第3話 神帝暦645年 8月20日 その3

 さあて、どのクエストを受けようもんかなあ? 難しすぎず、それでいて簡単すぎず、さらにはあまりに強いモンスターとやりあわなくて良いようなのがあれば良いんだけどなあ?


 まあ、お盆進行が終わったあとは、大方のモンスターは休息期間に入るから、自分から危険な地帯に入り込むようなことさえしなければ、大丈夫なのだが。


 ん? お前のところの団長は紅き竜レッド・ドラゴンの尻尾を斬りに行くのは危険なんじゃないかって? あいつはニンゲンをやめているんだ。ニンゲンとしての危険感知能力も、おかしくなってんだろ。


「ウキキッ。このクエストはどうですかね? ユーリ殿でも苦戦することはないはずですよ? ウキキッ」


 ヒデヨシがそう言いながら、クエストボードに貼られた紙を指さすのである。


 何々? グリフォンの卵を10個集めてくるクエストかあ。なるほどなあ。グリフォンはこの夏から秋に入る時期から、産卵期に入るんだよな。だからこそ、そいつの栄養満杯の卵を取ってこいってやつだな?


「良いんじゃね? こっちには弓使いのアマノが居るし、もし、戦闘になったとしても困ることはないなあ。お目付役のミツヒデとしてはどうなんだ?」


「ふひっ。もう少し、苦戦するようなモノを選んだほうが良いかと思うのでございます。アマノ殿ひとりでクエストを難なくこなせてしまうことになってしまい、ユーリ殿には訓練にならないのでございます」


「なかなかに手厳しい意見だなあ。B級冒険者のアマノの戦闘力を考慮すると、あえて飛行系のモンスターは選ぶなってことになるじゃねえか、それだと」


 ちなみに弓矢や、鉄砲などの飛び道具は、原理はよくわかってないのだが、なぜか飛行系モンスターには通常武器の2倍以上のダメージを与えられるという謎の【恩恵】があったりするんだよな。


 魔術師サロンの研究では、これはエルフやニンゲンに与えられた、この世界を創ったと言われる神たちから与えられた【恩恵】なのではないかという見解が出ているのである。まあ、【恩恵】なんて言葉を使っている以上、魔術師サロンの偉いひとたちにも、よくわかってないのだろうというのが俺の認識だ。


「うふふっ。では、このクエストなんかどうですか?」


 アマノがそう言いながら、掲示板に貼られた紙を指さすのである。


 何々? 増えすぎた海月クラー・ゲを退治してほしいってか。うーーーん。俺、あんまり、海月クラー・ゲと闘いたくないんだけど? 前衛職だと、あいつらはやっかい極まりないんだよなあ……。


「ウキキッ。確かにお盆が終わったあとの海には海月クラー・ゲが大量発生しますね。火の魔法が使えるツキト殿が居れば、苦戦することはないのですウキキッ」


「でも、あいつら、麻痺攻撃してくるからなあ。しかも結構な大軍で現れるし。さらに赤海月レッド・クラー・ゲは空を飛びやがるときたもんだ。でも、ユーリにとっては状態異常持ちと闘うのは良い経験になるなあ」


「お父さんー。海月クラー・ゲ退治ってことは海にいけるってことだよねー? あたし、一度で良いから海を視に行きたいよー?」


「うふふっ。そう言えば、ユーリは一度も海を視たことがないと言っていたのですわ? 良い機会ですし、海に行ってみますか?」


 そういや、俺はまだユーリを海に連れて行ったことがなかったな。草津クサッツの街から西に400キロメートル行った先の大坂オオ・サッカーのさらに西の端まで行かないといけないから、寺子屋スクールに通っていたユーリを海に連れて行く機会なんて、まったくなかったんだよな。


「まあ、泳ぐことはできないけど、それで良いなら、このクエストにするけど?」


「えーーー!? 海って泳ぐために行くんじゃないのー!?」


「いや、だって、お盆を過ぎると、この海月クラー・ゲっていうモンスターが大量発生するから、まともに泳げないぜ?」


「泳げもしない海に何が楽しくて、モンスター退治しに行かなきゃならないのー?」


「ウキキッ。海月クラー・ゲを退治しておかないと、漁師の皆さんが困るからですウキキッ。別に観光客が泳げるようにと海月クラー・ゲを退治するわけではないのですよウキキッ」


「あーーー。目の前に視たこともない海ってものが広がっているかも知れないのに、何が悲しくてモンスター退治をしなければならないんだろー? 人生って不条理なんだねー」


 何だろうな? ユーリがたまに言う、この難しい言い回しは。誰かがユーリに教え込んだのは間違いないんだろうけどさ? でもな? 本人は知的に思っているかもしれないけど、俺から視たら、馬鹿っぽいのを自分から宣伝しているようなもんなんだけどな?


