第23話低次元帯と高次元帯

 雪達が学園に戻ると、正面入り口で学園長が待っていてくれた。その表情は、先程よりも暗くは無いが、今にも泣き出しそうな位、情け無い顔をさらけ出していた。


 それも無理も無い。多くの生徒が亡くなったのだ。自分の差配一つで……。最初から雪達を呼んでいれば――結果論に過ぎない事は分っている。それでも圧勝出来る手があったにも関わらず、使わないまま亡くなった生徒に対し申し訳なく思う気持が強かったのだ。


 そんな気持を隠し、敵を殲滅してきてくれた3人の生徒を讃えた。


「よくぞこの施設を守ってくれた。お陰で、天羽々斬の製作の秘密が守られた」

「僕の方こそ、すみません。最初からファウヌスを出していれば――大勢の先輩達を死なせずに済んだのに」

「それは言ってくれるな。彼等も軍人として、戦って死んだのだ。この結果は全て私の責任だ」


 学園長の指揮官としての矜持なのだろう。労いの後で、栗林大尉と水楢少尉が寝かされている医務室まで雪達を案内し、教官室へと戻っていった。地下に残っている人員や、既に、脱出ポッドで逃げた者達へ、敵の侵攻を防いだ事を知らせる為であった。


 病室のベッドには、既に学園長が治療してくれたのだろう。折れた足を元に戻し、 シーネ(添え木のような物)で固定し、片脚だけ吊り上げられている栗林の-痛々しい姿と、頭に包帯が巻かれて眠っている水楢少尉の姿があった。


「あたしも、珠恵さんも、お姉ちゃん達を見ているから、雪くんは、寮に戻って休んでいていいのよ」

「うん、雪、休む」

「休めって言われてもなぁ。結局ヒートヘイズを操ったのは、僕じゃない訳で――こんな事言ったら申し訳ないけど。まったく疲れていないんだが。それより聞きたい事がある」

「な、何よ。改まって」

「パンは死なないって、此処へ来た初日に言っていたよな」

「ええ。言ったわ」

「なら何故、あんなに大勢の先輩が亡くなったんだ」

「私に聞かれても、知らないわよ。確かに普通の武器で攻撃されても死ななかったのだもの」


 病室でそんな話をしていたからか、煩くて目が覚めた栗林大尉がポツリ、ポツリと話し始めた。


「澪さんの言っている事も真実よ。ただね、軍は今回の様な、パン対パン。またはヒートヘイズ対パンによる戦闘は想定していないの。理由は分ると思うけれど、そもそも天羽々斬さえ本来は必要ない物とされていたの。ただ、牧田博士が亡くなった5年前の事故を教訓に、暴走したヒートヘイズを、そしてパンを殺す為に偶然出来た天羽々斬を使う事になったの」


「僕が聞きたい事はそんな話じゃなくて、何故パンなのに死んだのかです」

「だから言ったでしょ。軍は想定していないのよ。裏切り者が出ない限りは。日本だけの独自技術なのだから」

「そうじゃなくて――ヒートヘイズはパンを殺せる。パンもヒートヘイズを殺せる。それなら何故、普通の武器では死なないのかが知りたいんですよ。普通の武器で死なないなら、今回の様に栗林大尉も、水楢少尉も怪我はしない筈でしょう。でも怪我をした」


 雪が不思議に思ったのは、ブレスの余波でこんな怪我をするのならば、ミサイルの余波でも同じ事が起こりえるのではないのか。そう思ったのである。


 そこに、地下シェルターから戻った楓が入ってきた。


「く、く、久流彌君。敵の殲滅ご苦労様でした。病人に無理させちゃダメですよ。今の久流彌君の質問には私が答えますから。いいですね」


「はい。お願いします」


「ま、ま、まず現代科学の発展したこの世界は、3次元の世界です。この場合は低次元帯とでも言いましょうか……。ですが神の世界は13次元あり、これを高次元帯とします。高次元帯から低次元への干渉は出来ますが――低次元帯から高次元帯への干渉は出来ません。つまり、神の眷属でもあるパンは低次元帯へ干渉出来ますが、低次元帯から久流彌君へは干渉出来ません。よって実験はしていませんが――原爆を生身で受けても原爆が低次元帯である限り、高次元帯の久流彌君へは掠り傷一つ付けられないでしょう。栗林大尉の場合、ミサイルの余波ならば吹き飛ばされる事も無かったですが、ブレスは高次元帯の攻撃です。その余波も高次元帯ですから当然、飛ばされます」


「それって、無敵って訳じゃ無いですよね」


「ま、ま、前にも言いましたが……暴走したヒートヘイズを殺せるのは、なんでしたか。久流彌君」

「パンの持つ天羽々斬か、ヒートヘイズだけ」

「せ、せ、正解です」

「それじゃ、もし僕がブレスを受けたら――死ぬ」

「は、は、はい。当然死にます。原爆でも死なないのに何故なんて質問はしないで下さいね。次元が違うのですから」

「分った様な……分らないような……」


「雪くん、本当に馬鹿だったのね」


「今までの説明で、水楢は分ったのかよ」

「当然でしょ」

「じゃ、召還されてくるヒートヘイズはどこから来るんだ」

「えっ、そんなの私の体の中からに決っているじゃない」


 雪はニヤリと笑い。


「分ってねぇのな。恐らく楓先生の話を聞く限りでは、ヒートヘイズは高次元帯の世界からやってくる。いわば召還だな。実際は、僕達の体内から湧き出て来る訳じゃ無い。きっとさっきのヒュドラも他の次元で今頃、居眠りでもしているんだぜ」

「居眠りしているのは、いつも雪くんの方じゃない」

「貴方達、そんな話は他所でやってくれるかしら。骨折のせいで熱っぽくて眠いのよ」


「雪、いこ」

「すみません。お騒がせ致しました」


 栗林に謝って、雪達は退出したのだった。

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