第20話学園のピンチ

 雪達が、寮へ向かって居た頃、学園では――。


「対空戦ヒートヘイズを発現出来る者は、天羽々斬を所持して屋上へ――それ以外は、校舎前で天羽々斬を持って待機。各自ヒートヘイズを発現せよ。正体不明のヒートヘイズにいい様にされるな。分ったか」


 学園長の指示で、食堂に集められていた2、3年の生徒達が一斉に散っていった。皆不安からか表情は強張っていた。


「こんな事態は前代未聞だ……いったい何が起こっていると言うのだ」


 学園長が、眉間に皺をつくり語気を強めてそう吐き出す。


「聖ちゃん、報告にあがったヒートヘイズの数は100を優に超えている。こんな大規模なヒートヘイズでの戦闘は――想定されていないよ」


 研究者の楓からしても想定外の事態だった様で、不安な面持ちを隠せていない。


「あぁ、分っている。分っているが――今、この学園を落とされる訳にはいかない」


 数で勝る敵に対し、この島を捨て脱出する事が出来るならばそれに越した事は無いが、それが出来ない秘密がこの島にはあった。


「そうだね。この学園にしか無い物が置いてある限り――。移動出来ればいいんだけれど、そこまで小型化は出来なかったから。ごめんね」


 この島にしかない。日本に、世界に1台しかない楓が作り上げた設備がこの島にあった。楓は申し訳無さそうに学園長に誤った。


「楓が気にする事じゃないさ。それより、どうやってこの数のヒートヘイズを殲滅するか――そこが一番の問題だな。2、3年の生徒を合わせても45人。その中で対空戦が出来るヒートヘイズを発現出来る者は12名。流石に数で押されたら――負ける」


 そこへ慌てた様子の栗林大尉と燈がやってきた。


「とんでもない事が起きましたね。真樺少佐。軍本部への連絡は」


 栗林が援軍を呼べないかと考え学園長に問いかけるが――。


「ダメだ。全ての通信が途絶えている」


 学園長は苦い表情でかぶりを振るった。


「この学園を知り尽くした上で、攻めて来たという訳ですね」


 この学園から外部への連絡は以前に語られているが、海底ケーブルを使ったネットワークだけである。それも使用できないとなれば、栗林が言うように知り尽くしていると判断してもおかしくは無い。


「栗林大尉、それって――」


 意外そうに燈が言葉を漏らす。


「ええ、水楢少尉。この学園の秘密が外部に漏れていた。と考えるのが妥当ね。しかもどうやってか、その国か、組織かは分らないのだけれど、ヒートヘイズまで作り出した」


 軍の反乱でも起きていない限りはありえない事から、栗林は外部で作られたヒートヘイズだとほぼ確信していた。淡々とした口調で話してはいるが、流石に栗林の顔色も悪い。


「個人の管理は、徹底されていましたよね」


 燈が情報を漏らした者がいなかったのか、確認の意味で問いかけるが、


「ええ。脱走者、研究者の所在確認でも行方不明になった者は居ないわ」


 栗林から齎された情報は、国内の軍に在籍している者の関与を否定するものだった。栗林がどうしてその情報を知っていたのかは、ヘリの事件があり犯人を捜す過程で調べていたからに過ぎない。


