17話 月曜日の恨み

 月曜日。

 ゆずとのデートを終え、鈴花が魔導少女になった次の日だ。


 この日は学校に登校しなければならない。

 今までの月曜日も迎える度に憂鬱ゆううつな気分だったが、今日はさらに気分が重い。


「はぁ……鈴花が魔導少女にかぁ……」


 ゆずとのデートが無事終えるといったタイミングで鈴花がオリアム・マギ日本支部の建物に侵入してたことにより、アイツが魔力持ちであることが判明した。


 これから鈴花は魔導少女として唖喰と戦っていく……。

 そう思うだけで月曜日がいつもより恨めしい気持ちになる。

 

 両親は早朝に出勤しているので、俺は一人朝食の食パンを焼いて食べた。

 時刻が八時を過ぎたところで家を出ると……。


「あ、司じゃん。おはよ~」

「っ鈴花……」


 現在の悩みの種である鈴花と鉢合わせた。

 どうしようかと思っていると鈴花の方から声を掛けられた。


「ねえ、司と話したいことがあるから久しぶりに学校まで一緒に行かない?」

「……まあいいけど」


 俺としても鈴花と話す機会が欲しかったから丁度よかった。

 

 そうして俺達は道路脇に並んで歩いていく。


「正直自分の中に魔力があるなんて未だに信じられないんだよね」

「お前は操れるからいいだろ。俺なんて魔力がどんな感じかわからないからな」

「あはは、でもよく考えたら魔法が使えるってすごいよね!」

「っ!」


 ――ズキリ。


 心臓に針がチクリと刺さったような感覚だった。

 鈴花なりに悩んで魔導少女になる決めたのだから今更それをどうこう言うつもりはない。

 でも今の楽観的過ぎる言葉には少し苛立ちを覚えた。


「……魔法が使えるなんて可愛らしいもんじゃねえよ」

「実際に司は魔導少女の戦いって見たことあるんでしょ? どんな感じだった?」


 ――ズキッ。

 

 また心臓が痛み出した。

 悪態をつきそうになるのを堪えて鈴花の問いに答えた。 


「悪い、初咲さんから口止めされてるから言えない」

「え~、事前のリサーチって大事なのに?」

「命令だから仕方ないだろ……」


 これは嘘でもなんでもなく本当のことだ。

 事前に唖喰との戦いを教えるなと初咲さんから厳命されている。

 

 俺が鈴花に唖喰と魔導士の戦いを教えて先入観を与えないようにするためだ。

 百聞は一見に如かず……といった感じに実際に唖喰との初戦を経験するまでは情報に踊らされてしまわないようにする必要があるのだ。


 あと単純に魔導士じゃない俺の感想と本職の感想がイコールじゃないからだ。

 絵画を見た人が全員同じ感想を抱かないように、個人の認識による齟齬そごというのは必ず起きる。

 

 それなら最初の内はマニュアルだけを読んでおけということだ。


「そうだ、新人の魔導少女には唖喰との戦い方とか術式のことを指導する人が一人就くんだったよね?」

「ああ、教導係な」


 教導係とは鈴花が言った通り熟練の魔導士が新人の魔導少女・魔導士を教育する役目だ。

 丁度工藤さんと柏木さんがいい例だ。


 三年も唖喰と戦って来た工藤さんが柏木さんの教導係になってもうすぐ一年が経つ。

 今回例にならって鈴花にも誰か教導係となる魔導士が就く予定のはずだ。


 ちなみに教導係には魔導士だけじゃなく、未成年である魔導少女が担当するときもある。

 年下の先輩というのはどこの職場でも共通らしい。


「誰になるんだろ……怖い人とか如何にも見下してくるような人じゃなかったらいいけど……」

「さぁな、どっちにしても学校でゆずに聞けばわかるだろ?」

「あ、そっか、並木さんも魔導少女だもんね」


 思い出したように鈴花がそう言った。

 

「いいか、魔導と唖喰のことは絶対に言うなよ? 言ったところで信じられる可能性は限りなく低いけど、念には念を入れておけ」

「分かってますよーだ」


 まぁ鈴花は口が堅いほうだから心配はいらないか。

 

 そんな会話をしてやがて二年二組の教室に着いた。

 先に着いていたクラスメイト達に向けて俺は挨拶をした。


「おはよ~」

「はよっす、転入生とデートに行った竜胆」

「……は?」


 一番近くにいた男子から突然そんなことを言われたため、俺はポカンとしてしまった。 

 俺の反応に挨拶を返してきた男子は声を大きくして言い放った。


「いや〝は?〟じゃなくて、昨日並木さんとデートに行ったってどういうことだって聞いているんだけど?」

「え、な、はぁっ!?」


 俺はそんな声を上げた。

 な、なん……あああ! 

