第32話 神帝暦645年 8月24日 その21

「ハアハアハア。だんだん、落ち着いてきたのデス。こっしろーはネズミはネズミでもただのネズミじゃないのデス。ユーリさんの使い魔なのデス。決して悪いネズミじゃないのデス……。ウギギギッ!」


 おお。タマさんが自分の右の腕先を左手で必死に抑え込んでいるな。これがよくある若者特有の私の右腕が暴れ出す前に早く逃げて! ってシチュエーションなんだろうな。うんうん、わかる。俺も若い頃は無駄に技名を叫びながら、槍をモンスターに馳走してたもんだぜ。


「うふふっ。館の使用人としての誇りと、博愛精神との狭間で、タマさんが闘っていますわ? こっしろーくんがネズミであったことが全ての罪なのですわ?」


「ウキキッ。ネズミはひとによってはただの害獣と思われるところがつらいところですよね。無害どころか夢と希望を運んでくるネズミも居るのに、こっしろー殿は罪深きネズミなのですよウキキッ!」


「まあでも、こんなにきれいな真っ白な体毛のネズミなんて、探してもなかなか見つからないぜ? これはこれでご利益がありそうな気もするんだけどなあ?」


 動物系種族で体毛やウロコなどにより全身が白いモノは、神からの使いとして、ニンゲンたちに崇め奉られることが多いんだよな。例えば、白蛇とか白狐とか一本角の馬ユニ・コーンとか。まあでも、ヒノモトノ国の北陸ノース・ランド地方に生息する白熊は肉を好むから、増えすぎないようにと、間引きはしているって話を聞いたことはあるな。


「こっしろーくんはきっと、幸せを運んでくる良いネズミだよー? だから、タマさんも、こっしろーくんのことを気に入ってくれると嬉しいなー?」


「そ、そうデス。白い動物は神さまからの使いなのデス……。ウギギギッ!」


 あーらら。こりゃ、タマさんがネズミのこっしろーに慣れるにはしばらく時間が掛かりそうだなあ。


「おい、ユーリ。とりあえずだ。こっしろーの分は小皿に盛って、テーブルの下で喰わせてやろうぜ? タマさんが若者特有のジレンマから脱するには、もう少し時間が必要なはずだしな?」


「うん、わかったー。こっしろーくん、ごめんねー? いつもならテーブルの上で食べさせているけど、今日は我慢してねー? きっと、すぐにタマさんがこっしろーくんの存在を許せるはずだからー」


 こっしろーがチューチュー! と鳴いて、ユーリに同意を伝えるのである。しっかし、やりにくいもんだな。こっしろーがしゃべれるなんて、タマさんが知ったら、確実にさらって闇市で売り飛ばしそうだもんなあ。って、それはないか、タマさんに限っては。


 ユーリがテーブルの中央に置いてある大皿から切り分けられたキャベツ巻き煮込み肉ロール・キャベッツの一部を木製のトングを使って、小皿に乗せる。


「ちょっと待て、ユーリ。いくら、こっしろーが大食いでも自分の身体よりもでかいサイズは食べきれないだろ」


「こっしろーくんなら、大丈夫だよー。ねー? こっしろーくんー? 食べ物を残したらダメだからねー? タマさんに駆除してもらうんだからー」


「チュチュウ!? チュチュウ!?」


 ネズミのこっしろーの顔が半泣きになってるんだが? ネズミってのは確かに1食で自分の体重の半分に匹敵するほどの量を一度に食べることは出来るとは聞いたことがあるが、ユーリが小皿に盛っている分は明らかに多すぎる。


「おい、アマノ。ユーリを止めてくれ。精々、小皿に乗っている半分の量に切り分けてやってくれ」


「うふふっ。こっしろーちゃんのチャレンジを視てみたい気もしましたが、さすがにそれは可哀想な気がするのですわ? ユーリ? こっしろーちゃんには、その半分にしておくのが良いのですわ?」


「こっしろーくんは育ち盛りなんだから、たくさん食べてほしいところなんだけどなー? まあ、無理じいするのもダメだろうし、半分にしておくよー。アマノさんー、余った分は、あたしの小皿に乗せてねー?」


