5-4

「いや、だからさ。最初の作品はもっとシンプルにいきたいんだって」

「そうだとしてもこれだとシンプルすぎる。プレイ時間が極端に短いとユーザーは損した気分になってレビューが荒れるんだ」

「最初なんだから大目に見てくれてもいいだろ?」

 そう言ったところで石川がこっちを向いた。

 その瞳は妥協を許さない。

 俺は頭を掻いた。

「・・・・・・分かってるよ。頑張るって。でも長すぎると疲れないか?」

「わたしは長い方が好きだが、そういうユーザーもいるな。だとしてもシーンが少ないとイラストが少なくなる。そうなるとイラスト目当てのユーザー達が満足できない。わたし達のお客はイラストを買いにやって来ると言ってもいいのに、それが減ると問題だ」

 腹立たしいが、釘笠の言っていることは理解できた。

 案外、こいつは企画立案の方が向いているのかもしれない。

「・・・・・・それだけ分かってて、どうしていい話が書けないんだ?」

「書いているとついつい趣味に走ってしまうからだ! 君も書いていけば多少は分かるだろう」

「そんなもんかね。でもそうなると物語を長くしないといけないな・・・・・・。キャラクターを一人くらい増やすか・・・・・・」

「その方がいいな。アイデアが出ないなら使ってないキャラクターの原案が何枚かあるぞ」

「お。じゃあそれを見せてくれよ」

「ああ。少し待っていろ。クラスまで取りに行ってくる」

 どこに置いてんだ。

 釘笠が走って教室から出て行くと、美鈴が気まずそうに話しかけてきた。

 そう言えば俺は美鈴の事をすっかり忘れてしまっていた。

 訳の分からない話ばかりで相当居づらかったはずだ。

 美鈴は遠慮がちに聞いてきた。

「涼ちゃん・・・・・・。お話書くの・・・・・・?」

 こうやって正直に聞かれると少し照れる。

「・・・・・・うん。まあ、な・・・・・・。こいつらがゲーム作ってるって言うから、ちょっとやってみようかと思って」

 美鈴はちらりと石川を見た。

 ペンタブレットを器用に動かす石川が見ているノートパソコンの画面には、あられもない姿の美少女が描かれている。

 それを見て美鈴は複雑そうに笑った。

「そ、そうなんだ・・・・・・」

「・・・・・・いや、あれは違うぞ? あっちは釘笠のだからな。俺のは全年齢対象だから」

 俺は誤解されないように念を押した。

 すると美鈴は目をぎゅっと見せて、自分の頬をぴしゃんと叩いた。

「頑張れ美鈴。例え涼ちゃんがロリコンでも、触手好きでも乗り越えるの」

「あ、あのー・・・・・・。美鈴・・・・・・さん? 違うよ? あれは俺の趣味じゃないからね」

「これはむしろ涼ちゃんの性癖をさらに詳しく知るためのチャンスだと思いなさい」

「聞いてる?」

「涼ちゃん」

 美鈴は真剣な顔つきで俺を見た。

「は、はい」

 なぜか俺は姿勢を正した。

「資料が必要ならいつでも言ってね。わたし、準備はできてるから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや。うん・・・・・・。ありがとう・・・・・・」

 なんと答えたらいいのか分からない俺に、美鈴は可愛らしく微笑む。

「うん。わたし涼ちゃんが何をしても応援するよ。けど、悩んでたならちょっとくらいは相談してほしかったな・・・・・・」

 美鈴は悲しそうに笑った。

 ここ数日ずっと心配してくれていた美鈴に俺の決心を告げなかったのはやっぱりよくなかったのかもしれない。

 でも、前もって美鈴に言ってしまえば、甘えてしまうと思ったんだ。

「悪い・・・・・・。正直ずっと悩んでた。でも、昨日さ。美鈴も神村も姉貴も、みんな一つの話を見て心を動かされてただろ? あれ見てさ、凄いなって思えたんだ。人の気持ちを一つにするのって、絶対簡単じゃないから。俺もそんな物語を書けたらいいな。いや、書きたいって思ったんだ。だから、俺がやりたい事を持てたのはお前のおかげなんだ」

「涼ちゃん・・・・・・。うん。うん! わたし応援する! 例え涼ちゃんがエッチな作家になっても、どんなに卑猥な参考資料を求められても協力するからね!」

 美鈴は俺の手をがっしり掴んで目を潤ませた。

 ありがたいけど、どうしてみんな揃って俺をエロゲライターにさせたいんだろうか?