 石谷か!? そういえば昨日会ってた!!

 あいつが昨日のことを言いふらしたってことか!?


「石谷ぃ!!」


 俺は言いふらした張本人である石谷に怒鳴った。

 とうの石谷は妬みの感情を隠しもしない表情で俺と向かい合った。


「おう、情報の共有は大事だろ?」

「だろ? じゃねえ!! あれがデートなのは否定しないけど、あれはゆずの歓迎会のために色々好みを聞いていたんだよ!!」

「え、そうなん? 歓迎会のために……」


 俺がそう説明すると石谷が若干バツが悪そうに眉を下げるが、突如カッと眉が吊り上がった。


「おい待て、危うくスルーしかけたけど今並木さんのことを名前で呼んでなかったか?」

「はあ? 友達なんだから当たり前だろ?」


 何を今更……。

 あ、そういえば俺とゆずが友達だっていうのは鈴花以外知っている人がいなかった。

 

 もうすっかりゆずの呼び方が慣れちゃったな。


「ギルティィィィィィィィ!! お前マジふざけんなよ!?」

「何がだよ!?」


 石谷が俺を指さしてそう叫び出した。

 

「俺らが木曜に並木さんと友達になってお近づきになろうとして断られたのに、なんでお前はあっさりと……!!」

「あ、あっさりじゃねえよ。色々あっただけだ」

「色々ってなんだよ」

「い、色々だよ。多すぎて説明する時間がないんだよ」 

「っち、そういうことにしておいてやる」


 石谷の舌打ちに俺はイラっとしつつ、自分の席に着く。

 そして左の席に目を配る。

 

(ゆずはまだ来てないのか……)

 

 かばんも置かれていないため、そう理解出来た。

 ホームルームが始まるのが今から十分後の八時半からだから、もうすぐ来るはずだ。


「おはようございます」


 来た。

 教室にいる全員がゆずを見つめる中、いつもの無表情でゆずは自分の席に座った。


「おはようございます、司君」

「ああ、おはよう、ゆず」


 ゆずが挨拶をしてきたので俺も挨拶をした。 

 その様子を見守っていたクラスメイト達……今度は女子達がゆずを取り囲んだ。


「おはよう、並木さん! 竜胆君とデートしたって本当!?」

「はい、事実です」

「「「「きゃああああ!!!」」」」

「「「「ぎゃああああ!!!」」」」


 一人の女子の問いにあっさり肯定したゆずの言葉に女子達は黄色い声を上げ、男子達は黒い声を上げた。


 何かあらぬ誤解が生じていないか?

 俺がそう思っていると今度は別の女子がゆずに訊ねた。

 

「え、じゃあ並木さんって竜胆君と付き合っているの?」


 ほぉらね!?

 すぐ恋愛に結びつけちゃうお年頃だもんね!?


 期待するような目で答えを心待ちにする女子とは反対にゆずの表情は僅かだが疑問を浮かべていた……って変わらず無表情なのに微妙にわかるようになってきたな俺……。


「いえ、そういった男女関係ではなく、普通の友達です」 

「「「「えぇ~……」」」」

「「「「っしゃあっ!!」」」」


 ゆずの答えに女子達は落胆の声を上げ、男子達は歓喜の声を上げた。

 朝からテンション高いなこいつら……。


 そんな風に呆れているとホームルーム前の予鈴が鳴り響き、二年二組の担任である坂玉鳴子さっちゃん先生が教室に入ってきた。


「皆さん、おはようございます」

「「「おはようございます」」」


 そうして月曜日の学校が始まった。




 ――昼休み――


 午前中の授業を終えて訪れた昼休みの時間、完全に恒例と化した屋上で俺とゆずに加え、鈴花の三人は揃って昼食を食べていた。


「そだ、並木さん。アタシの教導係ってどんな人になるの?」


 鈴花がサンドイッチを食べながらゆずにそう訊ねた。

 朝に話した通り早速ゆずに聞いてみるようだ。


「同じ学校であることと、司君と交流があるという二つの理由で私が受け持つことになりました」

「「おぉ……」」


 俺と鈴花は声を揃えて納得した。


 当然と言えば当然か。

 工藤さんと柏木さんだって同じ大学だし、出来るだけ交流が多い方が互いの人となりを知れて、自然と仲間意識が芽生えていくというわけか。


「そういうわけですのでよろしくお願いします、橘さん」

「うん分かった。よろしくね並木先輩」


 そうして二人は互いに頭を下げた。

 下げていた頭を上げてゆずは今後の予定を聞く。


「さて、早速今日の放課後から術式や唖喰の説明をしますので、日本支部に来てください。もしご用事等があればそちらを優先してもらって構いません」

「え? 強制参加じゃないの?」

「はい。成人している魔導士ならともかく、未成年である魔導少女には唖喰との戦闘にのめり込んで日常生活を疎かにするわけにはいかない人がほとんどですので、組織全体でそういった方針が取られています」


