第54話 ロリと温泉と透明化
冬の日の夕方。
いつもの変わらぬ日常を終えた僕達はいつもとちょっと違った放課後の過ごし方をしていた。
ここはとある銭湯の男湯。
とても大きな室内に複数ある小さな洗い場、一つの大きな湯船、そして壁に描かれた大きな富士山。
そんな古き良き銭湯の洗い場でいつもみたいに何かを話すふたりの男がいた。
しかし二人は視線を合わせることはなく、共に窓の外……ではなくあえて曇らせて使いものにならない鏡へと向けられていた。
「なあ拓海さんよ」
「どうしたんだ充さんよ」
「俺は長年ロリコンをしてきた、中にはロリとイチャイチャしたり、お風呂……なんて事も考えた事もあった」
「まあそうだろうな。それに多分ロリコンじゃなくても異性とお風呂は想像するし」
言いながら意味もなくお湯を少しすくいそのままゆっくりと落とす。
これは僕の偏見だが、大体の男子は好きな女の子または気になる女の子が出来てしまったら一度はそういった妄想をしてしまうものだと思う。
思春期特有の妄想力が暴走に暴走を繰り返し、一体どこから湧いて出たのかと思わず自分で聞いてみたくなるくらいリアルに想像できてしまうのだ。
そしてその想像で描かれた子はその人の好きなように……。
これだけを聞くと引いてしまいそうになるが、男とはそういうものなのだ。
全員が全員そうではないが大体の男はそうだと言ってもいい……と思ってる。
しかしそれはあくまでも想像だから色々出来てしまうわけであってそれが現実に起きたらどうなるか……それは言わずとも想像するのは簡単だろうな。
「確かに俺も男だからそういった想像もしてる、それは否定しない。でも俺は知らなかったんだよ」
「知らなかったって、なにが?」
「いくら妄想や想像で予行練習をひていても、いざ現実で似たような事が起こると俺は何も出来ないチキン野郎だったってことさ……」
言いながら充は方をガックシと落とす。
まあ充の気持ちもわからなくもない、きっと僕も充と同じ立場であれば同じような事を言っていただろうから。
「拓海さん気持ちいいですか?」
「み、充さんも、どうでしょうか?」
そう言って僕のひょこっと横から顔を出す愛莉。
充の元には奈穂ちゃんが同じように横から顔を覗いていた。
もちろん僕達は腰にバスタオルをまいてあるから正面から覗かれる事がなければ大丈夫なのだが……。
「なんというか……嬉しいけど、嬉しいけどっ」
「ああわかってるさ親友、俺も同じ気持ちだからな……」
バスタオル一枚の僕達に対しロリ達は何故かスクール水着。
これじゃお風呂はお風呂でもソープの方のお風呂だよ……。
とは言っても流石に幼女と裸の付き合い……いやここは銭湯だからそれが日常的に行われているのはわかっているのだが、それはあくまでも何も知らない他人とか身内とかならって話なわけで知っているロリ達がいるとまた変わってくるのだ。
それに今日はロリだけではなく……。
「おっ、早速やってるね〜っ! お姉さんもお願いしちゃおっかな!」
「あ! 二人ともズルい!
