魔導巨兵T.C.G.

胆座無人

0:世界を変えた発見

0-0.はじまりの二機




 ハイランド、という国がある。

 地上を支配する五つの魔導大国、その一角を占める国である。


 天を突き、雲の上へと消えていく巨大な塔"バベル"を中心として、その塔に負けず劣らず高い石造りの建物群が放射状に広がる。整然と敷き詰められた石畳の隙間には雑草のひとつも生えず、代わりに、水でも流したような薄青色の魔力が常に満ちている――というのが、この魔導国家ハイランドにおける首都、グランピアンの風景である。


 十二分に発展を遂げた、この時代の最先端を行く魔導都市。

 魔導五大国の首都として、なんら恥じ入ることのない都市であるはずだった。



 そんなグランピアンという首都は、今、未知の魔導兵器による侵略を受けていた。



『――敵魔導巨兵、依然として侵攻を継続……! ダメです、歯が立ちません!』


 四本脚の巨人、というのがその兵器を形容するにあたって最も適切な表現である。

 半人半馬ケンタウロス――というよりは、虫と呼んだほうが近い。横に平べったく広がる四つ足は、足を何本か間引いた蜘蛛、でなければアメンボを連想させる形をしている。そういう虫の胴体から、人の上半身が生えた全体像。

 全高十メートルを超えるスケール感さえ抜きにすれば、虫と呼べる形状をしている。それが、ハイランドという国に圧倒的な破壊をもたらした超兵器――魔導巨兵【コンセプター】の姿である。

 今やグランピアン市街は地獄のような炎に包まれていた。無事な建物はほとんどなく、街路は散らばった瓦礫によってほぼ通行不能となっている。


 ――そんな瓦礫を難なく踏み砕きながら、四足の魔導巨兵は侵攻を続ける。


 地を這うように燃え広がる炎。黒と青の中間の色に塗られた暗い虫の巨体は、煽る炎の逆光によって余計暗く、死神のように見える――


『――どうしろってんだよ、こんな化け物を!』

『どうしろもこうしろも後がないんだよ……! 砲撃用意!』


 逃げ惑う人々の悲鳴に混じって、瓦礫の陰から攻撃呪文を詠唱する声がする。

 直後、虚空に出現する薄青色の幾何学模様。空中に描き出されたその魔法陣から、噴火する火山のごとき熱線が魔導巨兵に向けて勢いよく放たれ――直撃。

 ――それで歩みを止めるどころか、巨兵には傷ひとつつかない。

 何かしたかと言わんばかりに、巨兵も空中に魔法陣を三つ生成。首都防衛の任についていた魔導士たちが今しがた放ったそれよりも、ゆうに三倍は太い熱線が――無造作に、三方を焼き払う。


「――――応答なし。応答なし! ダメです、太刀打ちできません!」


 その一撃は魔導士たちのみならず、状況確認に放たれていた使い魔までも焼き尽くした。首都中枢にそびえる塔、中枢機関"バベル"の一室で――ブラックアウトした魔力スクリーンを見ながら、通信魔導士が悲壮に振り返る。

 その報告を受けて歯をきしませるのは、このハイランドを治める国王である。


「……道理に合わん。道理に合わんぞ。あんな巨大兵器がどうしてこうも長く活動できる!? どうしてあんなものがこの世に存在できる!?」

「も、申し上げます。魔導巨兵は大気中の魔力を自動で吸収して稼働する兵器、その魔力効率は異様の一言! おそらく動力切れは期待できず――」

「――知っておるわ! 報告通りということだろう!」


 パニックを起こしている通信兵を怒鳴りつけ、別の使い魔を戦場へ飛ばさせる。

 地上を支配する五つの魔導大国の一角、ハイランド。この時代の魔導文明の最先端を行き、ほか四国と凌ぎを削っていたはずのこの国は今――そんな文明をあざ笑うかのごとき超性能を誇る謎の兵器によって、まさしく滅亡の危機を迎えていた。

 どうしてこんなことになったのか、という話である。



 *  *  *



 この首都炎上から数ヶ月ほど前のこと。

 ハイランド領土の端の端。とある田舎の湖から、魔導巨兵は引き上げられた。

 たまたま近辺を通りがかった魔導士が、湖から妙な魔力を感知。探査魔法によって湖の底に巨大な空洞があることを突き止めた魔導士は、好奇心から探索に向かった。



 そこにいたのは巨人だった。



 まったく見たこともない魔法金属によって全身を構成する、なめらかな銀色の体。十メートル超のその巨体と重量を、二本の足で難なく支える――銀色の、巨兵。

 それまでの魔導士たちの常識に照らし合わせて言うならば、ゴーレム、というのが最も近い。命令を与えるとその通りに動く、魔導士が作り出す召使い、土人形。概念としてはそれが最も近い。

