わたしウィルスなんですけどハッキングしていいですか? いいですよね?
名無しの群衆の一人
第1話 架け橋にようこそ
確か雨が降っていたと思う。
猛烈な、というほどではなく、かといって霧のようにまとわりつくわけでもない。
体中に張りつくていどの小雨が、風にのって全身にぶつかってくる。嫌な雨だ。
天気予報は夕方から雨が降るというものだった。降雨予想確率は六十%程度。
天気は予報通りに推移し続け、午後六時になると空には見事な夕日が見えた。だがすぐに暗くなると、世界には雲が広がり、しとしとと雨が降りはじめる。
幌付きのカーゴトラックから外を覗くと、荷台の外には雨に濡れ黒光りする岩肌が見えた。
次に小さな茂み。雨が降り注いでできた小さな滝。排水溝。側溝。四角いコンクリートバリア、白の街灯、照明灯、小銃を持った複数の見張りたち、緑の服を着た誘導員が流れていく。
しばらくするとカードトラックが止まった。リアゲート留め金ハンドルを回す耳障りな音が聞こえ、リアゲートが開く。
出迎えはない。加藤宗士は鋭い目つきで手元を見下ろし、MMICS端末を内蔵した戦闘タイプのヘルメットをのぞき込んだ。
ヘルメットの内側にはいくつものジャック、突起物が内蔵されていた。バイザには、サージェントカトウソウジの脳の接続を待機しているというメッセージが表示されている。
加藤宗士はそれを、ゆっくりとかぶった。ヘルメットの内部センサーが反応し、顎ベルトの作動と同時に内向きのジャックが差し込まれ、ヘルメットと宗士の頭頂部コネクタポートが接続する。
一瞬、びくんと全身が震えたが、バイザー画面には接続完了という緑色の文字が点灯した。
機械と人を繋ぐ人工端末MMICSは宗士の脳と、ヘルメットを含む強化装甲スーツをリンクさせ、機械化電脳歩兵ウィザーズはカーゴトラックの中でゆっくりと立ち上がった。
その様子を、迎えの一般将兵たちが硬い表情で見ている。
小雨の降る、夜のことだ。
巨大な地下施設の出入り口を抜け、白塗りの、厚さ一メートル以上はあろうかという分厚い回転式自動ドアを超え、いくつかのエレベーターを乗り継いだ先で宗士は大きな研究室……ラボへと通された。
ラボには宗士より先に小隊幹部が入り、軍服を着た大柄の男の元へ行って何かを耳打ちする。
ラボにいる白衣の男たちは皆顔が青白く、この部屋の中同様にまるで何日も太陽の光を浴びていなさそうな印象を受けた。
ベッドが二つ。片方には、病院でよく着る検査衣を着た年頃の少女が寝かせられている。顔にはタオルがかけられ、見えない。
幹部に耳打ちに将軍の肩章を付けた男が振り返り、宗士を見た。
宗士は背筋を伸ばし、フルフェイスタイプのバイザー越しに将軍の目を見た。
「コマンド、到着しました」
「よく着てくれた。さっそくだが、君には任務に就いてもらう。作戦内容は知っているね」
「概要だけですが」
「では手短に話そう。昨夜、次世代MMICS接続確立テストのためにある被験者と管理者を接続する実験を行っていた。今朝になって、管理者側がエラーを出し始め、管理者は我々との交信をすべて拒否するようになった。念のため管理者と他の統合管理機関の通信はシャットダウンし、今は被験者の意識のサルベージを試みている。だが被験者の意識は、まだ戻っていない」
将軍はふたたび前を向き、白衣の研究者達を見始めた。
その後ろで宗士はラボを見渡す。
何かのバイオシグナルを見てため息をつく者。時計を睨む者。バインダーに必死になって何かを書き込み、思い切り台の上に叩きつける者。
ベッドに寝かされた謎の少女は小刻みに震えていた。その頭頂部にはいくつものケーブルが差し込まれている。まるで宗士がつけているMMICSとそっくりだ。
「博士たちは管理者の一時的な暴走だろうと言っているが、ことはラボの中だけでの話ではない。君たちウィザーズには管理者の中にダイブしてもらい、取り込まれたであろう被験者の意識を取り戻し暴走する管理者を止めてもらいたい」
