第34話 自分の幸せを決めるのはいつだって自分自身


 「……ごめん愛莉、ちょっと奈穂ちゃんのこと頼めるかな?」

 「わたし、ですか?」

 「うん。きっと今は僕より愛莉の方がいいと思うんだ……」


 そう言って僕は未だその場に立ち尽くしている彼女の方をちらりと見る。


 「それは構いませんが……先生は?」

 「僕は……あの阿呆を追いかける」

 「せん、せい?」


 僕は怒っていた。

 別に告白されてどう答えようとそれは本人の自由だ。だがそれでも僕はアイツに対して怒りの感情さえ抱いていた。


 「とりあえずアイツは僕がなんとかするから出来れば愛莉には奈穂ちゃんがまともに会話できるようになるようにしてほしいんだ」

 「それはどういう意味ですか?」

 「……多分だけど、今の奈穂ちゃんはとても会話が出来るレベルじゃない。もしかしたら愛莉の姿を見て逃げ出してしまうかもしれない。でも頑張って捕まえておいてほしいんだ」

 「……それは、奈穂さんのため、ですよね?」

 「うん。そして僕の親友のためでもあるけどね」

 「わかりました。ですがどうするつもりですか?」

 「まあ考えはあるけど……正直お互いどこまで冷静になれるかってとこかな」

 (僕も含めて……)

