彼のため、この髪切ってもいいのです。
@suzume46
*
「髪の毛は女の命なのよ。大事にしなくちゃだめよ。」
そんな風にママに言われたことを不意に思い出す。
幼い頃の、ふとした記憶。あの時の私は、まっさらで、髪の毛は真っ黒だった。カラーリング剤も、パーマ剤とも縁がなかった。ただ、ただ、艶やかに光る真っ黒い絹のようなそれは、今思うとすごく美しかった。
時間の経過と共に、その美しい黒は、茶色になったり、熱を加えられ波打つ姿へと変えられたりした。時に短くなり、中途半端な長さまで伸びたり、挙げ句の果てに人工的に長さを出すために他人の髪の毛であろうものを付けられたりした。
そういった行為は何度も繰り返され、そして今、また、私の髪は短くされようとしている。
「髪の毛に手を加えるだなんて!」あの時のママは言うであろう。でも、それならこう言い返したい。
——あのひとが、それがいいと言うのだもの。髪の先っちょまであなたのものよ。なんて、言ってみたいじゃない?———
「それでは、いいですか?はじめて。」
「はい、お願いします。」
美容師さんの手を、私は、鏡越しに見つめた。
彼のため、この髪切ってもいいのです。 @suzume46
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