第16話見つけた!
栗林は、ずぶ濡れの格好のまま、学園長室のドアをノックする。
中からの応対する声に導かれ扉を開き中へと入室した。
「栗林大尉、現場はどうだった」
失礼しますと言って入室してきた栗林の格好を見て、学園長は一瞬眉を震わせるが、そうなるまでして捜索していたという事は……結果は芳しくない。
そう予想しながらも栗林を気遣う様にきわめて冷静な口調で問いかけた。
「はい。私達が駆けつけた時には、既に誰も居ませんでした。あの後、通信は入りましたか」
栗林から齎された報告は、学園長の予想したものだったものの、ヘリが撃墜された事実を未だに知らない栗林に投げかける言葉が見つからず、一言相槌を打つだけであった。
「あ、あぁ――」
短く答えた後、しばらく言葉を選んでいた学園長であったが、意を決し話し出した。
「ヘリから最後の通信の最中に、操縦士の悲鳴と、爆発音が聞こえ……それっきりだ」
現場海域にヘリが居なかった事で半ば予想はしていたが、通信を傍受していた学園長から実際に口頭で告げられ、栗林は一瞬顔を顰めた後、視線が定まらないまま俯いた。
「分りました」
栗林は奥歯を強く噛締め、何とか声を絞り出し漏らす。
沈痛な面持ちで応対する学園長の気持を理解したのだろう。
栗林は、その後の対策を話さずに、ただ一言返答だけ告げ無言で腰を折ると学園長室を後にした。
翌日は、那珂の島及び小笠原海域には雨雲が停滞しており、雷雨の天候になった為、栗林達の捜索は中止となった。
昔から、海難事故での救助リミットは真夏でも48時間と言われている。
既に24時間が経過して、このまま雨が止まずに明日になれば……リミットの48時間に達し――生存者を救出する事は、絶望的な状況になってしまう。
余談だが、これが真冬の場合は6時間と言われている。
教官室に集まった全員が息を呑んで、海上保安庁が雨の中出してくれた巡視船からの連絡を待っていた。
だが、発見の知らせは翌日になっても遂に来なかった。
全員の顔に、疲労の色が見え始めていた。
「雨も止みましたし、私のペガサスで捜索に出ましょう」
朝一番に、栗林が寝泊りしている寮の部屋へ来て、燈がそう告げる。
燈としても、雨の影響で捜索が出来ない事に、やるせない気持を抱えていたのだ。
前回、自分の体を気遣って、早々に捜索を切り上げた。
今度こそという思いからだった。
普段はお姉さんの中のお姉さんと呼んで良い程、凛としていて明るい栗林の表情は暗く、俯きながら――自分の気持を吐露しはじめる。
「妹は、パンになる事に、自ら志願した訳では無かったの。それでも、私と同じ遺伝子ならば必ず強いパンになって、それは妹を守る盾にもなるからと、私が軍へ無理に勧めて、今回の臨床試験を受けたのよ。私が勧めなければ、今回の様な事にもならなかったの――」
普段は強気で、軍の規律にも厳しく接し、自分が目標にしている栗林の、こんな姿は初めてであった。
諦めかけているのか、目に力は無い。燈はそんな弱気な栗林に激怒したのである。
「栗林先輩、何で、そんな情け無い顔を後輩にさらしているんですか。いつもの先輩なら、最後まで諦めるな。弱音も吐くな、自力で生還してみせろ。そんな風に強気で突き放して来るじゃないですか。そんな弱気な姿――あたしに見せないでよ」
そう言うや否や、燈が顔をくしゃくしゃにして俯くと……大きな瞳からポタポタと廊下に大粒の涙が零れ落ちた。
栗林は、そんな可愛い後輩の肩をそっと抱き締め、ただ一言、『ごめん』そう言って頭を撫でたのであった。
それからは、目を赤くした燈を連れて、ペガサスで現場海域を朝から夕方まで捜索したが、海上に浮いている人影は言うまでもないが、ヘリの残留物すら見つからなかった。
陽が暮れる前に捜索を断念して、学園へ戻ろうと帰路についていると燈が、海上に妙な物を見つけその方向を指で指し示した。
「先輩、あの黒いのなんでしょう。かなり大きいですけど」
その言葉で栗林が、指し示された方を見つめると――。
そこには真っ黒で巨大な島があった。
こんな所に島などあったかしら、そう思い、栗林が燈に高度を下げるように指示した。海抜30m位まで下りるとその姿が詳しく視認出来た。
黒い島の真ん中には、人が10人横たわっている。
「見つけた」
栗林が目を見開き、満面の笑みを浮かべて大きな声で叫ぶ。
「燈ちゃん、あの島に降下してくれるかしら」
いつもの栗林の口調に戻った事が嬉しくて、燈も元気に返事を返した。
「はい。了解です」
ペガサスの足が黒い島へと着くと、直ぐに栗林が下りて1人の女子へ駆けて行った。
「タマちゃん」
栗林が少女の横で膝を付く。
小柄で華奢な体躯に、柔らかい感じのボブにカットしている少女は、眠っていた様で、栗林に肩を揺すられると、少し瞼を左の指先で擦った後、目を覚ました。
「タマちゃん、生きていたのね。どこも怪我は無い、お腹は空いてない、疲れていない、眠くない、寒くは無い、お姉ちゃんの事は分る」
栗林は、いつもの先輩らしさが消え、矢継ぎ早に捲くし立てたのであった。
声を掛けられた少女は、寝ぼけ眼で栗林を見ると、
「お腹空いた」
ただ一言、それだけ言葉を発したのであった。
この時は、疲れからこんな話し方をしていると燈は思っていたのだが、栗林の問いかけに答える少女を見ていると、そうでは無い事に気づいた。
「所で、タマちゃん、このヒートヘイズは誰が召還したの」
「わたし。かわいい。つるつる」
抑揚の無い声音で栗林の問いかけに応じる少女は、自分達が立っている地面を掌で優しく撫でながらそう語った。
「凄いじゃない、それじゃ、ヘリから皆を助けたのは」
「わたし」
栗林が事前に得ていた妹の情報では、島の様なヒートヘイズの情報は無かった。
驚きながらも無事な姿に安堵し、矢継ぎ早気になっていた事を尋ね始める。
「ヘリを撃墜したワイバーンは何処に行ったか分る」
「……」
今回の事件の元凶となったワイバーンの所在に関しては――ただ首を振るだけだった。
元々、言葉少ない子だった様である。
これが澪なら、そう考え心配にもなるわよね。そう思った燈であった。
栗林と妹が会話しているのを、少し離れている場所から、9人の生存者が温かな眼差しで見つめていた。
燈は、自分の階級と所属を告げ、各自の体調に問題が無いか聞いていき、体調不良な者が居ない事が分ると――栗林に学園まで移送するヒートヘイズを出してくれるように頼んだのであった。
要救助者を発見した場所は既に那珂の島のジャミングの圏内に入っていた事から大型のヒートヘイズを出しても問題は無いとの判断であった。
栗林が島の様に広いクラーケンの頭部横に、手を翳すと――ゴワッ、というお馴染みの音と共に巨大なロック鳥が出現した。
驚く皆に、迅速に羽から背に乗る様に指示を出し、皆が乗り終わると、海上に浮かんでいたクラーケンは煙となって栗林の妹へと戻っていった。
「さぁ、帰るわよ」
行きと比べて表情が柔らかくなった栗林、燈、救助者10名を乗せたロック鳥は、学園へ向けて、巨大な羽を振るわせたのであった。
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