プロメテウスの英雄
夜鳥つぐみ
第1話 プロローグ 最初の1人
私は最初の一人だった。
遠くで土煙があがった。続いて響く爆音に、敵の襲来を知る。
断続的なそれに、思わず花火を連想して、首を振った。
そんなのんきなことをしている場合ではない。
語らいあう仲間はいない。
今も下のテントで多くの負傷兵が死にかけている。こちらの戦力はあまりにも少なく、脆弱だ。
下のテントに降りる。幌を開いて中の様子を確認する。
先ほどより、生体反応が弱くなっている者たちがいる。早く。処置をしなければ。此処にはその設備もない。
「敵を発見した。飛べるものはいるか」
「飛行機はすべてガラクタです。生身で飛べるサイボーグ兵が5名。あとは」
「私か」
「はい」
一瞬思案する。上官はとうに息を引き取った。となれば、次の階級である私が指揮官だ。
彼らの命を、私が背負うのだ。
安易な指示は出せない。
「いつでも出撃可能です」
「相手は戦闘機。あなた達は対人用サイボーグ」
「ですが」
彼等サイボーグ兵の武器では戦闘機の装甲に浅い傷をつける程度のことしかできない。
これ以上、無駄に戦力を、彼らの命をなくすわけにはいかない。
「現場の指揮はキノシタに任せる」
「は」
「逃げるのが妥当ならば逃げていい。私が許可する」
「ですが」
この部隊はすでに壊滅している。残存した戦力など、私を覗いて10パーセントほどだろう。
だが、上層部から撤退の指示はない。
あるのは前進の命令のみ。
能無しどもが、と心の中で毒づいてみても、それを覆す力のない自分は、その能無し共以下だ。
己の不甲斐なさに、拳を握る。
だから、せめて。
残った彼らを生かす選択をしよう。
「私一人で出る。此処にいる者達を頼む」
「無茶です!」
戦闘機は十数機、といったところか。さほどの数ではない。
面倒な機械を積んでいる様子もなかった。
「私を誰だと思っている」
「ですが」
キノシタの目には不安がありありと見て取れた。
すでに先の衝突で左腕を失っている私に不安を抱くのも無理はないだろう。
「大丈夫だ。必ず、守る」
彼らを。
「必ず、再会を」
キノシタの言葉に、背後に控える兵の目に、小さくうなずく。
守らなければならないものがある。
だから、私は。
「行ってくる」
機動に問題はない。
私はまだ動ける。戦える。
地を蹴り、空へと跳ぶ。
命令を送り、背に翼を生やす。
この翼を、笑う人がいた。
無駄な形だ、と。合理的ではない、と。
きっと、戦闘機みたいな翼の方がいいのだろうけれど。
私の翼は、どこか、鳥に似ている。
翼をはためかせる。
歯車が回り、エンジンがかかる。モーターの音はシャットアウトした。
便利な身体だ。
目標へとそのまま向かう。
目視できた戦闘爆撃機と、その周囲の戦闘機合わせて十数。
仕損じはしない。
正面からではいかに小さな的とはいえ、ハチの巣にされる可能性がある。
被害は少ない方がいい。
一気に高さを稼いで、背に生やした翼で空を滑空する。
使える資源は少ない。
なるべくエンジンも使わない。
残った右手を主砲へと変化させる。残弾は6発。
たったそれだけの装備だ。あまりに貧相な装備に笑いが漏れる。
けれど、一緒に笑ってくれるものはいない。
ひゅ、と息を吸う。
戦闘機のはるか上から、垂直に落ちる。
大きく展開した翼は、戦闘機を切り裂いた。
「脆い」
二つに分かれて落ちていく機体の行方を追う間もなく、銃弾の雨が降り注ぐ。
上空からの攻撃。
蛇行しながら接近して、弾丸を至近距離で打ち込む。
体勢を崩した機体は、もう一機を巻き込んで落ちていく。
落ちていく機体に、呆けた顔の操縦士の姿は見えた。
――ごめんね。
何の慰めにもならない言葉を吐いて、次の標的に主砲を向ける。
残弾は五発。
空を舞い、また上空へと駆ける。
追いかけてくる戦闘機を躱し、爆撃機の真上に陣取る。
一発、二発。
