第7話 神帝暦645年 5月17日

 うーーーん。これは想っていた以上にユーリが1年以内にC級冒険者並になるのは難しいぞ?


「ほいほいほい。ほいっ!」


「せやせやせや。せやっ!」


 1週間前から昼食後の1時間、ユーリとの組手を開始してみたものの、一向に上達する気配が無いのだ。ユーリの錫杖しゃくじょうさばきはだ。本当に冒険者登録の時の検査で長物が得意だという結果だったのか? と疑問に思ってしまうほどなのだ。


「ほいほいほい。ほいっほいっ!」


「せやせやせや。せやっせやっ!」


 俺は今、ユーリに3メートルある木製の槍で3連続の突きを出したあと、上からの2連続の叩きつけを行っている。だが、ユーリはその手に持つ1メートル半の木製の錫杖しゃくじょうで横や斜め上へ払ったりをさせているのだが、いまいち俺の武器と己の得物の距離間を掴めていないのか、連続でスカッたりするのだ。


「だーかーらー。ユーリ、お前の錫杖しゃくじょうのさばきは槍のさばきなんだって! お前はもっと短い錫杖しゃくじょうを使っているわけよ? わかるか?」


「わかんないよー! なんで、錫杖しゃくじょうを槍のように扱っちゃダメなのー?」


射程リーチがそもそも違うんだよ! 錫杖しゃくじょうは長くて2メートルくらいかもしれんが、槍は短くても2.5メートルはあるわけよ。その差がわからないようじゃ、闘いにもなりゃしないってことなのよ!」


 まったく。錫杖しゃくじょうを選んだときは槍は長すぎるから自分に合わないかもー? と言っていたくせに、蓋を開ければ、このざまだ。朝に槍の鍛錬する俺の姿をユーリが幼いころから観察しすぎていたのがわざわいしたのか?


 型を覚えるための稽古の時はそれほど違和感を感じなかったのだが、所詮、型の稽古なんて、今のユーリでは相手を想定しきれない素振りにすぎんわ。こりゃ、またいちから錫杖しゃくじょうの使い方を仕込むところから始めなきゃならんぞ?


「じゃあ、錫杖しゃくじょうを2.5メートルにすれば良いじゃないー! そうしたら、槍と同じように扱えるよー?」


 ああん? 何言ってんだ? この小娘は。錫杖しゃくじょうを2.5メートルにしろだ? そんなの錫杖しゃくじょうじゃない。って、待てよ!?


「お、おい。ユーリ。お前、天才だな? そうか、錫杖しゃくじょうを長くしちまえばいいわけか。いや、でも、そんなの作ろうとしたら、一体、いくらかかるんだ? 槍と違って、錫杖しゃくじょうはその素材の特性により、魔法を使うときの媒体になるんだぞ?」


「どうしたのー? お師匠さまー? 何をブツブツ言っているのー?」


 ユーリが訓練用に使っている錫杖しゃくじょう草津クサッツの武器屋で買った銀貨20枚のスギ製の錫杖しゃくじょうである。これは1メートル半の射程リーチがあり、駆け出しの冒険者にとっては扱いやすく、かつ、値段もリーズナブルで、普通なら何の問題も無い。だが、ユーリの場合はそうではなかった。


「い、いや。槍の長さのほうがユーリとしては扱いやすそうだから、いっそ、錫杖しゃくじょうの長さも槍と同じにすれば良いんだって思ったわけなんだよ。でも、そのためには錫杖しゃくじょうを特注してもらうことになるんだよ。ああっ! せっかく良い案が思いついたってのにいいい!」


「お師匠さまー? 錫杖しゃくじょうってそんなに高いのー?」


「いや。普通の奴らが使う1メートル半程度の錫杖しゃくじょうなら、その辺のスギやアスナロの木から作ればいいわけだから、そんなに値段は高くないんだよ。お前が今、訓練で使っている錫杖しゃくじょうは武器屋で銀貨20枚程度で買えただろ?。でも、2メートル半ともなると、そうも言ってられないんだ。それこそ、工場こうばのラインで作ってもらえるわけでもないから、それ専用の職人さんに頼むことになるわけだ」


