14話 魔導少女と初デート 後編


 昼食を食べ終えた俺とゆずはファミレスを出て次の目的地まで並んで歩いていた。

 

「結局司君に払わせてしまってすみませんでした」


 ファミレスを出て少ししてからゆずにそう謝られた。

 デートの最中なのに魔導士の給料事情で話し込んでいた俺達は、昼時で忙しい店側からは大いに迷惑を掛けてしまった。


 そのため、注文した料理を少し早めに食べて、食事代を払う時に俺が早く会計を済ませようとゆずが注文したオムライスの分を払ったんだが、このまま次にとはゆずの矜持が許さなかったようだった。


「今日のデートは俺がエスコートするって決めたし、これは初めて会った時に助けてもらったお礼でもあるんだ、遠慮せず甘えてくれ」

「ですが……」


 俺はゆずと最初に会った時に命を救ってくれたお礼だと主張したが、ゆずのほうはあれくらい当然だという認識があるため、中々折れない様子だった。


 このままだと次の目的地に必要な二人分の入場料を自分が払うとか言い出しそうだ。

 ならこうしよう。


「じゃあ次のデートにでも今回のお礼ってことで俺に何かプレゼントをしてくれればゆず気後れせずに済むか?」

「……分かりました、でも司君にプレゼントって何をすれば……」


 真剣に考えるゆずがなんだか微笑ましく見える、けど優しくするだけじゃいけない。


「何をプレゼントするかはゆずが考えるんだ、これ、俺からの宿題な?」

「むぅ、分かりました、なんとかしてみます」

「おう、焦らなくていいからな」


 貸し借りを返済するための口実とは言え、次のデートの約束を交わしてしまった……ま、日常を教えるに当たって定期的に行ったほうがいいのかもしれない。


 そういえば昼食は慌てていたけど、ゆずはオムライスを咄嗟に選んだにしては美味しそうに食べていたな……。


 歓迎会のこともあるし、聞いてみるか。


「ゆずってオムライスが好きなのか?」

「よく食べるものではあります」


 そうかそうか。

 それなら作るメニューは決まったな。


「お、そろそろ次の目的地に着いたぞ」


 そうしていると次の目的地に着いた。

 外からみたらなんの変哲のない建物だが、中はゆずでも楽しめるであろうもので溢れている。


「ここはどういった施設なのですか?」

「まぁ入ってみてのお楽しみだ」

「? 分かりました」


 そんな会話をして建物の中へ入っていく。


 中に入るや否や軽快な音楽が内部で響いていた。

 そうここが次の目的地……アミューズメント施設だ。


 建物の中は少しうす暗いが空調が整っていて体と動かしても不快にならない空間になっている。


 料金を払い(当然俺の奢り)VR体験のブースに並ぶ。

 前のお兄さんがゆずを見て驚き、俺を見ると怒りを隠さずに視線だけで殺そうと睨んでくる。


 ――もう慣れたよ……。


「この列に並んでいる皆さんは何をするのですか?」


 当然、この手の施設に入った経験のないゆずがそう尋ねてくる。

 昨日の内にリサーチ済だが、俺も経験豊富な方ではないので簡単に説明する。


「VR(バーチャル・リアリティ)のゲームを体験するためだよ。専用のゴーグルを付けて、まるで本物のような臨場感を味わえるんだ」


 と言っても唖喰や魔導に精通しているゆずにはピンと来ないかもしれない。

 VRの世界は言わば非日常を渇望して止まないもの好き達が作ったもので、日常から考えうる非日常を形にしたに過ぎない。

 FPSゲームやサバゲ―も同じだが、そこに臨場感はあっても現実感はない。あくまで娯楽の延長なのだが……。


「シミュレーターの訓練で似たようなものを使ったことがあります、なるほど……元は遊びのために作られたものだったのですね」


 流石世界を守る組織だな……仮想敵に術式でも打ち込む訓練でもやっているんだろうな……。


「まあ、今日は訓練じゃなくて普通に遊ぶためだからリラックスして楽しもう」

「そうですね、司君が考えてくれたデートですから楽しませて頂きたいとおもいます」


 おお……嬉しいこと言ってくれるのはいいが、周囲の視線が強くなってる……なんで聞き耳立ててるんだよ……。


 そうこうしているうちに俺たちの順番が回ってきた。

 係りの人の説明を聞きながらVRの専用機器を身に着けていく。

 このブースでは海底探索のゲームを遊ぶことが出来る。

 探索と言っても明確な目的はなく、〝海底を自由に泳いでください〟という趣旨だ。


「ゲームでは少し前かがみになると前進、体を左右に傾けて方向転換、後ろに反れば後退という操作になっていて、制限時間は十五分となっております。それでは優雅な海底の旅をお楽しみください。」


