風魔忍者 月影

@amedamakorokoro

第1話 闇をまといし者

古来より人々は妖怪にその生存を脅かされてきた。

魑魅魍魎の勢力は強く、これまで何度も重大な危機に直面した。


徳川家康が江戸幕府をひらき戦乱の時代が終わった頃、妖怪の脅威が国を襲う。


ぎりぎりの攻防の中で人々は必死に対抗する術を模索するが、これまでになく力を増していく妖怪たちに敗北寸前まで追い詰められてしまった。


そんな中、一人の忍者が「闇の忍術」なるものを編み出す。


「闇の忍術」とは己の魂を闇に食わせることと引き換えに絶大なる闇の力を得る禁断の忍術。


闇の忍術を操る者の周囲には闇がたちこめるため、人々は彼らのことを「闇をまといし者」と呼んだ。


連続で闇の忍術を操れば命は十日ほどで食われ、強い術を使えば一日で命を落とすこともある。


この忍術を使う者は完全に闇に魂を食われる前に毒を飲み自決しなければならない。さもなくば、自身が恐ろしき妖怪になってしまうからだ。


彼らの命と引き替えによって妖怪達は退治され、徳川家康はこの先も妖怪の脅威から江戸を守るため巨大な封印を張った。


しばし平穏の時が流れた。


だがそれも長くは続かなかった。


闇の忍術を用いて己が欲望を満たそうとする者が現れ、さらには命を喰われる前に自決することなく闇に魂のすべてを食わせ自ら妖怪となり人間を食らいはじめたのだ。


危機を覚えた徳川家康は闇の忍術を封印するよう命令する。


闇の忍術書はそのほとんどが燃やされ、それ以降闇をまといし者を見た者はいない。


そして今、時は三代目将軍徳川家光の時代に至る。


江戸に張られた巨大な結界は人々を妖怪の脅威から遠ざけ平和をもたらし徳川繁栄の礎ともなったが、家光の代となるとその結界の効力が薄れ、江戸の周囲では次第に妖怪たちが出現するようになった。


徳川家光は選りすぐりの結界師はもちろん伊賀忍者、甲賀忍者の多くを結界の守護に向かわせているが、結界の効力が日に日に落ちているのは明らかでこのままでは結界が破られるのも時間の問題。


頭を悩ませる家光であったが、もう一つ悩んでいることがあった。


それは徳川家光の娘、陽姫のことだ。


陽姫は類いまれなる美しさを持ち家光は幼き頃から溺愛していた。


この陽姫の存在は訳あって一部の者を除きその存在は極秘。


妖怪がもし復活すれば陽姫が真っ先に狙われてしまうのを家光は知っている。


なんとしてでも陽姫を妖怪から守りたい家光だが、いま強大な妖怪達が復活すると対抗する術はなく陽姫は瞬く間に妖怪達の餌食になってしまうだろう。


そんな中、消えたはずの闇をまといし者がふいに現れては妖怪退治を行っているとの情報が江戸城に届く。




今宵、徳川家光の娘―徳川陽姫は籠に揺られ闇をまといし者が根城にしているという場所へと向かっていた。


高い杉の木の上から一人の謎めいた忍びが徳川一行を見つめている。般若の面を被り、上半身は鎖帷子(くさりかたびら)…なんとも奇妙だ。


「来たか徳川め…花央…お前の仇はとってやる」


そう呟くと地上へ駆け下りて行った。



「陽姫様、これは危険な賭けにございますぞ。もし万が一にでも闇をまといし者が妖怪になっていれば我らは全員…無論ここは結界内ゆえ妖怪へと堕ちている可能性はないにせよ…心が邪悪に染まっていればここで我らは…」


陽姫護衛のため帯同する柳生十兵衛は陽姫に向かってそう告げた。


「わかっておる。それでも行くしかないのだ。言い伝えにある守りし者が現れるまではなんとしてでも生き延びねば…」


「む!」


「どうした十兵衛?」


「陽姫様、約束通りそれらしき者が現われました。ですがまだ籠から出てきてはなりませぬぞ。」


気がつけば一行のすぐ先にある五重塔のてっぺんに先程の忍者が立っていた。


月光を背に浴び陽姫を連れた徳川一行を見下ろしている。


よく見るとこの忍者の周囲には何か闇のようなものが漂っていた。


「こ、これは…闇をまといし者!」


陽姫を守る侍の一人がそう呟く。


「いかにも、我は闇をまといし者なり。その使命に従い、この命尽きるまで妖怪を斬り続ける者…」


「闇をまといし者よ、江戸に張られた結界の効力が次第に失われつつあることはすでに御主も知っているだろう。このままでは江戸は再び妖怪たちの脅威にさらされることとなる。徳川が倒れれば日本は妖怪の餌食となりすべての地が地獄絵図と化す。単刀直入に言おう。闇をまといし者である御主の力が必要だ。どうか徳川に力を貸して欲しい」