「という事は――」

「そうね。水楢少尉が考えている通りよ。独自開発でヒートヘイズを作り出した。そんな事が出来るのは……恐らく国ね」


 燈が辿り着いた敵の予想に同意し頷くと、苦い表情を浮かべながら栗林が確信をもって告げた。


「大変じゃないですか」

「まったく、どこの馬鹿な国が、そんな真似をしてくれたんだか。必ず落とし前は付けさせねばな」


 燈が驚いて声を漏らすと、栗林達の会話を横で聞いていた学園長が憤り恨み言を吐き出した。


「聖ちゃん、その前に――ここを切り抜けないとね」


 楓が明るく振舞って鼓舞する。


「栗林大尉。水楢少尉。2人とも現時刻をもって、学園防衛の任に就くものとする」


 最早出し惜しみは出来ないと判断した学園長が、上官命令を発動させた。


「「はっ」」


 栗林と燈は覇気のある声音を吐き出し、敬礼した。

 これにより現時点をもって栗林、燈の両名は真樺少佐の命により、学園防衛の任へと就いたのであった。




 学園の上空には、西洋で言う所の竜と、ワイバーンが攻撃体勢に入ろうとしていた。ちなみに余談だが、水楢が発現させた龍は東洋の龍でワイバーンと違って羽は付いていない。



「何としても学園を守りきれ、各自死ぬなよ」


 そう指示を飛ばし、皆を鼓舞するのは、3年の樫 栄一朗である。スポーツ刈りのごつい体躯で、屋上に上がった生徒達に活を入れている。

 敵のワイバーンと竜がV字編隊を組み屋上に接近してくる。先頭には竜が配置されている。


「来たぞ、各自戦闘準備。Aランクの竜へは1体で当るな。必ず2体で挟み込め。出来るだけこちらの損耗を最小に抑えるんだ」


 樫が活を入れても、ヒートヘイズ本来の能力の低さはいかんともし難い。

 生徒達は、樫の指示通りに2体で当ろうとするのだが、竜が吐き出すブレスによって呆気なく味方のワイバーンも龍も消滅させられてしまう。

 Bランクの再発現には少なくとも半日は要するだろう。

 ヒートヘイズが消滅させられた生徒から撤退していく。


 次々に倒される味方のヒートヘイズを見て、樫が唇を噛む。3年、この学園で必死に過酷な訓練にも耐えてきたと言うのに、ランク差が1つ違うだけで、これだけの差が出てしまうのだから。

 その気持も理解出来よう。


「ヒートヘイズが消滅した者は速やかに撤退しろ。無駄死にはするなよ」


 1人、また1人、次々と仲間が撤退していく中、樫も自らのワイバーンを必死に操っていた。

 だが、仲間が減った事で樫のヒートヘイズに注目が集まり――竜では無く、ワイバーン2体から喰いつかれ、樫のヒートヘイズも消滅する。

 校舎屋上にはもう誰も残っていない。他の生徒達に逃げろと指示を出した自分が、無駄に命を捨てる訳にもいかない。

 樫が振り返り階段へ向かおうと走り出した時に――目ざとくそれを見つけた竜のブレスをまともに背中から浴び、樫の体は塵となって消えていった――。


「樫くん」

「――っつ」


 

 丁度、樫がブレスを打たれた時に、屋上に上がってきた燈と栗林の両名は、彼が消滅していく瞬間を目の当りにし――燈が叫ぶ。

 だが樫を消滅させたブレスの余波を全身に浴び、栗林がとっさに声を漏らすと、上がって来た階段を二人揃って転がり落ちていった。


 竜達の次の目標は、動いている人間。そう、学園前で攻撃体勢に移っていた生徒に向かう。

元々、対空戦闘の出来ない生徒達は、なす術がない状態で、上空にいる複数の竜が吐き出すブレスの一斉掃射を浴びる事になった。

 これにより、2、3年の生徒の60%は消滅し――全滅する事になる。


「何という事だ――」


 教官室の防弾ガラスの窓から、その光景を見ていた学園長が驚愕に目を見開くと声を吐き出した。


「真樺少佐、流石にもう持ちこたえられません。地下のシェルターから避難用潜水艦を使ってお逃げ下さい」


 元々、この学園の教師は軍属だ。上官を逃がそうと必死に説得してくるが、真樺少佐は首を横に振った。


「まだ、私にはする事が残っている」


 学園長は、決然たる態度で教師に向かうと短く告げた。


「ですが――」


「他の生存している生徒、負傷した者、教師を連れ脱出しろ。これは私からの最後の命令だ」


 尚も訴える教師に、毅然とした態度で学園長は上官として命令する。

 命令された教師は後ろ髪を引かれる思いで、それぞれまだ息のある生徒を救助し、地下のシェルターへと下りていったのであった。


 学園の中にいる生存者は、真樺少佐と楓だけであった。


「楓、何をしている。お前も早く地下へ行け」


 楓がまだ逃げずに居た事に驚き、優しく逃げるように告げるが、


「聖ちゃんを、置いてなんて行けないよ」


 半ば姉妹の様に育ったのだ、楓は沈痛な面持ちで懇願する様に伝える。


「ふっ、そう言ってくれるのは、非常に嬉しい。私が男なら楓を抱き締めたい位にな。だが、楓が死ねばこの国のヒートヘイズ研究を任せられる者が居なくなる。だから――楓は逃げろ」


 楓は、瞳に大粒の涙を浮かべながら真樺少佐の名を呼ぶ。



「聖ちゃん……」



「そんな顔をするな。まだこの国には、あいつが居る。この仇はきっと、あいつ、久流彌が討ってくれると信じている。1年生は既に脱出ポッドに向かっている筈だ。後の事は頼んだぞ――私は施設を破棄して余裕があれば逃げるさ」


 楓を安心させる為に、微笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。


「聖ちゃん、必ずだよ。必ず、また会おうね」


 そういい残し、涙を通路に零しながら楓も地下のシェルターへと下りて言った。



「ふっ、余裕があったら――か」


 学園長は微かに微笑むと吐息を漏らし、ポツリと言の葉をこぼす。

 楓にはそうは言ったが、この施設にある研究所は自爆を想定してあり、その意味は――全ての証拠の隠滅である。

 それは人も含まれるのだ。

 逃げ出す余裕など最初から無かった。

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