閑話① ~休日~
33話 女子大学生と映画デート
四月二十一日の土曜日。
時刻は午前十時。
俺は羽根牧駅から一つ隣駅にある
与野刈ショッピングモールは西棟と東棟の三階建ての建物が二つあって、西棟は家具や衣服に服飾系列のお店が多く、東棟は電化製品や趣向品を取り扱う系列のお店が多いと、目的によってどちらの棟に行くのか行動しやすい構造になっている。
今日の目的は西棟と東棟の境目にある映画館だ。
というのも以前から柏木さんと約束していたお出かけとして映画館に行こうというのことになったからだ。
その時にようやく俺はこれがデートなのではないかということに気付いた。
別段異性と遊びに行ったことが無いわけじゃないけど、柏木さんみたいな美人な人が相手だと、美少女であるゆずとのデートの時とはまた違った緊張がある分、変に意識してしまう。
「おい、見ろよあの子……」
「やっべえ、すげえ綺麗だな……」
「モデルかな?」
そんなことを考えながら待ち合わせ場所である映画館に近づくと、人だかりが出来ていた。
通りすがりの人が視線を向けるほうに、俺も目を向けると……。
「――」
目を奪われる光景っていうのはこういうことかと実感した。
栗色の髪は毛先が軽くカール状になっていてふんわりとしていた。
本人の清楚さをこれでもかと前面に押し出すような桜色のワンピースの上に、シースルー素材(生地が薄く透けて見えるやつ)の半袖のボレロを羽織っている。
ヒールが低めの茶色のサンダルがさらに清涼感を増していた。
そんな装いの柏木さんが映画館を通りがかる人達の視線を釘付けにしていた。
彼女に声を掛けようかと考えている男性、芸能人を見るような女性、そんな人達が注目するほど綺麗な人と待ち合わせをしている青色単色のポロシャツとグレーのスキニージーンズという一般的な格好の俺……。
超浮く。
宝石の横に石ころが並んでいる感じ……まるで月とスッポンだ。
ここで「ゴメン、待った?」なんて言えば「え、お前が相手!?」みたいに間違いなく周囲の反感を買う。
行きたくねえ……。
でもせっかく柏木さんが誘ってくれたデー……映画なんだから、その好意を無下にするわけにもいかず、俺は勇気を出して柏木さんの元へ行った。
「えっと、柏木さん。お待たせしました」
「「「「!!!?」」」」
周囲の視線がギラっと俺に集中したのが判る。
針のむしろだわ……辛い……。
そんな周囲に気付かず、柏木さんはパァッっと表情を輝かせて俺に駆け寄った。
「こ、こんにちわ竜胆君! 今日はよろしくね!」
「はい、俺の方こそよろしくお願いします」
可愛らしく頬を赤めながら挨拶をする柏木さんにそう挨拶を返した。
その瞬間、女性からは暖かい視線を、男性からは嫉妬の視線が向けられた。
最近こんなのばっかだな……。
「あ、そういえばこの前鈴花が柏木さんを傷付けたようで、すみませんでした」
鈴花が慢心をしていた時に、柏木さんに対して無自覚に彼女を傷付ける言葉を言った。
そのことで柏木さんに謝罪しておこうと思った。
「う、ううん! 一昨日、本人にも謝ってもらったから大丈夫だよ!」
「そうですか……」
どうやら鈴花はグランドローパーとの戦いの後、柏木さんに謝ったみたいだ。
それならこの話題に関してこれ以上俺から言うことは何もないだろう。