「…我は闇をまといし者。妖怪が支配する世界など望まぬ」


「では徳川に力を貸してくれるということで良いか?」


「…いや、断る」


「…!?」


「妖怪を憎む気持ちは同じとて、徳川に力を貸す気など毛頭ない。すぐに江戸城へ引き返すがいい」


「なっ!?」


「なぜじゃ?…なぜ徳川に力を貸せぬ?」


籠の中から陽姫が言った。


「我は風魔。徳川に滅ぼされし忍びの末裔」


「風魔…!?」


「徳川家康により我ら風魔一族は滅ぼされた。そしてそれは一度ではないことも知っているだろう。わずかに生き残った一族すら徳川家光の策により妖怪達の食料にされた。我は生き残った数少ない風魔の末裔…徳川とは組まぬ」


「ではなぜ私をここへ運ばせたのです?良い返事が貰えると聞いてお前の言うとおりここまで出向いて来たのですよ。…私を騙したのですね」


「お前を城の外へおびき寄せた理由を教えてやろう。陽姫お前を斬り殺す為よ」


「!!??」


「なっ!?」


「特別にお前に恨みがあるわけではない。だが徳川への復讐の手始めとしてお前を今から斬る!」


「くっ…陽姫様をお守りしろー!よいか我らの命に代えてでも陽姫様をお守りするのだ!」


十兵衛はそういうと刀を抜き覚悟を決めた。


「柳生十兵衛、闇をまといし者を目の前にしてそのような戯言とは気でもふれたか?」


「闇をまといし者よ、これだけの人数を相手にして無事に済むと思うな。力を使いすぎれば闇に喰われるのを覚悟せよ!」


「ふ…要らぬ心配は無用…お前達の相手はこいつらがする」


「…な!?そんな馬鹿な!!」


気がつくと徳川一行の周囲を無数の妖怪達が取り囲んでいた。


「け…結界内になぜ…」


「十兵衛、結界の効力は日に日に失われているのだ」


「馬鹿な!そ…それに貴様…すでに闇に落ちておったか…」


「行け!妖怪ども!」


闇をまといし者が合図すると無数の妖怪達が徳川一行に襲いかかった。


「キシャアアアアアア!」


屈強な侍達と妖怪達の戦いが始まるや否や、闇をまといし者は陽姫の所へ一直線へ駆けていく。


それを止めようとする侍達だが闇をまといし者の人間離れした速さについていけず闇をまといし者と陽姫との距離はどんどん縮まり陽姫を守るのは十兵衛のみとなった。


「十兵衛!」


「陽姫様!出てきてはなりませぬぞ!」


「どけ十兵衛!」


闇をまといし者が十兵衛に斬りかかる!


ガキィンン!


ガキィン!


キィンン!


人間離れした速さで動く闇をまといし者だが、柳生十兵衛もまた剣の達人。互角に対抗している。


「柳生十兵衛、さすがに手強いな…だがこれならどうかな…闇の力を味わうがいい!」


そういうと闇をまといし者はその周囲に漂わせる闇を十兵衛に放った。


「ぐおおああああああ!」


「フッ…動けまい?いいか、その闇はこれからお前の命を喰らっていく。もはやお前はどうすることも出来ない。だが安心しろその前に俺が斬ってやる!」


闇をまといし者は柳生十兵衛の首めがけて刀を振り落とした。


「ぐおおおあああ!させぬ!陽姫様の命は死んでも守りぬいてみせる!ぐおおああああああ!」


「…!?まさか!!」


なんと十兵衛は自らの体にまとわりつく闇を打ち払い、寸前の所で闇をまといし者の剣を受けたかと思うとそこから一気に闇をまといし者に斬りかかる!


ザン(斬)!


十兵衛の刀は闇をまといし者の首を切り落としていた。


「はぁ…はぁ…む!?」


だが次の瞬間、十兵衛は目を疑った。


切り落としたはずの首はそこにはなく、木片だけがそこにあった。


「…これは変わり身の術!しまっ…陽姫様ーーーー!!!」


闇をまといし者はすでに陽姫が乗っている籠の前に立ち、扉を刀で斬り破ると陽姫を籠の中からひきずり出した。


「きゃああああああ!」


「陽姫よ、お前に罪はないが死んでもらう。覚悟しろ!」


闇をまといし者は刀を上段に構えたかと思うと一気に振り下ろす!


