第17話 雉名鳴女、八剣士に事の仔細を告げるの巻
これは一体何なんだ。
俺たちは「南総里見八犬伝」に出てくる伝説の八人の犬士の生まれ変わりだと聞いていた。
ある日突然、変な玉がいきなり自分の所に現れた。それから、バカな犬のキャンキャンいう耳ざわりな鳴き声に導かれて、気のいい仲間たちと出会った。
変な玉にはひらがなの下手くそな字がマジックで書かれていたけど、しかるべき時が来ればこのマジックで書かれた字は本来の漢字に戻って、そして俺たちは里美を救う伝説の勇者になるはずだった。
囚われの里美は素直じゃないので、決して自分の気持ちをストレートに表したりはしない。でもきっと心の中では俺の助けを待ってくれている。
玉梓とかいう幽霊が出てきた時はマジで怖かったけど、でも所詮は小説の中の出来事だ。最後は正義が勝ってハッピーエンドで終わるに決まっている。
戦いの途中で一時的に絶体絶命のピンチに追い込まれることはあるかもしれないが、主人公である俺が玉梓に殺されるなんていうバッドエンドは絶対にありえない。だから俺は安心して戦えばいい。
そんなことを、思っていた。
なのに何なんだ、あの背の低いイケメン野郎ども。どいつもこいつも戦国武将のコスプレみたいな恰好しやがって。男の俺が見てもカッコいいじゃねえか。どう見てもかなわない。人間の器が違い過ぎる。
それにあいつら、例の漢字の書かれた玉も持ってやがった。ってことは、あいつらが正真正銘の里見の八犬士ってことでもう確定ってことかよ。じゃあ俺たちは一体何者なんだ。
俺たちのことを八犬士だと信じて、今まで何かと俺たちに優しくしてくれていた里美のお母さんも、コロッと態度を変えちまった。本物の八犬士につかみかかって、あっさり返り討ちにされた俺たちなんて、お母さんにとってはもう、勝手に家に住みついた邪魔なゴミみたいなもんなんだろうな……。里美があのイケメンたちに無事救い出されて帰ってきたら、秘密基地から追い出されるのかな、俺たち――
一つだけ、全然意味が分かんないことがある。
本物の八犬士が里見家の危機に反応して、こうやってちゃんと復活して現れたってことはさ、俺たち偽物の八犬士は一体何者なんだ?ってことだ。
俺たちだって、なんかパッとしないけどさ、一応は不思議な奇跡みたいなので集められてんだぜ?
里美がイタズラ書きした玉が白い光と共に飛び散って、なぜか俺たちの元に現れた。俺たちの苗字は本物の八犬士の苗字と対応している。PUSHって書かれたボタン型のアザを全員が体のどこかに持っていて、その場所も本物の八犬士と同じだ。
こんなの、偶然じゃ絶対にありえないだろ。これはこれで何か別の奇跡があるんじゃないのか?本物の八犬士みたいなカッコいい宿命じゃないけど、俺たちは俺たちで、里美と何かしら別の運命的なつながりを持っているんじゃないのか?
――八人の「自分のことを犬士だと思い込んでいただけの単なる一般人」たちは、本物の八犬士にひねられた腕をさすりながら、芋虫のようにモゾモゾと動いて、やっとのことで上体を起こした。全員が、納得していない顔をしていた。
今まで信じ込んでいた自分たちの神話は、突然やってきたイケメンたちの手で乱暴に引き剥がされてしまった。それなら自分たちは一体何者なんだ?という謎に、八人の男たちは鈍い頭を使って呆然と答えを探していた。
その時だった。場違いなほど能天気な、若い女性の明るく甲高い声が突然周囲に響き渡った。
「ハイ!というわけで大変なことになってしまいましたね!われらが八剣士と里美の運命は、一体どうなってしまうのでしょうか?
