第2話 神帝暦645年 8月20日 その2

 トシイエとナリマサが2人そろって、俺たちに向かって、ぺこりと頭を下げ、火の犬ファー・ドッグ水の猫オータ・キャット捕獲クエストの紙を持って、受付に走って行くのである。


 うーん、あいつら、冒険者稼業を始めてから早5年目というのに、冒険者位階ランクがD級からC級になかなか上がれてないなあ。刺激になるからと、上の位階ランクの冒険者と組んでみろとは助言はしているものの、自分たちがお付き合いしている彼女たちに遠慮して、組もうとしないんだよなあ。


 まあ、仲良しこよしの徒党パーティも悪くはないんだけど、それだと、どうしても危険なクエストには出たがらなくなるものだしなあ……。


 かといって、身の丈に合わないクエストを受けるわけでもないから、安心といえば安心なんだが。


「うふふっ。ツキト、どうしたのですわ? 何か物思いにふけっていますが?」


「ああ、トシイエとナリマサって、あんまり冒険しないなあって。手堅いといえば手堅いんだけど、あのままじゃ、C級冒険者にランクアップするのにあと2年はかかりそうなんだよなあ?」


「ふひっ。仕方がないのでございます。あの2人はお付き合いしている女性たちの安全を第一にと考えているのでございます。徒党パーティとしてはバランスが取れているだけにもったいないのでございます」


 って、あれ? ミツヒデ。なんで、いきなり、お前、俺たちの会話に混ざって来てるの? ミツヒデは団長のクエストに駆り出されるんじゃなかったのか?


「ふひっ。ツキト殿とヒデヨシ殿だけでは、良い感じのクエストを受けないのでは? と団長が危惧して、アドバイザーとして、僕を派遣したというわけなのでございます」


 なるほど。団長はミツヒデをお目付役として、ここに送り込んだってことなのかあ。団長も抜け目がありませんねえ。さすが、ユーリを約1年間でC級冒険者並みに育てろと言うだけあって、放任主義ってわけじゃないわけか。


「ウキキッ。トシイエ殿が火の魔法を、ナリマサ殿が土の魔法、そして、あの2人の彼女たちがそれぞれ水、風の魔法を使えるので、確かに徒党パーティとしては安定しているのですがウキキッ」


 ヒデヨシはお盆進行の時に夜組に回されていて、トシイエたちはその次の朝組であった。そのため、ヒデヨシはトシイエと面識があるようだ。まあ、ミツヒデもヒデヨシと一緒だったのだから、その辺りの事情をミツヒデからも聞いていたのだろうと俺は推測する。


「あれー? トシイエさんところの徒党パーティは誰も2系統の魔法を同時に扱えないのー?」


「まあ、魔力回路の開放をするだけで相当の量の金を要求されるからなあ。ユーリ。お前はぶっちゃけ特別扱いされてるんだ。団長が魔力回路の開放のために、自分の財布から金を出すなんて、【欲望の団デザイア・グループ】始まって以来だからな? お前、団長のハーレムに所属するのがほぼ確定してんだから、気をつけないとダメなんだぞ?」


「えーーー!? ちょっと待ってよー! あたし、団長のハーレムに所属する気なんて、これっぽちもないよー!?」


「うふふっ。では、この前、手に入れた報酬で、立て替えてもらったお金を返しておくことを提案するのですわ? まあ、団長なら倍返しを請求するかもしれませんが」


「ああー、それならすでに団長に返しておいたよー?。あたしの報酬が半分以上が吹き飛んじゃったよー。嫌だよー。お父さんがあたしの代わりに払っておいて良かったんだよー?」


 なんだ。ユーリはもう団長には魔力回路の開放代を返していたのか。ユーリ自身も団長にいやらしい要求をされるのは嫌だと感じているんだろうなあ……。


「しかし、団長のことだし、俺だと、3倍返しを請求されてそうで怖い気がするんだけどなあ?」


「うふふっ。確実にそうなるのですわ? ユーリ本人から返したのは正解だったと思うのですわ?」


「うううー。せっかく1年は遊んで暮らせる報酬をお盆進行の時に稼げたのにー。あたし、団長に汚されるのが嫌だから、あのニヤニヤ笑っている横っ面に、金貨60枚が入った革袋を叩きつけてきたんだよー」


 なんで、こんなにマジで心配してるんだろうな? さすがに団長でも16歳の女性を手籠めにして、自分のハーレムに所属させようなんてしないと思うんだけどな?


「ふひっ。団長は知的でちち的で痴的な女性が好みなのでございます。ユーリ殿はその点、論外といったところなのでございます」


「ウキキッ。ちち的にかなり足りないのですよね、ユーリ殿はウキキッ」


「なんか失礼なことを言われた気がするよー。あたし、これでもBカップ以上、Cカップに少し満たないくらいはあるんだよーーー?」


「残念でございます。団長はDカップからではないと、いちもつがビキィッ! とならないのでございます」


 ミツヒデもなかなかの言いっぷりだなあ。俺がユーリにそんなことを言おうものなら、水の洗浄オータ・オッシュによって、陸の上で溺死させられそうなんだけどな?