「陽姫様ーーー!!!!」


「はぁ…はぁ…」


「!?…」


だが奇妙なことに陽姫の首は落ちてはなかった。


闇をまといし者の刀は陽姫の首にかかる寸前で止められたのだ。


月光の光を背に般若の面と鎖帷子のいでたちの闇をまといし者を陽姫はじっと見ていた。


「…か…花央…!?…ば…馬鹿な!?」


「…?」


闇をまといし者は明らかに狼狽していた。


陽姫と十兵衛があっけにとられてた刹那を醜き声が破いた。


「闇をまといし者!貴様…どういうつもりだ…陽姫は生け捕りにしろと約束しただろう…刀を下ろせ」


妖怪の群れの背後にそれまで姿を見せていなかった一匹の妖怪が現れそう言った。


「約束だと?妖刀を俺に渡すのが先だと言ったはず。約束した妖刀は持ってきたのか?妖怪ヒョウビよ」


「陽姫を生け捕りにすれば妖刀は必ずお前にくれてやる。さあ、陽姫をこちらに渡せ」


「断る。妖刀が先だ」


「グヌヌ…貴様…我に逆らうはあのお方に逆らうに同じ。貴様、それがどういうことかわかっているであろう?」


「妖刀を持ってくるまで陽姫は渡さん。さっさと帰って奴に伝えろ」


「貴様~!この妖怪達を一人相手にして生き残れると思うな。お前達そいつを喰らってしまえ~!!」


侍達に襲いかかっていた妖怪達だが妖怪ヒョウビの合図と共に闇をまといし者に襲いかかっていった。


「陽姫様!この隙に!」


「十兵衛!」


「お前達、姫を捕まえろ!陽姫を生け捕りにするのだ!他は食い殺して構わん!」


混乱に乗じて逃げようとする陽姫達に妖怪達が襲いかかる。


「きゃああああ」


「陽姫様ーーーー!」


斬(ザン)!!!!


「何!?」


突如暗闇から何者かが現れ襲いかかってきた妖怪達を一瞬で斬り殺してしまった。


「貴方は…!?」


「オヌシは一体…?」


「そやつは我の忠実なる下僕。話しがまとまるまでしばらくお前達の命はそやつが預かる。それなりに腕の立つ忍びゆえ安心しろ」


どうやら闇をまといし者に従える者のようだ。


「俺について来い。死にたくなければな…」



「陽姫!逃がさぬ!」


すかさず妖怪ヒョウビが追いかけようとする。


だが闇をまといし者が立ちふさがる。


「どこへ行く…お前の相手は我なり」


「ぐ…おのれ貴様…裏切りおって…食い殺してくれるわ!」


闇をまといし者と妖怪ヒョウビの戦いが始まった。



「さあ俺についてこい!こっちだ!」


「十兵衛…」


「陽姫様、ここはこやつを信じついて行きましょう」


======================


陽姫一行は突然現れた男に導かれ古い神社の中へ隠れた。


「はぁ…はぁ…ここ…は…大丈夫…なのですか?」


「むぅ…結界か。陽姫様、ここは結界が張られておりますゆえ大丈夫にございます」


「そうですか…安心しました。皆の者、ご苦労でした…しばし休みなさい」


妖怪達との戦いで傷を負った侍達は陽姫の命でしばしの休息に入った。


======================


妖怪ガランの根城


「グハッ…はぁ…はぁ…ガラン様…申し訳ありません、奴が裏切りました。陽姫を生け捕りにすることは出来ませんでした」


「…闇カラスの目を通して状況はおよそわかっておる。おぬしがあやつごときに軽くあしらわれすごすごと戻ってきたこともな…」


「…どうか命だけはお許し下さいガラン様!」


「…陽姫を封印の外へ連れ出した以上もはや我から逃れることは出来ぬ。つまり奴は用済み…気にするな…それにそもそも…お前はもう死んでおる…」


「…え?…え?それは一体どういう―――う…ぎぎ…ギャアアアア!!!」


妖怪ヒョウビは突然全身から血を噴き流し死んでしまった。


「…フム。これは面白い…少しは楽しめそうだ。クックックック」


======================


陽姫は月影刃と名乗る男を注視している。


男のいでたちはざっくばらんな髪型で服装は極一般的な町人のそれであった。前髪が右目を覆い隠し、見えている左目は切れ長でその眼光は鋭いが誰を見るのでもなく沈黙を見つめているかのようであった。


