8話 希望に惹かれて


 本当に来たよ……。

 そんな都合よく現れなくてもいいのに……。


 俺がマジで空気を読まない連中に呆れている間に初咲さんは机にある受話器を使って事の詳細を聞き出した。


「私よ……ええ、今度は近場のキャンプ場に出たのね……分かったわ」


 初咲さんはそう言って通話を終わらせた。

 

「竜胆君ごめんなさいね、唖喰あくうが現れたから討伐が終わるまで地下二階にある食堂で待っててもらえるかしら?」

「……わかりました」


 初咲さんと支部長室を出て、彼女は地下一階にある観測室――オペレーションルームみたいなところ――に行って、俺はそのまま地下二階に……行かなかった。


 そのまま向かったのは建物の入り口。

 停めてあった自転車に乗って一気に駆け出す。


 目的地はキャンプ場。

 どこのキャンプ場だってわからないかもしれないが、あてはある。


 春風キャンプ場。


 羽根牧区内唯一のキャンプ場だ。 

 他の区内の可能性はあるけど、初咲さんは近場のキャンプ場だって言っていた。

 なら少なくとも県外……隣接した地区なのは間違いない。


 だから俺はそこへ向かう。


 最初から許可を得ようと考えていたから、遠回りになってしまった。

 世界を守る魔導少女である並木さんが戦場に力のないやつを連れていってくれるわけがなかった。


 彼女の心遣いを無下にするのは良心が痛むが、今この時だけは無視する。


 

 俺がしようとしてること……それは魔導少女と唖喰との戦いを目に焼き付けるため。


 

 並木さんが俺に知る必要はないと言って遠ざけた戦場へ向かう。

 

 肺が酸素を欲しがって痛みだしているのが分かる。

 心臓の鼓動が全身に酸素を送ろうと血を巡らせるために早くなっているのが分かる。 


 上り坂でも最大速度で飛ばしているし、それ以前に俺の体力は一般的な男子高校生と変わりない。

 既に十分は経過している。


 唖喰との戦いがどんなものか分からないから、十分という時間でもう終わるのかまだ続いているのか判別する手段がない。


 それでも必死に足を動かす。

 終わっていてほしい気持ちとまだ終わってほしくない気持ちがぶつかり合っているが、最早どっちでも構わない。


 今日がだめでも明日挑めばいい。

 明日がだめなら明後日も挑めばいい。

 並木さん達魔導士が唖喰と戦って守られた日常を使えばいいだけだ。


 唖喰との戦いを目にするまで、絶対に諦めてたまるか!


 そしてキャンプ場までの距離が一キロメートルを切ったところで、すっかり陽も落ちて真っ暗になった夜空に似合わない光が迸ったのが見えた。


 ――まだ戦っている!? 



「そこの君、ここから先は立ち入り禁止よ!?」


 戦闘が続いていることを把握したと同時に誰かに呼び止められた。

 俺はブレーキをかけて自転車を止めた。


 そして声をした方へ顔を向けると……。


「って、竜胆君!?」

「えええ、どうしてここに来たの!?」


 さっき別れた工藤さんと柏木さんがいた。

 二人は戦う力のない俺が唖喰との戦闘区域になっているキャンプ場にいることに驚いているようだった。

    

 俺としては二人の格好に驚いていたが。


 喫茶店で会話をした時は、如何にも大学生ですっていう装いだったのに、今は並木さんと初めて会った時みたいな、体のラインが明確に浮き出る戦闘服に身を包んでいたからだ。


 微妙に並木さんのとデザインが違うんだなぁとか考えつつ、俺はここで会ったのが二人でよかったと安堵した。


 顔見知りの方が説得がしやすいからな。


「こんばんわ、工藤さん、柏木さん」

「こんばんわーって、呑気に挨拶してる場合じゃないわよ!?」

「今この先キャンプ場で唖喰との戦闘中だから危険だよ!?」

「知ってます。だから来ました」

「ちょっと待って言っている意味が解らないわ……」


 慌てる二人に俺はこの先で起こっていることを把握していると告げると、二人共馬鹿を見るような目で見てきた。


 俺自身も今していることが馬鹿なことくらいわかってるから、気持ちはよく分かる。

 俺も同じことする奴がいたらこんな目をするんだろうな。

 

