第46話 神帝暦645年 8月24日 その35

「ピピーーーーー……」


 ヤカン・ナイトが最後の鳴き声を細々と、その口から漏れ出させて、応接間Cの床の上にゴトリと転がる。そして、そいつのアタマの蓋がパカッと開き、中から銀貨がジャラジャラと10~20枚ほど、散らばるのである。


「ウキキッ。てこずらせてくれたのですよ。これがヒノキの棒ではなくて、団長のようにカタナだったら、刃がボロボロになっているところでしたねウキキッ!」


「まあ、団長の腕前なら、ヤカン・ナイトまでなら、ぎりぎり一到両断できるぜ? でも、ヤカン・クイーンをぶった切ろうとしたときは、さすがにカタナが真ん中からボッキリ折れちまったけど」


「えええーーー!? ヤカン・ナイトですら、皆で100回近く、ヒノキの棒でぶん殴ってなんとかなったっていうのに、団長は、こいつをカタナで一到両断できちゃうのー? それはさすがに嘘だよねー?」


 その時の現場を視てないユーリとしては信じられない気分だろうな。俺たちが4人で計100回もヒノキの棒でぶん殴らなければ、絶命させられないような、ヤカン・ナイトが相手なんだしな。でも、俺は実際に、団長がヤカン・ナイトを一刀両断したところを、この眼で視たからなあ。だからこそ、俺はそう言えるわけだ。


「A級冒険者ってのは、ニンゲンをやめているからなあ。あと、ついでに言うとだ。カツイエ殿の必殺パンチでも、こいつの上位種であるヤカン・クイーンを1撃で絶命できなかったな。こいつらの硬さはふざけてんだよなあ」


「うふふっ。あの時はなかなかに面白いモノを見せてもらいましたわ。ヤカン・クイーンですよ! あいつの腹の中には金貨がたくさん詰まっています! あああ! 先生の金貨3枚(※日本円で約300万円)のカタナがあああ! って叫んでいましたわよね」


 アマノが言うあの時ってのは、【欲望の団デザイア・グループ】の団長、カツイエ殿、アマノ、ミツヒデ、そして、俺が荷物持ちとしての徒党パーティを組み、バンパイア・チョウチョウの城に忍び込んだ時のことである。


 バンパイア・チョウチョウが手に入れたと言う、【悪魔の辞書ディアボロ・ジショ】をなるべく傷物にしないように回収しろとの宮廷魔術師会からのクエストを団長が受けてきて、それで、バンパイア・チョウチョウの居城に忍び込んだというわけだ。


 そこで、なるべく戦闘にならないように、こっそりと潜入と調査を続けていた。そして、必要最小限の戦闘に抑えながら、くだんの辞書を手に入れて、帰路に着こうとしたところをだ。なんと、レア・モンスターであるヤカン・クイーンが俺たちの目の前に現れやがったわけだ。


 なんたって、金色のヤカン・クイーンの腹の中には金貨が詰まっている可能性が高い。さらに言うと、バンパイア・チョウチョウの城の中に、そいつが出たってことは、金貨の量も相当のモノだと、誰にでも簡単に予想できる。


 俺たちは目の色をギラギラと輝かせて、ヤカン・クイーンを散々に、それぞれの手に持つ武器でぶん殴りまくったのだ。だが、ヤカン・クイーンの防御力は、ヤカン・ナイトの10倍以上あるんじゃねえのか!? ってくらいに硬くて、結局、そいつを倒す頃には、団長は愛用のカタナを2本、ボロボロにし、カツイエ殿は、ヤカン・クイーンを殴りすぎて、右手の人差し指が突き指してしまうという、恐ろしい損害を出してしまったのである。


「うふふっ。普通、ヤカン・ナイトでも、こんなモノを素手で殴れば、右手の人差し指が突き指どころか、骨折してしまうのですわ? やっぱり、A級冒険者というモノはニンゲンではありませんわね?」