それではここで、私キジシナナキメが、八剣士の皆様に特別に事情をご説明したいと思いま~す!」
崎山 貴一たち八人がその甲高い声の方を振り向くと、そこにはキラキラと光り輝く、神社の巫女さんのような恰好をした女性が立っていた。
その女性は、青と赤に輝く錦の布で飾られた小ぶりの金の冠をかぶっていて、もともとの顔の造りがそうなっているのか、常に唇をツンと尖らせている。冠と白い巫女装束と尖った唇のせいで、その女性は全体的にどことなく、ニワトリのような印象があった。
「……なんだ、お前?」
崎山 貴一があっけに取られた表情で巫女に尋ねた。
「初めまして!本日はご自宅に突然押しかけてしまって申し訳ございませ~ん。私、高天原のキジシナナキメと申します。神様の使いです!」
そう言って巫女は袖から神社のお札のようなものを取り出して顔の横に掲げた。そこには「雉名鳴女」と墨で彼女の名前らしきものが黒々と書かれている。泥だらになって地面に転がっていた八人の男たちは、全く理解が追い付かず、突然現れたやたらハイテンションなニワトリ巫女を茫然と無言で眺めていた。
「今回は、色々と不思議な事が起こり過ぎて、皆さま本当に大変でしたよね~?さっぱり事情が分からなくて、ずいぶん戸惑われたんじゃないかと思います。
高天原の神々にとっても、今回の件は予想外のことが多すぎましてですね。それでプロデューサーの判断で、もう今回は特別に、これまでの事情を全て種明かししましょうということになりました」
キジシナナキメと名乗った謎の巫女が、聞いてもいないのに甲高い声で勝手に説明を始めた。説明をしている割にナキメの体は男たちの方を向いておらず、ここに居ない誰かにでも語り掛けているのか、変な方向を向いて顔だけを男たちの方にひねっている。
「それで、ご説明するんですけどね……本当に、すみませんでした!
実はあなた方の人生に起きた今までの不思議な現象、これは全て、八百万の神様の間でいま大人気の番組、『リアル人生バラエティー☆ドキドキ里美八剣伝』の企画なんです!」
そしてキジシナナキメは、さっきから後ろ手に持っていた小さなプラカードをサッと目の前に差し出した。そこには派手な色遣いのバカバカしい形のフォントで
「リアル人生バラエティー☆ドキドキ里美八剣伝
~ 運命に導かれた八人の男と一人の女の共同生活♡
これで何も起こらないわけがない!~」
と書かれている。何なのだこれは。
「びっくりしました?それはそうですよね~。ホントすみません!」
全く謝っている感じがしないナキメの軽薄なお詫びの言葉に、崎山は驚きとか怒りとかを通り越して思考が止まってしまい、「で……?何なんだこれは?」とだけ言った。
「実はですね、ここにいるあなた方八人と剣崎里美さんの共同生活は、高天原におわす八百万の神々の間でいま大人気のテレビ番組……厳密に言うと、テレビなんてものは高天原には無いんですけど……まぁ今の時代を生きている皆さまにはそれと同じようなものとお考え頂ければ分かりやすいかと。
それはまあ置いておいて、とにかく、たくさんの天の神様が、あなた方の共同生活を空の上から眺めるのを楽しみにしている、こういう名前のイベントがありましてね。
それで、あなた方の人生に起きた今までの不思議な現象は、その一環として、我々番組製作班によってセッティングされたものなんです」
「はあ?」
「ですよねー。そんないきなり理解しろと言われても困りますよねー。本当は我々も、あなた方が寿命で人生を終えるまで、このことはずっと黙っておくつもりだったんですよー。