それに今日の目的は映画だ。
早速柏木さんに見る映画について話し合うことにした。
「今日はどんな映画を見るのかは実際にここで選んで決めるんですよね?」
「うん、竜胆君と二人で決めたのならお互い文句も出ないと思うからね」
「俺は柏木さんの選んだ映画に付き合いますよ」
「そんなの、私だって同じだよ?」
……。
「ふっくく……」
「ふふっ」
たかが映画一つで発生する謎の譲り合いに俺と柏木さんは声を揃えて小さく笑った。
こうなるから当日にお互い相談して決めようと話し合った。
「それじゃ行きましょうか」
「うん」
そんなやり取りのあと、俺と柏木さんは映画館の中に入って行った。
中は来月から公開予定映画の宣伝ポスターや予告映像が流れていて、土曜日ということもあってそれなりに人がいる。
スクリーンの数は五つ、一つに最大二百五十人は入れる広さだ。
映画の受付カウンターの上部にある上映スケジュール表を見てどの映画にするか相談を始める。
「今やっているのは〝あまこい~降り注げ恋心~〟〝サンタクロースの孫娘〟〝時渡屋〟〝エデンの黙示録〟に……」
「〝実写版悪の下っ端だけど魔法少女のファンです〟って映画があるよ」
「あ、それ実写なんで駄目です」
「え、なんで?」
悪の下っ端だけど魔法少女のファンです……略称あしまフは累計発行部数一千万を越える大人気漫画で、悪の下っ端である主人公はヒロインであり敵である魔法少女を影ながらサポートするラブコメディだ。
主人公の献身っぷりとそんな主人公を倒さなくてはならないヒロインの葛藤が人気の理由で、テレビアニメも第三期が制作決定していたりする中、何をトチ狂ったのか実写版制作の報せが発表された。
当然ファン達からは批判の声が殺到した。
監督や制作陣はいい作品になったと自信を持って発言していたのだが、いざフタを開けてみれば主人公役とヒロイン役が流行の有名人を起用した客寄せキャスティング、原作の欠片もないシナリオ、謎のオリジナルキャラクターの猛プッシュ等、ファンの不安を裏切らない結果となった。
俺も好きな作品だっただけに制作陣に文句しかない。
これが公開されたのは四月の頭……なので後一か月近くは公開処刑が続くというわけだ。
それらを柏木さんに伝えると、彼女は戸惑いを隠せないようだった。
「魔法少女だからって何でもいいわけじゃないんだね……」
「まともな実写化だったらなんの文句もないんです。文句があるのは原作の良さを損なうような実写化だけですから」
そんなわけで一個は除外。
「あと〝カッパの王子とつり人
「え、あ、あ、ありがとう……」
ん?
なんで柏木さんは顔を俯かせているんだ?
「柏木さん? どうしました?」
「え、ななん、何でもないよ!」
俺の声に反応した柏木さんは、慌てて顔を上げ、両手をブンブンと振りだした。
なんだか引っ掛かるけど、本人が何でもないと言い張るなら深く聞かない方がいいだろう。
それとどの映画にするのか参考までに柏木さんが好むジャンルを聞いておくか。
「柏木さんはジャンルの映画で苦手なのと好みなのってありますか?」
「えっと……私はホラーとかグロテスクなのはあまり得意じゃないかな……」
え?
俺今流しちゃいけない返答を聞いた気がするんだけど!?
