第14話 神帝暦645年 8月24日 その3

 ちょっとイライラしていた感じが見受けられたアマノであったが、タマさんの用意したサンドイッチの味に満足したのか、いつものニコニコアマノに戻ってくれたので、俺としては寿命が延びた気分である。


 まあ、冒険者稼業なんかやっていて、寿命が多少延びたところで、いつ命を落とすかわからんのに、そんなことに一喜一憂してどうするんだ? とツッコミを入れられたら、そこまでな気もしないでもないんだがな?


 しかし、それでもだ。拾える命は拾っていくのが冒険者の宿命であり、運命でもある。俺はアマノにヒノキの棒で撲殺される運命を変えていかなければならないのだ!


「ふう。ごちそうさん。やっぱり、サンドイッチと一緒にいただく飲み物はコーヒーに限るな!」


「うふふっ。私も朝から、こんなに美味しいサンドイッチをいただけるとは思いませんでしたわ? これはお昼も期待して良いということなのかしら?」


「ソ、ソンナ。これくらいの味くらい、誰でも出せマスヨ。パンと食材を切って挟むだけなのデス。そんなに褒めないでほしいのデス」


 タマさんが謙遜するけど、これだけの味を出せるのであれば、喫茶店でも開いてみるのも一手だと思うんだけどなあ?


「なあ、タマさん。将来的には大津オオッツの街で喫茶店を開くつもりはないのか? このサンドイッチを客に出せば、そこそこ繁盛すると思うんだけど?」


「ウーーーン。難しいデスネ。そもそも、お店を開こうにも、資金力に乏しいボクでは、街でヒト通りの多い道沿いのところで、家を借りるのは難しいデスシ」


 そうだよなあ。商売を始めるには、まず、手元に資金が無ければどうにもならないもんなあ。銀行が融資をしてくれるかと言って、そんなものに頼った日には、月々の返済だけで、お店の経営状態は火の車になるんだし。


 あれ? 待てよ? そう考えると、ジョウさんってすごいよな。街の大通りに防具店を構えているわけではないが、ちゃんと経営はしてんだもんな。それに従業員として、ゴマさんを雇うだけの余裕はあるんだし。やっぱりアレか? 手を出してはいけない事業に片足を突っ込んでいるのか!?


 などと、俺がジョウさんが来年あたりの冬の寒い日にびわ湖ビワッコで浮かんでいる心配をしてしまうのである。って、ジョウさんは、ドワーフ族だから、水に浮かねえわ。何を考えてんだ、俺は。


「お父さんー? また、何か考えごとー? トイレでそれをやらないでねー?」


「あ、ああ。それはアマノとお前にこっぴどく叱られちまうから、やらないように注意してるけどさ? てか、食事が終わったあとのコーヒータイムでトイレとかいう単語を出すのはやめてくれないか?」


「ウキキッ。出来るなら、コーヒーを飲みながらタバコも嗜みたいのですよ。でも、昨今、喫煙者は肩身が狭いのですウキキッ!」


 わかる。俺はヒデヨシの気持ちが痛いほどわかる! 本当に最近、タバコを外で吸っていても、近くを通っていくひとたちが、まるで汚物でも視るかのように、侮蔑の視線を送ってくるんだよな!


「ボクはタバコの煙は気にならないのデス。領主さまが大の愛煙家なのデス。館に居る時はタバコを口に咥えていない時間のほうが短いかもと思ってしまうほどなのデス」


「ふーーーん。やっぱり、領主さまともなると、お父さんみたいな安物の紙タバコじゃなくて、葉巻とか吸ってるのー?」


「ユーリさん。そこが意外なのデスガ、領主さまは紙タバコなんデスヨ。ボクも偉いヒトは皆、葉巻だと思っていた時期もあったのデス。デスガ、領主さまはそんな贅沢はいけない、領民たちの心を知るためにも紙タバコでなければいけないんだ! と力説されてマシタヨ?」


「俺としては、領主さまが紙タバコであろうが、葉巻であろうが、庶民の心なんてわかりっこないって思っているけどな?」


 おっとしまった! これはさすがに失言か!?