「まっかせてよ明音姉♪」
続々と入ってくるいつもの顔。
わがしおり高校の生徒会長である安曇渚、僕達と同じクラスメイトの柿本明音、愛莉のもう一人の親友である兼元紗々の計三人が入ってきた。
もう一度言っておくがここは男湯だ。
僕達が女湯に入ったわけではない、しかしどうしてこうなっているかと言うと全ては今後ろの方で楽しそうに撮影に励んでいるメイド姉の罠……とだけ言っておこう。
「って、何やってるんですか愛優さん!?」
「ナニって……撮影ですよ撮影」
「ただ身体洗うだけなのに撮影なんていらないですよね?」
「ただ身体洗うだけって……私はその後のナニを撮影したいんですが?」
「だからここはそういうところじゃないよ……」
いい加減にこのやり取りにも慣れてきたせいか前よりは疲労が少ない。
……いや慣れちゃいけないんだろうけど。
「それにしてもやっぱり拓海さん凄く大きいです」
「えっ?」
あまりにも突然すぎたことで思わず素で返してしまった。
しかし違うとは思いながらもこの言い方的にはまず最初に確認しなければいけないことがある。
「…………」
ということで、僕は念のため一旦下を向く。
大丈夫、僕のアレはいつも通りだ。
不自然な膨らみも無ければ見えてすらいない完璧だ。
ふぅ、と安堵の息を漏らすものの、僕に降りかかる誤解はこれで留まるはずもなく、
「拓海さんのは本当に立派ですっ!」
「んんっ!?」
「「「ッ!?!?」」」
ちょっと待った、さっきから妙に言い方に悪意がないか? ……いや、愛莉のことだからそんなものはないはずだが。
わかっていても、疑ってしまうのは仕方ないだろう。わざととしか思えないくらいに主語が抜けているのだから。
……しかし、アレだな。こうなってしまってはきっと……。
僕は予測できる未来に頭を抱えそうになりながら、耳を澄ませる。すると聞こえてくるのはやはり、
「湊君のはとても大きくて……」
「拓海くんのはとても立派で……」
「湊様のアレはアメリカーン!?」
「なんか最後のはちがくない!?」
悪ふざけが大好きな人達が多いのだからまぁ乗ってくるよねって。
こうなると収集がつかなくなるのは承知の上で抵抗しようとするのは無謀だろうか。いやしかしここで否定しなければ誤解のままになってしまう。
どうしようかと悩んでいると、隣にいる親友からの助け舟……
「はっはっはっ、みんな何か勘違いしていないか?」
「充、お前僕に対する勘違いを解こうとして……」
「こいつのはアメリカーンじゃねぇ、ワールドクラスだ」
「「「おおぉ!」」」
などでは無かった。むしろ余計に酷くなってしまった。
「よし充、表へでろ。今日こそ決着を付けてやる」
「おいおい拓海、せめて外に出るなら服は着ていけ」
「服は着るけどお前も行くんだよ!?」
しかしその言葉に、親友はバツの悪そうな表情を浮かべながら僕の肩に手を置く。
「すまないが、別のやつにしてくれ……俺にそんな趣味はない」
「僕だってないからね!」
「拓海くんと充くんがそんな関係だったなんて……お姉さんびっくりだよ」
「二人って仲良かったけどまさかねぇ……」
「……充さんせめて、浮気するなら女性の方が私は諦めがついたのに……」
「拓海さんと星川さんとっても仲が良いですよね」
「あはは……愛莉も奈穂ちゃんも顔が怖い……」
「これは、修羅場ってやつですね、録画しなくては」
各々が好きに暴れたり誤解したり。
「これはどうやって収集を付けるんだ……」
この惨状に思わず空を仰ぐことしかできない僕であった。
……が、それはそれ。先に僕達が身体を洗い富士山もとい壁を見ながら湯船に浸かりその間、女性陣達は身体を洗う。
背後からは楽しそうな声、
「なぁ拓海さんや」
「どうしたんだい充さん」
「俺達はどうしてすぐそこにある楽園に目を向けることも出来ず壁に向かって話しているんだ」
「そりゃそこにいるのが愛莉や奈穂ちゃんだけじゃないからでしょ」
「……なぁ拓海」
「うん?」
「銭湯に入る時から気になってたんだけどお前と愛莉ちゃんって普段から一緒にお風呂入ってるのか?」
「どうしてそんなことを?」
「いや、そのなんだ。確かに拓海はみんなと入ることに対して抵抗はあったけれど、愛莉ちゃんの反応が奈穂よりも慣れている感じがして……」
言われてみるとそうかもしれない。さっきも僕の背中を流している時とか奈穂ちゃんの方は愛莉に比べると随分たどたどしかった。
まぁ愛莉は僕のを毎日のようにしてるし、僕も愛莉のを毎日のようにしてるからそこの差はあるとは思うが。
しかしそう考えると……。
「充って普段は奈穂ちゃんと一緒に入らないの?」
「ば、バカお前。そりゃ俺だって入りたいけど……」
「そいやさっきチキンとか言ってたっけ」
「事実だけどハッキリ言われると来るものあるな……。というか拓海はやっばり愛莉ちゃんと」
