7話 竜胆司は行動する


「遅くなってしまったけれど、私は工藤くどうしずか、こっちは大学でも魔導士でも後輩の柏木かしわぎ菜々美ななみよ」

「よろしくね」


 黒髪の女性……工藤さんが自己紹介をして、工藤さんの隣に座る栗色の髪の女性……柏木さんが挨拶をした。


 俺が二人に連行されたのは昭和の雰囲気が漂う<魔法の憩い場>という喫茶店だった。


 他のお客さんの姿はなく、俺と工藤さん、柏木さん、店長と店員さんだけだ。


 入ってすぐに色々コーヒーを注文したあと、工藤さんが自己紹介をしたという経緯だ。


「は、はぁ……って魔導士とかハッキリ言ってますけど、店長に聞かれたら……」

「大丈夫、ここのマスターは組織の関係者だから」

「店員さん……マスターの娘の友香ともかさんもだよ」

「へぇ、いや、今は他にお客さんがいませんけど、入って来たら話が出来ないんじゃ……」

「そっちも問題なし。組織の認証カードキーと同じように隠蔽工作がしてあって、魔力の無い人からは閉店したお店にしか見えないよ」

「魔導の力ってすげー……」


 しかも人目に付きにくい立地だから、魔力持ちの人が居ても見つかる可能性は低い。

 なるほど、ここは組織の関係者が話をするのにはうってつけの場所というわけか。


「そういえばどうして俺の名前を?」

「並木ちゃんにまた日常指導係がついたって聞いて、どんな人なのか初咲さんに聞いたの」

「その時に名前と顔写真を見せてもらったから、見掛けた時にすぐ竜胆君だって分かったの」


 上司から情報が漏れたのか……。


「それで……俺に一体何の用が?」


 わざわざこんな場所に連れてきたということは、魔導や唖喰あくう、組織に関する話だということは分かる。


「並木ちゃんの日常指導……上手くいってないでしょ」

「っどうしてですか?」


 いとも簡単に俺の悩みに直結することを告げられた。

 どうしてわかったのか工藤さんに問いかけた。


「だって上手くいってたらそんな暗い顔してないでしょ?」

「それに並木ちゃんが一緒じゃないから何かあったのかなって」


 どうやら二人にも分かるほど顔に出ていたみたいだった。

 恥ずかしいというより、情けないという気持ちが強いな……。


 それより、工藤さんと柏木さんに並木さんとの会話を打ち明けていいものか……。

 さっき二人にどうして俺の名前を知っているのか訊ねた時、工藤さんが〝また日常指導係がついた〟と言っていたことから、並木さんが遭った裏切りを知っていることは明白だ。


 であれば俺より並木さんが今まで過ごしてきた日々を知っているだろう。

 そう思えばこっちから探したり聞き出したりする手間が省けた形になる。


「工藤さん達は並木さんが普段どんな暮らしをしているのか知っていますか?」

「まぁね、私は魔導士やって三年経つからね」

「私も何度か顔を合わせたことがありますが……いつも一人でいるところしか見たことないですね」

「いつも一人で……」


 外れてほしかったが予想通りだったか……。

 学校でも俺以外の人と親しくしている様子を見たことがないから、予想出来たことだ。


「私は並木ちゃんと一緒に戦ったこともあるけど、その時はとても協力出来たって感じはしなかったわ」

「五年以上戦って来ただけあって強いですもんねー」

「なんていうか、私達がいてもいなくても自分のやることは変わらないって思っているところがあるの」


 組織内でも並木さんは浮いているようだった。

 一体どんな過去があって今の並木さんになったのだろうか。


「あんまり役立てなくてごめんね、竜胆君」

「いえ、柏木さんが謝ることじゃないですから」


 俺は申し訳なさそうに言った柏木さんにそう返した。

 悪いのは当人のいないところで普段の様子を聞いた俺だ。


「で、どうして並木ちゃんの普段の様子を聞いたの?」

「それは……」


 俺は一息ついてから工藤さんの質問に答えた。


「並木さんが昨日と今日に怪我をしたまま学校に登校して来たんです。それで教室にいたみんながビックリして、今はまだ転入直後なんでそこまで悪印象になっていないんですが、このままじゃいけないと思って並木さんに今までどんな日常を過ごしてきたのか聞いても、俺が知る必要は無いって拒絶のされるんです……」


