第47話 神帝暦645年 8月24日 その36

「うふふっ。そんな心配をするだけ杞憂だと思うのですわ? 今は、ヤカン・ナイトがどれだけ銀貨をため込んでいたのかを確認するほうが先なのですわ?」


「あ、ああ。すまねえ。俺としたことが、変なこと言っちまったな。どれどれ、ヤカン・ナイトくんはどれだけ、ため込んでいてくれましたかね? ひーふーみー……」


 それから5分間、俺たちはヤカン・ナイトをひっくり返して、応接間Cの床に散らばった銀貨の枚数をゆっくりと数えていくわけだ。


「おおーーー! 銀貨が126枚(※日本円約12万円)でだよー。これだけあれば、モーモーさんのお肉がたくさん食べれるねー!」


「ウキキッ。126枚なので4等分するとひとりアタマ、銀貨約30枚と言ったところなのですよ。端数は、こっしろー殿のお小遣いにでもしますか? ウキキッ!」


「うれしい話でッチュウ。これで高級天かすが、毎日、食べ放題なのでッチュウ! ぼくのお肌がツヤツヤになるんでッチュウ!」


「おい、こっしろー。天かすは1袋、銅貨10枚(※日本円で約100円)もしないから、しばらく毎日食べ放題にはなれるけど、お前、成人病で、コロッと死んじまうことになるんじゃね?」


「ううう。それは嫌でッチュウ。ユーリちゃん。ぼくが天かすを食べ過ぎないように管理してほしいでッチュウ」


「うん、わかったー。こっしろーくんがコレステロールの塊になったら、大変だもんねー? あたしは、こっしろーくんには長生きしてほしいから、十分、食事制限をさせてもらうよー?」


 ってか、ネズミのこっしろーって、何歳まで生きるんだろうな? こいつは水の猫オータ・キャットや、火の犬ファー・ドッグとかの半精霊種族とは違って、ニンゲンの言葉を話して、魔法を唱えることが出来る普通の小動物だもんな? あれ? 普通って何だっけ?


「なあ、こっしろー。お前の寿命ってどれくらいなんだ? この前、20年、生きているとか言ってたよな?」


「うーーーん。ぼくには自分の寿命がどれほどかは、わからないでッチュウ。たぶん、この先、20~30年は確実に生きていられるとは思っているでッチュウけど……」


「ウキキッ。森の王や、山の王は、元は純粋な動物種族だったはずですよね? 何を間違えたのか、300年ほど生きていると言われているのですよ。さらには、あの2匹はニンゲンの言葉も話せると言われているのですよ。もしかすると、こっしろー殿も同じことになるのでは? ウキキッ!」


「こっしろーがもし、300年以上、この先、生きていられるってんのなら、そん時は何の王って言われるようになるんだろうな?」


「うふふっ。【側溝の王】とか名付けられそうなのですわ? もしくは【食物庫荒らしの王】が妥当かもしれませんわ?」


「どっちも嫌でッチュウね……。できるなら、【ネズミ界の美男子王】とか言われたいんでッチュウ」


 なんだよ、【ネズミ界の美男子王】ってのは。


「こう言っちゃアレだけど、こっしろーはネズミ界だとモテモテだったりするのか?」


 俺が嫌味を込めて、そう、こっしろーに質問する。


「自分では美男子だと思っているんでッチュウけど、この白い体毛がわざわいしているのか、言い寄ってくる美少女ネズミが居ないんでッチュウよね。ぼく、ハーレムを形成するのが夢のひとつなのにでッチュウ」


 ふーーーん。こっしろーがハーレムを形成ねえ。そんなことされたら、本当に【食物庫荒らしの王】として君臨するだろうな?


「まあ、いっか。さてと、ヤカン・ナイトの中身を確認していたら、予定の30分を大幅に過ぎてるな。そろそろ、館から脱出しようか」


 俺は肩下げカバンから懐中時計オ・クロックを取り出し、現在時間を確認する。確か、3度目のアタックを開始したのは14時15分。そして、現在時間は15時ちょうど。うーーーん。15分も予定をオーバーしてるぞ。こりゃ、ヤカン・ナイト相手に手こずりすぎたなあ。


「今、15時ちょうどだわ。予定より15分オーバーってところだ。ヒデヨシ、銀貨を余った袋にでも詰め込んでくれ。俺は、この部屋の入口で警戒に当たるわ。アマノは魔力探査を再開してくれ。敵が近づいてきてないかの確認を頼む」


