第2話 ナナ
◇◇◇
私は今日も嘘を
絹糸のように細く、真っ直ぐな髪。色は墨のように真っ黒で、でもつやつやと光っている。すっきりとした輪郭の顔。シャープなあご。すっと通った
背が高くて、手も足も長くて、運動のあとでも
朝日に照らされた雪原のきらめき、暑気を払う清涼な風、舞い落ちる
そうしてできたのがサキちゃんだと、私は思っている。
サキちゃんよりも綺麗な人間はいない。
ううん。人の中でだけじゃない。
この世で一番綺麗なもの、それがサキちゃんだ。
サキちゃんと初めて出会ったのは、小学五年生の夏休みの前。
転入の
目に止まったのは、一番後ろの席に姿勢よく座った女子。
視線がぶつかった瞬間、頭の中に花火が散った。
すぐに目を伏せたけれど、もう遅かった。
心臓は蒸気機関車のピストンのように激しく
息が苦しくて、名前を上手く言えなかった。
誰かが何かを言ってどっと笑いが起こり、担任が叱りつけたが、耳鳴りがしてほとんど聞こえなかった。
教師に背中を押されて席に座るように
用意されていた座席はあの女子の横だった。
奇跡だと思った。神の存在を信じかけた。
隣の席だということに。
そして、間に通路があることに。
反対側の、ぴったりと机をつけた方の隣だったなら、きっと私は気持ちを抑えることができなかっただろう。
一瞬で心を奪われたその日、私は彼女を手に入れるために、幼い頭で精一杯考えた。
幸いこの学区は中学まで持ち上がりだ。中学受験をする生徒も少ないと担任が言っていた。
時間はたっぷりある。
焦らずに、じっくりと、確実に、彼女を私のものにする。
夏休みはもうすぐ。
終業式の日に強い印象を与えてやれば、休みの間、何度も繰り返し思い出すことになるだろう。
そうやって、私という存在を、彼女の中に深く植え付ける。
まずはそこからだ。
◆◆◆
ナナがうちに泊まりにくるのはよくあることだ。
あたしのパジャマを着たナナと同じ布団に滑り込む。
お風呂に入ったあとなのに、すぐに布団はナナの甘い香りで満たされる。
いつもなら手を握って、ナナの規則正しい寝息を聞きながら、幸せな空気の中で眠りに落ちる。
だけど、この日は違った。
ナナがすがりつくようにして腕にしがみついていた。
うすい布地ごしにナナの体温が伝わってくる。
ナナの髪から、あたしと同じシャンプーの匂いがする。
下着を着けていない、柔らかい胸が腕を挟んでいて、あたしは硬直するしかなかった。
腕が解放されたとき、名残惜しい気持ちと、ほっとした気持ちがない混ぜになって、あたしは自分に呆れた。
けれど、布団の中で体を起こしたナナが顔をのぞき込んできて、それどころではなくなった。
豆電球の光では、見下ろしているナナの表情は見えない。
熱に浮かされたようにうるんでいた目だけがはっきりと見えた。
サキちゃん、とかすれた声が降って来た。
心臓がうるさい。
ナナに聞かれてしまう。
この気持ちを知られてしまう。
だけどあたしはナナから目をそらせない。
ナナは口がつきそうなほど顔を近づけてきて、忘れさせて、とささやいた。
吐息が唇をなで、ほんのかすかに唇が触れ合った。
電撃が走った。
手足の指の先に残った痺れが、あたしをベッドに押さえつけた。
次にふにょっとした柔らかさを唇に感じたあとのことは、ほとんど覚えていない。
ナナの温かさ、わずかに漏れる声、背中に回された手の強さ、そして、ただただ
◇◇◇
優しくて、面倒見がいいサキちゃん。
だから私は、弱くて、恥ずかしがり屋で、頼りない演技をして、その
シャープな見た目とは裏腹に、レースやぬいぐるみといった可愛いものが大好きなサキちゃん。
だから私は、過度に甘ったるい服装と仕草を心掛け、その所有欲を満たす。
成長してサキちゃんに
その
でも、ほんの少し目を離した隙に、サキちゃんは私に黙って恋人を作った。
それを知ったとき、目の前が真っ暗になった。
体の制御が
サキちゃんは驚いたように目を開き、ちらっと上を見た後、恥ずかしそうに笑った。
その瞬間、カッと頭に血が上り、視界が真っ赤に塗りつぶされた。
凍っていた血液が一気に沸点に到達し、煮えたぎったままごうごうと音を立てて体の中で暴れている。
髪が逆立ち、筋肉が収縮して、体がぶるぶると震えた。
よくも。よくも私のサキちゃんを。
八つ裂きにしてやる。
いや、四肢の末端からごりごりと削り殺してやろう。
後にも先にも、こんなに強烈に殺意を覚えたことはない。
だけど結局、私はその男を殺すことを諦めた。
サキちゃんが幸せそうに笑うから。
私が他の男の話をすると、寂しそうな顔を見せてくれるようになったから。
その男を殺したところで、私はサキちゃんの
だから私はサキちゃんの
サキちゃんは、絶対にその男に会わせてくれない。
カレがナナを好きになったら困るから、とおどけたように言う。
私がその男を寝取ったら、サキちゃんは私を嫌いになるだろうか。
ううん、きっと、寂しそうに笑って、仕方ないねと許してくれる。
だけど、私を見るたびに、透かして後ろにその男の影を見るだろう。
そんなの、耐えられない。
◆◆◆
ナナと一緒に果てて、あたしはその横に寝転がった。
二人とも肩で息をしている。
初めてだったけど、満足させることはできたらしい。
ナナは私の肩に頭をつけて、そのまま寝てしまった。
ふいに不安に襲われた。
変わってしまったあたしたちの関係。
これからどうなるんだろう。
まだ
◇◇◇
ある日、男の話ばかりをするサキちゃんを見ていられなくて、私は彼氏に乱暴されたと涙を流しながら訴えた。
私の嘘にサキちゃんは真っ白な顔をして、唇を
そして、いつも以上にひやりとした手を私の頬にあててから、そっと抱きしめてくれた。
その反応で私は満足したけれど、それだけでは終わらなかった。
耳元で
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