「礼を言います。おかげで助かりました。お前、名はなんと申すのです?」


男は陽姫の言葉にしばし沈黙したあとおもむろに語り始めた。


「俺の名は刃(やいば)。月影刃だ」


「では月影刃、教えて下さい。私達の置かれた状況を。私達はここから城へ戻れるのですか?」


「…」


月影は黙って答えない。


「なぜ答えぬのです」


「…勘違いするな。お前達は交渉の道具にすぎん。妖刀と交換する為のな」


「…くっ」


「―――と言いたい所だが、奴らが約束通り妖刀を渡さぬということは渡す気は初めからなかったのだろう。つまり契約破棄だ。ならばお前達と新たに契約してもいいがどうする?」


「どういうことですか?」


「お前達を無事に江戸城まで届けたら幾ら払う?闇をまといし者に助けてもらいたいというならなんとか説得して話しをつけてやろう…」


「私達を騙してここにおびき寄せ、助けるから金を払えと?」


「俺達は仕事を忠実に実行しているだけさ。さあどうする?十万両で引き受けよう」


「十万両!?」


「それとも妖怪ガランの餌食になるか?」


「よ、妖怪ガラン!」


十兵衛は驚いた口調で答えた。


「十兵衛、妖怪ガランを知っているのですか?」


「陽姫さま…妖怪ガランは人間を残忍に斬り刻みその血肉を食い貪る恐ろしき妖怪にございます。その妖怪ガランが復活しよもや我らを狙っているとは…先の大戦で多くの命を奪った妖怪…今あやつに対抗出来る者など…」


「妖怪ガランに対抗出来るのは闇をまといし者のみ。十万両で手を打つ。どうだ払うか?」


「わかりました…いいでしょう、はら―」


「お待ち下さい陽姫様。」


「なぜですか十兵衛」


「月影刃とやら。先の闇をまといし者…あれは真っ赤な偽物であろう?」


「!?」


「に…偽物!?十兵衛、偽物とは一体どういうことじゃ!?」


「陽姫様、あやつが闇をこの十兵衛に放ちそしてそれを解いた時に奴は偽物だということがわかりました。あれは金縛りの一種にすぎませぬ。もし本当の闇をまといし者が放った術ならばこの十兵衛が簡単に解けるものではございませぬ。確かに動きは人間離れしたものがありますがこの十兵衛がなんとか対抗出来るものでございました」


「…さすがは剣の達人柳生十兵衛。すでに見抜いていたか」


「おのれ月影とやら、再び私達を騙そうとしたのですね!」


「…いいや違うね。多少の行き違いはあったことは認めるが…要はあんたらを江戸城まで無事に届ければいいんだろ?自分で言うのもなんだが俺達は腕の立つ忍びだ。妖怪ガランの魔の手からあんたらを逃がすことくらい容易い。それに今のあんたらに選択の余地はないはず。自分達だけの力で江戸城まで辿りつけると思うなよ」


「…闇をまとしい者など初めから存在しなかった…そういうことなのですか?」


「いや、闇をまといし者は本当に出現したらしい」


「!!…で、では今もどこかにいるのですか?」


「残念だがそいつはもう既に死んだ」


「!?」


「…正確には妖怪ガランに襲われ殺された…そしてその妖怪ガランは偽物を用意してあんたらをおびき寄せたってわけ」


「そんな…」


「で、どうするんだ。俺の話に乗るのか乗らないのか?」


「…」


「…月影とやら、勝算はあるのか?」


「この結界は朝まで有効だ。朝になれば日が昇る。奴もすぐには襲ってこれない。朝を待ってもう一人と合流し城へ急ぐ。こちらの居場所がわからなければ城へは簡単に辿り着ける。見つかってしまった場合、妖怪ガランはどこかで妖術結界を張り襲ってくるだろうがそこさえ突破すれば無事に帰れる。そして突破できる可能性は高い」


「どうしてそう言い切れる?」


「妖怪ガランはまだ完全には力を取り戻してはいない。奴は少し前まで封印されていたがその封印を強引に破った代償として完全復活にはまだ時間がかかる。奴の力が不完全な今なら対抗する術はいくらでもある」