 係りの人がそう言うと、目の前に海底の景色が広がりだした。

 様々な魚が泳いでおり、珊瑚や海藻のほか、沈没船もあるなどかなり本格的だった。


「おお、これはすごいな」

「私たち、本当の海の中にいるみたいですね」

「たしかにな、一瞬で海の中にいるから思わず息を止めちゃいそうになるな!」

「(ぼそっ)ならそのまま窒息しろ、美少女とデートなんて羨ましいことしてる罰だ」


 今毒を呟いたの誰だ!?

 さっきの視線で殺してやると言わんばかりに睨んできたお兄さんか!?

 らないよな?こんな大衆の面前で背中から殺ったりしないよな!?

 内心パニクっているとゆずから意外な言葉がでてきた。


「作り物だと判ってはいるのですが、なんだか流されていってしまいそうですね……司君、私と手を繋いでくれませんか?」

「お、おう。じゃあ右手借りるぞ……」


 ちょっと可愛らしい事を言うから素っ気ない返事になってしまったが、俺は左手でゆずの右手をしっかり握った。


「(ぼそっ)なんだその〝彼女と愛し合ってます〟アピールは!? なんで俺に彼女が出来ないのに、お前にはそんな美少女の彼女がいるんだよぉっ!!」


 今度は隣から聞こえたぞ……ってこの声係りの人かよ!!

 係りの人がどんな恋愛事情を抱えているのか想像だに難くないが、少なくともそうやって他人のカップルを妬んでばかりじゃ駄目だと思います。


「あ、イルカがいますね。そういえば水族館にはイルカ達が芸を披露するステージがあると聞いたことがあります」

「あー、イルカショーか、小さい頃に連れて行ってもらったことがあるんだよ。懐かしいなぁ……何だったら次に出掛ける時は水族館に行くか? 近場にイルカショーをやる予定のところがあるんだよ」


「いいんですか?」

「おう、任されよ」

「わかりました。それでは是非お願いします」


 ゆずに不安を悟られないよう平常心で会話を続けるが、よくよく考えたら今三回目のデートの約束をした感じに聞こえる……。


「馬鹿な……会話の流れで次のデートに誘った……だと……!?」


 だよね、やっぱりそうだよね!?

 やっちまったあああっ!!

 完全に周囲の嫉妬という油に火を注ぎこんじまったあああああ!

 ついに(ぼそっ)すら取れたからな?

 なんで優雅な海底探索のはずがこんなことに……。


「じ、十五分経過しましたのでゲームを終了とさせて頂きまーす」


 係りの人(嫉妬中)のアナウンスが出たのでVRゴーグルを取る

 怖い。

 周囲の視線が物凄く怖い。


「あっという間でしたね、次はどんなゲームなんですか?」


 ゆずにはかなり好感触だったようで、無表情ではあるがわくわくが止まらないと言わんばかりの声音だった。


 そんな雰囲気を振りまくゆずを見た周囲の殺気が瞬間的に癒され、幸福を表すかのように鼻血を出している人もちらほらいる。

 

 美少女ってずるいなー、笑顔一つで世の男を瞬殺できるんだから。

 某ファーストフード店にあるスマイルってこういう需要があるのか……。 


 そのあともいくつかのゲームで遊んだ俺たちがアミューズメント施設を出ると、あたりは夕日に包まれていた。


「お、もう夕方か……、名残惜しいけどもうすぐデートもお終いだな」

「もうですか? なんだかあっという間に時間が経ちましたね」


 楽しいと時間を忘れちゃうからな。

 ともかくあんまり遅い時間まで連れまわすのもはばかられるだろうから今日はここまでだ。

 

 柏木さんはデート終了直前の余韻が大事だと言っていたが、今のゆずもそんな余韻を感じているのだろうか……。


(結局公園行って、慌てて昼食食べて、アミューズメント施設で遊ぶっていう多分満点には程遠いデートだったろうなぁ……) 


 そんな自己採点をしていると左肩をトントンと叩かれた。


 ……あれぇ?