 「とにかく、愛莉は僕の連絡がくるまでなんとか奈穂ちゃんを冷静にさせておいてほしい」

 「はい。それで先生からの連絡があったらどのように?」

 「僕と愛莉の出会った場所……位置は大体わかるよね?」

 「なんとなくですが大丈夫です」

 「ならそこに奈穂ちゃんを連れていって欲しい」

 「わかりました」

 「ちょっと辛いかもしれないけど、お願いね愛莉」

 「はいっ、お任せ下さい♪」


 僕は頼もしい愛莉パートナーの頭をぽんぽんと軽く叩くと、親友の元へと走り出した。




 「……はあ」


 一人公園のブランコに座りため息をつく男がいた。


 「もっと上手くやれる……そんな自信があったのに」


 去っていく際になるべく見ないようにしようとしたのに見えてしまった彼女の泣きそうな顔が浮かぶ。

 そのたびに心に針が刺さったような痛みが走る。


 「……だけどこれで良かったんだ」

 「──何が良かったって?」

 「えっ?」

 「ほらよっ」


 突然自分に投げられた缶コーヒーに驚きつつもそれをキャッチする。


 「……拓海か」

 「僕だよ。なに、奈穂ちゃんが追いかけてきたとでも思った?」

 「別に、そんなんじゃないけど……」

 「あんな振り方しておいてそれは都合が良すぎないか?」

 「……なんだよ、見ていたのかよ。なんてな、写真撮っているところの後ろを通れば気付かれるわな」

 「まあね」


 それだけ言うと僕も充の隣のブランコに座り、缶コーヒーを開ける。

 二人して一口飲むと思わずふはぁという声が漏れてしまう。


 「……ん」

 「どうしたんだ拓海?」

 「130円」

 「金とるのかよ……」

 「別に奢るなんて一言も言ってないからね」

 「確かにそうだけど!」

 「なんてね、冗談だよ」


 更に一口コーヒーを喉に流し込む。

 冷たいコーヒーはお祭りで浴びた熱気やさきほどまでの激しい感情をまとめて冷やしてくれる。


 「……それで、何があったんだ」

 「何があったって……別に……」

 「嘘こけ。お前が何もなくあんなことするわけないだろ」

 「……怒らないんだな」

 「そりゃ怒りもあるさ、出来ることなら今すぐにでもお前を殴り飛ばしたい。けど」

 「けど?」

 「想像以上にお前が凹んでたから止めた。それに冷静に考えてみればその役目はきっと僕じゃないからね」

 「……間違いないな」


 充もコーヒーを一口流し込む。

 遠くでは未だにお祭りの賑やかな音が聴こえてくる。

 まるで二人のことなど関係ないように。


 「それで何があったんだ」

 「……言わなきゃダメか?」

 「言わなかったら愛優さんに頼んでお仕置きをしてもらう」

 「お仕置きかあ……それは嫌だな、あの人何持ってるかわからないし」

 「前にアイアンメイデンを持っているとか言ってたしそれには同意する」

 「マジなやつじゃん」

 「ああ、だからこそ親友をそんなところに閉じ込めたくないから、素直に言ってくれないか?」

 「……はあ。確かにメイデンは俺も嫌だからな」


 そう言うと充は更に一口流し込み、あそこに至った経緯の説明を始めた。


 「……俺さ、今日こそ奈穂ちゃんに告白しようって思ってたんだよ。ほら彼女って清楚でお淑やか……それにこんな俺のことを物凄く慕ってくれるんだ」

 「うん」

 「お前と愛莉ちゃんのこともあってさ、俺もそのロリ婚に対して憧れを抱いてた……そんな時に彼女と親しくなった」

 「うん」

 「それもあってか、俺は彼女の事を意識し始め、どんどん彼女の事が好きになっていった。その時は彼女の家のこととかそれこそ地位とかそんなものは関係ないなんて思ったりさ」

 「……うん」

 「でも今日のお祭りでさ、話しているうちに俺と彼女との常識というか認識の差ってのがどんどんわかってきて、『ああこの人は本当に俺なんかとは違う世界の人なんだ』って、気付いたんだ」

 「……うん」

 「そして同時にこの人は俺みたいなやつが一緒にいていいわけがないって」


 そして彼は空を見上げてつぶやいた。


 「……俺なんかにはとてもじゃないけど眩しすぎた」

 「…………それが、答えなのか?」

 「ああ」

 「……なるほどね」

 「ロリを愛しているなんて言っても、いざとなるとこんな風になってしまう俺が今日ほど情けないと思った日はないよ」


 確かに今日の充は今までにないくらいに情けないと感じた。


 「俺達の常識が奈穂ちゃん達にとっては常識じゃなくて、奈穂ちゃん達の常識は俺達にとって常識じゃない。いつも近くにいたせいかその事をわかっていなかった。……いや、わかっていたけど目をそらしていたのかもな」

 「それは……わからなくもない、かな」


 僕も今日は愛莉の事で沢山驚かされた。

 もう一緒に住むようになって三ヶ月は過ぎているというのに。

 僕は自分でも笑ってしまうくらいに彼女の事を知らなさすぎた。


 「遠すぎて見えないものがあるように、近すぎて見えないものもあるってのをなんか実感させられたよ」

 「ははっ、間違いない。……でも好きなんだろ奈穂ちゃんのこと」

 「………………まあな」


 もっと何か言ってくるかと思ったけれど、やはりこの気持ちというのは嘘はつけないのだろう。答えるのに十秒くらいの時差があったが。


 「拓海はさ、愛莉ちゃんと付き合ってどうなの?」

 「どうって、なにが?」

 「世界だよ。恋人が出来たら世界がピンク色に見えるとかいうやつ」

 「ああ確かにそれは……あるね」

 「やっぱりピンク色に見えたりするのか?」

 「ピンク色というか輝いているね。色なんてものはその時によって違う。だけどどの色でもキラキラと眩しいくらいに輝いている」

 「輝いてる、か」

 「確かに僕達と愛莉達は生きている世界が違う……そう感じた事は何回もあったよ。でもそれとこれは別の話なんじゃないかな?」

 「別の話?」

 「何も世界の違いを感じているのは僕達だけじゃないと思うんだ。僕らも感じているように、また同じく奈穂ちゃん達も感じている。きっとその違いというのは簡単には慣れないことなのかもしれない。それでもどうして奈穂ちゃんがお前に告白したか考えてみたか」

 「それは…………ない、な」

 「ならどうしてかわかるか?」

 「……俺と同じで好きだから」

 「正解」


 個人の意見に正解も不正解もない。

 色々考えてそれでも好きの気持ちを抑えきれず告白をした奈穂ちゃんも、奈穂ちゃんのことを好きだとわかっていても結果的にこんな形になってしまった充の行動さえも正解などない。