「入れる時はほぼ毎日入ってるね。流石にスクール水着ってのは初めてだったから今回びっくりしたけど」
「……おい待て、その言い方だと普段は」
「お風呂なんだから裸なのは当たり前だろ」
「な、に……」
充がその事について驚いている頃、愛莉達も同じような話になっていたのだろう後の方から驚きの声があがっていた。
今にして思えば愛莉と入るようになったのはつい最近のことだから他の人には話していない。それは愛莉も同じようだった。
「まさか充がまだとはなぁ」
「うぅ……」
隣で落ち込んでいる親友の肩を叩く。
「でも意外だな。僕達は結構最近だったけど充ならもっと前からやってると思ってたのに」
「……お前なぁ、俺のこと買いかぶり過ぎちゃいないか?」
「そうか? 全盛期のときに週一で告られてたくらいだし女の子には慣れている気がしたんだけど」
「それで慣れるのは振り方だけだよ。それになんだかんだで付き合ったのは奈穂が初めてだから……」
「そうだったのか、僕はてっきり隠れて交際していたりしたと思っていたんだけど」
「前から気になってたけどお前らの俺に対するイメージとか結構酷いよな。俺はそこまで優秀じゃないよ、お前と違って」
「……そんなことないさ。僕はただわからないから一生懸命にやってるだけだよ。それしか道はないから」
「……まったくだよな。お前はさ、どうしてるんだ?」
「どうって何が?」
「世界の差を感じた時。俺はさ、つきあう前は愛さえあればいいとか思ってたんだ。いや何かあっても愛でなんとか乗り切れるって」
「…………」
充の言葉は僕にも刺さる。
本当に色々なことがあった、お嬢様とはいえ僕達と同じようなところもあるとわかったこともあれば、あぁやっぱり僕なんかとは全然違う世界に生きているんだな、と感じる時もある。
そしてそれはもちろん僕だけじゃなく、僕と同じくロリお嬢様と付き合っている充も感じていたらしい。
基本的に奈穂ちゃんが同じ空間にいるときは笑顔を絶やさないようにしていた充が今日初めてその顔に影を落とす。
「……やっぱり難しいな。普通の恋愛すらしたことないのにいきなりこれは」
「……そう、だね」
「ちゃんと考えればわかることなのになぁ。恋は人を盲目にさせるみたいに言うけど本当にその通りだよ」
「……それでも充は奈穂ちゃんのこと好きなんだろ?」
「……あぁ」
短く、だけど強く頷く。
「好き、愛してる。だからこそ俺は奈穂と釣り合う男にならなくちゃいけない。……こんなこと奈穂に言っても『充さんはそのままでも』って言ってくれるだろうけどさ」
「ははっ、僕も同じだよ。多分否定はしないし、むしろ支えてくれる。でもいつまでもそれに甘えるわけにはいかない」
「お互いこれからも苦労しそうだな」
「そうだね」
こうして僕達は笑い合う。
たまには男同士で話し合うのもいいもんだ。
「二人揃って何を話していたんですか?」
と、丁度終わったタイミングで愛莉達も湯船に入ってくる。
もちろんタオルは巻いてあるし、僕達も腰にタオルは巻いたままなのでそういったチラリとかはない。
「男同士の秘密の会話だよ。そっちも盛り上がってたみたいだね」
「はいっ、その普段はどうしているのかとかお風呂はどうとか色々聞かれちゃいましたけど」
「…………」
言いながら赤面する愛莉の後ろからこちらをニヤニヤと見てくる女性陣。
この時点で愛莉がどこまで話してしまったのかを察してしまう。
「このまま親指を立てて湯船の中に沈んでいきたい……」
「あはは、まぁどんまい拓海」
「すみません拓海さん」
「いや、いいんだ、どの道いつかはバレるだろうし。ただ心の準備が出来てなかっただけで」
困ったように笑う僕。
そんな僕を見た愛莉は少し考える仕草をすると、
「拓海さん、お詫びと言ってあれですが……よいしょっと」
「あ、愛莉さんっ!?」
そう言ってあろうことか僕の足の間にちょこんと座り込んだ。
予想外の行動に戸惑っていると、愛莉はそのまま僕の方へと身を寄せる。
普段はタオル越しでしか感じたことのない愛莉の背中が僕の胸板に触れている。
「あ、愛莉みんな見てるけど……」
「私は別にそんなのは気にしませんよ。それともご迷惑だったでしょうか?」
「そ、それは……」
そのまま見上げる愛莉に僕は目をそらす。
純粋に僕がこういったのに弱いというのもあるが、それ以上にタオルで巻いているとはいえ……いや、むしろタオルを巻いているからこそお湯によってピチッと肌にまとわりつきその華奢なボディラインが出てしまい意識してしまうからだ。
……どうして見えている時は何も感じないように出来るのにこうして隠されていると逆にそれが難しいのは。
いや今はそんなのはどうでも良くて、
「愛莉がそうしたいなら……。僕も嫌ってわけじゃないから」
「ありがとうございます……えへへ……♪」
「…………」
何この子めっちゃ可愛いんですけど!!!