「ああー。職人さんに頼むと値段が跳ね上がるって言うねー。ちなみにいくらくらいしそうなのー?」


「そんなの万年C級冒険者の俺がわかるわけねーだろ。うーーーん。確かアマノの弓は職人に直接、制作依頼していたよな? でも、詳しい値段までは聞いたことがなかったな……。くそっ。ここは団長に頼み込んでみるか? いや、そんなことしたら、ユーリの身を自由にさせろと要求しかねんな、あの団長なら」


「うっわ。団長って、あたしのような可愛くて若い娘でが好みなのー? あたし、そんなの嫌だよー。あたしの身体を自由にもてあそんでいいのは、お師匠さまだけだよー」


 こいつ、頭に虫でも湧いてるのか? 誰もお前の貧相な身体に興味なんて持ってねえよ! しかも、なんで自分で自分を可愛いとか言ってやがんだ? 自意識過剰にもほどがあるってもんだろが。


「あっ、今、お師匠さま、あたしの身体を貧相だって思ったでしょー!?」


「い、いえ? 滅相もございません? 俺はそんなこと、まったく思っていませんよ?」


「絶対、嘘だーーー! あたしの胸を視て、ふうやれやれって顔してたじゃないーーー!  なんだよ、アマノさんが少しご立派だからって、あたしをそんな眼で視るーーー? あたしはまだまだ成長途中なんだよーーー!?」


 い、いかん。俺としたことが大失敗をこいたぜ。年頃の娘は気難しいって、近所付き合いしている、俺と同じく思春期の娘を持つお父さんが愚痴ってたっけか。


 しっかし、どうしたものかなー? 2メートル半の錫杖しゃくじょうなんて、一体いくらするかわからんぞ?


「おやおや。こんな昼間っから、痴話喧嘩ですか? やめてくれませんかね? いくら、ここが【欲望の団デザイア・グループ】の敷地内だからと言って、訓練用広場には防音を施してないんですよ?」


 あっ、ユーリの身体を狙っている団長が館から出てきて、こっちに近付いて来たわ。


「おい、ユーリ、さっさと逃げろ。ここは俺が団長を抑えておくからな? 俺の生き様をとくと拝んでおくんだぞ!」


「お師匠さまー。ありがとうー。あたし、お師匠さまの犠牲を一生忘れないからねー?」


「ちょっ、ちょっと待ちなさい! なんで先生が、顔を出しただけで、ユーリくんは、まるで性犯罪者がやってきたかのように、先生の顔を見るんですか?」


「いや、だってよ。団長って、ユーリを将来、自分のハーレムの一員にするためにも、俺にこいつを育てろって命令したんだろ?」


「うっわ、団長、最低ー。あたし、他の一門クランにスカウトされないかなー? そしたら、まともな生活ができそうー」


「うっほん! 勘違いしないでほしいのですが、先生、若い娘は好きです。そこは否定しません」


 そこは否定しないのかよっ!


「ですが、先生がユーリくんに求めているのは、その身体ではありません。その将来性なのです。そこを勘違いしないでほしいですね?」


「なんか、言っていることがただの言い訳にしか聞こえないんだけどな? おい、ユーリ。町の警護のモノを連れてこい。こんな若い娘が大好きな団長は、一度、牢屋で臭いメシを喰ってもらおう」


「うん、わかったー。じゃあ、団長。館にある雷電話テレッ・ホンを借りるねー? んーと、番所への番号って何番だったっけー?」


「確か、ヒトマルヒトマルじゃなかったかな? あんまり雷電話テレッ・ホンのお世話にならないから、俺も番号はよく覚えてないなあ? 団長、何番だったっけ?」


「ヒトヒトマルマルですよ。って、そうじゃありませんよ! 先生を番所につきだそうとするのはやめてください。大体、警護のモノを呼んだところで、ユーリくんは16歳なのですよ? 立派な成人なのですよ? あとは本人たちの合意があるかどうかだけです」