「うふふっ。そんなことより、受けるクエストを決めるのですわ? あまり、掲示板の前でたむろしていると、まわりのひとに迷惑がかかるのですわ?」


「ああ、そうだな。とっとと決めちまおうか。さて、どれにするかなあ? ん? これなんか良いんじゃないのか?」


 俺はクエストボードの下のほうに貼ってあるクエストの紙を手に取り、中身を吟味する。


 なになに? 【女性淫魔サッキュバスの嬉し涙】を採取してこいってか。うーん。団長の話だと、女性淫魔サッキュバスを満足させたら、流すらしいんだよなあ。でも、女性淫魔サッキュバスを満足させるには男3人で三日三晩、イチャイチャし続けなければならないって話だったよな?


 この徒党パーティの男は、俺とヒデヨシの2人のみか。うーん、俺はすぐ戦線離脱するとして、ヒデヨシは猿なだけあり、通常のニンゲンの3倍の回復力だし、やれないことはないよなあ?


「うふふっ? ツキト? 鼻の下が伸びているのですわ? そろそろ、水の洗浄オータ・オッシュでも喰らわせましょうか?」


「いやいやいや! ちょっと、魔が差しただけだって! やめます。こんなクソなクエストなんて受けるわけがありません!」


 俺はクエストの紙を元の位置に戻すわけである。だが、俺の後ろに居た男がその紙を奪うようにクエストボードから剥がして、受付に持っていくのである。


 あいつ、すげえな。女性淫魔サッキュバス相手にひとりで挑むつもりなのかよ! しかも、見た目、俺と余り年齢が変わらない気がするぞ? いや、待てよ? もっと若いな。うちの団長と同じくらいじゃねえのか?


「ふひっ。ツキト殿。何をそんなに驚愕の色を顔に映しているのでございますか?」


「い、いや。女性淫魔サッキュバスの嬉し涙を採取するってクエストの紙を、あいつが持って行ったんだけどさ。すげえなあって思ってさあ」


「ウキキッ。あのひとは一門クラン偉大なる将軍グレート・ショウグン】の団長の弟さんですね。名はヨシアキだったはずですよウキキッ」


「ああ、あいつが現役冒険者の中で1番の性欲持ちで、さらには【性欲魔人タチッパナシ】って言う二つ名で呼ばれるヨシアキなのかあ。って、あれ? あいつ、あんなに髪の毛ってフサフサだったっけ? 俺、あいつがスキンヘッドのところしか視たことないんだけど?」


「うふふっ。最近、新作の毛生え薬【ハエテ・クール】が売り出されたのですわ? 効果もすごいの一言なのですが、なんと、ひと瓶で金貨1枚(※日本円で10万円)なのですわ?」


「うっわ……。でも、あの見事なまでのスキンヘッドがあそこまでフサフサになるなら、ひと瓶で金貨1枚の高値でも払って良いと思えるなあ。でも、いったい、何の素材を使っているんだ? あれはさすがにそこらへんに生えてる植物とかじゃ無理だろ?」


「確か、ケサランパセランが素材だったはずなのですわ? 冬の雪山に多く生息していますが、季節限定のために採取できる量は限られるというわけですわ?」


「なるほどなあ。じゃあ、冬にはケサランパセラン捕獲のクエストとか貼りだされそうだなあ。俺なら絶対に冬の雪山になんか行きたくないけどな!」


「ふひっ。火と土の魔法があれば、いつでも身体を温めることはできるのでございますが、火と風の魔法が得意なツキト殿には、なかなか厳しいところがあるのでございます」


「そうなんだよなあ。火と風の合成魔法だと、火力調節が難しくて、雪崩を誘発しかねないからなあ。毎年、必ずそういった事件が起きるんだよなあ。まあ、大体は低位階ランクの冒険者がやることなんだけど。本当、そういう意味でも雪山には入りたくないんだよなあ」


「まあ、今では雪山での火と風の合成魔法を使わないようにと冒険者ギルドから通達されているのですわ? もし違反するようであれば、雪山に向かうクエスト自体を受けれなくなるのですわ? 冬の雪山にしか現れないモンスターも数多く居るので、お盆進行で稼ぎ損ねた冒険者としては死活問題となるのですわ?」


 ちなみに、冬の雪山で暖を取るのに一番良い方法は、土の魔法で雪の中から手ごろの大きさの石や岩を掘り起こし、その石を火の魔法で熱っするのだ。これの方法なら、雪山を刺激することも少ないし、熱しられた石は良い感じで、冒険者に向かって熱を放射してくれる。


「俺たちはバンパイア・ロードのおかげで、今年の冬はわざわざ雪山に向かう必要はないから良いんだけど……。いや、待てよ? ユーリの指導のために俺たち、雪山でのクエストを受けざる得ないってことなのか!?」


「あたし、寒いのは苦手なんだけどなー。でも、【根の国ルート・ランド】は、山岳地帯も多いって噂だしー。お父さん。冬になったら、雪山に行くクエストを受けようねー?」

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