ケーブルの先には軍の基礎教育で見た写真のような、管理者(インテンデンツ)の箱が設置されている。インテンデンツはこの世界を、地球全土を管理する超監督装置だった。
管理の対象は天気予報番組の制作から天気そのものの調整、都市の管理、外惑星資源基地、太陽系外移民開拓団、軍の基幹部隊以外のすべての管理を担う。
研究者たちが何をしているのか宗士には分からなかったが、どうやら何かが目の前で頓挫した様子だった。
それらを、宗士は黙って見ている。
「他のメンバーが見あたらないようですが」
「今回の作戦に間に合ったのは君だけだ。他の者たちは到着次第、作戦の進展に合わせて順次投入していく」
「了解しました」
「軍上層部には、今回の件は君たちウィザーズを投入するほどのものではないと言っている者もいるが、私はそうは思わない。ことはサイエンスだけに留まらず、政治、軍事、地球のすべてを巻き込む問題でもある」
「はい」
「ことの重要性が分かるかね」
「理解しています」
宗士は自分自身とウィザーズの重要性を充分に理解していた。ウィザーズの主な戦場はサイバー空間で、ウィザーズの存在意義は、単身で敵の管理するネットワークに侵入し、敵を内部から破壊すること。
あるいはネットワークに接続された戦車や戦闘機、機械化歩兵すらも、まるで自分の手足のように動かして戦場で戦わせることもできる。ウィザーズはその中でも、単独での敵地侵入に特化した部隊だった。
故に倫理に触れるような任務も多数こなしてきたが、過度な良心は任務に支障が出るとの理由で脳はサイボーグ化され、身体の一部も機械に置き換えられている。
宗士は言うと、胸の上あたりを右の拳で数回叩いた。そうしていつか、自分がまだ軍に入る前に出会ったある人のことを想う。
名前も聞いたことのない、しかも大昔に一度会ったことのあるだけの小さな女の子だ。
彼女は今どこで何をしているだろうか。辛い任務の度に彼女を思い出し、拳で胸を叩く。
「覚悟はできています」
「私の管轄区でのトラブルは、たとえ相手が管理者であったとしても決して認めるわけにはいかない。本作戦の目標は捕らわれた民間人を保護し、暴走する管理者を強制停止すること。他国からの武力干渉も予想されるが、その際は実力を持って他勢力を排除し、管理者の強制停止キーを決して何者にも渡すな。これが」
将軍は隣に立つ幹部を振り返り、手持ちサイズのジュラルミンケースを開けさせ中から何かのカードキーを取りだした。
「これが、キーだ。キーを起動すると管理者は止まるが、以降一切のアクセスルートは閉じられる。管理者に侵入し、君と民間人が脱出した後にこれを起動しろ」
将軍の男は人差し指と中指、親指の三本で、外枠が淡く輝く小さなカード状の物を持ち上げる。宗士は黙って手を出すと、将軍は念を押すように宗士の前で小さく動かし、そっと宗士の手の上に置いた。
カードを受け取った宗士はヘルメット後部の、カードリーダーソケットに受け取ったカードを入れる。
カードは暗号化された何らかのプログラムだった。
将軍と幹部は黙ったまま宗士を見送り、宗士の方も何も言わずにラボの中へと入る。
ラボは、将軍達のいる監督室より一段低い場所にあった。薄暗いラボには多くの機械と、人、脈拍計、白いカーテンに挟まれた小部屋が二つあって、その向こう側に少女の足が見える。
近くで見ると彼女の足は年頃の少年のようでもあったが、カーテンで間を仕切られていてはその姿は分からない。
いつもなら多くの人間に任務として携わってきたので、その姿形に興味など持たなかった。だが宗士はなぜかふと立ち止まって、今となりに寝ている名も知らない少女をゆっくりと見た。
何か感じたわけではないが。いや気のせいだろう。そう思い自分のために用意されたリクライニングシートのようなイス、電子世界接続用チェアに歩み寄り大きく深呼吸した。それから座椅子の奥に腰掛け力を抜く。
隣からラボの責任者風の男、背の低い神経質そうな中年男が宗士のバイザーをのぞき込み宗士の目を見た。