 今ゆずは俺と右側にいるから、俺の左肩を叩けないよね?

 ってことは……。


 ギギギ、と音が聞こえそうな感じでゆっくりと首を後ろに回すと、その表情はこれから血祭りを起こしてやろうかというくらい怒りの形相をしている石谷だった。


「よぉ、随分と楽しそうじゃねえか……なんで並木さんと一緒にいるんだよ、司?」



 ……初デートあるあるの一つ、〝デート現場を友達に見つかった〟を達成しちまった……。



 とか言ってる場合じゃない、石谷にゆずとのデート現場を見られてしまった。

 どうする、どう言い訳をする!?

 いや、今から〝外出先でたまたま出会ったから〟と言って誤魔化すのは遅くはない!


「実は出掛けたら……」

「司君とデートをするためです」


 ぎゃあああああっ!! 

 ゆずさぁん!? 

 その潔い姿勢は頼もしいけど、デート宣言するのは恥ずかしくないんですかぁ!?

 ゆずの中で羞恥心の境界線はどんな線引きをしてんだ!?


「え、でーと? でーとって男と女が一緒に出掛けるあのでーと?」


 そのデートだけどなんで石谷もざっくりした認識なんだよ!

 大丈夫か現役男子高校生!

 あとなんで信じられない目でこっち見てんだ!

 俺だってデートくらいするわ!

 とにかくゆずがあっさりバラしちゃったからそのままの勢いで次の目的地に向かおう!


「そ、そうだよ。だから邪魔すんなよ、じゃあな!」


 そう言って俺はゆずの手を握って石谷から離れる。

 ――あ、さっきも思ったけどゆずの手凄く柔らかくてすべすべだ…って煩悩邪魔!


「はっ! 待てや司! なにがあったら転入して五日の並木さんとデートなんて出来んだよ!? 一体彼女にいくら積んだんだ!? それとも脅したのか!? 事と次第によっては出るとこでるぞコラァ!」


 やめろおおおっ!!! 

 こんな白昼堂々と俺がゆずを買春したみたいな言い方するんじゃねええええっ!!


 結局俺は石谷を振り切ることが出来なかったため、他人に聞かれないように路地裏に入り、石谷を落ち着かせるのに少し手間取ってしまったがようやく話せる状態になった。


「はぁ…はぁ…それで? なんで二人はデートをしてたんだ?」


 いきなり核心を突いてきたな……素直にゆずのためとしか言いようがないが、今度はそこまで入れ込む理由を聞かれるに違いない。

 

 日常指導係なんて絶対に話せないし、ここはなんとか誤魔化して状況の打破を狙うしかない。


「あ、……その……私が司君に街のお店の案内をお願いしたからなんです」


 おお、ゆずさん、さっきとは打って変わってフォローがうまい!

 ……今の石谷の問いにようやく自分が魔導少女や唖喰のことに抵触する事態に陥ってることに気づいたな……戦闘時の勘の良さは日常じゃ息していないのか……。


「そそ、だからこれはデートであってデートではないというわけだ」

「じゃあ並木さんはどうして司が女子好みのお店なんて知ってるように見えたんだよ? はっきり言って人選ミスでしかなねえぞ?」


 くっ、バカのくせに痛いところ突きやがって!


「ええっと、司君はとても紳士な人ですし、あにめ? に詳しいので女の子の気持ちがわかるのではと……」


 ゆずさ~ん?

 そのフォローはだいぶ苦しいのでは~?


「アニメで女の子の気持ちがわかるわけねえだろ? わかるのは自分の性癖だけさ」


 お色気系ハーレムアニメにハマってるお前だって人のこと言えねぇだろ! 

 その理屈だとお前のモテたいって願望が透けて見えるぞ……。

 言った本人はともかく、言ったことはめっちゃド正論だけど……というかだ……。


「俺がゆずとデートしようが石谷には関係ないだろ」

「いや、並木さんまで司の毒牙に掛かったら俺に美少女と付き合うチャンスが来ないじゃん」


 こいつうううぅぅ、ああ言えばこう言う!! 

