第4話 君はだれ?

 爆発音と衝撃が宗士の周りでたち続けに起こり、駅ホームでは突然起こった爆発騒ぎで人々が騒ぎ出す。

 突然、空が曇りだした。

 空の上では相変わらず変な人が手を振って宗士を見下ろしているが、さきほどまで青かった町の空が、空を飛ぶ謎の少女が飛び始めたのを機にどんどん渦を巻いて灰色になっていく。

 まるでなにかの超常現象のようにも思えたが、そうではない。ただ騒然とする町中の人々の混乱の声と共に、空の渦は次第に大きくなっていく。

 少女が撃つ弾頭の第二弾が、尾を引いて宗士の立つ駅に向かっていきおいよく発射される。打ち出された弾頭が、灰色の尾を引いてホームに着弾した。

 駅ホームが粉砕される。あちこちから悲鳴が聞こえ、駅の人たちが慌てた様子で避難誘導を始めた。

 だが宗士は、空飛ぶ少女を呆気になりながら見ていた。彼女は突然の暴風に飛ばされそうになりながら、手を振り懸命に宗士の近くに寄ろうと試みているようだった。

 だが宗士は彼女の顔に見覚えがない。そもそも顔すら見えない空の向こう側を飛んでいるようだったし、彼女が女だと分かったのは風にのって聞こえてくる幼さそうな声が聞こえたからだ。

 宗士は体を引き寄せ、破片と駅を揺らす振動にあわせてゆっくりと後退した。

 だが、空飛ぶ少女の方は相変わらず宗士に追いつこうと背中につけたバックパックと、青白い噴射剤のようなものを懸命に飛ばす。

「なにあれ……」

「たあああああいちょぉぉぉおお!!!! たああああいっ、ッちょォォォォォ!!」

 渦巻く風に煽られながら、空飛ぶ少女は明らかに宗士を見て指さしていた。もう片方の手には持てあますほど大きなバズーカのようなもの。

 それが何なのか宗士には分からなかったし彼女がなぜ宗士を見て隊長? と叫ぶのか分からなかったが、明らかに彼女はヤバイと感じた。

 すると誰かが宗士の肩を掴み後ろへと引きずる。見ると知らない男の駅員さんや他の乗客だった人たちが、必死になって宗士を守ろうとしていた。

「はやく駅の向こうへ!!」

「は!? は、はうう!」

 状況がよく分からないところで変な声を出しながら、宗士は言われたとおりホームの向こう側へと逃げ出す。

 突風としか言えない強い風が渦を巻き、少女を巻き込んで強く吹きだす。

「ふにゃあぁぁぁぁぁんッ」

 空を飛ぶ少女は変な声を出すと、風に煽られながらどこかに飛ばされていってしまう。するとその後ろでまた何かが爆発し、別の誰かが飛びだして空を勢いよく登りはじめた。

 彼女も、空を飛ぶ少女だった。

「隊長! そいつらから離れて!」

 青白い噴射剤を二筋、勢いよく空で吹かしながら空高く舞い上がった彼女はいったん急停止すると、今度は宗士の方に向かって姿勢を変えて勢いよく宗士の方に突っ込んできた。

「止まれ! 止まれ! 止まれェ!!」

「私は神を信じ、神は私に奇跡を与えたもう」

 警察官が拳銃を抜き、宗士の前に立ちはだかって空の少女に銃口を構える。

 空飛ぶ彼女はそれでも構わず宗士の方向へ突っ込んでくるが、彼女は最初の少女と違ってバズーカではなく、ムチのようなものを手にしていた。

 先端には大量の地雷が繋がれている。

「撃て!」

 パンパンパン! と軽い破裂音が聞こえ、警察官が空に向かって拳銃を撃つ。それにあわせて空を渦巻く突風が姿勢を曲げ、竜巻が二本、三本と増えていき空飛ぶ少女を捕まえようとする。

 少女は突撃をやめていったん空中に停止するが、その勢いで、手に持っていた地雷付きのムチのようなものを宗士に向かって投げ込んだ。

 警察官が一瞬悩んだような間を置き、とっさに一発だけ拳銃を撃った。

 撃たれた銃弾が空に向かって薄い煙を引き、銃弾の筋が、少女の肩をかすめる。

「神は私の盾……ッ」

 少女は空中で止まり、投げた地雷付きのムチを見て不敵に微笑んだ。

「神は私の剣……! 神は私の全て、私は神の導きに従い、神は全ての悩む者たちの魂を救うッ!」

 先ほど撃った銃弾が、ムチと地雷をかすめていた。

 地雷が分解し、発光を繰り返しながらそこら中に散らばる。

「生に苦しむ者たちに救済を……アーメン!」

 少女が胸元で十字を切り不敵に笑う。すると、発光を繰り返していた小さな地雷がぴぴっと小さく音を出し、宗士の周りで一斉に起爆した。

「ぎゃあっ!」

「隊長様! 今助けに行きますから、絶対にそこから動かないくださいね!!」

 爆風でホームの壁や屋根が吹き飛ばされ、砕けたコンクリートが粉のようになって舞っている。渦巻く炎と風によって渦が巻かれ、その上空で名前も知らない少女がふたたびミサイルのような物をつかんで腰だめでどこかへ撃つ。

