第17話状況報告
栗林達は、わざと学園長達に分るように、学園に沿って飛び、先日、雪達が揉めた場所へロック鳥を降下させた。
栗林の思惑通り大勢の関係者が学園から出迎えに出てきていた。
「栗林大尉、救助ご苦労だった。うむ、人数を見る限り、行方不明者、及び死亡した者もいない様だな」
「はい、無事に皆を連れ帰る事が出来て、私も安堵致しましたわ」
学園長も、栗林も、他の皆も一様に表情は晴れやかである。
だが、救助された方は、流石に、空腹で疲れの色は隠せない。
それも当然であった。二日間は何も口にしていないのだ。
聞いた話では、雨のお陰で水分補給は出来ていた様であったが、食べ物を持ち歩いていた者はいないのだから。
「お腹すいた」
妹が、お腹を押さえながら栗林にそう伝えると、それを聞いた学園長が、
「そうだったな。今日は私の奢りだ。学食で好きなものを好きなだけ食べていいぞ」
丁度時間も、夕方で学食が開いている事が幸いした感じである。もっともランチは軍の支給で無料、丼ものと麺類と飲み物位しか学園長が奢れる部分は無い。
救助された全員が、案内されて食堂へ入っていった。
栗林も妹と一緒に、食堂へ行こうとしたのだが、学園長に呼び止められ学園長室に来ていた。
「栗林大尉、救助の状況を教えてもらえるか」
前回栗林から報告を聞いた時は沈痛な眼差しだった学園長も、皆の無事な姿に安心して学園長専用の少し高価な椅子に座り、両手を机の上で組むと本来の少佐らしい振る舞いで栗林に報告を求めた。
「了解しました。救難信号が発せられた海域には墜落したヘリの機体の残骸すら無く、既に流されてしまった様でした。夕方まで捜索しましたが、発見できずに、諦めて戻っている途中で、黒い島を発見、不審に思い、高度を下げてみた所、島ではなく、ヒートヘイズである事に気が付きました。その時点で島の中央に人が横たわって居たのは分っていましたので、降下し、その後、私のロック鳥で学園まで移送したと言う訳です」
栗林も前回とは違い、学園長の机の前に真っ直ぐ背筋を伸ばし起立の姿勢で立つと、はきはきとした軍人らしいもの言いで、学園長へ要救助者発見時の詳細を説明する。
「どうやって撃墜された状況から生還出来たんだ」
学園長が気になっていた事を問う。
ワイバーンから攻撃されたという事は恐らくブレスか、それに類似した攻撃でやられたと認識していた。
そこからどうやって生き延び、海上に投げ出された状態でどうやってヒートヘイズを発現し全員を保護出来たのか、疑問に思うのも無理はない。
「はい、私の妹が発現させたヒートヘイズが巨大な島の正体でした。爆発した時には、乗員達をスライム型ヒートヘイズで囲って守り、海上に着水するとクラーケンを発現し皆を救助して、クラーケンの上に乗り、体力の温存に勤めながら救助を待っていた様です」
「ワイバーンの攻撃が直撃ではなかったという事か……パンが宿った生徒は、ヘリ自体の爆発では死なないからな。操縦士と通信士もそれで生き残ったのか。大手柄だったな、君の妹さんは」
ワイバーンの攻撃はヘリの燃料タンクをかすった。
それが原因となり引火した為に起きた爆発だったようである。
一歩間違えば確実に全員死亡していた。
栗林は、誇らしげな様子で私の妹ですから。
そう学園長に言った。
食堂では在校生の集団の隅で、救助された集団が食事を取っていた。
その様子はまさに、飢えたライオンの様に齧り付いていたのであった。
中でも食欲が旺盛だったのは、小さい体躯の何処に入るのか、おっとり系の可愛い子で柔らかなボブにカットしたご存知、栗林 珠恵(くりばやし たまえ)その人である。
ヒートヘイズを長時間発現すると、お腹でも空くのだろうかと思わせるほどの食べっ振りであった。
救助された学生達は、皆、疲労しているだろうからと、簡単な常勤の医師の診察だけで、後日精密検査を行う事が決り、3日間の休暇となったのであった。
