死者達の神頼み

琴吹 晃

第1話 死者



起こってしまった事は人間の力ではどうしようもできない。

後でどんなに後悔しようと後の祭りだ。

そんな物を都合よく変えれるものがいるとすれば神ぐらいだろう。

しかしその神が仮に存在するのならば・・・・






ー生きたい






それが自分の死を悟った彼の最後の『神頼み』だった。










「なんでわかってくれないのよ!」

目の前の少女が吠える。

少女にしか見えないがこれでも高校生立派な女性である。

小さな身長に幼い顔、見た人はほぼ中学生と間違える僕の同い年の双子の妹、遊佐だ。

「だからわかってないのは遊佐の方だろ」

少し不機嫌に答える。

僕、滝上遊は現在兄妹喧嘩中だ。

僕の家は長く続く大病院でありその後継である僕達のどちらかが継がなければならない。

「遊が何を言っても私は病院なんて継がない!」

今僕達はどちらが病院を継ぐかと言う事でもめている。

「そんなこと言っても僕は継げない。継げるだけの能力がないんだから」

僕は医学部に入れる様な学力が無い。

私立の大学に入学するのが精一杯だ。

それに比べて遊佐は真逆だ、高校では学年主席を三年間守り続け、難関大学の医学部合格も目に見えている天才だ。

しかし遊佐は他にやりたいこがあるらしい。

全く自分勝手な妹だ。

「嫌だ!私は小説家になるんだから!病院なんて継がない!」

どうやら小説家になりたいらしい。僕も今初めて聞いた。

「あのな遊佐、小説家なんてなりたくてもなれる様なもんじゃ無いぞ」

そう小説家なんてなれるのはごく一握りだ。

「そう言うと思って!ほら!」

遊佐が一枚の紙を渡してくる。

そこにはこう書いてあった。

『三次審査通過のお知らせ』

「遊佐・・これって」

「新人賞の結果。次が最終審査それを通ったら晴れてデビューよ」

突然のことすぎて理解ができ無い。まさか遊佐が新人賞なんかに出してたなんて。

僕はどんな小説を書いてるかも知らないのに・・

「わかった?私は病院なんか継がない」

こんな物を見せられると言葉が出ない。

しかしこの病院は僕では継げない。

なんとしても遊佐に継いでもらわなければならない。

「でも・・」

僕が言葉を渋っていると・・

「もう知らない!こんな家出てってやる!」

そう言って遊佐が家を飛び出していった。

少々気が立っていた僕は遊佐に向かって抵抗する。

「おう!もう二度と返ってくんな!」


そう言って遊佐が飛び出していって5時間が経つ。

頭を冷やした僕は家を出て遊佐を探し始める。

「うぉ!雨かよ」

突然の雨に戸惑いながらも傘をさす。

「遊佐ー遊佐ー」

返ってきたらさっきの様な討論ではなくきちんと話し合いをしようと思い歩いていくと、目の前に人だかりが見えた。

警察の姿も見える。

どうやら大事らしい。

「何かあったんですか?」

僕は人だかりの中の一人に聞いて見る。

「ああ・・さっき此処で交通事故があってな、中学生くらいの女の子がトラックに惹かれて亡くなったそうだ。全く可哀想に・・」

それは可哀想だ。

僕は人混みの中を進み1番前に出る。

黄色いテープの引かれた先にはおびただしい事故跡が残っていた。

飛び散った血の跡に、ボロボロになった被害者の所持物目も当てられない様な光景だった。

しかしこの光景を遊は良く見なければならない。

そう被害者の物と思われる物に見覚えがあるからだ。

背筋が凍る。

尋常じゃないほどの冷や汗が流れる。

まさか・・・・


「遊佐・・・・」


そう呟くと近くにいた警官が反応する。

警官が近寄り僕の話しかける。

「滝上遊佐さんのご親族ですか?」

警官が問う。

「はい。兄です」

その時の顔は到底人に見せられる様な顔じゃなかっただろう。

不安で顔が潰れていたはずだ。

「このたびはご愁傷様でした。遺体は市立病院に運ばれております」






ーは?




遊佐が死んだ?




なんで・・なんで遊佐が死ななくちゃいけないんだ・・・・


なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで!!


なんでなんだよ!!!




「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

泣きながら叫びながら顔をぐちゃぐちゃにして走った。

走って、走って走り続けた。

遊佐の死から逃げる様に、雨の中ただひたすらに走り続ける。




何処かわからない初めて来た公園で止まる。

体はびしょびしょに濡れ、ズボンの裾は跳ね返った泥でドロドロだった。

人に見せられる様な格好では無いが生憎公園には誰一人いない。




孤独だ・・・・・・





これ程の孤独感を味わったのは初めてだ。

心にぽっかり穴が空いた状態とはこのことを言うのだろう、今でも隣に遊佐がいて




ー大丈夫?遊?




と言ってくれる様な気がする。

病院の後継のことで揉めたが、基本は仲良し兄妹だった。

心の七割を失った様な虚無感に襲われながら再び雨の中を歩き始める。

なんであの時家を飛び出した遊佐を追いかけなかったのだろう・・どうして最後の会話があんなのだったのだろう・・

そんな後悔を胸に僕はただ歩き続ける。

もう何もしたくない・・・・

「死にたい・・死にたい・・」

そう呟きながら歩いていた。


「危ない!!兄ちゃん!!」


突如稲光の様な声が聞こえた。

顔を上げるとそこには、雨のせいで視界が悪くなっているせいか歩道に乗り込んで突っ込んでくるトラックの姿があった。

さっきの事故現場の映像がフラッシュバックする。

恐らく走馬灯というやつだろう。

きっと遊佐もこの様な状況だったのだろう。

世界がスローに見える。

突っ込んでくるトラックがはっきり見える。

トラックとの差が縮まる。


そんな・・・・そんな・・


必死でトラックから逃げるも体もスローに動きうまく動かせない。


嫌だ・・・・嫌だ・・


トラックの先端が腰骨の辺りに当たる。




コシャ




骨が砕ける音がする。




僕はまだ・・・・・・






ー生きたい




そう願った時にはもう遅い、彼の体はゴム玉の様に弾き飛ばされ、数メートル先の地面に落ちた。

手と足が逆方向に曲がり、口から血が吹き出される。

恐らく内臓はミンチ状態だろう。

様々な箇所から吹き出した血が大きな血溜まりを作る。

「救急車!救急車呼べ!」

誰かが叫ぶ。

恐らくさっき忠告した人だろう。

親切な人もいたもんだ。

しかしそんな声も今の彼には届いていなかった。








ー遊佐・・生まれ変わっても一緒に居ような・・・・








そう神に願い遊は息を引き取った。








朝日が昇り街が目覚める。

朝から不穏なニュースが朝の報道番組から響きわたる。




『昨日、4月9日二件の交通事故が発生しました。一件は午後3時頃に、もう一件は午後7時頃に発生しました。どちらも雨で視界が曇った為発生した事故でありトラックの運転手、大渕 真也さん(24)、平沢 誠さん(24)が死亡。またトラックに轢かれた高校生2人、滝上 遊佐(17)さん、遊(17)さんが死亡、2人は兄妹だったそうです』




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