「……柏木さんってそんな光景が垣間見える戦いをしてませんでしたっけ?」
「あっははは……
柏木さんは自分でも分かっているという風に苦笑いをしながらそう言った。
ホラーゲームでも主人公が敵に攻撃出来るか否かで恐怖の度合いが全然違うって聞いたことがあるけど、柏木さんの場合唖喰と戦う力があるから割り切れているんだろう。
俺の場合元からホラー物が特別苦手ということはないけど、幽霊や架空の殺人鬼なんかより実在している唖喰の方がよっぽど怖いと感じたから、ホラー映画程度じゃ驚くことはないかもしれない。
「好みっていうなら……恋愛ものかな」
「ああ、なるほど」
らしいと言えばらしい。
柏木さんとて魔導士である以前に女子大生だ。
彼氏はいたことがないって言っていたし、工藤さんからも柏木さんは恋愛経験は無いって聞いたから恋愛に対する憧れは人一倍あるのかもしれないな。
「じゃあ〝あまこい〟か〝IF:ロミオとジュリエット〟のどちらかですね」
「え、でも竜胆君は……」
俺の意見に柏木さんがびっくりしていた。
まぁ〝エデンの黙示録〟とか確かに気になるけど……。
「男でも恋愛ものを見たいって言うのは変ですか?」
「あ、え、そんなことないけど……」
「じゃあこのどっちかなら俺は〝IF:ロミオとジュリエット〟を選びますね」
「あ……」
「ん?」
俺が二つに絞った映画の内、一つを選ぶと柏木さんがぽつりと声を漏らした。
「それ気になっていた映画だったんだ! それにしようよ竜胆君!」
「――っは、そそ、そうですね!」
柏木さんは嬉しそうにそう言った。
その笑顔に思わず見惚れた俺は慌てて言い繕った。
ゆずの笑顔を見てちょっとは耐性が出来たと思っていたが、まだまだ慣れないな……。
ともかく、見る映画を決めた俺と柏木さんは〝IF:ロミオとジュリエット〟の券を買い、一番後ろの席を選んだ。
もちろん隣で座るようにもしている。
さらにポップコーンと飲み物を買って準備万端だ。
三番スクリーンの劇場に入り、先程選んだ席へ座る。
映画は十分ほど待つと上映開始された。
そもそもこの〝IF:ロミオとジュリエット〟はタイトルにIFとあるように、原作のロミオとジュリエットととは異なる展開が繰り広げられる。
原作では死んだふりをしたジュリエットを見てロミオは自殺をし、ジュリエットも後を追うように自殺したというものだが、このIFでは二人は自殺をせず、実家の手が届かないところへ駆け落ちするという流れになっている。
中盤ジュリエットがロミオを駆け落ちをしようと誘うが、ロミオの反応は思わしくなかった。
『駆け落ちなんてしなくても大丈夫だよジュリエット! 僕が何とかして父を説得して……』
『それでは駄目! 明後日には私はベグトリス家の子息と婚姻させられてしまうのよ!?
『そんな……でも、僕は……僕達は貴族だ。その立場を捨てて生きていけるはずが……』
『立場を捨ててでも貫くのが愛ではなくて!?』
『愛だけで生きていけるほど世界は優しくないんだよ!』
ロミオは本心ではジュリエットと駆け落ちをしたい。
でも貴族の自分達がいきなり地位も何もかもかなぐり捨てては生きていけないという現実も理解していた。
『ロミオ、私を愛するのなら家名を捨てることも厭わないというのは嘘だったのかしら?』
『――!?』
『私は何もあなたと添い遂げるためだけに駆け落ちを持ち出しているわけではありませんわ。あなたが私と駆け落ちをして不幸になると言うのなら、この話は無かったことにして、大人しくベグトリス家に嫁ぐわ。私の一番の幸せは……ロミオ、あなたの幸せなのですから』
『……ジュリエット』
ジュリエットが駆け落ちを持ち出した真意を知ったロミオは、ジュリエットと駆け落ちをすることを望み、二人は実家を出た。
場面は終盤、船で隣の国に亡命する二人が甲板で語り合うシーンだ。
『……』
『ジュリエット、後悔……しているのかい?』
船の進む方向とは真逆の方向を憂いを帯びた瞳で見つめるジュリエットに、ロミオが優しく声を掛けた。
ロミオの問いにジュリエットは首を振って否定する。
『確かに、もうお父様やお母様に会えないのは寂しいですわ。でも二人よりも私はロミオ……あなたを選んだのです。そのことを後悔するつもりは微塵もありません』