「それは本当か?」


「ああ本当だ。奴自身がそう言っていたらしい」


「もし嘘であったら?」


「…その時は…全員死ぬ」


「…」


「…むぅ」


「契約成立ということでいいなら話しはこれで終わりだ。朝まで少し休んでおけ。動けない奴は死ぬぞ」


そう言って月影刃は部屋の隅の床に寝転んだ。


「…陽姫様、我らもしばし休息をとりましょう。どの道あやつの言う方法しか我らには残っておりませぬゆえ…今は少しでも休息を…」


「…」


不気味な平穏さに包まれた夜が過ぎ朝日が昇った。


神社の境内には幾人か人が訪れており、そこには平穏な日常が写し出されていた。


陽姫達は神社の境内にて無事に帰還出来るよう祈りを捧げる。


「十兵衛、私は病でふさぎ込みがちの母上に約束しました。私は妖怪には負けませぬと。そして生き延びていつか必ず…。十兵衛…私は死にとうない…今ここで死んでは死んでも死にきれぬ…」


陽姫の目からは涙がこぼれていた。


「陽姫様、お気持ちお察しいたします。ですが今しばらくお心を強くお持ち下さい。さあ、急ぎましょう」


十兵衛は陽姫を促した。


「武家の娘、それも将軍の娘が命惜しさに涙するとは…徳川の天下となり随分腑抜けになったということか…」


二人の前に月影刃が立ちそう言った。


「月影とやら言葉に気をつけよ!陽姫様は将軍家光様の娘。如何に状況が状況と言えこれ以上の無礼はゆる――」


「よい!十兵衛…私が泣いてしまったのが悪いのです」


陽姫がそう答えた時、ふいに近くで遊んでいた少女の毬(まり)が転がってきた。


「お姉ちゃんありがとう」


「どういたしまして」


少女は陽姫の顔をじっと見てこう言った。


「お姉ちゃん綺麗。お姫様みたいー!」


陽姫と十兵衛は顔を見合わせ苦笑した。


「子供はかわいいですね、十兵衛」


「本当ですな」


「さあ、戻って遊んでなさい。お姉ちゃん達はこれから家に帰らないといけないの」


「うん、わかった。でもその前にちょっと…平らげないと…おいしそうだから」


「…え?」


「む!陽姫様!こちらへ!」


「きゃああああああ!!!」


少女の眼球が飛び出し目や口や鼻から得体の知れない触手が飛び出した。


「お姉ちゃん、とっても美味しそう…骨まで食べてあげる!」


斬(ザン)!


月影が少女に化けていた妖怪を斬り捨てた!


「クソッ!どういうことだ!?なぜこんなに早く居場所が…」


「陽姫様をお守りしろ!」


辺りを見回すと、他にいた者も妖怪の姿になっている!


それだけではない。


気づけば他にも無数の妖怪がうごめいている。


「我の力を侮ってもらっては困る。既にここら一帯は我の妖術結界の中よ」


「お、お前は妖怪ガラン!ば…馬鹿な…なぜ完全体ではないお前がここまでの妖術結界を…」


「クックック、実はある者に妖刀で血の結界を張るよう事前に仕組んでおいた。それゆえだ。偽の闇をまといし者が来ぬ前に平らげてしまうのは残念だがまあよかろう。さあどうやって料理してくれようか…クックック」


「はぁ…はぁ…」


月影は妖怪ガランが放つ凄まじい闇の気に恐怖を覚え圧倒されていた。


「十兵衛、三分だ。俺が奴をこの命と引き替えになんとか三分だけでも引き留めておく。その間に陽姫を連れ城の方に向かって逃げろ。そして奴と合流し城へ辿り着け!」


「月影…おぬし」


「…月影…」


「さあ、何をしている。今すぐ逃げろ!」


「…三分?これは随分と舐められたものですね。いいでしょう。では三秒。三秒でお前を殺してあげます…ギシャアアアアアア!!」


「来い!」


斬(ザン)!


一瞬の出来事だった。


「おやおや…一秒程度しか持たぬとは…呆れた弱さだ」


「そ…そんな…月影…」


「に…逃げろ…」


ブシャアアアアアアア!!!


一瞬で全身を斬られたのだろう。月影の体から大量に血が噴きだし月影は息絶えてしまった。


「クックック、この程度の者しかおらぬとはお気の毒に…陽姫様」


「全員で陽姫様をお守りしろおお!!!!」


柳生十兵衛が叫ぶ。


「守る?この私に狙われて生き残れるとでも?笑わせるなこの虫けらどもが!!」


そういうと妖怪ガランは凄まじい闇の気を放出した。


「ぐ…ぐわあああああ…!!!!!」


「きゃああああああ!!!!!」


「う…ぐぐ…!!!!」


凄まじい闇に縛られ境内にいる徳川の者すべてがその身体の自由を奪われた。


「どうです?動けないでしょう?柳生十兵衛どの、そしてそれ以外の名も無き侍ども、今から陽姫を生きたまま喰らってあげますからよく見ておきなさい。絶望の顔に染まった後で妖怪どものエサにしてあげましょう!では、陽姫!お前を喰らってやる!!!!!」


そう言うと妖怪ガランは長い舌を陽姫に向かって飛ばした!


