第3話 神帝暦645年 8月10日

「前々から不思議に思ってたんだけどさあ? なんでアンデッドって昼間っから太陽の日の下で、堂々と群れを成してるんだ? アンデッドは大人しく、夜にだけ現れろよって思わないか?」


 俺はそうグチグチと文句を垂れつつ、コボルトがアンデッド化したものと相対していたわけである。前方をざっと視るだけでも10体以上のアンデッド・コボルトがウボアアア、ウボアアアと呻き声と腹から内臓をこぼれ落としながら、ゆっくりと俺たちの方へ向かってきていた。


「うーん。もっと、ちゃんとこなごなに砕いておくべきでしたねえ? 中途半端に倒したせいで、これは大変なことになってしまいましたよ」


 そう言うのは団長である。団長は二日前のコボルトの襲撃で石の虚像ストン・アイドルで、これでもかとコボルトの頭を粉砕しておいたのだが、コボルトたちのアンデッド化は防げなかったわけなのである。


「アンデットよ、昇天しちゃえー! 水の浄化オータ・ピューリ発動ー! うおおおー、アンデッドには水の魔法がすっごく効くんだねー? なんか、しゅわわわーって、溶けていくよー?」


「うふふっ。ユーリ? アンデット相手なら、水の洗浄オータ・オッシュでも、水の回帰オータ・リターンでも良いのですわ? でも、治療魔法はぶすぶすーとなってしまって、悪臭がひどいのですけどね?」


「そこが嫌なところだよー。お師匠さまの加齢臭のほうがずっとましだもんねー。嫌だなー。この悪臭にも慣れないといけないんだよねー?」


 おい。ユーリ。何をしれっと俺の加齢臭の話をしているんだよ! そもそも死臭と加齢臭を比べることが間違ってんだろ!


「そうですわ? でも、風の魔法を自在に使いこなせれば、自分の方に悪臭が来ないようにはできますわ? でも、それと同時に他のモンスターの匂いも消し飛ばしてしまうのが難点ですわ?」


「なるほどー。勉強になるなー。やっぱり、日頃の訓練じゃわからないことだらけだねー。お師匠さまがお盆進行にあたしを巻き込んだ理由がわかってきたよー」


「うふふっ。実践に勝る経験はないのですわ? でも、日頃の訓練も大切なのですわ。今こうしてユーリが闘えているのは、その日頃の訓練の賜物ですもの」


「ふむふむー。どっちもおろそかにしてはいけないということだねー。これはまた一つ、勉強になったよー。アンデットよ、どんどん昇天しちゃえー! 水の浄化オータ・ピューリ発動だよー!」


 やれやれ。アンデッド系は火の魔法も役に立つけど、結局は、水の魔法で存在自体を浄化したほうが手っ取り早いもんなあ。アマノとユーリさまさまだぜ。なんたって、火だるまになりながらも、アンデッドってのは襲ってくるからなあ?


「しっかし、なんで1度死んでまで、こいつら襲ってきやがんだ? そんなに生きている奴が憎いのか? まったく、意味がわからん」


「さあ、なんででしょうねえ? うぼあああ、うぼあああ! ってまるで知性のかけらも感じないのですが、生きている人間を襲う気概だけはしっかり持っているんですよね。こいつら。もしかしたら、何か先生たちニンゲンのあずかり知らぬところの意思でも作用しているんじゃないんですか?」


「さあ、どうなのかねえ? おっと、団長、そっちに3匹行ったぞ? 頼めるか?」


「面倒くさいですねえ。こんなの倒したところで二束三文なのですが。どうせなら、ユーリくんのところに行くように誘導します?」


「ばか言ってんじゃねえよ。魔法だって、鉄砲タネガシマと同じく無限に撃てるわけじゃないんだぞ。ユーリはまだ実戦経験が浅いんだ。魔法に頼りっきりにさせたら、すぐ魔力が尽きちまうだろ?」


「それももっともですね。でも、自分がどこまで魔法を使えるかは、やってみないとわからないものですよ? 魔力切れも体験させといたほうが良いと想うんですがねえ?」


「それが、お盆進行じゃなければ、やらせているさ。大体、なんでこんなに大量発生しやがんだ? 一応、全滅させれば1時間ほどは湧いてこないが、それでも、連戦にはかわりねえんだ。下手に魔力切れにさせたら、やべえだろ」


「先生にだって、魔力切れはあるんですけどねえ? しょうがありません。ここは火の魔法で行きますか。出でなさい、炎の人形! 炎の演劇ファー・シアタ発動ですよ!」


 団長がぶつくさ何か文句を言いながらも、同時に3枚の呪符で12体もの炎でできた人形を作りだしてやがる。やっぱすげえな。俺は3枚の呪符だと同時に6体までしか炎の人形を生み出せないってのによ!