でも、なんという偶然でしょうか。あなた方が、里見八犬伝になぞらえた名前と特徴を天から与えられて人生をスタートしたのと、本当にたまたま同じタイミングで、まさか本物の里見八犬伝の物語も動き出してしまうなんて。
高天原の皆様もホントびっくりしているんです」
崎山はポカンと口を開けてぶっきらぼうに言った。
「ゴメン、何言ってるんだかさっぱりわかんねえよ」
するとナキメは、全く人の話を聞いていない感じで勝手に説明を始めた。
「ですよねー。ですので簡単にご説明しますねー。
あなた方人間が暮らすこの世界は『中つ国』でして、この世界の上には『高天原』がある。そして死んだ後には、この世界の下にある『黄泉の国』に行く。あなた方もここまでなら分かりますよね?」
「色々ツッコミたいところだらけだが、それは分かる。要するに天国だろ?」
ナキメは馬鹿にしたような口調で崎山をほめた。
「そうそう!さすがですね! それでその高天原、つまり天国には八百万の神様がいて、あなた方人間たちを空の上から見守っているんです。
でも、ただ見守っているだけじゃ結構ヒマですし、ごく稀になんですけど、ちょっとした遊び心を出してですね、面白い設定の人を作り出して、その面白い人の人生がどうなるかを眺めて楽しもう、っていう企画をやるんですね……ってゴメンナサイ、勘違いしないで。神様もいつもこんな事ばかりしてるわけじゃないのよ。ごく稀にね、ごく稀に」
「……結構ヒマですし?」
「……ちょっとした遊び心?」
八人の男たちがギロリとにらんだが、ナキメは一切気にする様子はなく、甲高い声で笑った。
「アハハ本当にごめんなさい。基本的にこういうお遊びの企画をやる時は、人生の途中で本人にそれを知らせる事は無いんですけどね。今回はあまりに偶然が重なって、実際に人生を送っておられるあなた方にとっては非常に意味不明な状況になってしまったから、さすがにちゃんと説明しないとまずいなー、ってことになりまして。それで、今回だけの特例としてこうやって私が説明に来ているんです」
特別に人生の途中で種明かしをしてあげてるんだから、むしろ親切さに感謝してほしいくらいだというナキメと高天原の神々の考えが、彼女の口調から何となく見てとれた。
「で?……その暇を持て余した神々の遊びの結果が、俺たちなのか?」
「まあ、簡単に言ってしまうと、そうですね」
「俺たちの所にこの玉がやってきて、頭の中にバカ犬の声が響いて、八人が集まって里美と一緒に暮らし始めて……。この偶然じゃ絶対にありえない不思議な現象が全部、神様の遊びだったと」
「はい。本当にスミマセンねー」
「それで神様とやらは、俺たちに何をさせたかったんだ?こんなことやって」
するとナキメは、芝居がかった口調で番組のコンセプトを説明した。
「八人の不器用な男たちが、運命に導かれてここに集う!一人の少女を巡って、いまゆっくりと動き始める恋の歯車……南総里見八犬伝の物語になぞらえて展開される、誰も先が予想できないリアル恋愛ドキュメンタリー!」
「……それが、コイツだと」
崎山 貴一は深いため息を吐きながら、ナキメが持っている頭の悪そうなプラカードを指さした。そこには
「リアル人生バラエティー☆ドキドキ里美八剣伝
~ 運命に導かれた八人の男と一人の女の共同生活♡
これで何も起こらないわけがない!~」
という字が空しく躍っている。
「そういうことです~。本当にゴメンナサーイ」
横から田崎 満が、ひねくれた顔で口をはさんだ。
「でもよ、あんたら神様なんだから、こんなの最初から結果知ってんじゃねえの?