 言ってて気付いた。

 そういえば誰かに本当のことを言うのは心の負担を減らすことに繋がる。


 魔導と唖喰のことは一般人には話せない。

 でも同じ組織の一員なら話してもいいんだって気付いた。


「竜胆君はそもそもどうして並木ちゃんの日常指導係を引き受けたの?」


 俺の話を聞いた工藤さんは俺に目を合わせて問い掛けて来た。

 工藤さんが俺にそう訊ねるのは前任の日常指導係のことがあるからだ。


 ここで返答を誤れば、俺は本当に日常指導係を辞める必要が出てくるかもしれない。


 下手に誤魔化したりせずに正直に答えよう。


「並木さんがどうして魔導少女として戦うのか、知りたいと思ったからです」


 俺がそういうと、工藤さんは眉ひとつ動かさず、続けて訊ねて来た。


「それだけ?」

「勿論、命の恩人に何かしたいっていう気持ちもあります。けど並木さんにとってはいつものことで、ましてや前任の日常指導係のこともあってそういう理由は良くないって思いました。だから、一番の理由を挙げるなら、並木さんが戦う理由を知りたいんです」


 柏木さんがじっと俺を見つめる。

 今の言葉に嘘はないか見極めているのだろう。


「前任の話は知っているのね……並木ちゃんが戦う理由を知って、君はどうしたいの?」

「どうしたいか……」


 並木さんにも言われた。

 彼女の日常を知って、どうしたいのか。


 彼女の日常を変えたいのか、魔導少女を辞めさせたいのか、どれも違う。

 でも明確にこれだと言える目的もない。


 並木さんの言う通りだ。

 単純な好奇心で魔導と唖喰に関わっている。


 彼女の戦う理由を知ってどうしたいのかはまだ分からないままだけど、今の気持ちを正直に打ち明けてみるとすれば……。


「その時にならないと、決めることも出来ないと思っています。どうしたいかを決断する一番の判断材料が、並木さんが唖喰と戦う理由だと確信しています」


 やる前からやり続けるかどうか聞かれているようなものだ。

 まあ当の本人からそれ以前の態度を取られているわけだけど。


「……そっか、それだけ聞けたら今はいいわよ」


 工藤さんはそう言って立ち上がった。

 

「先輩、もういいんですか?」

「ええ、そろそろ行かないと次の講義に遅れるからね」

「あ、本当ですね、それじゃまたね、竜胆君」


 そうして工藤さん達は俺が頼んだ分の代金を払って喫茶店を出て行った。


「……」


 残った俺はコーヒーを飲み終えてから店を出た。

 

 自宅へ歩きながら、さっきの会話を思い返す。

 並木さんに日常を教えてどうしたいかは、分からない。


 もうずっと足踏みの状態だ。

 日常指導は未だスタート地点のままだ。


 光の無い雲海を突き進むような暗中模索を繰り返していると、いつの間にか自宅の近くに着いていた。


 このまま今日も終わるのかと思っていたら……。


「あれ司? どうしたの?」

「……鈴花」


 学校から帰ってから着替えたのか、黄色と白のボーダー柄のTシャツにジーンズのパンツ姿というラフな格好をしていた鈴花と鉢合わせた。


「鈴花こそどうしたんだよ」

「アタシお母さんに買い物頼まれたからその帰り、アンタ今家に帰って来たんだ」

「まぁ、ちょっと大学生の人に絡まれた」


 俺がありのままにそう言うと、鈴花は眉をしかめてジト目を送ってきた。


「ええ……アンタの交友関係ただでさえ男女比が女性寄りなんだから、敵視されないように気をつけろっていったでしょ?」

「絡んできたのは女子大学生だよ」

「いや、それもどうなの……」


 最早呆れたとしか言いようのない視線を俺に向ける鈴花は、しばらくジーっと俺の顔を見つめたあと、大きくため息をついた。


「……で、今度は何に悩んでるわけ?」


 なんで今日会う人みんな俺が悩み抱えてるのが分かるんだよ……。

 俺そんなに顔に出やすいのか?


「いや、別に俺は……」


 魔導と唖喰の事を鈴花に話すわけにはいかないため、俺は悩みなんて無いと言おうとした。


「誤魔化しても無駄。何年アンタの相談相手をして来たと思ってるの?」

「う……」


 言い逃れは許さんとばかりに睨んでくる鈴花の視線に、俺は思わずたじろいでしまった。

 その反応が悩みを抱えている何よりの証拠となってしまい、さらに鈴花は追究する。 


「悩みの元は並木さんでしょ?」

「エスパーかよ……」


 ドンピシャ過ぎてそんなツッコミが出てきてしまった。

 鈴花の理解力が凄いのか、俺がポーカーフェイスを保てなかったせいなのか、並木さんのことで悩んでいるが鈴花にバレてしまった。 


 俺の悩む理由に行きついた鈴花は強気な視線を緩めて、一転して心配するような表情を浮かべた。


「そんなに悩むなんて珍しいね、よっぽど難しいんだ」

「難しい……というかぶっちゃけ手の出しようがない」


 日常指導のためには並木さんのことを知りたい。

 でも並木さんは俺が知る必要はないと拒絶してばかりで、並木さんを知るには彼女の日常指導係を続けるほかない。

 