「私が見えているな。ずいぶんと軍人らしい顔になってきているな」
「はいドクター。ドクターもお変わりなく」
「ああ、うん、ええいどこから説明すればいいかクソッ」
「……ドクター?」
深めに作られているリクライニング型接続シートから宗士は頭を上げた。ドクターはシートの背もたれ部分にケーブルを刺していたが、手作業をふと止め立ち止まった。
名前も分からない白衣の助手がドクターの脇に立ち、ドクターの手からそっとケーブルを受け取ってもドクターは動かない。しばらくするとドクターは薄くなった髪の毛を掻きながら宗士を見下ろした。
宗士は、嫌な予感がするなと一瞬だけ思った。だがいつものことだ。
「彼女が今回のターゲットですね?」
宗士はカーテンで仕切られた向こう側の少女を見る。ドクターは難しい顔をしてポケットに手を入れた。
「そうだ」
「何かあったのですか」
「……いや。いつものことだ。私のMMICSの調子はどうかね」
「異常ありません。今までの接続実験も、すべて順調です」
「そうかね。君の今回の任務も、インテンデンツのサーバとネットワークを利用したMMICS接続実験の一環で行われる。将軍から任務の詳しいところは?」
「いいえ」
「今までのMMICSは、人と機械の間にある情報伝達手段としてのインターフェイスの簡略化を目的とした物だった。君がAと考えれば、機械にもAと入力される。ごくシンプルなものだ。今回私が開発している次世代MMICSは、人と機械の融合を図る。機械と人が直接的に、意識の相互入出力を可能にする物だった。隣の彼女は実験の協力者だ」
「つまりどういうことでしょう?」
「つまりだな、その、インテンデンツは彼女の意思と自分の意思を同調させ、インテンデンツは銀河中のネットワーク上にあるすべてのデータや最重要機密を管理する最上位管理者でもあり、科学も政治も君たちの軍の上位管理者でもあって、その」
「ドクター落ち着いてください」
「わかっとる! わかっとるが、彼女はその、頭もよくて体も大人以上の物を持ってはいるんだが、ついこの前生まれたばかりの子供のようなもので」
「何の話をしているのですか」
宗士はシートから頭をあげた。ドクターはハアーと長いため息をつき背を伸ばした。腕を腰に当てしばらく考えると、目を閉じ観念したような顔で宗士を見た。
「インテンデンツは次期MMICSの接続実験中に被験者の意識をまるごと取り込み自己改変を繰り返して、今では思春期の少女のようにすべてを拒絶するようになってしまった。君にはインテンデンツの中にダイブして、取り込まれた彼女を取り戻してもらいたい」
宗士はシートに頭を落とし手をかざすと、小さく首を振った。
「冗談でしょう」
「冗談などではない! それに、いくらインテンデンツがそのような事に陥ってしまったとはいえ、インテンデツはインテンデンツだ。地球全体の、気候や、環境や、医療、研究、産業、軍事も外交も、このインテンデンツが行っている。もしも外部からのハッキングが彼女に見つかったら、どのような報復行動に出るか分からない。君ならこの実験の重要性も分かるだろう」
「いくら相手がインテンデンツでも、私には少女に何かするなんて言うことは」
「これは世界を根本から破壊してしまうかもしれない危険性をはらんでいるんだ! それに、私の次期MMICS計画の行く末を決めるかもしれない事だ」
反論しようとする宗士の腕を、博士の細い腕が掴んだ。真剣な目に、物を言いたげだが固く閉ざされた口がへの字に曲がる。
「わかってくれ」
宗士は反論しかけた口を閉じ目をつぶると、どっと大きな音を立ててシートにもたげた。
「MMICSの接続方法は従来と同じだ。君の持つ旧型のインターフェイスでも、今回の接続テストには充分対応できる。だが頭の中に入ってくる情報量はいつもとは……いや、何もかもが違うからな。常に情報を選別し、怪しいと思ったものは自分の判断ですべて避けてくれてかまわん。いや、そう思うのも無駄かもしれないが」
「ドクター。分かるようにお願いします」
