2-10 心苦し

 多田は兼平に声小さく言う。



「……もちろん浪岡北畠を考えれば、治水の話は大いに素晴らしいことかと存ずる。尾崎殿も同じです。しかしこうなってしまった以上、家中は分かれます。……この気持ち、わかってくださらぬか。」



 多田は兼平の両肩をつかみ、必死になって頼んでくる。兼平は初めて見せるその多田の表情に当惑するのみ。



「多田殿……それでも、水谷殿が違う考えでも、御所が為信に与するとご決断さされれば、それで済むこと。……もうひと踏ん張りしていただけませぬか。」



「それはもちろん……。正直なところ、為信を敵にしたくはない。無論、兼平殿を信じてはいるが……。だがこれもわかってほしい。私一人だけで助かるわけにはいかぬ。これでは多田の名折れ。浪岡すべて助けてこそ多田の名が立つ。」



 多田は泣きこそしないが、顔を見せまいと下の方から目を離さない。兼平の両肩はつかんだまま。次第に握る力は強まる。



「……わかっている。私は多田殿を信じている。」



 兼平は優しく多田の手を肩よりおろし、肩を慰めの意味で軽くたたいた。……多田をここまで追い詰めてしまった。兼平にとっても一年の長きにわたる交渉を不意にしたくない。……その想いが知らぬうちに出てしまっていたのだろう。そのようなところは直さねばならぬなと反省した。

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