 唖喰との戦いは命の危険が伴う。

 組織側はそれを重々承知の上で魔導士・魔導少女を戦力として勧誘する。


 唖喰が現れた時に極力戦闘に加わってほしいと言われるのは、戦力があって困ることはないからだ。

 

 昨日出会った翡翠ちゃんのように、唖喰との戦闘で重傷を負って前線を退いた魔導士を無理やり戦闘に参加させるようなことはしない。

 

 無理やり引きずり出して戦わせた結果、トラウマを刺激してパニックになってしまうし、最悪自殺なんてしかねない。

 

 そんなことを繰り返せば世界は唖喰に食いつくされてしまう。

 だからこそ組織は魔導士を大切に扱う。 


 戦闘の対価として給料が支払われるし、用事があるのなら戦闘は後回しにしてもいい。

 心の安寧を保つには平和な日常を生きるのが最適だ。 


「ううん、今日は用事もないから大丈夫」

「そうですか。あ、もちろん夕食の時間までには終えるように授業のスケジュールは組んでありますので、安心してください」

「夕食までっていうと大体二時間くらいか……」

「うわ、よく考えたら学校の授業以外に魔導の授業まで受けなきゃいけないのか、キッツ……」


 あ~、普段の授業に加えて術式や唖喰の知識も入れていかないといけないから、ある意味塾に通うみたくなっているな……。


「そんなに難しい内容ではありませんよ。術式の成り立ちの歴史から実践訓練での使用、唖喰の生態学と適切な対処法に、体力づくりのほか戦闘訓練をこなすだけです」

「イヤアアアア!? なんか聞いただけでブラック感満載なんですけど!?」

「どれも魔導士として必要不可欠な要素ですので全てみっちり頭に叩き込んでもらいます」

「ワァウレシイナァ……」


 鈴花の目が死んだ。

 俺は鈴花とは小学生からの縁だから彼女の学力をよく知っている。


 はっきり言おう、低い。

 いや英語とか国語とか文系は平均的なんだ。

 それを潰すレベルで数学と理科……特に数学が苦手だ。


 心理学とか哲学は妙に好むから決して頭が悪いわけじゃない。 

 死にもの狂いだったがこうして羽根牧高校に受かって通えているしな。


 ただ数学に対する苦手意識が強いだけだ。


 ちなみに俺の学力は平均値だったりする。

 しかし魔導と唖喰の授業か……。


「なあゆず。その授業って俺も参加していいか?」

「え?」

「えっなんで司も? 魔力を操れないから術式が使えなくて唖喰と戦えないのに?」

「うっせえよ、本人が一番指摘してほしくないことを突くなよ」


 課題忘れても見せないぞ。

 

「もしまた唖喰に襲われたとしても、事前に知っていればどういう行動をとるべきかすぐに判断できるからな。まあゆずが駄目だっていうなら無理には言わないけど……」

「いえ、司君の都合がいい時にでも構いませんので、参加しても大丈夫ですよ」

「おおっ! サンキュー!」


 あっさり許可が出た。

 友達になる前だったら絶対に断られていたな。


「じゃあ司も一緒なんだ。もしアタシが忘れても教えてね」

「いやお前は一番覚えなきゃいけない立場だろ。学ぶ前から人を頼ろうとするなよ」

「そうですよ。過去に覚えずに唖喰に挑んで致命傷を負ったり亡くなった魔導士がいましたので、ちゃんと覚えておけば死ぬ確率は激減します」

「いたのかよそんな人……」

「ガ、ガンバリマス……」


 ゆずの口から語られた先人達の愚行を聞かされて鈴花はガクガク震えながら努力をすると口にした。

 情報一つの差で命を落とすかもしれないから当然か……。   

 

 その後も会話を続けながら昼食を食べ終え、俺達は教室に戻って午後の授業を受けた。

 

 放課後のことを思い浮かべていたのか、鈴花は若干上の空だった。

 俺はその様子に苦笑を浮かべるしかなかった。

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