 でもそこには確かに好きの気持ちがあることには間違いない。


 「実はさ、僕も最近なんだ……」

 「なにがだ?」

 「愛莉の事をこれほどまで好きになったのは」

 「は?」

 「まあ確かにそう思うよね」


 予想通りすぎる親友の反応に思わず失笑する。


 「多分愛莉も気付いていたと思うんだけど、最初は愛莉の……この子の世界一可愛い笑顔を守りたい。そしてそれが一番叶えやすいのは恋人だって思って付き合ったんだ」

 「お前……」

 「ああわかってる。本当に最低だよね、ロリコンとして人として余り良くない選択だ。いくらその人の笑顔のためとはいえ好きの気持ちを裏切るなんて」


 あの時の僕が愛莉の告白に即決出来たのはまさにそれが原因だ。

 結婚や恋人は二の次で何が何でもこの子の笑顔を守りたい……それだけを願った。


 「でも今は違う。僕も……彼女のことがたまらなく好きになっている。それでだんだんこう思うようになったんだ……。自分を評価するのはいつだって他人だ。自分がその人と釣り合うかどうかなんて自分で決められない」

 「…………」

 「それとその人の幸せはその人が決めること……。人の幸せを勝手に決めるのは違うってね」

 「……確かにそうかもな。俺は勝手にこうすることが奈穂ちゃんのため、自分のためと思っていた。世界が違いすぎてきっと釣り合わない自分と結ばれるのは幸せじゃないって」

 「……相手を気遣うその心意気、僕は高く買うけれどそれはあくまでも僕の話。世の中には余計な気遣いというのもあることを忘れたらダメだ。……特に大切に思っているなら尚更」

 「えっ?」

 「ある人に言われたんだ。さっきの言葉。まだ会って2、3回くらいしかないのにね」

 「……でも拓海の話を聞いた後だとなんとなくわかる気もするな」

 「そりゃそうだよ。僕もこの結論が出たのはこの言葉を聞いた後だからね」

 「ははっ、納得。……でも、そうだな……」


 そう言って親友は立ち上がると一気に残った缶コーヒーを飲み干す。


 「なあ拓海、少しお願いがあるんだ」

 「なんだ?」

 「ちょっと背中に喝をいれてくれ……出来れば本気で」

 「……覚悟は出来たのか?」

 「ああ。でも最初の一歩が怖くてな……出来れば、その、一番の親友にその一歩を無理やり進ませてほしいんだけどダメか?」

 「…………わかったよ」


 僕も立ち上がり同じように缶コーヒーを飲み干す。

 そして先ほどとはまるで違う親友の背中に手を当てる。


 「しおり公園の南側の丘の上」

 「えっ?」

 「そこに彼女がくる」

 「……ありがとな」


 そして僕は思い切り腕を振り上げ、


 「あと、さっきの缶コーヒーのお代は奈穂ちゃんと結ばれたらチャラにしてやるよ!」

 「……おう!」


 ──バシン! と、思い切り背中を叩いた音が響く。

 そしてその音に後押しされるように親友は走り出していった。

 本気で叩いたせいでヒリヒリする手の痛みを抑えつつ、バッグからスマホを取り出し電話をかける。


 「……あ、もしもし愛莉?」

 「先生? もしかして……」

 「うん、お察しの通り成功したよ。そっちは?」

 「もちろん、先生の期待通りですよ」

 「ははっ、流石僕のお嫁さんパートナーだ」

 「後でもっとたくさん褒めてくださいね♪」

 「約束するよ。じゃああとは手はず通りにお願いね」

 「わかりました。成功するまでが作戦ですからね」

 「うん。じゃあ僕達も集合場所付近で」

 「はいっ!」


 ──ピッ。

 電話を切る。もうすぐで花火が始まるのだろう、屋台付近にいた人達が少しずつ公園の方へと集まってきた。


 「それじゃあ僕も行きますか」


 スマホをバッグに入れると僕も親友達が向かった場所へと走り出した。

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