生活保護課長・森山直樹
泉北亭南風
第1話 南大阪町役場へ
2017年4月3日…私は大阪府南部の町…南大阪町役場の町長室にいた。
「森山直樹 民生部生活保護課長に補する」
田代町長から辞令を受け取る。
辞令交付式の後、梶本民生部長に連れられ、新しい職場へ…。
役場3階のフロアには、通路を挟んで左右にカウンターが設けられている。その一番奥の右側…「民生部生活保護課(南大阪町福祉事務所)」…まだ新しい課名表示が掲げられている。そこが私の新しい職場である。
森山直樹・44歳。大阪府庁に勤める福祉専門職である。大学を卒業してすぐに大阪府庁に入り、今年で23年目を迎える。障がい者施設、児童相談所、福祉事務所や本庁の福祉総務課、生活保護課等での勤務を経て、労働対策課生活相談室から南大阪町役場にやってきた。「出向」と言う形で役場の職員として働くことになる。
「生活保護課」…その名の通り、生活保護を担当する部署である。生活保護は、憲法第25条に規定された、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を実現するために、「生活保護法」の規定に基づいて行われる国の制度である。
そして実際の事務は、「法定受託事務」として、地方自治体に設置された「福祉事務所」で行われる。「福祉事務所」は「市」には必置であるが、「町」「村」は任意設置である。福祉事務所がない「町村」については、都道府県がその事務を執り行う。
福祉事務所を置いている町村は全国的にも少数であるが、2017年4月、南大阪町が福祉事務所を設置することになった。これは、現在3期目に入っている田代町長の肝入りによるものである。
元々南大阪町の生活保護事務は、大阪府南部福祉事務所が担当していた。引き継ぎを円滑に進めるため、大阪府と南大阪町の協議で、福祉事務所開設前に南大阪町の職員を大阪府で1年間研修させ、開設後は大阪府の職員を1年間南大阪町に派遣するという取り決めがなされていた。
なぜ私に白羽の矢が立ったのか…? 聞いたところによると、南大阪町からのご指名らしい。私には、大阪府南部福祉事務所での勤務経験がある。2009年度に地区担当員…ケースワーカーとして、2012年度に査察指導員として南大阪町を担当していたことがあり、町の事情を良く知っているからとのことのようである。私自身も、初めて生活保護の現場を経験したのが南大阪町であり、「育ててもらった」…と恩を感じている。2月の初め頃だったか、南大阪町出向の話を受けた時には、2つ返事で快諾した。
南大阪町は、人口3万人ほどの町である。「町」としては比較的規模が大きく、一時期は市制施行を目指していたことから、各種インフラも「市」並みに整っている。元々は繊維産業で栄えた地であり、古くからの集落や、だんじり文化も残っているが、近年は繊維産業が衰退。大阪市内へも片道1時間ほどの距離にあって地価が安いこと、自然に恵まれていてインフラも整っていることから、ベッドタウンとして子育て世代に人気が上昇。また、近隣に大きな精神科病院がいくつかあり、それに伴って、地域のサポート体制も充実していることから、病気療養に適した環境としての評価も上昇している。この「人口減少社会」にあって、人口が増加傾向を示している数少ない自治体である。
南大阪町民生部生活保護課…「南大阪町福祉事務所」発足時点での生活保護の対象者…被保護者は約380人・300世帯。「保護率」は10パーミル(千分率)である。全国平均が17パーミル前後、大阪府平均が33パーミル前後であるので、数字的には被保護者が少ない地域であるといえる。しかしながら、被保護者数と被保護者の抱える課題の難易度は決してリンクするものでないということは、これまでの経験上痛感している。
私がカウンターを見渡せる生活保護課長の席につくと、これから1年間一緒に仕事をするメンバーが集まってくれた。
保護費の支給事務や医療券の発行を担当する、庶務担当の主査・畠山広紀さん。58歳の、眼鏡をかけた細身の男性職員である。いかにも仕事が出来そうな空気感を漂わせている。
主任ケースワーカーの岩本まゆみさん。1年間、大阪府南部福祉事務所で研修を積んだ、40歳の女性職員。生活保護課では、ケースワーカーのリーダー的な役割を担ってもらうことになる。2人のお子さんの母親であり、ご主人も南大阪町役場に勤めている。明るい雰囲気が印象的である。
主任ケースワーカーの阿部義之さん。生活保護課の前身…民生総務課福祉係から異動してきた、38歳独身の男性職員。福祉係では大阪府南部福祉事務所と連携して、生活保護医療券の発行や、役場支給の生活保護費関係の事務を担当していたため、生活保護制度にも精通している即戦力である。明るい笑顔が印象的で、町民からの信頼も厚い。私もよく知っている…というか、大阪府南部福祉事務所時代、一緒に難ケースに立ち向かった「戦友」である。
ケースワーカーの北山恵子さん。30歳独身の女性職員。民生総務課児童福祉係から異動してきた。臨床心理士の有資格者でもあり、児童福祉係では、子どものセラピー等にも積極的に取り組んでいたそうである。
ケースワーカーの玉城健吾さん。27歳の男性職員。つい数ヶ月前に結婚したばかりという新婚さんである。秘書課からの異動…「社会福祉主事任用資格」を持っているということで、急遽駆り出された模様。どこか不安げな様子が伺える。
就労支援員の古田満明さん。孫を溺愛する65歳の男性非常勤職員。長くハローワークに勤めていた実績が買われ、被保護者の就労支援を一手に担う。温和な性格が体中から滲み出ており、その粘り腰の支援には定評があるそうだ。
そして少し遅れて、若い女性…ケースワーカーの広瀬穂香さんがやってきた。23歳の新規採用職員で、今日社会人デビューである。福祉系の大学を卒業した、社会福祉士の有資格者である。小柄で華奢なその出で立ちは、学生といってもまだ十分通用する。
生活保護課…南大阪町福祉事務所は、私とこの7名のスタッフで1年間仕事をしていく。
ケースワーカーと査察指導員…国が配置の「標準数」を定めている。町村福祉事務所の場合、ケースワーカーは65世帯に1人、査察指導員は、市町村の区分関係なく、ケースワーカー7人に1人である。生活保護課長…すなわち査察指導員である私の仕事は、ケースワーカーの助言指導や支援の進行管理である。そう言えば聞こえがいいのだが、実際は雑務も多く、ややこしい場面で矢面に立たされることも多い。
どこの福祉事務所も人員削減のあおりを受け、職員の「標準数」を満たしているところは決して多くない。南大阪町は大阪府の強い意向を受け、田代町長の采配で定数配置がなされたのである。
「皆さんおはようございます。生活保護課長の森山です。大阪府から南大阪町に出向し、今日からお世話になります。私自身、大阪府南部福祉事務所時代に南大阪町を2年間担当させてもらっていました。南大阪町は、私を生活保護ケースワーカーとして育ててくれた町で、恩を感じています。恩返しが出来るよう精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします」
皆から一斉に拍手が沸き上がった。
挨拶が終わると、阿部主任が真っ先に駆け寄ってきた。
「森山課長、お待ちしておりました。いろいろと教えてください」
そういって右手を差し出す。
「阿部主任。お久しぶりです。こちらこそよろしくお願いします」
我々はがっちりと握手を交わした。コンビ再結成である。
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