第7話学園長の詰問
水楢から説明を受けた、クラスとランクの話でいえば、雪の体内から出たヒートヘイズは、2体。それもランクは共にAであったのだから。
「雪くん……雪くんってば聞いているの」
水楢から肩を揺すられ、漸く正気に戻る。
「あ、あぁ。ごめん。なんだっけ」
「もう。何で雪くんの出したのがグリフォンじゃなく、フェンリルだった訳。それと何でヒートヘイズが喋ったり出来るのよ。あたしの得てきた知識が、ボロボロ音を立てて崩れていっちゃいそうなのよ」
天使のリングが出来ている頭を両手で押さえ焦る水楢も魅力的だが、矢継ぎ早に質問されても雪にはわかる筈もなく――次の言葉を捜していると『我の事を言っておるのか、それとも別の話か』フェンリルは、雪達が座っていたテラスに近づいてきて――そんな事を
「あなた、一体何者な訳。ヒートヘイズが喋るなんて、聞いた事も無ければ、教科書にも、過去にも有り得なかったのだけれど」
勇猛果敢にも水楢が僕のヒートヘイズへと詰問すると――。
『ご主人に宿った、我の事を言っておるのか。お主達にそれを受け止められるとは思えん。知らぬが仏だぞ』何やら訳がありそうな感じを醸し出し、その姿は煙となって雪の中に戻っていった。
「ねぇ、ちょっと、まだ話は終わっていないでしょう」
水楢が、あくまでも問い詰めようとするが、消えてしまったものは仕方が無い。 水楢の質問の相手は――雪へと戻ったのであった。
「ねぇ、雪くん。何かあたしに隠している事とか無い訳。実は――デカクラスだった。とか、何か厄介なモノに取り憑かれてしまったとか。ランクAを2体よ、そんな話――お姉ちゃんにだって聞いた事が無いのだけれど」
水楢は雪の肩に手を置き揺すりながら、捲くし立てるが、雪はデカクラスっていくつを表すんだっけと、お門違いな事を考えていた。
「いくら聞かれても、僕はつい3日前だよ。パンになったのも、ヒートヘイズを発現させたのも……」
何とか水楢の詰問から逃れようと説得を試みる――。
「それは、知ってはいるわ。あたしはお姉ちゃんを見てきたし、聞いていたから、あっさりと自分の中に、ヒートヘイズを受け入れられたけど……。雪くんは、違うものね」
水楢が、やっとわかってくれた事に雪は安堵した。
だが、雪の心中は穏やかでは無い。他の人のヒートヘイズは話さない。
それにランクAが2体も1人の人間に宿るのは、恐らく初である事。
それらを考えれば、自分の日常が、これから大きく変わる予感しかしなかったのだから。もしこれが軍にばれれば、戦力として即、最前線送りになったりはしないだろうか――。
そう考えると、雪の心は不安で一杯になっていた。
「取り敢えず、今日の話は内緒にしていてくれないかな」
水楢がここまで慌てる程の事態なのだ。
噂が広がれば僕の生活が一変する未来しか考えられず、その不安から黙っていてくれる様に水楢に頼み込む。
「何でよ、こんな一大事、無いわよ」
だが、水楢は僕の心情は理解出来ていない様で、このままでは水楢の口から周囲に漏れそうな気がした僕は何とか言い訳を考え口を噤んで貰える様説得を試みた。
「だって、僕が変な目で見られそうじゃないか」
「あたしは、十分変な目で見ているけど……」
呆気らかんと失礼な言葉も混ざっているが、ここは穏便に済ませてもらうしかない。
「だよね。それはわかるんだけど……それでも頼めないかな」
「まぁ、雪くんと話している限りは、暴走じゃ無いのはわかるわ。秘密にされて悔しいけれど……今回は黙っていてあげる」
「有難う。助かるよ」
何とか、水楢には黙っていてくれる様に頼んで、口止めに成功し安心した僕は、
テーブルの上に残っている筈の、ケーキを食べようとケーキが乗った皿を掴むと……そこには何も無かった。
