第6話 神帝暦645年 8月21日 その2

 体長10センチメートル、高さ4センチメートルほどのやや細身のネズミが小さな檻に入った状態で、俺とユーリの目の前のテーブルに置かれたのである。特筆すべきことは、このネズミのこっしろーは、全身白い体毛に覆われていることである。


「ネズミー!? ネズミって使い魔としては、飼っているやつはいることはいるけど、ネズミーーー!?」


「うわーーー。真っ白な体毛だよー。こんなに全身が白いネズミ、あたし、視たことないよー?」


「驚くのはそれだけではありませんよ? なんと、このネズミのこっしろーくんはニンゲン族の言葉をしゃべることが出来ます!」


「うっそだろーーー!? だって、どっからどう視ても、ただの真っ白いネズミだぞ?」


「ぼ、ぼく、悪いネズミじゃないでッチュウ。だから、そんなに大きな声を出さないでほしいでッチュウ」


「うわあああー! 本当にしゃべったー! こっしろーくん、すごいーーー!」


 ユーリが眼を丸くして驚いてやがる。もちろん、俺も驚いてるぜ? ニンゲン族の言葉をしゃべれる動物ってのは確かにいることは居る。でも、それは、数百年を生きた狼とか、ドラゴンとかその類に属するってことになるぞ? このネズミのこっしろーは!


「おい、団長! このネズミをどこで拾ってきやがった! ニンゲン族の言葉を話せるってことは、相当、やばいシロモノだろ!」


「ふっふっふ。先生、伝手を辿って、なんとか手に入れてみましたよ? いやあ、雲を掴むような出鱈目な話などから推測に推測を重ね、ネズミのこっしろーくんの確保に成功しましたよ! あーははっ!」


「やべえ。絶対にこれはやべえ。確実に、手が後ろに回るシロモノだぞ、これ。おい、ユーリ! これは諦めろ!」


「えええー!? あたし、ネズミのこっしろーくんに一目惚れ状態だよー? 団長、本当にありがとうー! 大事にするねー?」


「いや、やめておけって! ニンゲン族の言葉を話せる動物だぞ!? いくら団長が裏の社会と繋がりを持っているからと言って、こればっかりは危険すぎるぜ!」


まったくもってヒトの話を聞かないユーリに、俺はイラつきを通り越して、焦りの色を声に乗せてしまう。


「大丈夫ですよ。今回は裏の社会のひとたちの手は借りていません。こんな危険なシロモノを手に入れるのに、彼らに頼もうものなら、一生、甘い汁を吸われることになりますからね?」


「じゃあ、どこに頼んだって言うんだよ? 団長。表の社会のニンゲンでニンゲン語を話せる動物と面識を持っている奴なんて限られてくるぜ?」


「頼んだのはニンゲン族ではありません。エルフの森の長老に頼んだんですよ。彼女、最近、森の中にある集落近くの井戸が枯れてしまったらしく、新しい井戸を掘るための資金を欲しがっていましたからねえ?」


「おいおいおい! エルフの森の長老って、あのハイ・エルフのセナ姫のことじゃないよな!?」


「ピンポーン! 大正解です。三河ミッカワの地に住んでいる、あのハイ・エルフのセナ姫に頼んで譲ってもらったんですよ。いやあ、彼女、このことは絶対に言い広めるなっ! って手紙でしこたま文句をつらつらと書き連ねていましたねえ」


 まじかよ……。確かにハイ・エルフともなれば、ニンゲン語を話せる動物と親しいのもうなずける。だが、それにしても、それを譲ってくれるかどうかはまた別問題な話だろうが。


「ちなみにエルフの集落の井戸の再開発にいくら出したんだ? 相当な額を要求されたんじゃねえのか?」


「いえ。思ったほど要求はされませんでしたよ? あちらも、切羽詰まった問題のようですし。即金で金貨400枚(※日本円で約4000万円)で手を打ってもらいました」


 団長がニコニコと笑顔で俺の質問に応えてくれるのである。あああ。頭痛がしてくるぜ。


「こっしろーくんの好物ってなにー?」


「ぼくの好物でッチュカ? 天かすとか、ひえとかあわでッチュウ。もちろん、チーズもいける口でッチュウ!」


「うわあー。本当にネズミなんだねー? 好物が、ネズミが好みそうなものばかりだよー?」


 俺の心配もよそに、ユーリがほころんだ顔で、ネズミと会話をしているのであった。しっかし、ユーリが喜んでいる以上、俺がこれ以上、何か言おうモノなら、俺はユーリから1か月ほど口を聞いてもらえなくなるのは火を見るより明らかだなあ。


「まあ、食費とかには困りそうにない好みだよな。でも、良いのか? 団長。こんなすごいもん、ユーリにプレゼントしてもよ?」


「ちょっとした実験も兼ねてですからね。それくらい、安い買い物ですよ」


 実験? 団長、今、実験とか言わなかったか!?


