第31話 神帝暦645年 8月24日 その20

 しまったなあ? アマノの言う通り、ユーリがふんっ! と言って、顔をあちらに向けてしまったぞ? てか、おかしいだろうが……。どこの世界に娘の水着姿に鼻の下を伸ばす変態親父が存在するって言うんだよ? 草津クサッツの街で防具店を営んでいるジョウさんくらいだぞ? そんな超弩級変態なのは。


「ユーリ。機嫌を直せって。娘の水着姿をいやらしい視線で視る父親なんて、最低最悪だろうが?」


 俺はへそを曲げてしまったユーリ相手に必死に弁明するわけである。3分ほど、ああでもないこうでもないとユーリに言い続けた結果


「う、うーーーん。よく考えてみたら、最低最悪な父親だよねー。わかったー。不平不満はやまほどあるけど、今回は許してあげるー」


 ほっ。この年頃の娘は扱いにくくて困るわ。ユーリが10歳くらいなら、お父さん、あたしの水着姿可愛いでしょーーー! って言ってても微笑ましく思えるもんだけど、今じゃ立派な大人の16歳だからなあ。それも込めて、俺はユーリの水着姿になんか興味はこれっぽちも無い! と断言したわけなのだが。


「ウキキッ。ヒトの親になるとは大変ですね。うちは3歳の男の子なのでちょうど元気盛りなのですよ。ネネが眼を離すと居なくなってて大変だとぼやいていたのですよウキキッ!」


 どこのご家庭も子供には手を焼いているんだなあと俺はちょっとだけ安堵してしまったりもする。


「よっし。拠点に戻って、昼飯を食べよう。んで、食休みをしながら、昼からのアタックについて詰めていくぞ! タマさんの腕によりをかけたご飯を食べようぜ!」


 俺は無理やり話をすり替えて、皆と共に拠点に向かって歩き出すのである。館から帰ること、歩いて10分後には拠点の一軒家の玄関までたどり着くと、その扉越しに肉を煮込んだような、まさに腹の虫を鳴らされるには卑怯すぎる匂いが漂ってくる。


「皆さん、お疲れさまなのデス! 今日のお昼はキャベツ巻き煮込み肉ロール・キャベッツを用意させてもらったのデス。ソースが大津オオッツ風味なので、お口に合うかどうかは不安なのデスガ」


 タマさんが、大皿にキャベツ巻き煮込み肉ロール・キャベッツを盛り合わせて、テーブルの周りに椅子に座った俺たちの目の前にドカンッ! と置くのである。


「お父さんー。大津オオッツ草津くさっつってそんなに味が変わるものなのー? 昨日食べたカレーは、そんなに味の差を感じなかったよー?」


大津オオッツ草津くさっつと比べて、かなり平安京ペイアンキョウよりだから、薄味になりがちなんだよ。それが煮込み系の料理になると顕著に差が出ちまうってわけ。でも、美味そうな匂いを漂わせてくるぜ。このキャベツ巻き煮込み肉ロール・キャベッツは。ひょっとしたら、アマノの作ったやつを越えるんじゃねえのか?」


「うふふっ。それは食べてみないとわからないのですわ? タマさん。私も人数分に切り分けるのを手伝いますのですわ?」


 アマノがそう言うと、タマさんから包丁を受け取り、ザクッザクッと直径30センチメートルはあるキャベツ巻き煮込み肉ロール・キャベッツを人数分に切り分けていく。


「あ、あれ? アマノさん。5等分に分けるのは何でデスカ? ボクの分は考えなくても良いのデスヨ?」


「あら、嫌だ。こっしろーくんの分を考えて切り分けてしまったのですわ?」


「こっしろーくん? こっしろーくんって誰なのデスカ? ボクがセ・バスチャンさんから聞かされているのは、ツキトさん、アマノさん、ユーリさん。そしてヒデヨシさんの4人なのデス。誰か、こっそり、後で合流したのデスカ?」


 あー。しまった。ネズミのこっしろーのことをどう説明したものかなあ? タマさん的には、ネズミは天敵だろうし。でも、アマノが口を滑らせた以上、言わないでおくのも、あとあとトラブルになりそうだし。まあ、しょうがないか……。


「タマさん。えっとだな。最初に言ってなかったんだけど、こっしろーってのは、ユーリの使い魔の名前なんだよ。んで、アマノはそのこっしろーの分までキャベツ巻き煮込み肉ロール・キャベッツを切り分けちまったってわけ」