「きゃあああああああああああああ!!!」


「よ…陽姫…様ーーーー!!」


斬(ザン)!!!!!!


「ギ…ギエエエエエエアアアアア!!!!!」


何者かが突然現れ妖怪ガランの舌を斬り飛ばしてしまった!


「…言ったはずだ。妖刀を渡さぬ限り陽姫は渡さぬと」


そこには闇をまといし者――いや闇をまといし者を演じていた者が立っていた。


「貴様は般若面!…よくも…許さぬぞ…」


「はぁ…はぁ…月影刃は妖怪ガランに殺されました…」


「…そうか。で、何か契約でも交わしたのか?」


「私を城へ連れ戻せば十万両払うと約束しました」


「…いいだろう。その契約に従おう。今から我が妖怪ガランを斬り捨てる」


「なっ…正気か?偽物のお前では絶対に無理というもの」


ペッ!


口に溜まった血を吐き出した妖怪ガランが呆れたように言った。


「…闇をまといし者を演じている内に心まで呆けてしまいおったか…ただの人間風情が…者共!奴を食い殺してしまえ!!」


「ギシャアアアアアア!!!」


「ワシャアアア!!!!」


無数の妖怪達が般若の面を被った忍びに襲いかかる。


斬(ザン)!!!


斬(ザン)!!!!!


斬(ザン)!!!!!!!


「ガ…ガガ…」


ブシャアアアア!!!!!


「この程度の虫けらをいくらよこしても我は倒せぬぞ」


ザッ!


般若面の忍びは妖怪ガランに向かって剣を構える。


「ギシャアアアアア!!!」


恐ろしい声で怒りを露わにした妖怪ガランが般若面の忍びに斬りかかってきた!


ガキィンン!


ガキィン!


キィンン!


果たしてそこには人間離れした剣術の攻防が繰り広げられていた。


「ぬう……」


「十兵衛…これは…」


「何という速さ…昨日よりもさらに速い…あの妖怪ガランと剣さばきなら互角、いやそれ以上…しかし…」


ガキィン!


キィンン!


ガキィン!


キィンン!


ガキインン!!!


「ぬぅ…これは思った以上だ。貴様、力を隠しておったな…人間にしてはなかなかやるではないか…人間にしてはな。惜しい…惜しいぞ。このまま斬り殺してしまうにはあまりに惜しい。どうだこのガランに仕える気はないか?お前が望むのなら命は助けてやるぞ。」


「三分だ。三分でお前を斬り捨てる」


「…我の情けを聞かぬとは愚かなり…では望み通り殺してくれるわあああああああああああああ!!!」


ガキィン!


キィンン!


ガキィン!


キィンン!


「っく!」


さらに怒りを露わにした妖怪ガランの動きは先程とはまるで違っていた。


「むぅ…これが妖怪ガランの真の動き…」


「圧倒的すぎる…そんな…」


だが般若面の忍びも寸前の所でなんとか耐えしのぐ。


「はぁ…はぁ……」


「驚異的なり!人間の身で我の攻撃をここまで耐えしのぐとは!!!貴様には敬意を示し闇の力で葬ってやろう。先日闇をまといし者を葬った時にも使わなかった術よ」


「!?」


「我に宿りし闇の力よ!我の血肉となれ!闇かまいたちの術!」


「…こ…これは!!?ぐわあああああ!!」


妖怪ガランが剣を振るとそれに合わせて肉を切るほどの風圧が般若面の忍びに向かって襲いかかる!妖怪ガランは尋常ではない速度で剣を振り続けた!


「フハハハ!!この連続攻撃を食らって生き延びた人間はこれまで一人もおらぬ!」


「グハッ…」


遂に妖怪ガランの放ったかまいたちの一つが般若面の忍びを捉えた!


一瞬の隙がそこに生まれたのを妖怪ガランは見逃さなかった。尋常ではない速さで踏み込んで来る!


「しまっ…」


もはや逃げ場がない!


般若面の忍びは宙へ飛んだ。


「宙に逃げては終わりだ般若面!!喰らえ!月面斬り!!!!!」


斬(ザン)!!