 というわけで、俺、アマノ、ヒデヨシはぞれぞれひとり分の量を。ユーリは1.5人分の量を。そして、ネズミのこっしろーは0.5人分を食べることになる。


「うーーーん。クエスト中にこんな美味いキャベツ巻き煮込み肉ロール・キャベッツにありつけるなんて、思ってもみなかったぜ。依頼者からメシを準備されても、大概は銅貨30枚(※日本円で300円)の安物の弁当だらかなあ」


「うふふっ。ひどい依頼主だと、銅貨5枚もしない冷たく硬くなったパンパーンと干肉だけを支給されることもあるのですわ? アレに比べれば、大津オオッツの領主さまには頭が下がる思いなのですわ?」


「ウキキッ。もう少しマシな部類ですと、野菜くずのスープをつけてくれますよね。しっかし、あの野菜くずのスープも当たりはずれがあるのですよ。肉を煮込んだ残り汁から作ったスープなら大当たりですけど、味付けが塩だけとかだと、本当に不味いんですよねウキキッ!」


 もちろん、タマさんが俺たちに準備してくれたスープはキャベツ巻き煮込み肉ロール・キャベッツの煮込み汁を利用したスープである。


 ちなみに野菜くずのスープには色々なモノがあり、肉を煮込んだ残り汁が大当たり。次点が味噌ミッソ。さらにその次が鶏ガラベースである。ここまでは充分、野菜くずのスープでも美味しくいただける。まあ、醤油ソイ・ソースで味付けしてるのも、まだ許せる。


 だがな? 塩だけってのはどうやっても喰えたもんじゃない! そりゃ、ニンゲン、塩をまぶせば大抵のモノは喰える。しかし、あの塩だけで味付けした野菜くずのスープはニンゲンが食すモノではない!


 E級冒険者だと、本当に金が無い時は、あのクソ不味い野菜くずのスープで腹を満たさなければならない奴もいる。もちろん、俺もその時代を過ごしてきたことがある。


「ねえ、お父さんー。あたしは塩だけで味付けした野菜くずのスープを食べたことがないんだけど、そんなに不味いのー?」


「ああ。あれは本当に不味い。生きているのが嫌になるくらい不味い。温かいスープを飲んでいるはずなのに、心は逆に冷えていくんだわ。ユーリ、良かったな? お前は自分に魔法の才能がふんだんにあったことに感謝しろよ?」


「うふふっ。私も駆け出し冒険者の時に、2~3度、あの塩だけで味付けされた野菜くずのスープを飲んだことがありましたが、思わず、吐いてしまったのですわ? 私はそのスープを飲んだ時に思いましたわ? 絶対に冒険者として成り上がってやりますわ! って」


「おおー。アマノさんが上昇志向を口に出すなんて、よっぽどな味なんだねー? あたし、一度で良いから、そのスープを飲んでみたくなってきたよー」


「やめとけやめとけ。アレは本気でやめとけ。アレを味わう必要がないってことはそこそこ幸せってあかしだわ」


「ウキキッ。わたくしもこればっかりはユーリ殿は体験しないほうが良いと思うのですよ。冒険者をやめたくなるレベルの味なのですよ。まあ、やめたところで他に就く職が無いのも事実なのですがウキキッ」


「ボクも塩だけで味付けした野菜くずのスープは食べたことはないのデス。そんなに不味いのデスカ?」


 ほう。タマさんは本当に良い領主に拾われたもんだなあ。確か8歳の時に井ノ口イノックチでアレに遭遇して、ここ大津オオッツに流れてきたって話を朝に聞いたもんな。


「タマさんよ。こんなことを聞いたら失礼かもしれないが、大津オオッツにやってきた時に、すぐにここの領主さまに拾われたのか?」


「ハイ。運の良いことにセ・バスチャンさんに見初められて、領主さまの使用人見習いとして雇ってもらえたのデス。大津オオッツに居るボクの親戚はボクを養えるほどの経済力は無かったのデス。セ・バスチャンさんと領主さまには返せぬほどの恩をいただいてしまったのデス」


「あれーーー? タマさんって、元々は大津オオッツの住人じゃなかったのー? あたし、知らなかったよー」


「ハイ。ツキトさんには朝にお話ししたのですが、ボクは今は滅びた商業都市・井ノ口イノックチが生まれ故郷なのデス。実はユーリさんとは同郷なのデスヨ」

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