「ウキキッ。わかったのですよ。ユーリ殿。袋に銀貨を詰め込むのを手伝ってほしいのですよ」


「うん、わかったー。ヒデヨシさんが、銀貨を何枚かくすねないようにチェックしておけってことだよねー?」


「ウキキッ!? わたくしは、そんな徒党パーティ内に不和が起きそうなことはしないのですよ!?」


「ヒデヨシ、ユーリ。そんなことを言いあってんじゃねえよ。ただでさえ、予定時間を大幅に超えてるんだ。しかも、アマノは悪魔の人形ディアボロ・ドールとヤカン・ナイトとの戦闘で魔力をかなり消耗してんだぞ? なるべく、速やかに、銀貨を拾い集めてくれよ?」


 俺がヒデヨシとユーリに注意をする。ユーリは、はーい! と元気よく返事をし、ヒデヨシと共に銀貨を素早く袋に詰め込んでいく。その間、俺は応接間Cの扉を開き、廊下へ顔を出し、左右を確認する。よっし、目視では、幽霊ゴーストの類は見受けられないな。


「うふふっ。魔力探査でも、幽霊ゴースト悪魔の人形ディアボロ・ドールの気配を近くに感じられないのですわ? ですが、玄関エントランス・ホールの方は果たして、どういった状況になっているかは、わからないのですわ?」


 魔力探査の弱点として、建物内だと、壁により、それを阻害されやすくなる。現に部屋の中を廊下側から魔力探査する際も、壁に手を付いた状態で行うわけだが、はっきりと中に何がいるかは、アマノとユーリの感性をもってしても、虚ろといったところなのである。応接間Cから扉を通り、さらにその先の玄関エントランス・ホールがどうなっているか、現時点でわからないのは致し方無いことなのだ。


「ウキキッ。お待たせしたのですよ。銀貨の回収は済んだのですよ。ヤカン・ナイトの亡骸はどうするのです? ウキキッ」


「うーーーん。ヤカン・ナイトの亡骸も回収をお願いするわ。大津オオッツの領主に、俺たちが館内で窃盗行為を行ったわけじゃないって証拠になるからな。モンスター事情に疎いであろう、大津オオッツの領主相手だと、説明が必要になるだろうしな」


 ヤカン・シリーズは魔法生物なので、そのまま、放置しておけば、生き返るって表現もおかしいのだが、活動を再開し、館内や城内、そしてダンジョンで活動してくれるのだが、その辺りの事情に疎いモノが相手の場合だと、泣く泣く、ヤカン・シリーズを回収せざるをえないんだよなあ。


 あーあ。これで、レア・モンスターがこの世から1匹、消える運命かあ。出来るなら、野に放ち、いつか復活することを願いたいモノなんだがなあ? もしかすると、どこかの館で、こいつと再び出会うことが出来て、俺たちの財布を重くしてくれるって言うのに、残念至極だぜ!


 ヒデヨシがヤカン・ナイトの亡骸を左手に持ったことを確認した俺は、彼に殿しんがりを任せて廊下へと躍り出る。そして、最大限の注意を払い、応接間B、応接間Aの横を通り過ぎて、玄関エントランス・ホールに続く扉の前に俺たち4人と1匹は立つわけである。


「うふふっ。魔力探査で確認できるだけで、幽霊ゴーストが10体ほど、待ち構えていますわね。悪魔の人形ディアボロ・ドールの気配は感じませんので、腰を据えて、じっくり戦えば、苦戦するほどではありませんわ?」


 アマノが扉に手を当てて、魔力探査を行い、玄関エントランス・ホールに居る敵を探るのであった。幽霊ゴーストが10体か。午前に行った2回目の帰りと同じことになったな。じっくり戦えばとアマノは助言してくれているが、もたついて、悪魔の人形ディアボロ・ドールが参戦する事態は避けたい俺である。


「アマノ。残り魔力はどれほどだ? これから玄関エントランス・ホールでの戦闘規模によっては、今日の館内の探索は打ち切りってことで良いか?」


「うふふっ。私の感覚ですと、普段の半分ほどにまで、体内の魔力が減っていますわね。魔力の回復時間を考慮すれば、次の戦闘で出し切ってしまって、今日はここまでと言うことにしたほうが良さそうですわ?」

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