妖怪ガランの放った剣は月を背に鋭い楕円軌道を描き般若面を割った。


般若面の忍びはそのまま陽姫達の少し後ろに落ちうずくまった。


「…そんな」


「陽姫様…我らがお守り致します!妖怪ガラン、次は我らが相手致す!」


だが妖怪ガランは眉間にシワを寄せ般若面のほうを睨み付けている。


「…我の闇かまいたちの術をよもや眉間でかわすとは…貴様一体何者だ?」


「…え!?」


「むっ!陽姫様、あれを!」


柳生十兵衛が指さす方を見ると般若面の忍びがゆっくりと立ち上がろうとしていた。


「…くそっ。油断してしまった。般若面を割られるとは…くそっ…最悪だ」


それまで般若面の下に隠れていた素顔が月の光に照らされた。


「あ…貴方は…つ…月影刃!!!」


「な…なんと…」


「な!何だと!?どういうことだ!!お前は先程我が斬り捨てたはず…それに…ハッ!!?まさか分身の術!!!貴様、昨日今日と…謀りおったな!!!!」


妖怪ガランが先程斬り捨てた場所を見ると斬り刻まれたはずの身体が消えていた。


「…貴方は一体」


陽姫は月影刃を見つめてそう言った。


「…下がってろ。奴は俺が倒す」


「…倒す?このガラン様を倒すだと?人間ごときがこのガラン様を倒す…だと?」


「妖怪ガラン、お前を斬る前に一つ教えておいてやろう。」


「?」


「お前が先日斬り殺したという闇をまといし者はその最後、谷へと落ちて行ったな?」


「なぜ貴様がそれを知っている!?」


「本当に死んだかどうか確かめたのか?」


「…いや。しかし確実に急所を深く斬ってやった。あれで生きているはずはない」


「ではもう一度見せてやろう。その時の闇をまといし者を――」


そういうと月影刃は一つの巻物を取り出し、自らの身体を取り巻くように放り投げた。巻物に書かれた文字が紙から浮き上がり月影刃の身体に張り付いた。月影刃の顔には見たこともない模様が出現している。また同時に不気味な闇が周囲に漂い始めた。


「…ま、まさか…貴様!あの時の闇をまといし者!!!それも護文使いとは!!!」


「こ…これは!」


「なんと…!!」


「本物が偽物を演じておったというわけか…ふざけおって…それに貴様……力を隠しておったな…ぐぬぬ…おのれ~よくも騙しおったな…」


「闇の世界から出てきたばかりだったんでな。さすがにだるすぎて斬られたふりをしたのさ。偽物を演じてお前に近づいたのは隙を見て殺し妖刀を手に入れようと思ったからだが…どうやら正面より斬り捨てるよりないようだ」


「…よかろう、面白い。どちらの闇が上回っているのか決着をつけようぞ」


「来い」


「死ねええええええ!!!!!!!」


妖怪ガランの狂気じみた叫びと共に尋常ではない斬り合いが始まった。お互いの周囲には闇が渦まいている。


ガキィン!


キィンン!


ガキィン!


キィンン!


「…なんという…」


「十兵衛…これは一体…」


もはや人間同士の斬り合いとは別物であった。


闇と闇が斬り合っている。


そう表現するよりない尋常ならざる斬り合いである。


斬(ザン)!!


「ガハッ…」


ブシャアアアアアア!!!!


突然のことだった。


何の前触れもなく妖怪ガランが真っ二つに斬られた。


胸から下は地面にずり落ち、それより下は仁王立ちしている。



「おお…これぞ闇をまといし者…妖怪ガランを一瞬で…」


「なんという力…」


「…いや、まだだ」


「?」


「え!?」



「猿芝居はよせ、妖怪ガラン。いつまで続けるつもりだ?」


「…クックック、よくぞ見抜いた。さすがは闇をまといし者」


仁王立ちしていた胸から下の身体の中から妖怪ガランの不気味な声が響く。


次の瞬間、斬られた身体の中から新しい顔が飛び出してきた。


さらに刀を備えた二本の腕。


さらにもう二本の腕、さらにもう二本、合計六本の腕が肉を突き破る。


そしてみるみるうちに妖怪ガランの体は巨大化し見たこともない化け物と化した。


「クックック、我のこの姿を晒させるとは褒めてやろう」


「無様な姿を晒してどうした」


「…粋がるなよ闇をまといし者。お前程度などこれまで何人も喰らっておるわ!ギシャアアアア!!!!」


巨大化した妖怪ガランが物凄い怪力で六本の刀を振り回す!


ガギィン!


ギィンン!


ガギィン!


ギィンン!


