第24話昇格と左遷

「勇敢にも、敵のヒートヘイズと戦い、命を落とした31名の生徒に黙祷を捧げたいと思う。黙祷――」


 あの後、避難していた人達が戻ってきたが、その正確な人数が出た時に、僕はゾッとした。45人いた先輩達の31名が死亡。3名が重体、及び重傷だった。無傷だったのは、最初に屋上で空戦をし、早々に破れ撤退した生徒達だけであった。正面玄関に居た者の殆んどが、竜のブレスによって塵となり消えていった。


 軍の上層部は、今回の責任を全て真樺学園長へと押し付け、学園長は中尉に降格。沖縄の最前線に左遷される事が決っていて。学園長の最後の務めが亡くなった生徒達を弔う式であった。


「久流彌少尉、世話になったな……敵の正体はまだ掴めて居ない。注意してくれ」

「学園長、僕はこの軍の決定に納得していませんよ」


 雪は、今回敵を殲滅した手柄で、学生の身でありながら一気に少尉に昇格。一時的にではあるが、島での防衛における権限を軍から任される事になった。


「久流彌少尉、納得は出来ずとも我々は軍属だ……大人しく従うしかないんだよ。沖縄はいい所だと聞く。西に占領されて住んでいる人間は変わったがその景色は変わらんからな。久流彌少尉が居なかったら私は死んでいたのだ。生きているだけで――マシだろ」


 学園長が最後に言った、――の後はあまりにも小声で聞き取れなかったが、雪には分った気がした。多くの亡くなった生徒、その遺族に配慮したのだろう。今、この島には亡くなった生徒のご両親も駆けつけていたのだから。


 何故、極秘の島に親族を呼んだのか……この島は元々、ヒートヘイズ研究の為だけの島だったが、敵の侵入をあっさり許してしまった事で、閉鎖が決定。大型の研究装置は、本国から持ち込まれた重機や、大型の船舶を利用して運び出される事になった為であった。何をこの学園で教えていたのかは親族にも伏せられたが――軍の上層部は、金で全て解決した。雪からすれば汚い大人の世界を初めて目の前で垣間見た瞬間であった。


 生き残った生徒達の身柄は、本土にある富士の演習場に新たに作られる学園へと転籍する事が決っている。だが、施設は1日、2日で作られる訳では無い。しばらくは、演習場にある自衛隊の宿舎を利用する事になっている。