 宗士は今まさに、この謎の少女に自分の名前を呼ばれたことに衝撃を受けた。だが自分は彼女を知らないし、彼女の顔を自分は見たことがない。

「君! はやくこっちへ来い!」

 すると別の方から、今度は別の警察官がやってきて宗士の方へと手を伸ばす。

 宗士は空飛ぶ謎の少女と警察官を素早く見比べた。

「えっ、ええッ!?」

「早くこっちに!」

「ああっダメですわ隊長様! そっちについていったらアアんッ!?」

 再び誰かが空飛ぶ少女を撃ち始め、少女はちょっとだけ色っぽい声を出し両手で顔を覆う。

 ちょっと恍惚感の漂うような間の抜けた動作一つで、撃たれた銃弾はすべてはずれた。

 拳銃を撃ったのは瓦礫の向こう側に隠れていた応援の警察官たちで、少女が目を向けるとひっと小さく声をあげてひるむ。

「ひ、目をあわせるんじゃない!」

「このッ、私を撃ちやがったなゴミ野郎ォッ! 今すぐ救済してやる死ね!!」

「ひるむなー!」

 空飛ぶ少女はミサイルのような武器を放り投げると、背中に背負ったバックパックからマシンガンを取り出し両手で撃ち始めた。

 撃たれた警察官も負けじと拳銃を撃つが、互いに弾が当たらず決着が付きそうにない。

 宗士が二人の撃ち合いを見ていると、今度は目の前の瓦礫ががらがらと崩れ落ちさきほど風に吹き飛ばされていったもう一人の少女が姿を現した。

 アーマー全体に紅色のラインを引いたもう一人の少女は、苦しそうに脇を抑えよたよたしながら宗士に近づいてくる。

「た、隊長! ずっと探してたんだよ、あれはどこにあるの?」

 少女はさも当たり前といった様子で宗士に語りかけてくる。だが宗士は、彼女も、もう一人の少女のことも知らないし名前も分からない。

 宗士は少女が近寄ってくるたびに、少女とは逆に足を退いた。

「ん?」

 少女は宗士の様子を見てぴたりと足をとめ、不思議そうに宗士の顔を見る。

「隊長? なんで、逃げるの?」

「君は、いやええと」

「なんで逃げようとするのかな?」

 宗士が答えられずもじもじしていると、後ろから誰かに強く肩を掴まれ引き寄せられる。それと変わるようにして朝見た警察官がにゅっと顔を出し、宗士と少女の間に自分の体を挟み込んだ。

 その様子を見ていた目の前の少女は驚きの顔を見せると、今度は疑いの表情をもって宗士と警察官を見つめ何かに気づく。

「わたしだよ萌だよ! 隊長の部下の桜庭萌! あっちはモブキャラの岩崎美つ……」

 言いかけている最中に上から何かが降ってきて、萌と名乗る少女の上に覆い被さった。

「この私を変なモブキャラ扱いなんてしないでくださいませ!」

「なにをっ、この!」

 二人がわちゃわちゃと重なり合いながら互いの顔を押し合っている姿は、ただのどこかの仲良さそうな二人に見える。

 だがその格好は常軌を逸していた。空を飛んでいるときは背中の大きなジェットパックしか目に映らなかったが、ジェットパックを背中に固定するためのアーマーや空を飛ぶための大きな翼は、どう見ても普通じゃない。

「あッコホン。私の名前は岩崎美月、兵長。ウィザーズ電子隊付きの小隊長補佐ですわ。よろしくお願いしますね、サージェントソウジ隊長」

 黄色の線をアーマー全体に走らせる少女は、携帯式対戦車兵器パンツァーファウストを肩に担ぎながら少女っぽくウィンクした。

 それを脇から不愉快そうに見ているのが、桜庭萌と名乗る同じく背の低い少女。こちらもアーマーと翼、紅いラインを施した盾と拳銃を持っている。

 だが少女二人が平然と自己紹介をしている中、周りから駆けつけた駅員や、なぜか一般市民としか思えないようなおじさんおばさん達が宗士をかばいはじめ、少女と宗士の間に身を挟み込む。

「君は、はやく逃げなさい」

 宗士が群衆に取り囲まれ覆われていく様子をみて、少女二人はさらに驚いた顔をする。

「隊長? なんでそっちに?」

「ええと」

 宗士は自分の立ち位置が決められず、流されるようにしながら群衆に後へ後へと追い出されていく。萌と名乗る少女、美月と名乗る少女たちは、悲痛そうな顔で宗士に手をさしのべた。

「隊長、おねがい行かないで!」

 警察官が拳銃を抜く。

「動くな!」

 宗士は自身を動かす市民たちの手に抗いながら、なぜか気になる少女たちの方へと顔を向ける。

「きっ君たちは!」

 だが名前も知らない市民たちは、宗士の抵抗を圧倒する強い力で宗士を奥へ奥へと動かしていく。

「君たちはいったい」

 誰、と言いかけた時点で、宗士の口は見知らぬ誰かの手によって遮られた。

 自分を押し出す群衆の中に、いつも見ていたセーラー服の少女の姿が見える。

 だがそれを見ても宗士には何が何だか訳が分からなくなり、そのまま名も知らぬ群衆たちに駅ホームの中から外へ追い出されていった。

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