「人と機械の相互意思伝達とは、間にモニターやキーボード等の機械を介して、人と機械が双方に直接意思伝達を可能とするものだ。人と機械の間には何らかのインターフェイスがあって、人の手による操作が必要となる。だが私のMMICSはそれらインターフェイスの操作を可能な限り小さくすることにより、人と機械双方の意思伝範囲も、速度も格段に向上することを目的としている。MMICS実行中の人の脳は、自分はまるで夢の中にいると感じているだろう」
ドクターは楽しそうに両腕を上げると、ふと我に返り宗士を見てにっこり微笑んだ。
ゆっくりと背後閲覧室の将軍達を目だけで振り返ると、ふたたび深刻そうな顔で前を向いた。
「簡単に言うと、君はこれから夢を見る」
「夢、ですか」
「今までの百倍以上の情報量を扱うようになる。それだけ情報の受信量は増えるが、取り扱える量も増える。君のMMICSは少し古いタイプだが、リミッターさえ外さなければ接続実験に支障はないはずだ」
ガチリと大きな音がして、ポートに太い有線ケーブルが固定される。
宗士はバイザーごと首を大きく動かしてみたが、頭はシートに固定され動かない。
手首と足首、指の先にまで細かいケーブルが接続され宗士の体は完全にシートに固定されていたが、管理者インテンデンツに対する接続実験の準備が整った事になる。
少し離れた助手のような男が心拍数モニタを見てドクターを振り返り、ドクターもまた、助手のモニターを見て黙ってうなずく。
宗士は、カーテンで仕切られた隣の部屋を見た。その視界を、ドクターの体が邪魔する。
「心の準備はできたかね」
「はいドクター。ところで、隣の民間人は」
「余計なことは詮索しない方がいい」
「……はい」
「今は分からない事だらけだろうが、インテンデンツの中に入ってさえすればあとはどうとでもなる。ただもしインテンデンツの監視ボットに見つかったら、とにかくすぐ逃げるんだ」
宗士はドクターの言葉を頭で反芻しながら、もう一度ちらりと横の部屋を見た。
繊細で白い足先、くるぶしと足の前後しか見えないが、その小ささや傷の少なさからかなり若い女性だと思う。
ただ、なんだか見覚えがあるなと思った。
そしてまたシートの上を向くと、部屋中の人間の顔がだいたい見渡せた。
一段高い閲覧室の軍服の男たち、機械、モニター画面、ドクターとドクターの助手、それから地下奥深くに隠匿された世界最大のサーバー群でもあり管理者でもある、インテンデンツの端末機械。
青白く不気味に輝く、巨大な箱のようなもの。
シートにふたのような物がかぶさってきて、シートはカプセルの中で完全密封状態になった。それからカプセルの減圧処理装置が作動し、宗士を包むアーマーの中以外の空気をゼロにしていく。
耳元のイヤフォンに外の交信が響いた。
『実験開始は順調かね』
これは外に立っていた将軍の声だ。
『はい将軍。バイタルサイン異常なし、MMICSのセットアップも問題ありません』
宗士は声を聞きながら、ふうと大きくため息をついた。
徐々に冷えてくる体温と共に、吐息がとても温かく感じる。
耳元に響くイヤフォンが外の雑音を取り込み、小さく甲高いキーンとした雑音を耳の奥にさし続けた。
肢体の感覚が徐々に鈍くなっていくような気もするが、それ以上に、とても寒く、孤独を感じた。
『では、MMICS接続実験を開始する』
ドクターの声が聞こえたきり、外の声は聞こえなくなった。
宗士の呼吸の音と、バイザーに暖かな呼吸が当たって白く曇る視界。静かな世界に甲高いノイズだけが聞こえ続け、次第にそれだけに意識が集中し出す。
いつもならここから先がウィザーズの仕事で、頭の中に流れてくる情報を取捨選別しまるで夢の中にいる気分で仕事に取りかかるはずだった。
なんだか腹の奥が気持ち悪い。だんだん頭も痛くなってくる。心拍音が耳の奥で響き始め、宗士は目を開いた。
目の前には真っ暗な闇と、バイザーに示された接続進行度計のゲインが表示されている。接続は開始されたようだが、まだほとんど線は進行していない。
