第8話学園長との昼食会

 雪が目を覚ましたのは、翌朝。


 目が覚めると、寮の自分の寝室であった。

 雪は、昨日の事を思い出していた。暑さにやられて倒れた訳ではない。学園長から発せられる言葉のプレッシャーに負けて、倒れたのだ。


 雪がベッドから起きると、ベッドの横には、肩からタオルケットを掛けた状態で雪のベッドに両腕を預け寄り添って眠っている水楢の姿があった。

 雪は、水楢を起さないようにそっとベッドから出て、シャワーを浴びに浴室へ入った。


 それにしても、昨日は酷い目にあった。

 どう見ても不良にしか見えない先輩には絡まれる。それを撃退するのにヒートヘイズを出してみれば、グリフォンでは無く、フェンリルが飛び出す。

 帰り道では、水楢に詰問責めにされ、寮に帰れば――学園長が待っていた。

 これ以上の災難は雪の人生で早々無い。


「まったく、どうなっちゃっているんだか」


 僕は自分の胸を見つめ、そんな事をつい口走った。

 すると、『ご主人は、苦労しておるのだのぉ』当事者からそんな事を言われるとは、流石に思わなかった。


「いや、全部、お前絡みだから」


 頭にシャンプーを付け洗いながらそう反論する。


『ふぁふぁふぁ、我が原因であったか。それは失礼した』


 すると何がおかしいのか、笑いながら謝罪された。

 これって謝っていないよね……内心腹立たしく思いながらも話を続ける。


「そもそも――お前って何なの」


 自分では確信をついて問いかけたつもりなのだが、


『それは、あの娘にも言った通りじゃ。人間は神の領域へ足を突っ込んだ』


 昨日と同様に訳のわからない話ではぐらかされる。


「だから――」


 神の領域に足を突っ込んだ事がどうしたと言うのか、更に問いただし、その先を促そうとしたのだが、


『別に、ご主人に悪いようには成らん。我の役目はご主人の守護じゃ』


 話をしても全く、要領を得なかった。

 僕は、髪と体に付着した洗剤を温水シャワーで流しながら少しは自分が特別だからとかいう中二病的な思惑や期待をもち、聞いてみた。


「何か目的があって、お前が僕に宿ったという事でいいのか」

『ふむ。まぁそんな所かのぉ』

「宿るのは僕じゃ無くても良かった。という事はあるのか」


 期待とは逆の場合の質問をしたのだが――。


『ふむ。我を発現させたのはご主人だ。他のヒートヘイズ達と何も変わりはしない』


 益々、訳がわからなくなって来た。

 すると、突然――浴室のドアが開いた。


「話は聞かせてもらったわよ――きゃぁぁぁぁぁ」


 僕の格好は、当然全裸だった。

 そこへ水楢が突然ドアを開け、中を覗き込む。

 当然、僕の全裸もばっちり見られた訳だが……。もらったわよ――きゃぁぁまでの、この――の間に、水楢の視線を見つめていた僕は、彼女の視線が、下半身に釘付けになったのを見てしまった。

 ばっちり見られてしまった。


「叫びたいのは僕の方だって……」


 浴室に1人残された僕もまた、彼女同様に、赤面していた。

 これは決してシャワーを浴びているせいでは無いと思いたい。



 浴室から出ると、リビングには顔を真っ赤に火照らせた水楢が、冷静さを取り繕うようにペットボトルのお茶を飲んでいた。

 美人の上に可愛い性格とは――中々だ。そんな事を思いながら、水楢に、昨日の事と、看病をしてくれていた彼女へお礼を伝える。


「水楢、昨日はごめん。それと、看病してくれて有難う」

「べ、別に気にしなくていいわよ。私も時間が欲しかったし」


 僕とは目線を合わせないように、恥じらいながら返事を返してくれる。


「やっぱり昨日呼ばれたのは、あの件だったのか」


 僕はやっぱりばれていたのかなと気にかけながら――普段なら女性を見つめる事に気恥ずかしさを感じて直ぐ諦めるのだが、水楢が視線を避けてくれているお陰で彼女の横顔をじっくりと観察出来た。

