第15話 神帝暦645年 8月24日 その4

 館へ向かう準備を終えた俺たち4人は館正面の鉄柵の門の前に立つ。


「ふううう。ここからが本当の始まりか。思えば長い月日が流れたような気がするなあ?」


「そうでッチュウね。ここからがユーリちゃんとぼくの本当の冒険の始まりなのデッチュ!」


「うおおおおおお! いきなり、ユーリの胸元のポーチから顔を出してしゃべるんじゃねえよ! こっしろーーー! 心臓に悪いじゃねえかよっ!」


「ひどい話でッチュウ。タマさんに顔を見せれば確実に殺処分されると、ぼくは鎧に付けたポーチの中からまったくもって出させてもらえなかったでッチュウ。ぼく、タマさんのご尊顔をほとんど拝めなかったでッチュウ!」


 いや、そんなこと言われてもなあ? こっしろーはネズミだし、タマさんは領主さまの使用人だし? 使用人がネズミなんか見つけた日には、間違いなく串刺しの上での、たき火でメラメラだろ? 俺は、それを回避してやってんだから、こっしろーに感謝されても良いはずなんだけどなあ?


「ごめんねー? こっしろーくん。別に、こっしろーくんをないがしろにしようとか、そんなことは思ってないよー? サンドイッチの残りをこっそり取ってきたから、これでも食べて、機嫌を直してねー?」


「仕方ないでッチュウね? って、これ、めちゃくちゃ美味しいでッチュウ! アマノさんの作る料理に匹敵する腕なんじゃないでッチュウ!?」


 おお。こっしろーにもタマさんの料理の腕前がわかるほど、今朝食べたサンドイッチは美味しいかったよな。てか、このネズミ。舌が肥えすぎじゃねえか?


「こっしろーくんは現金だなー。あたしが作る料理にはあんまり手を出さないくせにー」


「そこは仕方ないでッチュウ。ユーリちゃんの得意料理はミンチ肉のつみれミート・ボールなのでッチュウ。ぼくはあまり肉派ではないでッチュウ」


 と、ネズミのこっしろーがサンドイッチに挟まれた薄切りハムを前足で丁寧にどかして、パンと玉子の部分をガツガツと食べるわけである。


 まあ、ネズミは雑食と言われているが、ネズミのこっしろーを視る限りでは、穀物類を好んで食べるよな。肉はもし食べるモノが無い時に仕方なく食べるんだろう。うんうん。


「ふう。満足なんでッチュウ。これで食後のコーヒーが飲めたら最高なのでッチュウ。ちらちらでッチュウ」


「ねえよ。大人しく、水筒の水でも飲んでやがれ」


 俺がそう言うと、明らかにこちらに聞こえるようにネズミのこっしろーが、ちっ! と舌打ちをするのである。くっそ! このクソネズミ。ユーリの使い魔じゃなかったら、しめてやるのにな!


「お父さんー。こっしろーくんをそんなに睨まないでよー。ほら、こっしろーくん、水で我慢してねー?」


 ユーリが水筒の水をキャップに注ぎ込み、そのキャップをこっしろーの目の前に持っていく。こっしろーはピチャピチャピチャ! と音を立てて、水を飲むのである。もう少し、エレガントに水を飲めないのですかね? このこっしろーは。


 まあ、そんなこんなもありつつ、俺たちは鉄柵の門を開き、幽霊ゴーストの住処と化してしまった館の敷地内に足を踏み入れるわけだ。って、あれ? なんか、館の中から冷気と思えるような感触を感じるんだが? 昨日はこんなことになってなかったぞ!?


「ウキキッ。足のくるぶし部分までひんやりとした空気が流れているのですよ。これは館に住み着いた幽霊ゴーストたちの主に気付かれてしまっていると思って良いのですかね? ウキキッ!」


「うふふっ。あちらも準備万端といったところなのでしょうね? ユーリ? こっしろーちゃん? 初めてのクエストで申し訳ありませんが、油断をしないようにしてほしいのですわ?」


 アマノが特に弛緩している、こっしろーに気をつけろと注意をするのであった。


「わ、わかったのでッチュウ! ユーリちゃん。ぼくが風の断崖ウインド・クリフを張るでッチュウ?」


「うん、こっしろーくん。お願いー。あたしは魔力を温存させてもらうねー? こっしろーくんは戦闘は初めてだよねー?」


「そ、そうでッチュウ。森でモンスターに出会った時などは、逃げるためにしか魔法を使ってこなかったでッチュウ。モンスター相手に立ち向かうのはこれが初めてでッチュウ……」