 ただし、それは二点ほどの違和感を除けばの話である。

 第一に、その異様なサイズ。十メートルを超えて自立するゴーレムなど、この時代の魔導士は誰ひとりとして作れた試しがなく――

 第二に、この巨兵にはなぜかが存在する。



 自動で動く人形ではなく、魔導士が乗り込んで動かす金属の巨人。

 首都の研究員たちは、これはそういう魔導兵器であるという結論をはじき出した。



 さて、魔導士たちが頭を悩ませたのはここからだ。

 まったく未知の材質と製法によって作られた巨大兵器。乗り込んだ魔導士パイロットの魔力を感知して、魔導士パイロットの思うがままに動く兵器――

 完全なるオーバーテクノロジー、完全なるオーパーツ。なぜこんなものが存在するのか、否、がまったくわからないのである。


 かつて存在した知られざる天才魔導士が、有事に備えて用意した秘密兵器か?

 怪しげな外法に手を染めた黒魔導士たちが、地下でひっそり製造した代物か?


 そんなもので説明がつくはずはない。


 となると、はるか昔に滅んだ魔導文明の遺産とか、そういうものなのだろうか?

 現代まで七百年続く魔導文明の、それ以前。今よりもっと優れた技術を有する超古代文明とでもいうものが太古の昔には存在して、しかし大規模な魔導戦争によって滅んでしまったその文明の遺産が、今になって出てきたとか――?

 降って湧いた規格外の魔導兵器に、ハイランドの魔導士たちは困惑するばかり。

 ただし、ひとつだけ意見の一致を見たのは――


 何が起きるかわからない、ブラックボックスまみれの超兵器。

 こんなものを迂闊に戦争へ投入するわけにはいかないという、その一点。


 ただし、この当時のハイランド首脳陣はまだ知らない。

 地上を支配する五大国の、ハイランドを除くほか四国でも。ハイランドの魔導巨兵発見とほとんど時を同じくして、同じような兵器が発見されていたこと。

 そして、そのうちの一国は、ハイランドと違い――詳細不明の兵器を迂闊に戦争に出すのはよくないという至極真っ当なブレーキを、備えていなかったということを。



 *  *  *


 そうして、今のこの惨状だ。


 海洋国家ザイナーズ。ハイランドとは海を挟んで隔てられたその国から、海面を滑るようにやってきた、アメンボのようなその機体。

 ザイナーズは実に迅速に、魔導巨兵を侵略戦争へと投入する決断を下した。

 寝耳に水もいいところ。太古の超魔導兵器は、ハイランド側がその接近を感知してから数時間も経たぬうちに、国家の喉元にまで迫っていた。


 燃える市街を行く四つ足の巨兵。

 その左肩部から、突如として長大な。 


『なんだ、あれ――』

『――――逃げろ!!』


 巨兵の進行先に建っていた一棟の高層建築物に、照準がぴたりと合い――炸裂。


 ――首都の建築物には非常時に備えた魔力シールドが設置されており、事実、放たれた魔力弾が建物に着弾した瞬間、薄青色の魔力が網目状に壁一面を走る。 

 シールド、作動。一瞬だけ猛烈なスパーク音が鳴って、


 ――作動はしたがまったく意味を成さなかった青の魔力壁ごと、建物が爆散した。

 

 逃げ惑う人々の狂乱の悲鳴が、降り注ぐ瓦礫に襲われて消える。

 大気中の魔力を無尽蔵に取り込むこの魔導巨兵は、搭乗者の望むがままにありとあらゆる魔法を扱うことができる。蓄えた膨大な魔力を利用して、無から装備を生成することすらも。

 ただし、この当時の魔導士たちはまだ、その兵器まほうを適切に表現する語彙を持たない。

 左手に装備された機銃だとか、右肩に背負ったミサイルポッドだとか、右腕から生えるレーザーブレードだとか――魔法のように生成されるそれら兵装の名前を彼らはまだ知らず、故にこれらの装備で破壊の限りを尽くす魔導巨兵は、ただただ『未知の恐怖』を体現する存在として人々の目に映る。


 魔導巨兵の操るは、現代文明のはるか先を行く。

 人間ごときの魔法では装甲に傷ひとつ付けられない。巨兵側の攻撃では、市街が、人々が、紙くずのように破壊される。


 打つ手など、ない。

 ――ただ一手を除いて。


 使い魔から送られてくる映像を、国王は歯噛みしながら見ている。


「……まだか!? ジェレインはまだ出れんのか!?」


 焦りに焦った王が通信兵の肩を激烈に揺さぶったそのとき、



 金属を打ち鳴らすような甲高い音が大気を震わせて、

 直後、敵魔導巨兵の進路を遮るような形で――

 銀色の巨人が、天高くから戦場へと舞い降りた。



 磨き抜かれた銀の体に、燃え盛る地獄の炎を映して。【シルバー・バレット】と名付けられたハイランド側の魔導巨兵が、四つ足の蜘蛛と対峙する。

 わずか数時間足らずという猛烈な速度でハイランド国土を攻め上がった敵魔導巨兵に対し、ごちゃごちゃとした対策を練る暇はなかった。化物に対抗できるのは化物のみ、――こちらも魔導巨兵を出す。