「ぐわあああ!!!!」


「我のこの巨体から繰り出される一撃一撃は受けるだけでも身が軋むであろう?いつまで耐えきれるかな闇をまといし者よ…クックック…では殺す前に貴様に一つ教えておいてやろう…冥土の土産としてな」


「…!?」


妖怪ガランは月影にだけ聞こえる程度の声で言った。


「あの女…その昔妖怪に生きたまま喰われた花央にそっくりであろう?お前が惚れていたあの花央に…クックック」


「なぜ花央のことを貴様が…!?」


「実は我もある妖怪から聞いたにすぎぬが…いいか良く聞け。喰われた花央とあそこに居る陽姫、実は双子よ。しかもどちらも贄(にえ)ときている…クックック」


「な…なんだと…」


「つまりお前は二度愛する者を目の前で失うことになるのだ…クックック…なんとも惨めな男よ…己の非力さに絶望するがいい…喰らえ阿修羅斬り!!!!!」


「ぐわあああああああ!!!!」


ブシャアアアアア!!!


月影の身体から鮮血が飛び散る。


「はぁ…はぁ…」


「ふん…しぶとい奴だ…だが次で本当の最後となる!闇よ集え!喰らえ!闇金剛阿修羅斬り!!!!」


「はぁ…はぁ…

======================


「花中(かお)ー!」


「花央ー!どこだー!」


風魔忍者の里を恐ろしき妖怪達が襲っていた。


村には火の手が広がり肉が焦げる臭いが漂っている。


風魔忍者として修行中の月影刃は村の異常に気づき、想いを寄せる幼なじみの娘、花央を助けにきたのだ。


「花央ー!返事をしろー!俺はここだ!花央ー!」


村には地獄絵図が広がっていた。


妖怪達が村人の血肉を漁っている。


月影に気づいた妖怪達が月影を喰わんと襲って来るが月影は手にする短刀で斬り捨てると花央を探し村の奥へと走っていく。


「刃(やいば)…私はここだよ…」


少し遠くにある家の蔭から花央が姿を現した。


「花央!」


「刃(やいば)…駆けつけてくれたんだ…嬉しいよ…あのね、今までずっと守ってくれてありがと…」


「花央?」


「花央ね…刃(やいば)のことずっと好きだよ…」


「…私のこと忘れないでね。」


「花央、お前何言って…ハッ!?」


刃は花央の背後に恐ろしい妖怪が潜んでいることに気づいた。


大きな口と鋭い牙、涎を垂らし今これから花央を喰わんとしている。


その妖怪は一瞬刃のほうに視線を向けた。


まるでお前が帰ってくるまで喰うのを待ってやったと言いたげな視線のように見えた。


刃の体に絶望が走る。


距離が遠すぎる。


間に合わない。



「やめろおおおおおーーーーー!」



妖怪の口から鮮血が流れる。


刃の全身は震え、目からは涙がこぼれ出ていた。


呼吸が止まりそうになりながらも次の瞬間には背中の刀を引き抜いていた。


「貴様あああああーーーーーーーー!」


======================

…はぁ…はぁ…」


「死ねええええええええええ!!!!!」


斬(ザン)!


闇をまといし者の身体を妖怪ガランの刀が貫いた!


「がはっ…ぁ…」


「フハハハハ!フハ…フハハハハハ!!!!」


「どこを見ている?」


「ハ?」


斬(ザン)!!!!


「ウギャアアアアア!」


「おお…なんと…」


「まさか変わり身の術…?」


妖怪ガランの六本の腕は切り落とされていた。


「強い闇の力を引き出せば命が縮むゆえ、出来れば使いたくはなかったが…テメーは絶対に許さん…」


「だ…騙しおったな~…ヒッ…止めろ…止めろ…おのれ…腕よ…早く再生しろ!」


「すべてを喰らい尽くす闇の力よ、我に集え!闇剣術超金剛阿修羅!!!」


「ギャアアアアアアア!!!!!」


大量の闇の力で巨大な身体が斬り刻まれた!


「ガ…ガハ…ゥガ…我が…我が…完全体であったなら…貴様などに…口惜しや…口惜しや…闇をまといし者よ…いい気になるでないぞ…所詮貴様は闇の力を借りているに過ぎん…原理として貴様は決して闇そのものに勝つことなど出来ぬのだ…貴様の進む先には死あるのみ…ましてその女に関わるなら貴様には悲劇の死が訪れるであ――」


斬(ザン)!!!!!


「五月蠅い頭だ…」


妖怪ガランは息絶えた。


と同時に闇をまといし者は陽姫達に一瞬目をやったかと思うと次の瞬間、忽然と闇へと消えて行った…。


「ま…紛れもなく闇をまといし者の力…」


「これが闇をまといし者…」


(第二話へ続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

風魔忍者 月影 @amedamakorokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