「あれ、僕のケーキが無い」
「あ、あたしのも無い――」
『旨かったぞ、人間の食べ物は中々に美味いな。馳走になった』
何処からとも無く、そんな声が聞こえてきたのであった。
「ちょっと、あんた、人のケーキ食べたなら話くらい聞かせなさいよ」
その後、水楢が何度も、僕に――正確には、僕の胸を見つめながら問い詰めるが、声は聞こえてこなかった。
――帰り道
「まったく、何だか胸の中がモヤモヤするわ」
「まったくだね」
「まったくだね。じゃ無いわよ。雪くんが原因でしょ」
「そう言われてもね……僕にも、何がどうなっているのかさっぱりだから」
「でもどういう事。ヒートヘイズは宿る主の魂を原動力にしているってお姉ちゃんからは聞いていたのに、ケーキ2個も食べたのよ。しかも会話までして。こんな事、あたしの常識には無かったわよ。もうっ」
最早、水楢の怒りが不可思議な存在に対してなのか、単にケーキを食べ損なった事に対する未練なのか分らないが――ずっとこんな感じであった。
「僕の常識には、ヒートヘイズ自体無かったんだけれどね」
僕がぽつりと言の葉を漏らすと――。
「そりゃ、雪くんにしてみればそうかもしれないけれど……」
少しは僕の心情を理解してもらえた様に思えたのだが、長い徒歩での帰り道、両手に沢山の買い物袋を持った状態で水楢に詰問責めにされたのである。
寮の前まで来ると、何故か
この那珂の島学園に到着した初日に、問題が無ければ、早々顔を合わせる事も無いだろうと言われていたと思ったけれど――それが何故。
まさか、さっきショッピングセンターで起きた事をもう学園長が知っているのだろうか。そんな不安にかられながら、寮のドアを開けた。
「え、え、えっとやっと帰って来ましたね。お2人にお話があります。今から学園内の談話室まで来て貰えませんか」
おかっぱの髪を揺らせ焦りながら話を進めているのは、楓先生だけで、その間、学園長は切れ長の目で僕を捕らえ、視線を離す事は無かった。
楓先生が先頭を歩き、真ん中に僕と水楢、後ろからまるで逃走を阻止するかの様に、真樺学園長が続く。
寮から学園まで本当に目と鼻の先程の距離なのだが、長く感じる。
きっと雪の首には、びっしりと汗をかいている事だろう。
それを悟られない様に、暑さのせいを装う。
「何だ、久流彌は暑いのが苦手なのか」
背後から冷たい声音でそう言われ、思わず僕の心臓は縮み上がる。
それでも、悟られない様に、何とか声を出す事に成功した。
「はい。学園長。体育会系では無いので、空調の効いた部屋で過ごす事が多かったものですから」
うん、嘘は付いていない。
「ほぉ、ではこの学園にいる間に、体力づくりはしっかりやらねばな。軍人、環境に左右されて動けないでは、情けないからな」
先日まで学生だった僕が軍人扱いされた事に違和感を覚えるが、学園長の声音が特に怒気を含んだもので無かった事に少しは安堵し、短く返事を返した。
「はい。努力します」
「うむ。よろしい」
一問一答、言葉を選びながら、雪は何とか学園長の問いに満足できる回答を出せた様である。
この感じは、もしかして、ショッピングセンターでの出来事を知らないのでは――そんな期待を持ち始めた雪であったのだが、次の学園長の問いで、堪えていた緊張も限界に達する事になる。
「所で、久流彌 雪。お前、事前情報と違うヒートヘイズを出したんだってな」
お前、昨日結婚したんだってな。とでも言うような重大な話題を軽い口調で尋ねられた雪は――緊張のあまり、その場で倒れてしまった。
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