 俺は意地でもそっちの話は書きたくないってのに。

「あ、ありがとな・・・・・・。でも、多分エロゲは書かないし、エッチな作家にもならないと思うけど」

「うん! 頑張って! わたし、二人きりならいつでもいいから!」

 人に応援されるって、大変なことなんだなと思った。

 なんとしてでも結果を出さないと。

 だって、多分俺が頑張らなくても美鈴は応援してくれるんだから。

 すると帰ってきてた釘笠が腕を組んで何かを考えていた。

「ううむ。これでシナリオライターと原画とグラフィッカーが揃ったわけだ。本格的にやるなら後はサウンドディレクターと出来れば声優が欲しいんだけど・・・・・・」

「姉貴は却下だからな」

「ケチだな。うちのギャラはそこらの同人サークルよりずっといいのに」

 ギャラと聞いて俺は少し期待してしまった。

 もしかして、俺が書いた作品が売れたら収入が入るのか?

 それって校則的にどうなんだろう? いや、学校でエロゲ作ってる時点で校則なんて踏みつけて破り捨ててるんだが。

 俺が金の話にうつつを抜かしていると、美鈴が首を傾げた。

「サウンドディレクター・・・・・・ってなあに?」

「え、えっと・・・・・・。大雑把に言えば、音源周りの人材ですね。ゲームに音を付けたり、作曲してもらったりするんです」

「へえ・・・・・・作曲かぁ。わたし、ピアノやってたんだけど、できるかな?」

「はい。決まりです。谷田さん。これからお願いします」

 ・・・・・・・・・・・・は?

「やったぁー。これで涼ちゃんと一緒に部活ができるね♪」

 美鈴は嬉しそうに万歳した。少しスカートの中が見えそうになる。

 しかし、俺は腑に落ちなかった。

「おいまて。そんなに簡単に決まるのかよ。俺の覚悟はなんだったんだ?」

「そんなことは知らん。シナリオなんて書こうと思えば誰でも書ける。だが音楽は別だ。習得するまでに多大な時間がかかる。それとも少年、君は譜面が読めるのか?」

「・・・・・・読めません」

「ピアノは?」

「・・・・・・弾けません」

「絵は?」

「・・・・・・描けません」

「話にならんな」

「泣くぞ」

 すると釘笠がフッと笑った。

「いいか? 世の中専門のスキルを持った人間が生き残るんだ。君みたいな駆け出しのライターなんて掃いて捨てるほどいる。ラノベの新人賞を取った奴らのほとんどが一体ぜんたいどんな末路を辿ったか、君に聞かせてやろうか?」

「うわああぁっ! 聞きたくないっ!」

 俺は恐怖のあまり近くの窓を開けて叫んだ。

 なんで書く前からこんなシビアな話を聞かされないといけないんだ!

 無情にも、空は青かった。

 そこへ美鈴がやって来て、俺の背中を撫でてくれた。

「涼ちゃん。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。なにかあったらユウ君のところで働けばいいから。ね? 三人で陶器の素晴らしさを全国に広めよ」

 本当にそうなりそうで怖いのでやめてくれ。

 出版業界の現実に嘆く俺を尻目に、釘笠は奥にあった段ボールからパソコンを取り出した。

 リンゴのマークがついた銀色のノートパソコンだ。

 見たところ新品らしい。

「谷田さん。これからはこれを使って下さい。数種類の作曲ソフトと大量の音源、それと各種VSTが揃ってるからいつでも作曲作業ができる。この一台で車くらいなら買えるくらいのお金はかかってるんだけど、わたしじゃ使いこなせなくて」

「VST? よく分からないけどありがとう」

 美鈴は疑問符を浮かべながら笑ってお礼を言った。

 俺もよく分からないが、音楽用語なんだろう。

「MIDIのキーボードもあるからね。こっちは原付が買えるくらいしたんだ」

「よく分からないけどやったー」

 喜ぶ美鈴を見て、釘笠は目を細めて笑った。

「これを売ったら車と原付が買えるんだね。ありがとう。お祝儀としてもらっておくね」

「どうぞ。でも売らないでね?」

「釘笠さんって良い人なんだね」

 美鈴は嬉しそうに俺に言った。

 うん。それは違うと思うぞ。

 釘笠が良い人か悪い人かは議論の余地もなく後者だと思うが、俺は二人を見て少し安心した。

 どうやら仲良くやっていけそうだ。

 血を見ないで済むならそれに越したことはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る