甘えた声で頬をすりすりしてくる愛莉に対し、心の中で今世紀最大級の叫びをあげる。
いつもはしっかりしているけど、甘えてくる時はこれでもかというくらい甘えてくるからたまらないんだよなぁ。愛莉がそんな状態に入ってしまうと、僕ももう周りの目とかどうでもよくなってしまう。
とはいえそれはあくまでも僕達の中での話であって、実際の周囲の反応はと言うと……。
「……なんというか意外、だな。いや拓海と愛莉ちゃんの関係を知っているけど、それでも……」
「普段の愛莉さんからは想像出来ないですよねあはは……」
「確かに最近の愛莉は前よりもお兄ちゃんのことばかりだよねぇ。時々学園にいながら変なスイッチ入っちゃうくらい」
僕は「そうなの?」と愛莉に確認すると、どうやら本当のことらしく僕にから顔が見えないように俯いてしまう。
「ところで湊様と星川様に伺いたのですが」
「うん?」「なんですか?」
「おふたりはこんなにも沢山の美少女に囲まれているのに興奮とかしないのですか? バスタオルで隠されているとはいえ、仮にも一緒に入浴ですよ?」
「それは……」「まあ……」
僕達は顔を見合わせる。
言われてから気付いた……と言うよりは、お互い奈穂ちゃんや愛莉に夢中だったのもあるけれど。
柿本や愛優さんは美人系、紗々ちゃん奈穂ちゃん愛莉はカワイイ系で世間一般から見たらまぁ羨ましがるメンツでもあるし、普通の男子高校生であればそりゃもう。
だけど僕達は違う。なぜなら僕達は、
「「
これに尽きるだろう。
僕達は変態紳士同盟貧乳組、一度は巨乳に揺らぎかけたがやはりこの世の宝は貧乳だ。
72センチ、まな板、洗濯板、ぺったん、ちっぱい、絶壁、スットン共和国、空っぽの方が夢つ込める……など色々と呼び方みたいなのがあるように貧乳は愛されている!!
かの非常勤講師は言いました、駄肉の無い体型こそ完成された体型。つまり(背が)小さくて、(胸も)小さくて、(腰周りも)小さいロリボディこそが至高なのだと!
僕は常々思う、どうしてこの世の女の子はみな胸や身長が大きくなってしまうのかと。
「僕達は貧乳……否! ちっぱいを愛し、ちっぱいに愛されるために!」
「大きいおっぱいなどに負けないようこれからも一層の努力を!」
「……ということです」
「なるほど、とりあえず通報した方がよさそうですね。行き先は病院か豚箱か」
「「……えっ?」」
なんて冗談混じりのやり取りを終え、お風呂からあがる僕達。
流石に着替えまで一緒にする訳にもいかないので先に女の子達が着替えてから僕達が着替える。
そのためみんなの着替えのシルエットを前に生殺し状態で湯船に浸かっているのだけど……。
「なぁ拓海。俺は思うんだけどさ、もしも透明になれる薬とかあったらこういったとき便利だとおもうんだよな」
「……まぁ、そうだけど。奈穂ちゃん以外の子を覗くの?」
「ばーか、俺が奈穂を裏切るわけないだろ」
「それなら奈穂ちゃんのことを覗くのか? 奈穂ちゃん充のこと大好きだから頼めばなんとかなりそうな気もするけど……」
「いやぁ、実は一回だけおふざけで頼んでみたことがあるんだよ」
「ほほぅ? その時は充はなんて言ってお願いしたんだ?」
「産まれたままのキミの姿を見せてくれって言った」
「ふむふむ、それで?」
「し〜ね♪ って優しく殴られた。脱ぎたてのパンツで」
「それはご褒美では?」
「ふっ、甘いな拓海。俺は冗談でスカートめくりをしたら半日ずっと洗濯板の上で正座をさせられ更にひざの上に奈穂が座っていたんだぜ」
「でも女子小学生って体重はA4用紙一枚分だろ? 軽いもんじゃないか」
「アッハッハッハッハッ、そのうえ奈穂による俺のお気に入りの薄い本の朗読会と俺の描いたえっちなイラストの鑑賞会が始まった……」
「あ〜、うん。なんか察したわ」
それは中々にくるものがあるな。
僕はそこまでされたことないけど、恐らくダメージとしては親に部屋を掃除され、ついでに薄い本が見つかり家に帰ると机の上に綺麗に積まれていたときくらいだろう。
「てか今思い出したけれど前に覗こうとしてバレて大変なことになったよね」
「あー、あったねそんなこと。あの時も透明になれる薬があればバレずに済んだのにな……」