「お父さんー。まがりなりにもタマさんは、領主さまの使用人なんだよー? 領主さまの悪口なんて言っちゃだめでしょうがー」


「いや、これは俺の失言だったわ。タマさん、ごめんな? 大人として、恥ずかしい限りだわ」


「イエ? 別にボクも領主さまは何をアホなことを言っているのカナ? って思ってましたカラ。すっきりしマシタ。ボクの感性がおかしいわけじゃないんデスネ?」


 とタマさんが言いのけるのである。この娘は結構したたかで、しっかりものだなあと思ってしまう俺である。18歳だからといって、あまり油断はしないほうが良いのかもしれんな? 女性ってのは、男と違って、考え方自体が大人びているって世間一般的に言われてるもんだしな。


 俺はカップに注がれたコーヒーをズズズッと飲みながら、タバコを吸いたいのを必死に我慢するのであった。


 朝食が終わった俺たちは、さっそく、館の幽霊ゴースト退治のための準備に入るわけである。さすがにパジャマを持ってきたわけではないが、拠点内では戦闘用の鎖帷子や鎧下の服とはまた別の服を着ているわけである。クエストで野宿しなければならない場合でもそれは変わらない。そりゃ、モンスターと戦闘を行えば、返り血や返り粘液、返り唾液などなど、鎖帷子や鎧下の服が汚れる場合が多々あるのだ。


 そうした汚れた鎧下の服などは、戦闘後の夕食の前か後で、水の洗浄オータ・オッシュで洗ったりするわけだ。だからこそ、着替えは必須なのだ。


 あとひとつ付け加えるとしたら、野宿の場合は、鎧を着たまま寝ることもあるんだが、アレがきついんだわ。革鎧なら、まだ寝れなくはないんだが、鉄製になると本当にきつい。団長は鎧を着込んだままスヤスヤ寝てるんだが、アマノはどうしても無理とのことで、野宿でも鎧を着込んで寝ることはない。


 となれば、防御力の落ちているアマノを守るためにも俺が鎧を着込んだまま寝ることとなる。しっかし、歳を取れば取るほど、きつくなるんだよなあ。


 ん? カツイエ殿か? あのひとは筋肉自体が鎧と化しているために、鎧を着てようが着てまいが違いがないので、野宿のときは鎧を着込んで寝ることはないぞ?


「ウキキッ。着替えだけは拠点の一軒家の中でさせてもらえると言っても、馬小屋と大差がないのですウキキッ。馬の小便や糞の匂いが漂ってこないだけマシなだけなのですウキキッ!」


「そんなに、文句ばっかり言ってんじゃねえよ。こんなあばら屋だけど、雨風を凌げるだけマシってもんだ。タマさんが聞いたら、気を悪くするぜ?」


「ウキキッ。それもそうですね。冒険者相手に一軒家を貸し出してくれる領主さまには感謝せざるをえないのは事実なのですよウキキッ!」


 街の近くで行うようなクエストでは、依頼主が宿を準備してくれる場合とそうでない場合の二通りがある。そりゃ、宿代を出せば、依頼主はクエスト報酬以上の出費を負担することになるのだ。出来ることなら、そんな出費を抑えたいのは、ニンゲン誰しも同じなのだ。


 というわけで、そんな宿を準備してくれないような依頼主に当たった場合は、クエストの報酬額との折り合いで、街の安宿に泊まるか、それとも野宿をするかが決定される。街で食料だけ買い込んで、キャンプ地でそれを自ら調理して、自分たちで用意したテントの中で寝るわけだ。


 まあ、さすがに風雨が激しい時は野宿など出来るものでは無く、渋々、自腹を切って、安宿に泊まることになるのだがな? 体調を崩して、クエストをこなすことを失敗してしまっては元の木阿弥なのだから。


 そう考えれば、あばら家と言えども、2階に寝室がある一軒家を拠点にさせてもらっている今回は、非常にありがたい話なのだ。まあ、ヒデヨシは危険人物なので、馬小屋暮らしなのだがな!


「ウキキッ。ツキト殿が邪魔なのですよ。あそこの部屋には女性が2人も着替えをしていると言うのにウキキッ!」


「ん? 何か言ったか? ヒデヨシ。ここにちょうど良い長さで、ちょうど良い太さのヒノキの棒があるんだけど? 俺、まだ、このヒノキの棒の使い心地を確かめてないんだが?」


「ウキキッ! そんな凶悪そうな棒を両手で力強く握りしめて、素振りをするのはやめてほしいのですよウキキッ!」


 ふう、やれやれ。ヒデヨシと組む時は女性を徒党パーティに入れないほうが良いかもしれんなあ? 俺の心労がかさんでしょうがないわ。

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