火薬庫にでもあたったのだろうか。盛大に炎を吐いて墜落していく。
残弾は三発。
残りの敵は十数の戦闘機と一機の爆撃機。
酷使した翼は、背中を通して本体に痛みを伝える。
「痛覚なんて初めのうちに取ってくれればよかったのに」
痛みに顔をしかめる。
開発者の顔を思い浮かべて、悪態を吐いた。
きっと彼は、痛みを残した合理的な理由を無表情で語るのだろう。
――あぁ、ずるい。
思わずこぼした言葉に、首を振る。
羨んで状況が変わるのならば苦労はしない。
正面と横合いからの銃撃を躱し、片翼で両断し、押しつぶす。
新たな機体にへばりつき、翼を壊す。落ちていく機体を乗り捨て、次の機体へ飛び移る。
油臭い煙が、鼻についた。
「お疲れ様です」
基地に戻ると、救援が来ていた。
技術者も数人いる。
「両腕がなくなっているとは思いませんでしたが。まぁ、スペアの腕ならばいくらでもあるので問題はないでしょう」
でもあまり傷つけないであり欲しいですね。
なくなった腕を付け替えながら、男が言う。
「兵たちの様子は」
「あぁ。死傷者多数です。生身の兵は数を数えるのも億劫なほど。サイボーグ兵も二名、間に合いませんでした」
「そう」
目を伏せる。
「機械化兵はあなただけですので」
生き残りに、一人追加だ。
うれしくもない。
「サイボーグ兵から使える部品を回収します。あとはまぁ、いつも通り。スクラップして肉は他の兵と火葬ですね」
火葬と言えばまだ聞こえは良いが、要は、戦地での野焼きだ。
亡骸を持って帰るような人員を裂く余裕はない。
特にサイボーグ兵などは、機密保持のため、その場で徹底的に壊される。
遺体が国に戻ることはない。
骨の一片さえも。
「どこからが」
思わず口をついて出た言葉に、男は反応しなかった。
腕の修復に夢中だった。
だから、私は言葉を続けた。
「どこからが、悲劇の始まりかしらね」
私は最初の一人だった。
連合軍と帝国の争いは、数年も前に大規模な戦争へと発展した。
今は戦線を奪い合う泥仕合だ。
資源も不足し、劣勢に立たされる帝国で。
技術者達の技術の粋を集めて完成した機械化細胞。
学習し、機械化細胞を増殖させるチップを人間に埋め込むことによって作り出された機械化兵。
機械化細胞の増殖に耐えられるように機械の部分を増やし、機械に身体を馴染ませる。
そのために四肢を切り落とし、機械の四肢にすげ替え。視神経も機械と繋いで。
人とは呼べない存在に、作り上げる。
非人道的な人体実験が繰り返された。
1人で一騎当千の働きを望まれた機械化兵の、最初の成功体が、私だった。
多くの失敗――犠牲の上に生まれた私は、彼らの望み通りの働きをした。
そして、実験は加速する。
より強く。
より頑丈に。
チップに対する拒絶反応を起こさない身体。
さらに機械に馴染む身体。
拒絶反応は、チップを埋め込んでみなければわからない。まるで博打だ。
機械化兵になれる者は百人に一人。
多いような少ないような成功率は、帝国を躍起にさせた。
そして一握りの成功体と、多くの死体の山ができたのだ。
敗戦が濃厚だった戦局に差した一条の光。わずかに見える勝機。
それは、帝国から、国民から、諦めを奪った。
そこからが、本当の地獄の始まりだった。
私が、成功体でなければ。
私がもっと、使えないガラクタであったなら。
実験は頓挫し、戦争はとうに終わっていたかもしれない。
帝国や国民が望む結末ではなくても、今よりたくさんの人が、救われていたかもしれないのに。
英雄、と称えられる私は。
近い将来大罪人として、処罰される日が来る。
この戦争を長引かせた、原因として。
空を見上げる。
雲の浮かぶ、変哲もない光景ばかりが目に映る。
――私は最初の一人だった。
そして、最後の一機となるだろう――
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