 まるで解決の糸口がない。


 そういった旨を鈴花に伝えると、鈴花は心配をするような表情から、呆れかえったという表情に変わって……。


「司さぁ、なんか臆病になってない?」

「……臆病?」


 言われたことがうまく呑み込めず、そう聞き返すと鈴花は頷きながら続きを話した。


「そ、いつもの司だったら自分の出来ることから手を出していくって感じだったのに、なんか並木さんの時は妙に奥手になってる気がするんだよね」

「奥手って……」


 女好きのナンパ野郎が本命相手に急に弱気になるみたいな言い方をされても……。

 大体、奥手というか俺は並木さんに命を救われているし、前任の日常指導係の話を聞いてからは余計に迂闊な行動をするわけにはいかないと思っているだけだ。


 だから別のアプローチから探ってみようと考えているのに、どうして鈴花はそんなことを言うんだ?


「それ以前に俺並木さんに信頼されていないんだって。そんな状態じゃどうやったって……」

「なにそれ、




 まだ司は並木さんの信頼を得ることをしてないのに、信頼されてないからどうのこうのっておかしくない?」



「は――え――?」


 鈴花がなんて事のないように言った言葉に、俺は呆気に取られた。

 言われて今までの自分の行動を思い返してみる。


 漫研でアニメ鑑賞会……屋上での会話三回……。


「……今まで何してたんだ俺!?」


 一人で勝手に思考の袋小路に入っていたせいで、そんな簡単なことに気付かなかった!?

 そりゃ何言っても並木さんに届くわけないわ! 


 俺は過去の自分の愚かさを呪いたくなる。


 そんな俺を無視して鈴花は続けた。


「そんなんじゃ夢だけを語って夢に関わることをしてないフリーターと変わんないよ?」

「その例えやめろ、なんかスケールが判り辛くなる!」

「スケール?」

「い、いや、こっちの話!」 


 フリーターと世界を唖喰から守る組織の一員を一緒にされると、本当に訳が分からなくなる。

 

 と、とにかく見方を変えてみよう。

 

 俺は並木さんの戦う理由を知りたくて、彼女の日常指導係になった。 


 そもそも戦う理由以外に知りたいことはもっとあるはずなのに、どうして戦う理由にこだわっていたんだ?


 難しい理屈も解り辛い感情論もいらない。


 ただ一つの単純なことでいいはずだ。

 

 考えろ、考えろ。


 よく思い返して……答えに辿り着いた。


 今どうするべきかは分かった。


 これからやることは誰からも怒られるようなことだ。

 それによって俺の中にトラウマが刻まれるかもしれないし、ひょっとしたら日常指導係もクビになるのかもしれない。


 それでも、やる。


「サンキュー、鈴花、なんかすっきりした」

「ん、なんかよく分かんないけど助けになったみたいでよかったよ」

「ああ、今度なんか我が儘聞いてやる!」

「分かった、じゃあまた明日」

「……また明日」


 俺は鈴花と別れて自宅の駐車場にある自転車に跨って一気に駆け出した。

 いつそれが起きるのか分からないから、いち早く情報が集まるところに行く必要がある。


 そのためには一秒でも早く移動できる足が必要だった。

 それが今乗っている自転車だ。


 徒歩だったら片道四十分は掛かる道をほとんど最大速で飛ばしたから十五分で目的地に着いた。

 

 唖喰対策機関オリアム・マギ日本支部の前だ。


 自転車を入り口で停めて、認証カードキーを使って建物の中に入る。

 エスカレーターに乗って地下三階にまで降りる。


 そしてエスカレーターから出て突き当りにある両開きのドア……初咲さんのいる支部長室をノックした。


「初咲さん、竜胆です」

『待ってたわ、入って頂戴』

「失礼します」


 事前にアポは取ってある。

 俺は片方だけを開けて支部長室に入る。


「それで、日常指導係における重大な話って何かしら?」

「まず、日常指導がうまくいっていません」

「……そう」

「並木さんには前任の件があったのに、どうしてまた日常指導係をつけたんですか? それに俺を任命した理由も聞かせて下さい」


 正直に言うとこの二つは大して知りたいわけではなかったりする。

 初咲さんなりに何か考えがあってのことじゃないかとは思っている。


 じゃあなんでそんな質問をしたのかというと、こういう重大そうな疑問の答えを聞き出そうとした時、空気を読まないアイツらなら……。


「それは……」


 ――ピリリリリリリリリリリリッッ!!


 並木さんといる時に聞いたことのある警報が部屋中……いやこの建物中に鳴り響いた。




 唖喰が出た。



 

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