「なんだろう」
声には出さず、ただ口元を動かし自分自身に問いかける。すると闇の中で、誰かの声が、『なに』と答えた。
宗士ははっとして動きを止めた。すでに手先は冷え、全身にまとわりつくような嫌な汗がスーツの中を濡らしている。
宗士は不安に駆られたが、自分は今まで何度も同じようなミッションをこなしてきたんだと頭の中で自分を鼓舞した。
そして自分を支えてきてくれたチームメイト、ラボの関係者、軍の仲間たちを思い、拳に力を入れる。
腹部の違和感は徐々に上へと上がってきて、胸の下、胸の上、のど元の奥までせり上がってくる。
呼吸は乱れ、心拍数は完全に上がってきていた。
宗士は不安に思い、「出してくれ」と言葉にした。
すると闇が『出さない』と答えた。
地から這い出るような、低い声だった。
足下から、水のような液体がこみ上げてくる。いつしかそれはカプセル中に満ちており、宗士をアーマーごと水面に飲み込む勢いでせり上がってきていた。
「接続中止だ、接続中止! ここから出してくれ!」
『あなたはだれ?』
「誰か! 聞こえないのか! ドクター!!」
腕を動かしカプセルのカバーを開けようと力を入れるも、シートに固定された腕はびくともしない。ただアーマーの中で力を込めるも、アーマーごとシートにロックされている。
水がカプセルに満ちる。だがアーマーの中に水は入ってこない。違和感は苦しさに、痛みに変わり、宗士の痛みが増すとそれに比例して、なぜかアーマーにヒビが入ってくる。
アーマーのヒビに沿って水が侵入し、宗士の体が冷たい水に晒された。
水で溢れるバイザー内に水がたまり、電子計器がバイタルサインの異常を示す。だが外からは誰も助けに現れず、誰からも手はさしのべられない。
耳をつんざく甲高いノイズはどんどん大きくなり、水位は口元より上、鼻下までさしかかっている。
だが先ほどまで聞こえていた声は聞こえなくなりのど元まで迫っていた違和感も、首筋に感じた痛みも消えておりいつしか、耳が妙に冴え始めていた。
誰かの手が自分の頬をなぞり、頭に触れて、半透明の何者かが宗士をすぐ近くからのぞき見ていた。
『私を知っている人?』
宗士は目の前にいて手を広げる、彼女を美しいと思った。
水位はすでに宗士の目元まで迫り、呼吸もできない。口元から小さな気泡がいくつかこぼれる。その宗士を、半透明の少女は強く抱きしめた。
柔らかい感触を感じ、暖かく、こんな思い出は生まれたときから感じたことがないはずなのに、宗士はなぜか懐かしいとさえ思った。少女の胸の小さな鼓動を、愛おしいとさえ思った。
『わたしは、あなたをしっている。あなたは、いったいだれ?』
冷たい水がアーマーを溶かしカプセルを壊して、宗士の体は水のようになって世界の外へと流れ出した。
意識が水のように流れる。滝のようになって少女と共に落ちていく。
光が世界に溢れている。ここはどこなのか。どこかへと落ちていく宗士と共に、少女はすぐ目の前にいて宗士に近づいた。
宗士は落ちる意識の中で、彼女の手を取り引き寄せる。見覚えがない。だが、どこかで確かに見たことがある。
君はと言いかけたところで少女は宗士をのぞき込み、不思議そうな目で問いかけた。
『あなたは、誰?』
そう言うと、少女の姿はさらさらと溶けて砂のように消えていき、宗士だけが残る。
意識はどこかへと落ち続け、不気味な、ねっとりとしたような感覚だけが全身を襲う。すでにあたりは暗く、寒くて、とらえどころの無い違和感が全身を覆っていた。
宗士はつかめる物はないかと懸命に周囲に腕を伸ばしたが、掴めるのは何か柔らかい物だけでまったく自身の体を安定させるのには使えそうにない。
思い切って手に掴んだそれをたぐりよせ身を覆うと、その布すらもぐっしゃりと濡れていた。
慌てて身を起こすと、そこはベッドの上だった。
カーテンの隙間から朝日が見えている。
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