっちなんですか?


「とりあえず、なんか色々と悪かったな、翡翠」

「いいえ! つっちーにギュッとされてうれしかったです! またしてほしいです!」

「……二人きりでは絶対しないからな? ゆずか鈴花のどっちかに監視してもらうからな?」

「そこはきっぱりやらないって言いなよ!? 未練たらたらなのが漏れ出てるよ!」


 犯罪者になるようなことをしないとは言ったが、ギュッとしないとは言ってない。

 あの天国を知ってしまったのに抜け出せる奴なんて人間じゃない。



 後日、ゆずからこんな提案が出てきた。


「司君、もし疲れているのでしたら言ってくださいね? その、私に出来る範囲でなにかしらのケアが出来るかもしれませんから……」


 どうやら俺がゆず達のことで疲れていると誤解したらしく、それなら自分で責任を取りたいというのだ。


「今は疲れてないから大丈夫だよ」


 ゆずには申し訳ないが丁重にお断りさせてもらった。

 ちゃんと疲労のケアもしようと心に誓った。


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