「おい。待て! 団長。このネズミはしゃべるだけじゃないって言うのか?」


「おや? さすが、長年、C級冒険者を続けているだけあって、勘だけは鋭いですね? ツキトくんって、長生きできませんよ? 勘だけ良い男は」


「うるせえ。そんなこと、どうでもいいだろ、今は。それより、ネズミのこっしろーは何ができるんだ?」


「使い魔と言うモノが何かを説明できますか? ツキトくん?」


「ん? なんだよ、その質問。使い魔ってのは、術者へ魔力の供給を行ったり、術者が使う魔法の威力の増幅を行うもんだろうが。そんな基本的なことを俺に聞いてどうするんだ?」


「ええ。そうですね。使い魔と言うのは、基本、術者のサポート役です。あと、アマノくんが飼っている鳩のまるちゃんは、アマノくんと視覚を共有し、まるちゃんが視たモノをアマノくんに伝えることなどできますね?」


「ああ、そうだな。でも、このネズミのこっしろーはそれ以上のことができるっていうことだよな? 団長の含みのある言い方だとよ?」


「ふっふっふ。ネズミのこっしろーくんは、なんと、自らで魔法を唱えることができるのです!」


「うっそだろーーー!? 動物系のモンスターで魔法を唱えられるなんて、そんなのドラゴン族くらいなもんだろうが! それを、このこっしろーが可能だって言うのかよ!?」


「まあ、正確にはドラゴン族だけではなく、女性人魚マー・メイド鳥人間ハーピーのようなニンゲンに近しい形をした種族は魔法を唱えることができますけどね? でも、純粋な動物となった場合、魔法を唱えれるモノは森の長老や、山の長老となるでしょうねえ?」


「森の長老とか、山の長老って、数百年を生きた狼や鹿シッカだって言われているやつらだろうが……。なんで、こんな、ネズミが魔法を唱えられるんだよ?」


「さあ? そこは先生もわかりません。だけど、ネズミのこっしろーくんが魔法を唱えれるのは事実なのです。この事実こそが大切なのですよ?」


「お父さんー? こっしろーくんが魔法を唱えられるって、そんなにすごいことなのー?」


ユーリがよくわからないよー? と言った顔つきで俺に質問してくる。そりゃそうだ。訓練でもただの動物が魔法を使えるなんてことは教えてないことだしな。


「あ、ああ、ユーリ。魔法詠唱の文言って言うか、使われている言語は、ニンゲン族もエルフ族も、この前、俺たちの目の前に現れたバンパイア・ロードも同じモノを使っているんだよ。わかりやすい言葉で言えば、共通言語って言えば良いのかもしれねえな?」


「ツキトくんの補足をしますけど、その共通言語を発声できなければ、魔法を発動することが出来ません。ですので、純粋な意味での動物たちは、この共通言語を発声できないために魔法が使えないってことなんですよ」


「なるほどー。でも、火の犬ファー・ドッグとか、水の猫オータ・キャットとかはどうなのー? あれは純粋な意味では動物ってことにはならないのー?」


「あれらは、半分、精霊だしな。ニンゲン族やエルフ族とは違って、体内に流れる血液の代わりに魔力の源たる魔液が流れてんだよ。だから、共通言語をその口から発せなくても魔法に似た感じで火や水を具現化できるんだ。そういうわけで火の犬ファー・ドッグ水の猫オータ・キャットは使い魔としても重宝されるんだよ」


「へーーー。そんなの知らなかったよー。お父さん、そういう大事なことを教えてくれなくて、何をあたしに教えるつもりなのー?」


「いや、そんなことは、ユーリ自身の知的好奇心に任せるべき部分だろうが。知りたかったら、自分で調べなさい。1から10まで教えることが訓練じゃないんだからな? 自分で学ぶべきことを考えて学ぶのが、本当の意味での訓練だ!」


「うわー。藪をつついて魔法の杖マジック・ステッキだったよー。お父さんは本の虫だからねー。無駄知識王って名乗っても問題ないと思うよー?」


「まあ、ツキトくんは冒険者位階ランクがあまり高くない代わりに、知恵を絞って戦うタイプですからね。色々知っているということは、無駄ってことはないと思いますよ? 【己を知り、相手を知れば、魔王とも危うからず】って言葉がありますからねえ?」

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