「ウキキッ。ヤカン・クイーン、おそるべしなのですよ。カツイエ殿の鉄拳、いや、鋼鉄拳を何発も耐えれるとは……ウキキッ」


「まあ、でも、カツイエ殿も本気で、ヤカン・クイーンを殴っていたわけじゃないけどな? ヤカン・クイーンに魔法が効きずらいから、素手で殴ったまでだし」


「えっ? お父さん、それって、どういう意味ー? カツイエさんは筋肉だけでA級冒険者に登り詰めたわけじゃないのー?」


「いや、B級冒険者までなら、カツイエ殿も筋肉だけで登り詰めたぜ? でも、A級冒険者になるってことは、それとは別次元の力を手に入れなきゃいけないんだよ。そうだからこそ、ニンゲンをやめたと言われる所以になるわけで」


「うふふっ。簡単に言いますと、カツイエさんは、四元魔法を全て使うことができますわ。カツイエさんは、自分のパンチと同時に、四元魔法による合成魔法を、その拳に乗せることが出来ますわ?」


「えっ? えっ? えええーーー!? カツイエさんって、魔力E級なのに、そんなことが出来るのー!? それって、お盆進行の時の、バンパイア・ロードみたいなことが出来るってことー!?」


 んー。ユーリが少し勘違いしているな。これは、ちゃんと説明しないとダメだな。


「良いか? ユーリ。ニンゲンは四元魔法の全てを同時に発動できたからと言って、それらを合成、いや、融合できないんだよ。相反する属性を混ぜ合わせることは、ニンゲン族、エルフ族、ドワーフ族には出来ないんだよ。それは、伝説の勇者の徒党パーティに所属していた、大魔導士セイメイでも無理だったらしい」


「うふふっ。バンパイア・ロードの言いを信じれば、バンパイア族は、四元魔法の全てを合成して、かつ、反発させあうこと無く、合成魔法を生み出すことが出来ますわ? でも、カツイエさんのふざけているところは、四元魔法を反発させることにより生まれる、想像を絶する破壊力を、攻撃に転嫁できるのですわ?」


「カツイエ殿の隠し業、通称【星の崩壊スター・クラプス】だな。拳や武器に四元魔法全ての魔力を注ぎ込んで繰り出される、あの合成魔法の破壊力は、1撃でバンパイア・チョウチョウの城を全壊させる威力を生み出すって言われてるんだぜ?」


「うおおおーーー! さすがA級冒険者だよおおおーーー! あれ? ふと思ったんだけど、団長とカツイエさんが2人揃っていたら、平安京ペイアンキョウすら、制圧できそうな気がするんだけどー?」


「うふふっ。ユーリ? 制圧どころか、壊滅させることが可能ですわ? ですから、カツイエさんの【星の崩壊スター・クラプス】も、団長の【隕石落としメテオ・バール】と同じく、国の許可が無ければ、発動禁止とされているのですわ?」


「ウキキッ。本当にふざけた存在なのですよ。A級冒険者というモノは。わたくしは、よくて、B級冒険者止まりになりそうなのですよウキキッ!」


「なんだか、もったいない気がするねー? それほどの破壊力のある合成魔法を使えるのに、国から禁止されてるなんてー。まさに宝の持ち腐れのような気がするよー?」


 ユーリがそう言いたい気持ちもわからんでも無い。実質、自分の持てる最大火力を国が使うなと言うのである。これでは何のためのA級冒険者なのか、さっぱりわからないって話になるよな。


 大体、国があの2人が使用許可を求めたところで、それを受諾することなんてあるのか? と言う疑念がそもそもとして存在する。そりゃ、国から見たら、モンスターよりも、団長やカツイエ殿のほうがよっぽど危険度が高いんだ。もしも、伝説の魔王がこの世に降臨したとしても、国はあの2人に、【隕石落としメテオ・バール】と【星の崩壊スター・クラプス】を使わせる気はないんじゃないのか?


「うふふっ。ツキト? 難しい顔をしてますわね? あのお二方なら、本当に隠し業が必要な時は、国の許可なぞ、もらわずに使うに決まっていますわ?」


「あの2人の性質たちの悪いところはそこなんだよ。あの魔法を国の使用許可無く使えば、厳罰に処すると国のお偉いさんから直々に言われているらしいんだ。だからこそ、あの2人がそれを使わざるをえない状況イコール【欲望の団デザイア・グループ】が国と戦う決意をしたってことになりえるってことだよ。俺が危惧しているところは、まさにそこなんだよな……」

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