「あのね、竜胆君。危険だって知っているならどうして来たの?」


 柏木さんが少し強い口調でそう言った。

 それは俺の不謹慎に対する怒り半分、心配半分といった感じだ。

 

 それでも引き下がるわけにはいかない。


「並木さんの……魔導少女の戦いを直に見たいからです。野次馬根性なんかじゃない、自分の目で唖喰の驚異を改めて見て、目に焼き付けて、知って起きたいんです。彼女がこれまで生きてきた日常を……」

「それは君の勝手な都合でしょ? そんなことに君自身の命を危険に晒すというの?」


 今度は工藤さんがそう俺を戒めようとする。

 

 それもそうだ。

 だって俺に唖喰と戦う力はないもんな。


 正直、戦闘では戦力どころか足手まといにしかならない。

 それでも今の漠然とした意識を変えるのにここで踏み出さないといけない。

 恐怖がない訳じゃない。むしろ初めて唖喰に襲われた時の恐怖がくすぶり出してるし、手足は震えてて、喉だってカラカラだ。


……でも躊躇とまどいはない。正直なのは俺の取り柄だからだ。


「だったら、工藤さん達が俺を守って下さい」

「――え?」


 工藤さんと柏木さんがポカンとした顔になった。

 まさかの他力本願だ。

 そんな顔をされて当然なことを俺は言葉にしたからな。


 でも自分の命も守りつつ、唖喰との戦いを見るにはそうするしかない。

 これが初対面の人だったら、即断られるだろう。


 顔見知りの二人でよかったというのはこれが理由だ。


「自分でも女の人に守ってもらうなんて情けなさ全開なことを言っているのは分かっています」

「それは、喫茶店で言っていたどうするのかを決断するため?」

「はい」


 柏木さんの問いに自信を持って答えた。

 唖喰との戦いを知らないままだとして、俺は並木さんの日常指導を全うすることなんて出来るのだろうか?


 絶対に無理だ。ならどうする?


 決まっている、〝彼を知り己を知れば百戦危うからず〟……中国の有名な兵法書〝孫子〟に載っている言葉だ。


 これを実践する。


 つまり唖喰との戦いを知ることで、今の戦いに対する価値観とか倫理観をぶち壊して、並木さんと共有する。


 そのための最初の一歩がこれだ。


「……竜胆君、いくら君が並木ちゃんの日常指導係とはいえ……こう言ってはなんだけど君が命を張ってまでそうする価値が、あの子にあるのかしら?」


 工藤さんの言い分は尤もだろう。


 命の恩人だからといって、出会ってまだ四日しか経ってない女の子相手にその命を対価にするような真似をするのか?


 唖喰に襲われている誰かを救うことは並木さんにとっては当たり前のことだ。

 命を救ってもらったからといって、一々その恩返しを受けるなんて面倒でしかない。


 じゃあ俺はどうして命を張ってまで並木さんの日常に踏み込もうとしているのか。

 

 それは……。 



「俺、魔法少女が大好きなんです」



「「……え?」」


 工藤さんと柏木さんは俺の突然の告白に呆気に取られた。

 そりゃそうだよな、突然そんなことを言われて〝はい、分かりました〟って納得出来る訳がない。


 それでも俺は答えを続ける。


「魔法少女達ってまだ中学生くらいなのに、自分の家族とか友達とか、日常を守るために恐い敵達に勇気を持って立ち向かって行くんです。俺は小さい頃からそんな彼女達の姿を見るのが大好きでした」