人間ごときの運命なんて、お前らが最初から最後まで全部決めてるんだろ?だって、お前らは俺たちの人生を、こんな風に都合よく操作するのだって自由なんだからよ」
ナキメはあっさりと答えた。
「それは西洋の神様ですね。日本の神様は、そこまで徹底管理しないで人間の自主性と成り行きに任せる方針ですので。日本の神様がコントロールしているのは、人間が生まれる時の配置と設定、あと時々出す神託と天変地異だけです。
この『ドキドキ里美八剣伝』企画でも、私たち神々は、あなた方の苗字と名前と体のアザを里見八犬伝になぞらえて細工したのと、里美さんが自分の名前を書いた玉をばらまいたのと、あとは犬の呼びかけ以外は何もいじっていません。それ以外は全部あなた方が自分自身で決めて動いたこと」
川崎 瑠偉がナキメに食ってかかった。
「じゃぁ、あのイケメンの八犬士。あいつらは一体何なんだよ?」
「あれは、あなた方とは一切関係ありません。あなた方は我々の番組の企画で里美さんの元に集められましたが、それとは無関係の全く別のところで、里見家と妖婦玉梓の何百年にもわたる因縁の戦いが繰り広げられていたんです。
それが何という偶然か、片や玉梓と八犬士の復活、そして里見家の存続をかけた最終決戦という大真面目な物語、片や我々がヒマつぶしで始めた番組のバラエティ企画。たまたまそれが、ほぼ同じ時期と場所に重なっちゃったもんだから、こんなややこしいことに……」
ナキメはそう言うとアハハと能天気に笑った。八人の元犬士、いや「ドキドキ里美八剣伝」のために集められた、別に剣を使えるわけでもない八人の「剣士」たちは、がっくりと深い絶望のため息をついた。ナキメの甲高い笑い声だけが静かな空間に虚しく響いた。
――これで、自分が伝説の勇士ではないことが間違いなく確定した。
ひょっとしたらまだ可能性が?という淡い期待も完全に消えた。
この何の取り柄もないくだらない俺は、まだ覚醒していない真の勇者を内に秘めた仮の姿などではなく、外側も中身も正真正銘、くだらない俺のままだった。
夢も、希望もねえな。
「本当に今回は、皆様には大変ご迷惑をお掛けしました~。こんな不測の事態が起こってしまったので、『ドキドキ里美八剣伝』企画はここで終了になります~。
もう、里美さんの元を離れてもヤツフサくんが頭の中にキャンキャン語り掛けてくることはありませんのでご安心を。あとはご自由に人生をお過ごしくださいね~」
そう言い残してナキメが帰ろうとしたので、塚崎 朋也が慌てて引き留めて聞いた。
「ちょっと待て。里美はどうなるんだよ。あいつも自由にしてやれよ」
「いや、彼女が玉梓にさらわれたのは、里見家の嫡流の最後の生き残りだからであって、『ドキドキ里美八剣伝』とは関係ありませんから。私たちにはどうしようもありません」
ナキメはあっさりと言い切った。
「あいつはちゃんと無事に帰ってくるんだろうな?」
「どうなるんでしょうね?それは南総里見八犬伝の方の話なので、私には何とも」
「え?ちゃんと正義が勝つ話なんだろ?あのイケメンの八犬士たちが玉梓を倒して、それでメデタシメデタシで終わるんだろ?普通に考えて」
「さあ?確かに正義は勝つんでしょうけど、出てくる女性が悲劇的な最期を遂げることが本当に多い話ですからね、里見八犬伝。もちろん正義は勝つんでしょうけど、里美さんご自身の身は、ひょっとしたらひょっとするかも……?」
むしろこの状況を面白がっているようなナキメの無責任な言葉に、塚崎が思わず声を荒らげて食ってかかった。
「いや!待てやそれ!おかしいだろそれ!里美は何も悪いことしてない。ただの高校生だぞあいつ⁉」
「まあ、そこは八犬士に任せましょうよ。高天原の皆様も、今やすっかり本家の南総里見八犬伝のゆくえの方に興味が行ってしまってて。
私もこれからはそっちの物語の方のリポーターに立場を変えて、玉梓vs八犬士のスリリングな戦いを高天原の皆様にお届けしなきゃいけなくなったんで。それじゃおつかれさま~」
塚崎の怒りにも全くお構いなしで、ナキメは軽い口調でそう言い残すと全身を発光させ始めた。そして徐々に白い光に包まれ、最後にフッと消えてしまった。
その後には、正真正銘の何も持たない、冴えない八人の男たちが、ボロ雑巾のように打ち捨てられて残されていた。
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