 これだけ鬱陶しいとどうしたものか頭を悩ませているとゆずが俺と石谷の間に立つようにしてに向き合う。


「石谷さん、司君を困らせないでください。これ以上私の友達である司君に迷惑をかけるようであれば――私は容赦しませんよ?」


 そう言ってゆずが石谷を睨んで殺気を放つ。殺気といっても戦闘時とは違って弱いものだが、平和ボケした日本人には十分すぎるだろう。俺の場合は唖喰に殺気をぶつけられたことがあるのでこれくらいなら痒くもない。


「――っ! わ、わかったって……じゃあな」


 ゆずの殺気で怯んだ石谷はそう言って路地裏から去っていく。

 これ大丈夫だろうか? ゆずの歓迎会の発案者は石谷なんだが……まぁアイツのことだから寝て起きたらケロッとしてそうだけどな。


 俺がそんなことを考えていると、ゆずが頭を下げてきた。


「ごめんなさい司君、私のせいで……」

「ん? なんでゆずが謝るんだ?」

「デートの詳細を話すと唖喰のことに触れてしまうのに気づかず、隠しもせずにデートだと話してしまった上に司君の友達を怖がらせるようなことをしてしまったので……」

「いや、ゆずのせいじゃないって、詮索してきた向こうの責任だよ」


 石谷が見逃しさえすればよかったのに虎の尾を踏むかの如く踏み込んできたせいであるが、ゆずが落ち込んでしまったため、空気が悪くなってしまった……。

「……」

「……ゆず、拠点まで送るよ」


 俺たちは名残惜しさを表すかのようにゆったりとした足取りで拠点へ向かう。

 少しでも二人でいる時間を長くするために…今日が終わってしまうのを拒むように……。


(はは、男の俺のほうがなんかセンチメンタルになっている気がするな)


 内心自分の知らなかった一面に気付いて自嘲気味に笑う。


「司君」

「なんだ?」

「今日のデートは、楽しかったです」


 ゆずは一旦そこで言葉を区切ってから続けた。


連れて行ってもらえますか?」

「!」


 また。

 そう、彼女はまた連れて行ってくれるのかと言った。


 良く見ると、ゆずの表情は一昨日の別れ際と同じく、細やかな微笑みを浮かべていた。


 それはゆずの中に確かな感情の動きがあったことを意味している。


(だったら……デートは一応成功ってことにしておくか)


 俺はさっきの自己採点をそう改めた。


 そうしているうちに拠点にたどり着いた俺たちは建物の中に入り、初咲さんに今日の報告をしようと支部長室に向かっていると事態が急変した。


 ――ビイーーッ! ビイーーッ!


<施設内に侵入者発見! 厳戒態勢に入ってください! 繰り返します…>


 侵入者の存在を告げる警報が鳴り響いた。


「侵入者ってどういうことだ!? ここに唖喰のポータルでも出来たのか?」


 ゆずに訊ねるが彼女は首を横に振って否定する。唖喰関連ではないみたいだ。


「単純に無関係の人が迷い込んだのか、私たちを尾行してきたかの二つです。後者だとしたらすみません、殺気を感じなかったので……」

「いや、ゆずのせいじゃないだろ……警報が鳴ったってことは侵入者の姿が確認されたってことだろうから、下手に動かないほうがいいな」

「仮に侵入者が私達の前に現れた場合、私が司君を守ります」


 また守られ展開か……先日の戦いのことを思い出してちょっぴり落ち込んでいると、鳴り響いていた警報が収まった。


「どうやら、侵入者は捕らえられたみたいですね」

「そうなのか、ならひとまず安心だな」


 ほっと安堵したところで今度はゆずのスマホが鳴り出し、ゆずはパッと電話に出る。


「はい、並木です……はい、侵入者のことは……えっ……わかりました」


 ん? なんだ?

 一通り話終えたゆずから告げられたのは今日で一番驚くものだった。



「件の侵入者が……橘鈴花と名乗っていまして、私たちと話がしたいそうです」

「……どういうこと?」


 侵入者の正体に俺は戸惑うことしかできなかった。

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