第13話 神帝暦645年 8月24日 その2

 岐阜ギッフには木曽川キソ・リバー長良川ナガラ・リバーの2本の大河が流れている。そこに隣接するように井ノ口イノックチという岐阜ギッフで一番栄えていた街が10年前に存在していた。だが、今は誰も住んではいない。それもそうだ。10年前のお盆進行の時に、モンスターが暴れて壊滅し、国が立ち入り禁止区域としてしまったからだ。


 しかも、そのモンスターたちは元々はニンゲンだったのである。ニンゲンがモンスターへと変わった原因は今だもって不明だが、確かにあの日、あの時、あの場所で、井ノ口イノックチの街の領主たちはモンスターへと姿を変えた。街の中枢がそうなったのだ。そうなれば、街を守る警護たちも身動きが出来ない。そして、外からのモンスターの襲撃も重なり、井ノ口イノックチの街はひと晩で業火に包まれ、瓦礫の山と化してしまったのだ。


 その現世に現れた地獄のような中で、ユーリは奇跡的に生き延びたのである。ユーリはその当時6歳であり、両親たちの亡骸の下にて、俺が発見したのだった。多分、ユーリの両親がその身を犠牲にして、ユーリを庇ったおかげで、ユーリだけは生き延びれたのだろうと俺は推測している。


 俺は幼いユーリをそんな瓦礫と化した街に、ひとりにしてはおけず、団長の助けを借りて、ユーリを俺の養子として迎えたのだ。


 あの日から10年かあ。長い年月が経ったもんだぜ。男手ひとつでユーリを育ててきたが、なんであんなアホの子に育っちまったのか、俺には理解が出来ん。元々の素質がそうさせるのか、それとも、俺の教育が悪かったのかは判断がつかないところではある。


「どうしたのデスカ? やはり、朝からこんな暗い話は嫌デシタ?」


 タマさんが申し訳なさそうな顔つきで俺に聞いてくるのである。


「いや、そうじゃないんだ。俺もあの井ノ口イノックチには縁があってさ? ユーリはさ。あの10年前のお盆進行での井ノ口イノックチの街の生き残りのひとりなんだよ」


 俺がそう告げるとタマさんは、眼をまるまると見開き、言葉も出ないといった感じになる。


「そ、それは本当なのデスカ? あの時に生き残ったのは50人にも満たないと言われているのデス……。それなのに、こんな偶然ってあるのでショウカ?」


 偶然。そう、偶然だ。井ノ口イノックチの街の生き残りのユーリとタマさんが大津オオッツで出会う確率など、いかほどのものだろうか? それこそ、神の計らいがあったとしか言いようがないのである。


「こう言っちゃなんだけど、ユーリの反応から察するに、タマさんとはあの街では知り合いだった可能性は少ないと思うぜ?」


「そう、デスヨネ。井ノ口イノックチの街は人口5万人を越えていたのデス。それにボクもあの時は8歳だったのデス。横をすれ違ったりはしていたかもしれないデスガ、お友達だったことはなかったのデショウ。だって、ボクの知っている同年代の娘たちに、紅い双眸の娘が居たなら記憶に残っているはずなのデス」


 そうだよなあ。ユーリは多分、産まれながらにして、魔力が常人より高いことを示す紅い双眸だもんなあ。そんな娘のことを忘れろと言うほうがよっぽどおかしいって話になるもんなあ?


 そりゃ後天的なモノで、瞳の色が変わる奴も居ることには居るぜ? それが顕著なのは、バンパイア族らしい。彼らは長い悠久の時を生きていく中で、自分の中の魔力の桁を高めていく。それによって、身体も少しづつであるが変調をきたし、瞳の色が変わって行くのである。ちなみにパンパイアの上位種になっていくと、瞳は琥珀色に変わっていくのだ。


 おおっと。そういや、お盆進行の時のバンパイア・ロードも、宝石かと見間違えるかのような琥珀色の双眸をしてたよな。あいつ、そういや何歳って言ってたっけ? 300歳とか400歳だったっけ? うーーーん、失念してしまったなあ。


「ユーリの瞳の色で思い出したんだが、タマさんはハイ・エルフってのを視たことがある?」


「えっ!? そんな、ハイ・エルフって深き森の中で生活をしているんデスヨネ? ボクがそんな方に会えるわけがないのデスヨ!」


 まあ、そりゃそうだよな。俺もどっちかって言うと、井ノ口イノックチの話題から逸らすために振った話なんだしな?