 ふむっ。なるほど。団長の言うことにも一理あるな。冤罪となって、俺とユーリが団長に逆に訴えられないためにも要確認だな……。


「おい、ユーリ。お前、団長のハーレムの一員になることに合意したのか? そこが大事だ。今までの団長との会話を想い出して、そんなことがあったかどうか、確かめてみろ」


「うーーーん。難しいところだねー。【欲望の団デザイア・グループ】に入れてもらったのは合意のうちに入るのかなー?」


「ああ、確かにそれは事態をややこしくしちまうわな。なあ、団長。一門クランに所属した場合は、その身柄はどうなるんだ? 男女の合意とみなされるのか?」


「いえ。あくまでも一門クランに入るかどうかは、世間一般では、雇い主と従業員との契約とほぼ同じですから、男女の合意とはまた別です」


「だ、そうだ。ユーリ。やったな。これで、団長を無事、番所送りにできるぞ!」


「わかったー! ヒトヒトマルマルだったよねー! じゃあ、さっそく雷電話テレッ・ホンで呼びだすよー!」


「そろそろ、先生、怒りますけど良いですか?」


 団長から魔力の気配が一瞬で高まるのを感じた俺とユーリは、その場で土下座をすることになったのである。



 ☆☆★☆☆



「で? 通常の錫杖しゃくじょうでは育成期限である約1年では飛躍的な武術の向上が期待できないから、特注の2メートル半の錫杖しゃくじょうを作ってみたいと。それで、職人に頼むといくらかかるのかを知りたいと言うわけですね?」


「は、はい。その通りです。団長の言いで間違っていません」


 俺とユーリは団長からそれぞれ、げんこつをアタマに一発ずつもらい、さらに正座をさせられているのである。ったく、何で冗談で団長を番所に突き出そうとしただけだってのに、俺とユーリは団長に折檻を喰らわなきゃならんのだ?


「まったく突拍子もないことを考え付くものですねえ。でも、発想としては面白いですね。ツキトくんをユーリくんの指南役に選んだ先生の眼に狂いはなかったと言ったところですね」


 何、自分で自分を褒めてやがるんだ。褒める先を間違えてんだろ!


「何か言いたげな顔をツキトくんがしていますが、この際、無視して話を進めましょうか。そうですね。どうせ、武器なんて消耗品ですので、形だけ整えておけば今のところ良いでしょうし」


「おっ? 安くすみそうなのか? 団長」


「はい。訓練用ならそれほど値段はかからないでしょう。それに【欲望の団デザイア・グループ】と交流が深い職人さんに頼みますし。まあ、金額としては、ざっとですが、金貨5枚と言ったところでしょうかね?」


「金貨5枚かあ……。それも訓練用でかあ。ああー、けっこうするんだなあ? わかった、団長。それで頼むわ。金は俺が準備しておくから」


 金貨5枚もするってことは、加工費込みで考えれば、錫杖しゃくじょうの素材にスギやアスナロではなく、ヒノキあたりでも使うつもりなのか? 団長は。まあ、金貨5枚で2メートル半の錫杖しゃくじょうが作れるってんなら、儲けモノだと考えたほうが無難であろう。ユーリの訓練に付き合っているためにクエストに行くことが出来ない今の俺には少々痛い出費であるが、ここは仕方がないだろう。


「いいえ? それくらい先生が出しますよ? なんたって、ユーリくんの指導をツキトくんに頼んだのは先生なんですから。先生が肩代わりしてこそ、筋が通るってもんでしょう?」


 この時、俺は団長からの出資を断っておくべきだったと後々、悔やむことになるわけなのだがな? 後悔、先に立たずとはよく言ったものだぜ。

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