『……そうだね、僕も父や母に想うところが無いわけではない。それでも君を手放すくらいなら二人への想いも断ち切って見せるさ』
『……愛しているわ、ロミオ』
『僕もだよ、ジュリエット』
二人は故郷に残してきた両親への想いをそれぞれ抱えていた。
今ある愛を手放すことを良しとせず、互いを求めた二人はなんのしがらみもない遠くの地へ駆け落ちを決意した。
色々困難だってあった。
なにせ二人共貴族だ。
仕事の経験はともかく、お金や食生活など不自由なく過ごしていた。
それが立場を捨てていきなり平民になったところでうまく生きていくのはかなり難しく、二人は駆け落ち以前より髪も装いも貧しい恰好となっていた。
それでも、二人は幸せそうだった。
それこそどんな困難でも二人で乗り越えていけると、映画を見ている俺達にもわかるくらいに。
二時間半の映画が終わり、モール内にある飲食店で昼食を摂る最中に柏木さんと映画の感想を話し合った。
「はぁ~、原作のロミオとジュリエットを知っていたから二人のハッピーエンドを見れてよかったよ」
「ですね、ロミオってジュリエットのためなら何でもしそうな感じだったのに、駆け落ちをあそこまで悩むなんて意外でしたね」
「それなら駆け落ちを誘ったジュリエットの勇気も凄いよね」
ロミオとジュリエットでハッピーエンドというだけでかなりの面白さだった。
今度鈴花にも勧めよう。
「ねえ竜胆君」
「なんですか?」
「もし竜胆君が大切な人から駆け落ちを……この場合あれかな。唖喰も魔導も関係ないところに逃げようって誘われたらどうする?」
映画に触発されてなのか柏木さんはそんな質問をして来た。
「私は……きっと唖喰と戦って死ぬよりも、好きな人と添い遂げようって逃げちゃうかも」
柏木さんはそう言った。
いつもの自分に自信が無さ気な柏木さんらしい回答だと思った。
それなら俺はどうだろうか?
大切な人……恋人とかが一番だろうな。
その人と唖喰も魔導も関係ないところへ逃げるかどうかか……。
俺なら……。
「俺はジュリエットと同じかもしれないです」
「ジュリエットと?」
「とは言っても微妙に違うんですけどね。俺は逃げることでその人が本当に幸せになれるんならそうしますし、すぐに幸せそうじゃないって思ったら引きずってでも元の場所に連れ戻します」
「ええ!? それって駆け落ちの意味がないよ!?」
柏木さんの言う通り、添い遂げるために元の場所から離れて行ったのに、戻ってきたら何のために出て行ったのか分からない。
「それでもです。だって幸せになるために出て行ったのに幸せになれなかったのなら、それこそ駆け落ちの意味がありませんから」
元の場所で幸せ暮らせるのなら、そっちの方が良いに決まっている。
置いてきた人達に怒られたなら、許してもらえるまで謝ればいい。
それだけ怒らせて、心配させたんだから。
「だから俺は何も一緒に添い遂げるだけが愛し合うってことじゃないと思っています……すみません、なんか湿っぽくなっちゃって」
俺はそう言って最後に茶化すが、柏木さんは俺のことをじっとみつめたまま固まっていた。
「えっと、柏木さん?」
「――ぇ、あ、ごご、ごめんね!? なんだかすごいことを言われたから!!」
「あくまで俺個人の意見何で凄いとか無いと思いますけど……」
「そんなことないよ。少なくとも私は竜胆君の意見は凄いって思うから」
そう言って俺の考えを肯定してくれた柏木さんは、なんだか幸せそうな表情を浮かべていた。
それから柏木さんの買い物に荷物持ちとして付き合ったあと、彼女の家の前で今日のお出掛けは終了した。
別れ際の柏木さんがどこか寂し気な雰囲気を漂わせていたので、またどこかに一緒に出掛けようと言ったら満面の笑みで了承してくれた。
「また俺が相手でなんかすみません。それじゃまた」
「またね……竜胆君が嫌だなんてこと、絶対にないよ」
柏木さんが何か呟いていたが、距離が開いていたため特に聞き返すこともなく、俺は自宅に帰った。
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