 あんなに可愛い女の子達が勇ましく戦い、世界に希望をもたらす。

 初めて魔法少女を見たとき子供心ながら感動を感じた。

 

「同じ世代の友達が仮面ヒーローや戦隊ヒーローに憧れる中、俺だけは魔法少女に憧れたんです」

「え、でも竜胆君は男の子で……」


 工藤さんがあらぬ勘違いをしているな。

 

「何も魔法少女になりたい訳じゃないですって、憧れているのはその心の強さです」

「あ、そうだよね、よかった……」


 そんなあからさまにホッとしないで下さい。

 当時周囲の人達に奇異の視線を向けられたことを思い出すんで。

 改めて自分が異常だって突き付けられるのは傷付きます。


「誰かの希望になれる……それって日常でも非日常でも生きていくうえで何よりの強さになるって信じています」


 好プレーを披露したスポーツ選手、テレビで歌って踊るアイドル、命と向き合う医者、犯罪者を捕まえる警察官。


 誰もが誰かの希望になれる。


 俺はそれを魔法少女達から見出した。


「俺が並木さんの日常指導係になったのは詰まるところそんな魔法少女達が誰かに希望を与える姿を実際に見ることが出来るんじゃないかっていう俺の勝手な期待です」


 もしかしたら並木さんの戦う理由は俺の期待するものじゃないのかもしれない。

 それでもいい。


「だから、お願いします! 俺を、唖喰と戦っている並木さんのところに連れて行ってください!!」


 頭を下げて懇願する。


 我ながら何とも青臭い台詞回しだろうか。

 でもこれが紛れもない俺自身の本心だ。


「……竜胆君、やっぱり危険だよ。帰った方が……」

「分かった。君の想像通りじゃなかったからって後悔しないこと、私の言うことを聞くこと……それを約束するなら君の命は私が守る」

「先輩!?」

「っ、ありがとうございます!」


 柏木さんがなおも俺を説き伏せようとしたが、工藤さんが許可を出してくれた。

 柏木さんは工藤さんの行動に驚き、俺は工藤さんの言う通りにすると約束してお礼を言う。


「竜胆君を巻き込むだなんて、彼に何かあったらどうするんですか!?」

「そうならないように私が守るわ。それに今断っても彼はきっと何度でもこうやって戦いを目に焼き付けようとするわ」


 鋭いな……。

 どうやら工藤さんはそれを見越した上で許可したようだ。


「そんな……う、初咲支部長が知ったら怒髪天ですよ!? あの人、怒ると怖いんだから!!」

「俺は日常指導係をクビになるの覚悟でここに来たんです。こうでもしないと俺は前に進めないって思ってますから」

「なんで妙に堂々としてるのよ……」


 意思を曲げない俺に対して柏木さんが項垂れるようにそう言った。


「さ、行くとなったら早く行くわよ。竜胆君、自転車は持って行けないから、ここに置いて行くからね」

「あ、はい、分かりました!」

「とはいえ君に合わせて移動していると遅れてしまうわ。だから……」


 工藤さんが立案した俺を連れたまま戦闘に遅れないための方法を聞いたとき……。


「いや、もっと他に何か方法があるんじゃ……」

「悪いけれど時間が無いから他の案を出している暇は無いわ! それに……」

「それに?」

「私の言うことを聞いてくれるんでしょ?」

「……はい」


 そうして俺は工藤さんの案を受け入れざるを得なかった。




 夜の暗闇に包まれた森林の中を駆けて行く。

 木にぶつかってしまわないか、不安にかられるが、そんな俺の心境などお構い無しに並木さんのいる戦場へ加速していく。


「竜胆君、大丈夫?」

「は、はい! だいじょび――ってぇ!? 舌噛んだ!」

「ええっ、大丈夫!?」

「へ、平気です」


 俺は強がってそう言うが、めっちゃ痛い。

 舌かヒリヒリしてる。