「あはは、違いない。でもそんな便利な薬が現実にあるわけ──」
「──ありますよ、透明人間になれる薬」
「「うわああああああああああああああっ!!!?!?!?」」
「そんなに驚かないでください、照れてしまいます」
「こっちは心臓が止まるかと思いましたよ愛優さん!」
更衣室にいると思っていた人物が突然目の前に出てこられたもん。
このひと本当に気配ないよな。
「そ、それより透明になれる薬があるって本当なのかメイドさん!?」
「てれれれってれー。見えなくナールー!」
「……フリスク?」
どこかで聞いたことのある効果音(セルフ)と共に出したのはフリスクにしか見えない箱だった。
「ふっふっふっ、甘く見てもらっては困りますよ湊様。これはあくまでも偽装のためにソレに似せているだけ……。しかし一粒口に放り込めばアラ不思議。ミントの刺激でリフレッシュした後、身体がみるみる透明に」
「マジかよすげぇ!!!」
「いやだからね充。これただのフリスクだと思うんだけどなぁ」
「ただし一日一粒だけにしておいてくださいね。どんな副作用があるかはわからないので」
「な、なるほど……。確かに透明人間になんてなれる薬だ、その薬の強さは凄まじいものだろうからな」
うんうん、と一人で頷いている充。
だけど僕は見逃さなかった、そんな充を見て愛優さんが悪魔のような笑顔を浮かべたところを。
それを伝えようかと思ったものの、
「おいみつる──」
「…………(ぱちぱち)」
「?」
「…………いや、なんでもない」
愛優さんから目で教えたらどうなるかわかってますね? と脅しが来たので伸ばしかけた手を引っ込める。
ごめん充、僕は非力だ。と心の中で謝罪。
「それでは星川様、早速おひとつどうぞ。先程まで牛乳を飲んでいらしたのでそろそろ着替え始める頃合いです」
「まっじか!? そんじゃ早速……うおおおおおぉぉぉ!?!? すぅっとして、強いミントが俺の脳を刺激するぜ!!」
「…………」
そりゃミント味のフリスクだからな。というツッコミも心の中だけで留めておく。
……しっかし見事に騙されてるなぁ。
興奮を抑えきれない親友を見ながらそんなことを思う。
「あ、星川様。鏡や自分からは姿が見えてしまいますが実際には消えているのでご心配なく。それと物はセーフですが人に触れたら解除されてしまうのでお気をつけてください」
「おう! って、メイドさんからは見えてるのか?」
「いえ、まったく。ただ私は一流なので声の方向からなんとなくわかるのです」
「なるほどな、流石拓海のとこのメイドさんだ」
「…………」
ごめんな充、詳しいことは言えないけれど本当にウチのメイドがごめん。
ここまできたら謝ることしか出来ない。
やがて充は意を決したようにいつになく真剣な顔で、
「それじゃ早速行ってくる!」
と、一言残しそのまま脱衣所の方へと歩いていく。
「……生きて帰ってこいよ」
せめてもの手向けに僕は死地へと向かう親友の背中に敬礼。
「……って、ちょっと待てよ。愛優さん」
「はい、なんでしょうか?」
「今みんな着替え中ってことはその中に……」
「あぁそのことですか。ご安心ください、着替えているのは奈穂様だけですので」
「それってつまり?」
「はい、ドッキリ大成功ですね、他の方も隠れて見てますよ。これを知らないのは奈穂様と星川様だけです」
「……そうか」
僕が全てを知った直後、奈穂ちゃんの「充さんの、へんたいッ!」という怒号と共にパァン! とアニメなどの世界にしかないと思っていたような理想の平手の音。
そのあと心配になり見に行ったら、そこには頬に綺麗な紅いもみじマークを付けた親友が腰にタオルを巻いただけの状態で正座しながら説教されていた。
*
……これは後日談だが、愛莉にあれを僕が食べて同じ行動を取っていたら? と聞いてみたところ顎に指を当て少し考えた後、
「私のことしか見えなくなるまでちゅーしちゃいます♪」
と、恥ずかしそうに答える愛莉を見た僕は一瞬だけ「それだったら……」と考えてしまったことは胸の内にしまっておこう。
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