「じゃあ、魔力の使い過ぎに気をつけてねー? 初めての戦闘ってのは緊張しちゃうから、知らずに魔力切れを起こしちゃう時があるからねー?」


 おお。おお。ユーリが立派なことを言ってやがる。うーーーん。これぞ、師匠冥利に尽きるってもんだな。自分が弟子に教えたことを、弟子が自分の後輩に教える。こんな日がやってくるなんて、冒険者を始めた頃から思えば、考えたこともなかったなあ。


「よっし、ユーリ。こっしろー。気を引き締めていけよ? でも、気を引き締めすぎるのもダメだ。無理だと思ったら、アマノとヒデヨシを頼れよ? 決して、突出しようとするんじゃないぞ?」


「うん、わかったー! お父さん、前衛は任せたからねー!」


 ユーリの了承と共に、俺たち4人と1匹は幽霊ゴースト退治を開始する。


 まずは館の中へと通じる正面扉の開放だ。爆発するような罠を仕掛けられているわけではないだろうが、用心するに越したことは無い。扉に向かって正面に俺が立ち、扉の左にヒデヨシ、右にアマノが陣取る。そして、俺の後ろでユーリとこっしろーが魔法を発動するための準備に取り掛かる。


「お父さんー! 魔法陣を描き終えたよー! いつでも魔法を発動できるよーーー!」


「よっし。じゃあ、さっそく俺に水の洗浄オータ・オッシュをかけてくれ! 水流が具現化したと同時に、アマノとヒデヨシは館の正面扉を開いてくれ!」


「ウキキッ! わかったのですよ。では、アマノ殿、いっせーのー! でいくのですよ!ウキキッ!」


 ヒデヨシとアマノが扉を開放するために、扉の取っ手に手をかける。ユーリの身から魔力が溢れだし、力ある言葉をその口から発する。


「水よ、逆巻けー! 水の洗浄オータ・オッシュ発動だよおおおーーー! お父さんの身を守ってねーーー!」


「ウキキッ! アマノ殿! 扉を開けるのですよっ!ウキキッ!」


 アマノとヒデヨシが正面扉を観音開きにしたと同時に、館の中からウオオオオオオオオン! と言う叫び声が飛び出してくる。それと同時に幽霊ゴーストが約10体、俺に向かって突っ込んでくる!


 ちっ! やっぱり何かしかけてあるかと思ってたぜ! ご丁寧に通常の幽霊ゴーストだけじゃなく、幽体の雲ゴースト・クラウドまで飛び出してきやがったぜ!


 通常の幽霊ゴーストたちは正面扉から飛び出したあと、眼についた俺に向かって群れを為し、一斉に襲い掛かってくる。だが、そんなことは予想済みだ! 水の洗浄オータ・オッシュに包まれた俺にぶつかって、あの世に逝ってしまえってんだ!


「ウギャアアアアアアアアアアアア!」


「ウギイイイイイイイイイイイイイ!」


「ピイギャアアアアアアアアアアア!」


 幽霊ゴーストたちが水の洗浄オータ・オッシュにぶつかり、四方八方へとはじけ飛び、さらには太陽の光を浴びて、その身をドロドロの紫色の液体へと姿を変える。


「うふふっ。追い打ちで、幽霊ゴーストよ、昇天するのですわ! 水の浄化オータ・ピューリ発動なのですわ!」


 アマノが肩下げカバンより呪符を10枚取り出し、地面でのたうちまわるドロドロの紫色の液体の上に、素早く走りながら、呪符をばらまいていく。そして、浄化の魔法を発動し、奇襲作戦を目論んでいた幽霊ゴーストたちは一斉に天に召されることになったのだ。


 よっし、これで雑魚は片付いたな? あとは唯一、突っ込んでこなかった幽体の雲ゴースト・クラウドだけか。あの野郎……。通常の幽霊ゴーストだけ突っ込ませておいて、自分は高見の見物ってか。知恵が回るのか、それともただ臆病なだけなのか? まあ、間違っても策士であることは無いだろうな!

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