同じ食堂内でも救助された生徒の話と、犯人は誰だと、犯人探しの推理を始めた生徒達が多かった。
最も、多かったのは、やはり暴走説だったのだが、もし、暴走させたのが新入生の中に居たとすれば、精神に異常をきたしている為に、普通の生活は送れていない筈である事から謎は一層深まるばかりであった。
航空自衛隊がE-2Cの空の監視を行う飛行機を飛ばし、海からは海上自衛隊の潜水艇が探索をしたが、そのいずれにも不審なものは見つけられなかったのであった。
「水楢はどう思う」
食堂で向かい合って座り、もぐもぐと口を動かしながら雪も他の生徒と同様に、ワイバーンは暴走か否かを水楢に問いかけていた。
「うーん。あたしは胡散臭い臭いしかしないわね。暴走説なら現場海域に行っていたお姉ちゃん達に気づいて接近してきてもおかしくないし、それに生存者を生かしたまま放置するとは思えないのよね。暴走すれば、見境なしに攻撃をし始めると聞いているし、まだ達観は出来ない状況に変わりはないわね」
授業では聞いていたが、暴走と一言でいっても、即爆発するものもあれば、見境なく暴れるだけの暴走もある様で、雪には実感がわかない様であった。
それは仕方の無い事で、雪の場合は他のパンと違ってヒートヘイズを操っているのはファウヌスなのだから。
負担があるとすれば雪では無く、ファウヌスに、と言う事になる。
一方で普通のパンは、自身の意識の力でそれを制御し操る事で、疲労感からして全く違うのである。
食事を食べ終わり、部屋に戻ろうと食器を片付けるコーナーへ行くと、丁度、燈も食べ終わり片付けに入ろうとしていた様で、救助された女子生徒を連れやってきた。
「丁度良かったわ。澪達と同級生になる子を紹介するわね。栗林先輩の妹さんで、栗林 珠恵ちゃんよ。大人しい子だからってからかったりしたらダメよ」
数日だけだが先輩なので、澪と雪から紹介を始めた。
「水楢 澪よ、そこの燈お姉ちゃんの妹になるわ、妹同士宜しくね」
「僕は、久流彌 雪です。よろしく」
「栗林、珠恵」
栗林 珠恵はフルネームで名前だけを言うと、コクリ、と首をさげたのであった。雪に言わせれば、ロリ少女萌えぇぇぇ、と言った所であろうか……如何にもライトノベルに出てきそうなキャラなのである。
萌えない訳が無い。
燈は栗林先輩が現在、泊っている部屋に珠恵を案内し、その後、澪の部屋へと戻ってきた。
雪はと言うと、昨日の誤解もまだ解けず、針の筵に入ろうとも思わない為、今日も自室に引き篭もったのであったが――。ドアが開くなり、
「まだ昨日の話が終わってないわよ」
と、燈からの追求が続いたのであった。
木曜日になり、明日授業を受ければ2連休と雪の気持も上向いてきていた所、朝から学園長から呼び出された。
何故か、雪は学園の演習場の周囲をランニングしていた。
いや、させられていた。
「おい、久流彌、まだ1週目だぞ。そんな事で強いヒートヘイズ遣いに成れると思っているのか」
そもそも、ここは異世界でも無ければ、モンスターを倒せば能力が上がるチートな世界では無い。
文科系の体力しか持ち合わせていない雪には苦痛以外の何物でもなかった。
汗だくになった雪は、わき腹を押さえながら泣き言を吐く。
「学園長、も、もう無理です。吐きそうです」
「こら、何弱気になっとるか、弱音を吐く前に汗を流し体力強化せんか」
演習場を1週回り学園長の目の前まできた雪が、弱りきった面持ちで言葉を吐くが、あっさり学園長に拒絶された。
いつもはストレートの髪をポニーテールに結わえ、上下ジャージを穿きこれで竹刀でも持たせれば、某アニメの熱血教師そのまんまであった。
『ご主人も大変なのだな』走っている最中に胸から湧き出るファウヌスにそんな同情を受けながら、夕方までへろへろに成るまで走らされたのであった。
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