「うっわ。なんだか、ジューシーなのか、腐った何かなのかわからない悪臭があああ! これだから嫌なんですよ。アンデッド系を火の魔法で焼くのは」


「それなら、風の神舞ウインド・ダンスを武器にかけて、殴って見るか? そしたら、もっとひどい目にあえるぞ? 団長」


「酸で刃先がぼろぼろになってしまうじゃないですか。先生のカタナはツキトくんの安物の槍と違って、10倍近く高いシロモノなのですよ? しかも、手入れがすごく面倒です。切れ味は抜群なのに、ここぞと言うとき以外は使いたくありませんよ」


 じゃあ、なんでそんなもん、メイン武器に使ってんだよと俺はつい団長にツッコミを入れたい気分になるのである。A級冒険者ともなれば、他の武器だって、そつなく扱えるほどの実力者だろうが。


「えっ? だって、格好良いからに決まっているじゃないですか? 別にロングソードでも良いですが、あれは斬るよりも叩き伏せる武器ですからねえ。やっぱり、ズバアアア! バシュウウウ! ブシャアアア! と斬るほうが気分も良いでしょ?」


「まあ、それは俺も同感だ。もし俺がソード系のほうで才能があったなら、間違いなく、手入れは面倒だが、カタナを選ぶ。なんで、俺は長物のほうでしか才能がないんだ? 槍は射程リーチが長久手便利だけど、地味なんだよなあ!」


 俺のような万年C級冒険者でも敵との距離を保ちやすい槍は非常に便利なのである。しかしだ。突く、払う、叩くが基本の槍ではカタナのような爽快感など、まったくもって味わえない地味な武器なのだ……。


「まあ、それは才能としか言いようがないですからねえ? 先生は好きですよ、槍。敵にわざわざ近寄らなくていいんですから」


「そう言うのなら、俺と才能を交換してくれよ。俺だって、ズバアアア! バシュウウウ! ブシャアアア! ってモンスターを斬ってみたいんだぜ?」


「それをこのアンデッド相手に試したいんですか? やめておいた方がいいですよ? 2,3体、切り伏せたら、確実に鍛冶屋さんの若旦那に大目玉を喰らうことになりますからね。いやあ、いっそ買い替えてくれたほうが助かるんだけど? っと毎度言われるんですが、やはり手に馴染んだモノを愛用したいじゃないですか?」


「その気持ちは、よおおおくわかる。なんか、ちょっとでも刃先の切れ味が変わったり、槍自体の重さが変わると、慣れるのに時間がかかるからなあ。使っていく内に変わって行くのであれば、良いんだけど、買い替えとかしたら、最初は違和感しかねえからなあ」


 ユーリは訓練用の錫杖しゃくじょうを団長が用意してくれたわけだが、あれも【根の国ルート・ランド】に行くことになれば、ちゃんとしたモノに変えなければならないわけなのだが。うーーーん。ユーリは大丈夫なのか? 武器が新しくなるってのは、単純に攻撃力が上がるとか、そんなことだけではないからなあ?


「ツキトくん。そっちに2匹ほど分けますんで、頼みますよ?」


「お、おう。出でよ、炎の人形! 炎の演劇ファー・シアタ発動! ったく、ゆっくり考え事もできやしねえぜ!」


 俺は呪符を2枚、宙に向かって放り投げる。火の魔法を発動させ、炎の人形を4体を具現化し、目の前に迫ってくるコボルト・アンデッドに襲い掛からせる。うっわ、燃えながらも突っ込んでこようとしやがるぜ。なんなんだよ、そのやる気は。もうちょっと、大人しくしておけよな!


 しょうがねえ。槍でぶったたいて、動きを止めますかっ! 俺は鎧の上から着込んでいる袖なしジャケットの左ポケットから呪符を取り出す。ちなみにジャケットの左側ポケットは火の魔法用の呪符を仕込んであり、右側ポケットは風の魔法用の呪符だ。


 槍に呪符を貼りつけ、力ある言葉を口から放つ!


「炎よ、我が槍に纏わりつけ! 炎の神舞ファー・ダンス発動! こんがり焼けちまいな! でも、俺の槍まで燃やすんじゃねえぞ!」


「その魔法って、いっつも不安になりますよねえ。武器に炎を纏わせるのは良いんですけど、槍とかの長物だと、武器も燃えちゃうじゃないかって」


「でも、この炎って不思議だよなっ! 使用者は熱くないってんだしなっ! なんか俺が想っている炎とはまた別ものなのかもなっ!」


 炎の神舞ファー・ダンスは、武器だけでなく、盾にも炎を纏わせることが出来るのだ。しかし、この魔法で具現化された炎は、使用者やそのニンゲンの装備を焼くことも無く、炎を纏わせた武器で殴った相手にだけ、火をつけることが可能で、なかなかに使い勝手が良いのである。

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