 俺は今現在、工藤さん達と一緒に唖喰との戦場へ向かっている。



 ――柏木さんにお姫様抱っこされながら。



 工藤さんが立案した方法とは正にこれだ。

 魔導士じゃない俺を連れて行くには、魔導士に背負ってもらうのが手っ取り早い。


 抱え方がお姫様抱っこなのは、背後だと色々事故が起こりそうだからという理由だ。


 男側が女性を背負うのと女性側が男性を背負うのとでは大違いだ。

 俺は反論せずに受け入れることにした。


 俺を運んでいるのが立案した工藤さん本人じゃないのは本人曰く〝自分の胸を俺の体に押し当てる形になってしまい、俺が狼になるかもしれないから〟だそうだ。


「私の胸が小さいっていいたいんですか!!?」


 俺の運び役となった柏木さんの反論がこうだった。

 確かに柏木さんの方が工藤さんより少し小ぶり……あ、ごめんなさい、そんなに睨まないで。

 話題に出たせいでちょっと意識しちゃっただけなんです。


 柏木さんが胸を腕で隠しながら俺を涙目で睨んでくる。

 工藤さんと柏木さんの格好は体のラインが浮き出る扇情的なものであるため、目のやり場に困るんだよ……。


 並木さんの時?

 ほら、あの時は色んなことが起きてそれどころじゃなかったから。


 それよりこのデザイン考えた奴にもう少し何とかならなかったのか問い詰めたい。


 そんなやり取りの末、お姫様抱っこ決行となったのだが……。


「どうして下り坂を走る自転車より速いんだ!?」


 そう、俺を抱えている柏木さんも並走する工藤さんも、木から木へと忍者みたいに伝って移動しているのだが、その移動速度が滅茶苦茶速い。


 というか今更だけど女性である柏木さんが男子高校生の俺を軽々と抱えているこの現状もどうなんだ?

 俺、体重六十一キロあるんだけど……。


「えっと、魔導士には身体能力を強化する術式があって、戦闘時や移動時は常にそれを発動させることで自分を強化するの」

「あ、これも魔導のおかげなんですね」


 俺の疑問に柏木さんが丁寧に答えを教えてくれた。

 そういえば柏木さんって綺麗な人だよなぁ、栗色の髪とかいい匂いするし、優し気な目元とか言動にお淑やかさを感じる……って今はそんなことを考えてる場合じゃないって!


「そう……あっでも普段の私にはこんな風に竜胆君を軽々と持ち上げる力はないからね!?」

「大丈夫です、柏木さんは綺麗でお淑やかな人だってわかってますから」


 男子高校生を抱えられている状況に気付いた柏木さんが慌ててそう捲し立てた。

 男一人を持ち上げられる筋力がありますなんて、大半の女性が思われたくないことだもんな……。

 

 俺が柏木さんを落ち着かせようと言った言葉に、彼女は夜でも分かるくらい頬を赤くしながら恐る恐るといった感じで真意を訊ねて来た。


「……本当に?」

「はい、本当です。結果的に柏木さんの綺麗な顔を間近で見られる位置に居るがよかったと思っていますから」

「っ、そっか、うん、ありがと」


 嘘は言わずに思ったことをありのままに伝えると、柏木さんは心底安心したという表情でそうお礼を言って来た。

 

 お礼を言いたいのは運んでもらってる俺の方なんだけどな……。

 とにかく落ち着いたようでよかった。

 

 不興を買って放り投げられたら間違いなく死ぬからな。


「二人共、そろそろキャンプ場に着くからイチャつくのは程々にしなさい」


 工藤さんが目的地に着くことを告げながら、そう言い放ったことに……。


「「イチャついていません!!」」


 俺と柏木さんは声を揃えて否定した。




 そうして辿り着いたキャンプ場で俺は遂に目にする。


 魔導少女と唖喰の戦いを。

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