 一晩僕のベッドで看病してくれていたからか、ショートの髪のサイドが若干跳ねていた。


「そ、そうね。昨日の男達に絡まれた話の様だったわ。でも雪くんが、急に倒れちゃったでしょ。それで、また後日って話になったけど」


 さっきの風呂場の事を恥じているのか、どもりながら話す水楢も可愛い。そうじゃない……やはり昨日の事はばれていたようだ。


「やっぱりフェンリルの件だったか……」


 水楢の横顔に惚れ惚れしながら何とか会話を続ける。


「えっ、それはおまけで――元々、あの滝って生徒は問題が多くて、ずっとマークされていたらしいのね。女子への猥褻わいせつとかの問題で」


 水楢が僕の方に視線を投げてきたので、今度は僕が視線を逸らした。

 それにしても滝ってそんな悪党だったのか……もし僕がヒートヘイズを発現させなかったら、水楢もその毒牙にかかったのだろうか、だがそれは有り得ない感じがする。


「じゃあ、昨日、僕が出したフェンリルで何か問題になった訳じゃ」


 よし、確信部分だ……。


「何でそれで問題になるのよ。将来有望なヒートヘイズ遣いがあらわれて喜んでいたわよ。二人共」


 そんなに喜ばれたんじゃ……僕の将来、お先真っ暗かな。思わず、水楢の言葉の最後部分を口走ってしまったのだが、


「二人共……」

「そう。特に、学園長が張り切っていたわね。倒れた事で、尚更、『久流彌は体が弱いのだな。これは私が指導するしか無いか』とか言っていたし」


 何故か、水楢の視線が温かい。


「なんてこった――即、最前線とかの心配の前に、鬼教官のスパルタかよ」


 つくづく僕は付いていない様である。こりゃ――死んだな。


「何で雪くんが、最前線送りになるわけよ。たとえ卒業しても、最後まで切り札は取って置くものでしょ。多分、卒業後は、うちのお姉ちゃんと同じ部隊に配属になりそうね。あたしも、雪くんも」


 水楢は僕をしっかりと見据え、ちょっと驚いた表情で卒業後直ぐに、最前線に行く事は無い事を知らされた。

 ちなみに卒業後もこの美少女と一緒の職場になるらしい。


「それって、水楢も水楢のお姉さんも、切り札だって言っている事と同義だと思うのだけれど、合っているかな」


 水楢姉妹ってもしかして凄いのかな、そう思い確認すると、


「ええ。それで合っているわよ。あたしも、お姉ちゃんもペンタクラスだしね」


 めちゃめちゃ凄かったようです。


「えっ、それって最大で、5つヒートヘイズを出せるって事」


 聞き間違いかと思い、数に例えて再確認するが、


「そうよ。雪くんの秘密を知っておいて、あたしだけ黙っているのも――ね」


 朗らかな笑顔でそんな事を言われ動揺した僕は、


「秘密って――僕の息子の事とかですかね」


 思わず茶化しちゃいました。


「ひゃっ。何言っているのよ。そんな訳ないでしょ」


 顔色を桜色に染めながらむきになって言い返されました。


「ですよねぇ。それじゃ、学園長とはいつ話をすればいいんだ」

「えっとね、お昼でも食べながらって言っていたわよ」

「うわぁ、そんな味が分らなく成りそうな食事、嬉しくないね」

「雪くん、学園長とか苦手なんだ」


 頬を吊り上げながら、弱みを見つけたとか言うような視線で見つめられながら言われた。


「だって怖いじゃん。あの目で見つめられただけで気絶出来る自信があるのだけれど……」


 蛇に睨まれた蛙の心境って実体験するとは思わなかったもんね。


「あれでも可愛い所があるんだってよ。お姉ちゃんから聞いた話だけれどね」


 女の可愛いとか同性に対して表す言葉は難しいからな……。


 水楢と会話していて、朝のシャワーの事や、僕自身のヒートヘイズの事はすっかり忘れてしまっていた。

 お互い覚えていても、赤面するだけで過ぎた事はどうしようも無いのだが……。


 お昼になり、僕と水楢は、昨日話し合う予定だった談話室へやってきた。

中へ入ると、既に学園長、楓先生が揃っていて、テーブルの上には豪華な入れ物に入った弁当が用意されていた。簡単な挨拶をして席に座る。


「久流彌、昨日はぐっすり眠れたようだな。うん。顔色が昨日と比べてかなりいいな。期待の新人だ、体調管理だけは怠るなよ」


 えっ、何故か笑顔で学園長に迎えられました。なんで……。


「はい。昨日はご心配をおかけして申し訳ありません」


 僕はあくまでも真摯にお礼を述べます。


 そんな和やかな挨拶から始まった昼食会だが、話が滝の話に移ると――学園長の雰囲気ががらりと豹変した。


「あの馬鹿者は、これまで1人を妊娠させ、他にも数人、3年と2年の生徒で被害にあった生徒が出ていた。手口は、昨日張り込ませていた間諜が集音マイクで全て拾ってある。お前達には、面倒をかけたな。証拠集めの段階で無闇に姿を現し、言い逃れをされれば更に被害者が増えていた事だろう。だが、今回の事で、滝の沖縄前線送りが決った。あれでもランクBのヒートヘイズ遣いだ。大いに国の役に立ってくれる事を期待している。まぁ、沖縄、北海道奪還作戦が終了するまで、延々と戦地送りだがな」


 学園長の口から齎された内容は、僕の想像を超えていた。

 あの時、水楢に何事も無くて良かったという安堵と、被害に会われた女生徒には深く同情した。

 あの下卑た笑いを浮かべた男に酷い事をされたのだから。

 そして滝の身柄は、奪還作戦が終了するまで延々戦地送りと聞いて安堵した。


 そこからは、僕のヒートヘイズの話になった。


「それじゃ、滝の件が起きるまで、フェンリルを発現させた事は無かったという訳か……」


 学園長は何気ない口調で会話をしながらも、僕をじっくり観察していたのだが、滝の件で安心しきっていたお陰で、その瞳の色が変わった事に気づいていなかった。


「はい。僕自身4日前にパンが宿ったばかりで、新薬臨床試験の会場から逃走して確保される時に、初めてヒートヘイズが発現したので……フェンリルが今回発現して驚いたのはむしろ僕の方です」


 僕は、和やかな雰囲気での昼食会に戻って気が抜けていた。気が抜けすぎていて、うっかり言ってはいけない事を、口走ってしまっていた。

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