「聖ちゃん、無理しちゃダメだからね。今回生き残れたからといって、次回は生き残れる保障なんて無いんだから」

「学園長、こことは違い沖縄戦は私達のヒートヘイズが優勢に出ています。さっさと奪還して手柄をあげ、また一緒に飲みましょう」


「楓……ああ。無理はしないさ。運よく拾った命だからな。栗林大尉、いつになるか分らぬが約束しよう。だが、酒代は大尉持ちだぞ。今はもう大尉の方が階級は上だからな」


 学園長は、生き残った皆と挨拶を交し、軍のヘリで一旦、東京へ――その後、最前線である沖縄へと移送されていった。


 雪達は、取り壊されていく学園を眺めながら、寮の入り口にあるエントランスでコーヒーを飲んでいた。


「まさか。学園に来て1ヶ月もしないで、学園から追い出される事になるとはね」

「うん。2日」

「あたしも意外だったわ。こんな事になるなんてね」

「僕達は、これからどうなるんだ――」

「富士、学園」

「富士に学園が出来るのはわかるけど、少なくともちゃんとした学園が出来るのは数年後でしょ。あたし達はもう卒業しちゃった後ね」

「そうなるとやっぱり、仮設のプレハブで授業とかになるのかな」


 雪が嫌そうな顔で、これから置かれる環境の話題を提供する。


「恐らくそうなるでしょうね。でも本土に移る事で、移動も許可してくれるらしいじゃない。良かったわね」

「確かに。これで軍の支給品の世話にはならなくて済むのはいいけれどね。僕の場合は昇格したお陰で、実家への一時帰宅も可能になった事だし」

「まさか雪くんが、お姉ちゃんと同じ少尉とはね……」

「そういう水楢も曹長に昇格だろ。珠恵ちゃんも伍長だし」

「なんだかしっくり来ないのよね……珠恵さんは」

「伍長。ない」


 水楢の場合は、ちゃんとした学籍があった為に、正式に昇格したのだが、珠恵の場合、この島に着任して直ぐだった事で、昇格は仮扱いの伍長に留まった。


「僕の歳で、少尉とか言われても何が何やら」

「お姉ちゃんも言っていたけれど、少尉からは防衛大を卒業しないと中々成れないそうよ。幹部候補試験に受かるとかね。警察で例えれば、巡査部長に相当するそうだし――」

「僕からすれば、その役職が偉いのかどうなのかの判断すら出来ないんだけれど……」

「雪くん、馬鹿だもん。仕方無いわよね」

「またそのネタに戻りますか」

「いえ、止めて置きましょう。それよりも一気に寮の中も寂しくなったわよね」

「あぁ。そうだな。負傷して入院している生徒が3人。無傷が11人じゃ――寂しくもなるよ」

「亡くなられた生徒のご家族も見えられていたけれど、悲しんでいる人が半数で残りはあっさりしたものだったわね」

「水楢、あれだろ。1名に付き3億の慰謝料が軍から出たとかいう」

「ええ。元々、学歴とかで選ばれた生徒では無いから。落ちこぼれの子が3億円になって戻ってきたと喜んでいる親も居たとか……」

「嫌な世の中だな」

「まったくね」

「うん」


 そうして話していると、軍服を着た如何にも偉そうなおじさんが、雪達の所にやってきた。


「やぁ、久流彌少尉。私は軍本部から来た大佐の長田だ。ちょっといいかな」

「はい。何でしょうか」


 雪がこの禿げ頭に、肥太り、脂ぎった顔の大佐に対し、ぶっきら棒に応対すると、大佐は一瞬眉毛をしかめたが、直ぐに表情を取り繕い、話をしだした。


「今回の敵は白人だった。そう証言されたそうだが、本当かね。君の見間違いという事は――無いのかね」

「間違いなく、白人でしたよ。何ならそこの2人にも聞いてみればいいでしょう」

「本当かね、水楢軍曹、栗林伍長」

「はい。確かに、遠目からではありましたが白人でした」

「そう、白人」

「それはおかしい。研究では白人の遺伝子ではヒートヘイズは発現しないのだよ。それが白人でも発現するとなれば事は大問題だ。他に気づいた事は無かったかね」

「全て、報告書で提出した事だけですが……」


 水楢も、珠恵も、雪の話に首肯する。


「そうか……だが、くれぐれもその話は外部には漏らさない様にしなさい。漏らせば君達の身柄の安全は保障出来なくなるからね」


 そういい残し、大佐は正面入り口から外に出て行った。


「なぁ、水楢。今のどういう事だ」

「日本独自の兵器としてヒートヘイズを開発していたのが、他の国でも開発されたとなれば――情報の漏洩が疑われる事態になるから、漏らすなと釘を刺されたのでしょう」

「うん」

「でも実際に漏れていた訳だろう」

「恐らくね。じゃなければ、この島を襲ったりはしない筈だもの」

「だよな……じゃ何故そこまで軍上層部は隠したがるんだ。この島が襲われた事は本土で放送されたんだろ」

「恐らく、本土の人間には知らされていないと思うわよ」

「えっ――何で。これだけ多くの生徒が死んだんだぞ」

「知られれば、軍に開発費を出している企業からの援助が減らされるか、切られるからじゃないかしら」

「うん」

「この2日で、汚い大人の世界に足を突っ込み過ぎだろう。僕」

「諦める事ね。そういう汚い大人がこの世界を動かしているのだから」

「まったく、嫌な世の中だな」

「うん」


 学園がこんな状態では、当然、授業も行われず――僕達は寮で待機を命じられ、その待機は1週間も続く事になったのであった。



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