「へーーー! 冒険者さんって、使い魔を従者にしているヒトも居るって話デスガ、連れてきているんデスカ? ぜひ、ユーリさんの使い魔のお顔を視てみたいのデス!」


 タマさんがそう言いながら、満面を喜色に染めているのだが? これで、ネズミだとわかったら、右のこぶしで叩きつぶすのではないかと、俺は不安でしょうがない。


「おい。ユーリ。こっしろーをそおおおっと出せよ? タマさんが、こっしろーを殺しかねないからな!?」


「タマさんがそんなことするわけないよー。ちょっと待ってねー? 今、あたしの使い魔を見せるからー。ほら、こっしろーくん。タマさんがこっしろーくんの顔を視たいんだってー」


 ユーリが左の胸元の呪符ポーチのふた部分のボタンを外す。そして、ぽんぽんとその呪符ポーチを軽く叩き、こっしろーに顔を出すよう促すのである。


 俺はタマさんの顔がビキッ! と引きつったところを見逃さなかった。


「ほーら。こっしろーくん。ご挨拶をしてー? あたしたちの身の回りの世話をしてくれているタマさんだよー?」


 呪符ポーチから顔だけ出したこっしろーとタマさんが、まるで運命の再会を果たしたかのように10数秒見つめ合うのだ。タマさんがネ、ネ、ネと口から漏らしている。あかん。今日はこっしろーの命日となるのか。団長、本当にすまん。せっかく金貨400枚(※日本円で約4000万円)もの大枚をはたいたっていうのに、こっしろーは天に召されるみたいだぜ?


「うふふっ? タマさんが固まってしまったのですわ? やはり、領主さまの使用人とネズミを会わせてはいけない運命だったようですわ?」


「ウキキッ。こっしろー殿。早く逃げたほうが良いのですよ? タマ殿がこっしろー殿を叩きつぶす前にウキキッ!」


「タマさんがそんなことするわけないじゃないー。ほら、こっしろーくん。顔だけじゃなくて、身体を全部見せてあげなよー。こっしろーくんみたいに全身真っ白なネズミなんて珍しいんだからー」


 ユーリがそう言うと、ネズミのこっしろーの首根っこを上手に右手の親指と人差し指で掴み、テーブルの上にちょんっと乗せるのである。対するタマさんは顔が引きつっているだけではなく、身体まで固まってしまっている。勘弁してくれよ? こっしろーの返り血でせっかくのキャベツ巻き煮込み肉ロール・キャベッツが紅く染まるのは。


「ネ、ネ、、ネズミいいい! ネズミを食卓に置いてはダメなのデスウウウ!」


 あーあ。ついにタマさんが発狂しちまったわ。


「おい。ヒデヨシ。動悸や眩暈めまい、頭痛に効くお薬を持って来てたよな? タマさんに一錠、わけてやってくれないか?」


「ウキキッ。でも、あの薬。成分の半分はやらしさで出来ているのですよ? 年頃のタマさんに飲ませては、副作用が怖いのですよ? ウキキッ!」


 あっ、そうだったわ。タマさんが一生かかってもぬぐえない心の傷を背負い込んだら大変だな。


「よっし、ヒデヨシ。その薬を上手いこと半分にへし折ってくれ。そしたら、運が良ければ、やらしくはならないから」


 成分の半分がやらしさで出来ている薬は、直径2cmの錠剤である。だからこそ、指に上手いこと力を入れれば、半分にへし折ることが出来る。


「ウキキッ。それは名案なのですよ。でも、どこでそんな裏技を知ったのですか? そっちのほうが気になるのですよウキキッ!」


「いやな? アマノが片頭痛持ちなんだよ。だから、アマノはそのお薬を常備しているわけなんだが、うっかり、やらしくならないようにと、半分にへし折って、そのお薬を服用してんだよ」


「うんー? お父さんー。それって、かなり危険じゃないのー? 下手をしたら、やらしさだけを飲んじゃうことになるよー?」


「そこは長年の経験と勘で半分にへし折っているみたいだぞ。アマノは。まあ、モノは試しに、ヒデヨシもやってみると良いぞ?」


 とまあ、こんな感じのやりとりを続けて、俺たちはタマさんにやらしさ半分のお薬をゴクンッと飲ませるのであった。タマさんは運良く、やらしさに精神を侵されることは免れて、フリーズ状態から脱することに成功したわけだ。

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