「うちの一門クランの団長が三河ミッカワのハイ・エルフのセナ姫とお尻愛でさ? その縁もあって、俺もハイ・エルフと会ったことがあるんだよ」


「お尻愛? お知り合いの間違いなのデハ?」


 あああ! しまった! つい言い間違えちまったわ!


「そ、そうそう。お知り合いだったわ。いやあ、俺としたことが変なことを言っちまったわ! さっさと忘れるように。いいね!?」


 タマさんが、は、はあ……と生返事をするのである。いかんいかん。18歳の娘にお尻愛なんて単語を出してどうすんだよ、俺。タマさんが変な性知識を覚えてしまったら大変なことになっちまうぞ!


「んっんーーー! 話を戻そうか。えっとだな。ハイ・エルフってのは、やはりハイと付くだけに、魔力が桁違いに高いんだよ。だから、やっぱり瞳の色もそれに見合った色をしているんだよ。セナ姫は俺の記憶が確かなら、翠玉エメラルド色の双眸なんだよ」


「へーーー! 翠玉エメラルドなのデスカ! それは一度、拝見してみたいのデス!」


「すっごくきれいだぞ? まるで宝石かと思えるくらいでさ?」


「うふふっ? ツキト? 年頃の女性に向かって、キミの瞳はきれいだ。まるで宝石のようだとはよく言ってくれたものですわ?」


「う、うわあああ! アマノさん! いつの間に起きてきたんですかっ!」


「うふふっ? 先ほど起きて、顔を洗って、ここに来てみれば、まさか、ツキトの浮気現場に遭遇するとは思ってもいませんのでしたわ?」


 や、やばい。アマノが何かを勘違いしてか、俺がタマさんを口説いているように視えていたようだ。アマノの身体から眼に視えるかのように魔力が立ち昇っていくのがわかる俺とタマさんである。


「ヒッ、ヒイイイッ! ボクとツキトさんは、ハイ・エルフのセナ姫さんの瞳が翠玉エメラルド色の双眸だと言う話をしていただけなのデスーーー! 決して、ツキトさんにどうこうされそうになったとかそんなことはないのデスーーー!」


「あらあら? あらあら? あらら? ツキトがタマさんの瞳がきれいだ、宝石のようだと言う話では無いのですね? ふうううむ。私、寝不足なのでしょうか? つい、ツキトがタマさんを口説いているかのように感じてしまいましたわ?」


「天に誓って、俺がタマさんを口説いてたわけじゃないから、信じてくれ! だから、右手で力いっぱい握りしめているヒノキの棒をテーブルの上に置いてくれ!」


 俺とタマさんが必死に弁明し、なんとかアマノの右手からヒノキの棒を離れさせることに成功したのであった。ふううう。やっぱり、さっき、大声を出して、アマノを起こしちまったのは大失敗だったわ。危うく、あのヒノキの棒で、俺のかわいい牛さんのような顔が醜い牛さんの顔に変えられちまうところだったわ……。


「まったく、お父さんは朝からやらかしてくれるもんだねー? タマさん、おはよー! アマノさんは寝不足だと、天然ボケが激しくなるから、注意してねー?」


「あらあら? 天然ボケ扱いとは失礼な話なのですわ? そもそも、ツキトが勘違いを招くような発言をタマさんにしているのが悪いのですわ?」


 くっ。そう言われると、心がキュッ! と縮こまりそうだわ。しっかし、俺としてはタマさんに対して、これといった感情なんか持ち合わせていないんだけどなあ? でも、アマノがやきもち焼きなのを俺は知っているだけに、注意しておかないといけないな。ニンゲン、勘違いってのは付きモノだけど、その勘違いを誘発するような発言をする俺だって悪いわけだしな。


「ウキキッ。馬小屋の藁のベッドは寝心地が最悪なのですウキキッ。これなら、まだ、硬い床の上に布団を敷いて寝たほうがマシだというものですよウキキッ!」


 おっ。ヒデヨシが馬小屋から一軒家のほうにやってきたか。よっし、じゃあ、タマさんが用意してくれたサンドイッチで腹を膨らませることにしましょうかね!

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