第15話 神帝暦645年 8月21日 その11

 館の執事のセ・バスチャンとの打ち合わせも無事終わり、彼は俺たち4人に頭を下げて


「では、幽霊ゴースト退治の件、頼みましたのでゴザル。交通費、並びに支度金として、報酬の1割を先に支払っておくで、間違いなかったでゴザルよな?」


「ああ、それで間違いないぜ? セ・バスチャンさん」


 俺がそう言うと、セ・バスチャンさんは、金貨4枚を財布から取り出し、机の上に並べるのである。まあ、この先払いシステムに関しては、交渉次第で増減はあるのだが、前払い金をもらうだけもらって、とんずらする不貞なやからもいるので、基本的に1~2割程度で抑えられているのである。


「ウキキッ。確かに金貨4枚、受領したのです。今、領収書を出すので、待ってほしいのですよウキキッ」


 ヒデヨシがそう言うと、縦4センチメートル、長さ15センチメートルの紙に、もらった金額と、ホソカワ家のセ・バスチャン様と名前を書きこむのである。


「領収書を確かに受け取ったのでゴザル。あとは、契約書でゴザルな。そちらのほうは今日の話し合いをまとめたモノを今日の夕方前には、そちらの【欲望の団デザイア・グループ】の館に送らせてもらうのでゴザル。内容を確認してもらい、問題なければ、自分が滞在している宿に送り返してほしいのでゴザル」


「ああ、わかったぜ。宿の住所を教えておいてくれないか? アマノの使い魔に届けさせるからよ?」


「ほう。アマノ殿の使い魔は伝書鳩なのでゴザルか? なかなかに便利なモノを使い魔にしているのでゴザルな?」


「へえ。一発で伝書鳩と見破るなんて、セ・バスチャンさんは、やっぱり優秀だな?」


「いや、それがしも使い魔に伝書鳩を飼っているのでゴザル。館の当主のご厚意で、それがしも魔力回路の開放を受けさせてもらったゆえに、使い魔を所持しているのでゴザル」


 なるほどなあ。執事の長であるセ・バスチャンが伝書鳩を使い魔にしていれば、仕事で役に立つもんな。しっかし、執事の長といえども、魔力回路の開放を受けさせるなんて、太っ腹な領主もいるもんだなあ。


「なあ、セ・バスチャンさんは、執事として相当、優秀なのか? 言っちゃ悪いが、魔力回路の開放には金貨30枚を請求されるんだ。それをポンッと出してくれる領主なんて、気前が良すぎだろ?」


「いやいや。全国セ・バスチャン連盟では、執事の長が伝書鳩を使い魔にするのは、今や、必須なことでゴザル。その流行に乗って、拙者の主が出資してくれたに過ぎないのでゴザル」


 ふーーーん。まあ、いらぬ詮索はやめておいたほうが良いのかな? 執事の長となれば、その給料で魔力回路の開放の金くらいは自分で出せそうだが、そうではなく、領主自らがその金を代わりに出しているってことは、このセ・バスチャンさんを手放したくないってあかしであるはずだしな。


「まあ。この話は置いておいて、俺たちはクエストの準備をするために、武器屋とか色々回ってくるわ。セ・バスチャンさん、他に何か言っておくことがあるなら、今のうちに頼むぜ?」


「でしたら、最後にひとつ。拙者は|大津オオッツで仕事があるので、先に領主が仕事をしている屋敷に戻るでゴザルが、当日、道案内のモノを館近くの駅にて待たせておくのでゴザル。館に向かう準備が整い、いざ、出発となったら、アマノ殿の使い魔なり、手紙なりで、こちらに連絡を入れてほしいのでゴザル」


 セ・バスチャンさんがそう言うと、3枚の紙を渡してくる。ひとつは自分が滞在する宿の住所。もうひとつは、幽霊ゴーストが住みついた館の住所。そして最後のひとつは、領主の仕事先の屋敷の住所が書かれていたのであった。