 銀巨人のコクピット内部に、ハイランド本部からの通信が入った。


『――頼むぞジェレイン。……こうなってはもう、その機体だけが頼りだ』

『敵魔導巨兵、確認できました。これより、迎撃に移ります……』


 銀の巨人と蒼黒の蜘蛛、二機の巨兵が対峙する様はまさしく神話のワンシーン。

 この世の終わりを体現するように燃え果てた市街を見回して、その場にいた誰もが恐れた。いったい、どんな死闘が始まるのかと。


 ――その場にいた誰もが恐れた、のだが。



 二機の魔導巨兵はにらみ合ったまま、まるで動く気配がない。

 まったく、動く気配がない。

 まったく、一切、微動だにしない。



「……」

「……」

「……なんだ?」


 場に満ちる緊張感と静寂が、少しずつ、ざわめきへと色を変えていく。

 銀巨人のコクピットから、ハイランド本部へと通信が入った。


『……あの、すみません』

『どうしたジェレイン。なぜ動かない?』

『いや、……いや、恐れながら、その……。………………動かないのですが』

『……なんだと?』


 非常に気まずそうな声での通信が続く。


『いや、何が何だか……なんだ? 向こうの巨兵と向かい合ったあたりから、これ……ええ? なんだ? この魔導巨兵、急に動かなく……』


 完全に静止してしまった二機の魔導巨兵を前にして。

 ただただ逃げ惑っていた市民たちも、ようやく異変に気づき始める。


「おい、なんか……え? なんだ、あれ」

「……消えた?」


 左右の肩にキャノン砲とミサイルポッドをそれぞれ背負った、四つ足の巨人。

 その巨体が、痙攣を起こしたかのように一度びくりと震えたかと思うと――

 両肩に展開されていたそれらの武装が、光の泡となって消滅したのである。

 後を追うように、両手に持っていた機銃やブレードまでもが溶けていく。 

 突然の動作停止と武装解除。現代の魔導文明ではろくに解析もできなかった超兵器である以上、ハイランド側にもザイナーズ側にもこの事態を把握できている人間などいない。


『――あっ!』


 そんな混乱の中。

 二機の魔導巨兵のコクピット内部、ディスプレイにふと浮かび上がった謎の文章に、両パイロットは同時に目を留めた。


『どうした!』すぐさま国王から通信。

『――何か! 何か書いてあります! 読み上げます! ええ、っと――』



[ -Engage- 敵T.C.G.を発見しました ]

[ -Duel-mode:ON- ]

[ カードの使用は正式な決闘ルールに従って行ってください ]



『……カードの使用は正式な決闘ルールに従って行ってください』

『……は?』


 困惑する王の声を置き去りに、ディスプレイは文章の続きを映し出す。




[ -Duel-mode:ON- ]


[ ホルダーにデッキをセットしてください ]




『――デュエルモードオン。デッキをセットしてください、……と書いてます!』

『……………………は?』



  *  *  *



 滅びた古代文明の遺産、魔導巨兵。

 いったい誰が何の目的で作ったのかは歴史の闇に消え失せて、ゆえに、誰が何を考えてこんな機能を搭載したのかの真相は知りようがない。

 いち早く魔導巨兵を戦争へ駆り出したザイナーズ、それを迎え撃ったハイランド。

 この戦争で判明した事実は、ただひとつ。


 二機以上の魔導巨兵が同じ場所に存在する場合、

 それら巨兵は、著しい弱体化を見せる。


 この状態の魔導巨兵は『デュエルモード』と呼称され、そしてデュエルモードに陥った魔導巨兵を再起動するためには、ある条件をクリアしなくてはならない。

 その条件とは――搭乗席内のホルダーに、をセットすること。


 現代の魔導文明ではろくに解析もできなかった超兵器、魔導巨兵。

 ――ろくに解析も出来なかったのだが、『もしかしてこういうものではないのか』程度の推測であれば、一部から上がってはいたのだ。

 その内容があまりに突拍子もないものだったから、言外に却下されていたというだけで。


『………………ジェレイン』

『は、はっ』


 だが、こうなってしまった以上は、それが当たりだったと思うしかない。

 長い長い沈黙の後で、王は重苦しく口を開いた。




『…………おまえ、呪符戦カードゲームは得意だったはずだな?』

『……はい?』





  *  *  *



 それが二十年前に起きた戦争――ザイナーズ所有の魔導巨兵【コンセプター】がハイランド本土へと侵攻し、これをハイランド所有魔導巨兵【シルバー・バレット】が迎え撃った戦争。

 魔導巨兵という太古の超兵器が、初めて実戦利用された戦い。



『カードゲームがすべてを支配する時代』は、この戦争を皮切りに始まった。


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