第4話花を待つ人(3)

オルメカはラーニャの髪をそっと撫で、その額に自分の額をくっつけた。突然の出来事に彼女は戸惑いを隠せず、口をパクパクと魚のように動かす。


「ゆっくり息を吸って。」


彼は彼女の緊張具合に苦笑しながら、そうアドバイスする。しかし、彼女の緊張は解けるどころか至近距離で囁かれたことで身体は更に固くなり、息を吸い込もうとしてゲホゲホと咳き込んだ。


「大丈夫ですか?」


彼は驚いて彼女の背中をさすると、彼女は大丈夫です、大丈夫です、と言って彼から少し離れた。それから暫くして彼女が落ち着くと、彼は、


「やめておきますか?」


と訊ねた。彼女はブンブンと頭を振り、


「ちょっと緊張しちゃっただけですから……。」


と言い訳をする。彼はその姿にやんわりと微笑んで、彼女の目を手で覆い、


「見えなければ、大丈夫でしょう。動かないでくださいね。」


と囁く。そして、空いている右手を彼女の手に重ね、いつものように呪文のようなものを唱えた。


(やっぱりか。)


彼は心のなかでそう呟くと、彼女に重ねていた手をそっと外し、持っていたカバンへとその手を伸ばした。




「終わりましたよ。」


彼女にそう伝え、手をどかす。すると彼女はゆっくりと目を開けた。


「はい、どうぞ。」


そう言って彼はピンク色のチューリップを彼女に差し出した。彼女の顔が明るく輝く。


「ありがとうございます!!!」


チューリップを受け取ると、彼女は嬉しそうにお礼を言った。そして、ポケットから10レームの金貨を取り出す。


「これで足りますか?」


彼女はオルメカが花を売る商人であることも知っていたようで、花のお代を差し出した。しかし、花は通常1ムール、つまり10000レーム必要である。それは到底庶民が払えるようなものではなく、彼の商売相手はほとんどが貴族であった。


「いや、お代はいりませんよ。」


彼が笑ってそう言うと、彼女は必死に


「貰ってください!!お願いします。」


と金貨を差し出した。


「遠慮することはありません。元はといえばあなたのものなんですから。」


彼はそう言うと、彼女の手に差し出された金貨を握らせる。


「……本当にいいんですか?」


彼女が遠慮がちにそう聞くと、彼は微笑みを返した。


「道案内のお礼だと思ってください。」


彼女は申し訳なさにおろおろしながら、


「何か他に手伝えることはありませんか?」


と聞いてきた。


「じゃあ、ラザナルという町について知っていることを教えて貰えませんか?」


と彼が問うと、彼女はそんなことでいいんですか、と戸惑いながらも話し始めた。





この話こそがオルメカの運命を大きく変えることになるとは、このとき二人は予想もしていなかった。




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