「ああ、わかった。まあ、出発は遅くとも三日後までだと思うぜ? 次の満月の日があるからな。あんまり悠長に構えていられるわけでもないしな」


「満月の日はモンスターが凶暴になると言われているのでゴザルよな。今日が8月21日でゴザルから、3週間とちょっとといったところでゴザル」


「そうそう。クエストは大体、2週間くらいでこなすモノだから、逆算すれば、満月の日がやってくる9月15日までには終わらすことができるってことさ」


「なるほどなのでゴザル。そちらが大津オオッツでの滞在中、こちらで活動拠点となる場所を見繕っておくのでゴザル。では、拙者はそろそろ退席させてもらうのでゴザル」


 セ・バスチャンさんはそう言うと、机の上のカップを手に取り、その中身である紅茶をグイッと飲み干すのである。そういや、今までずっと、飲み物に手を出してなかったな。セ・バスチャンさんは。そう言う決まりでもあるのかねえ? 執事の長としては。


「なあ。ふと思ったんだけど、セ・バスチャンさんが打ち合わせの間、一切、飲み物に手をつけなかったのは、何か理由があってのことなのか?」


「いやいや。これはただの習慣じみたものなのでゴザル。執事としては客人より先に飲み物に手をつけないといった、しつけに似たモノがあるのでゴザル。それに倣っただけの話なのでゴザル」


 ふーーーん。なるほどなあ。俺たちは会話の合間あいまに飲み物に手をつけていたけど、そういう、執事には習慣もあるわけか。長年、冒険者をやってきた経験上、他の館の執事とも打ち合わせをやってきたことはあったけど、そのひとたちは、普通に飲み物に手をつけていたなあ?


 まあ、良いか。セ・バスチャンにはセ・バスチャンなりの美徳ってもんがあるんだろ。俺たち冒険者相手に気にしないでくれと言っても、きっと、このひとはそれを貫くのであろう。


 セ・バスチャンさんが、席を立ちあがり、ドアの前でこちらに振り向き、もう一度、頭を下げて


「では、重ねてですが、当家の依頼を受けていただき、ありがとうでゴザル。拙者はこれにてでゴザル」


 セ・バスチャンさんがガチャリとドアノブを回し、ドアを開き、部屋から出ていくのであった。部屋に残された俺たちといえば


「ねーねー。セ・バスチャンさん、ちょっと堅苦しくなかったー? 依頼者ってもっと、フランクに接してくるもんだと思っていたよー?」


「うふふっ。ユーリ? あれはセ・バスチャンさんが自分はホソカワ家の代表代理であるという自覚からくるモノだと思いますわ? 領主の名を辱しめぬように、彼なりの心遣いがそうさせるのですわ?」


「ウキキッ。それにしても、堅苦しくて、こちらの息がつまりそうだったのですウキキッ。冒険者相手にきっちりした態度など、やめてほしいのですよウキキッ」


「まあ、下手すりゃ冒険者なんて夜盗くずれって言われてもおかしくないもんな。そんな冒険者相手にも礼を失することがないよう努めるのが、彼の誇りなんだろう。あんまり言ってやるなよ?」


「性格がなせる業なんだねー。あたしとしてはもう少し、何かくせのあるひとのほうが経験を積むって意味では良かったかもー」


「それはそれで相手をするのは面倒くさいんだけどな? クエストボードに貼ってある報酬を、こちらの足元を見て、下げてくるやからなんて相手するのは、御免こうむるからな」


「たまにいるから面倒くさいのですわ? 特にE級冒険者相手にそういったことをしてくる依頼者がいるので、冒険者ギルドとしても、対処に苦慮しているのですわ?」


 E級冒険者ってのは実力がまだまだなモノが多く、報酬が良いクエストを受けれるわけでもない。だから、アマノの言う通り、そのE級冒険者を狙って、報酬を交渉時に値切ってくるやからがいるわけだ。


 冒険者ギルドとしては、そう言ったやからに対処するために、報酬金が少な目の依頼に関しては、前もって、ギルド側が依頼者から報酬金の全額を確保するなどしているのである。


 それでも、報酬を値切ろうとするやからはあれやこれや言い訳をして、ギルド側へ支払うのを拒否したりするのだ。あまりにひどい場合は、そもそもとしてギルド側がそのやからがクエストボードに依頼を貼れないようにブラックリストとして登録するわけである。


 だが、そういうやからはクエストボードに依頼を貼る際に名前を偽る。結局、ギルド側とそのやからたちとのイタチゴッコとなるわけだ。

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