 まあ、本人が傷つくかもしれないから、放っておいてるんだけどな。多感な年頃だし、ちょっとしたひと言でグレてもらったら困るってもんだ。


「ユーリ。俺たちはバンパイア・ロードが手加減してくれたおかげで、かなりの金を手にできたから、良いモノの、本当なら気分的に受けたくないクエストだって、我慢して受けなきゃならないんだぞ?」


「お父さんー。それはわかっているつもりなんだけどー。でも、なんか乗り気になれないって言うかー」


 まあ、俺としても、あんまり乗り気じゃなかったりするんだよなあ。この拠点としている草津くさっつ街からは海が相当、遠いために、汽車ポッポーを使っても移動に二日近くかかるからだ。


「うふふっ。お金に余裕がありますので、海月クラー・ゲ退治はやめておきますわ。ツキトもあまり乗り気ではないみたいですし」


「あっ。バレちゃった? いやあ。汽車ポッポーで二日近くもかかるような遠いところはさすがに面倒っていうかな?」


 ちなみに海月クラー・ゲ退治のクエストの場所は五畿ファイブ・キャピタル北陸ノース・ランドとの境にある若狭ワカッサである。あそこは漁をおこなうには最適な土地であり、サッバの名産地であったりもする。


 だが、毎年まいとし、お盆進行が終えたあとに海月クラー・ゲが大量発生するので、必ずと言っていいほど、この時期には若狭ワカッサの漁業ギルドが海月クラー・ゲ討伐クエストを各地の冒険者ギルドに発布するのである。


「ウキキッ。娘が娘なら、父親も父親ですねウキキッ。ならば、このクエストなんかどうですかね? 歩いて半日、多くかかって1日と言った距離のところですウキキッ」


 ヒデヨシがそう言いながら、クエストボードに貼られた紙を指さすのである。


 何々? お盆で帰らなかった幽霊ゴーストが屋敷に大量に住み着いて困っています。退治してくれれば、金貨40枚(※日本円で約400万円)を支払いますだと?


「なあ、このクエスト、なんか怪しい気がしないか? お盆を過ぎたら、一定期間、幽霊ゴーストってのは姿を消すはずだよな? 報酬額はC級冒険者4人分の戦闘力の徒党パーティである俺たちにとっては、ちょうど良い感じだけどよ?」


「うふふっ。私も何かがひっかかるのですわ? 勘ですが、これは罠の匂いがするのですわ?」


「お父さんー。アマノさーん。何をそんなに気にしてるのー? 幽霊ゴースト相手なら、水の魔法を使えるのが3人もいる、あたしたちの徒党パーティだったら楽勝のはずだよー? それに罠の匂いってどういうことなのー?」


「ああ。ユーリ。普通なら、幽霊ゴーストが屋敷に住みついたら、教会や寺社仏閣といった、宗教施設に解決を求めるはずなんだよ。ぶっちゃけ、死ビトアンデッド系や幽霊ゴースト系は教会とかのほうが専門家も居て、適任なんだよ。それなのに、冒険者ギルドに幽霊ゴースト退治の依頼が来てるってのがそもそも怪しいんだよ」


「ウキキッ。ツキト殿の言う通りですね。なんで、この屋敷の主は、宗教施設に頼まないんでしょうか? ウキキッ」


「うふふっ。逆説的に考えれば、教会ですら手に負えない相手が居るというあかしになるのですわ。多分なのですが、リッチかそれ以上のモンスターが絡んでいるクエストの気がするのですわ?」


「えっ? アマノ。さすがにリッチはないだろ。リッチはバンパイア・ソンチョウと同等かそれ以上の力を持ってんだぞ? ビッグ・リッチともなれば、バンパイア・チョウチョウに匹敵するんだぜ?」


「うふふ、そのまさかがこの屋敷に関わっていると思うのですわ? 私はこのクエストに興味が湧いたのですわ? 残暑をリッチ退治で費やすって言うのはどうですか?」


 アマノは俄然乗り気である。しかし、うーーーん。リッチかあ……。まあ、こちらは水の魔力がC級以上が2人も居るからなあ。相手としては申し分ないけど、わざわざ自分から罠にひっかかりに行く必要なんかあるのか?


「ウキキッ。もし、リッチを追い払えれば、クエストの報酬と同じ分の稼ぎが期待できるのですウキキッ。ここはチャレンジしてみるのも悪くないと思うのですよ? ウキキッ」


 確かに、リッチを追い払った時の報酬は金貨50枚のはずだしなあ。おいしいクエストと言えば、おいしいんだが。


「お父さんー。あたし、このクエスト、やってみたいー! あたしの魔法がどれくらい、皆の役に立つのか試してみたいー!」


「まあ、ユーリがそこまで言うのであれば、このクエストを受けてみるかあ」

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