4-11
俺達は誰も話さなくなった。
ただ物語を見つめている。
主人公の苦悩もヒロインの健気さも、まるで現実の出来事みたいに感じていた。
流れるのは文章と絵と声と音楽だけ。
ゲームとして最低限の機能しか与えられいないのに、これで十分だと思ってしまう。
選択肢が出るたびに真剣になり、どうにかハッピーエンドに導けますようにと願った。
場面が冬に変わった。
雪が降る中、至流は制服と暖かいコートを着せたヒカルを車椅子に乗せて学校に向かった。その途中、たわいもない会話が続く。
ヒロインのヒカルは昔からなにも変わっていなかった。出会った時と同じ雰囲気を纏っている。
それが見る者を虚しくさせた。
俺の手を握る姉貴の手に力が入った。
姉貴はなにが起こるか全てを知っている。
おそらくこの手から伝わる熱には物語の結末だけでなく、声をあてていた頃の思い出も混じっているんだろう。
まだ駆け出しの頃だ。右も左も分からないゲーム業界で、必死に役を求めていた姉貴の姿を、俺は思い出した。
落ち込んでる姉貴を見ても、俺は何の力にもなれなくて、無力感を感じていた。
だから、ようやく役を貰えた時は本当に嬉しそうだった。
俺も姉貴の手を握った。
この世界の中に体半分入っているみたいだった。
しっとりとしたピアノソロが鳴り始めた。
*
――学校に着くと俺は恥ずかしがるヒカルをおんぶした。その軽さに思わず至流は悲しくなる。屋上は四階にあたる。寒い中汗を流し、なんとか屋上まで辿り着く。
――そこには屋上解放部の仲間が集まっていた。用意した椅子にヒカルを座らせるとヒカルは笑った。
[ヒカル]「みなさん・・・・・・。お久しぶりです。ご心配をかけました」
――ヒカルは座ったままお辞儀した。周りのみんなはその姿に涙ぐみながら笑いかけた。
「待ってたぜ」
「ほんとによかったね」
「みんなでずっとお見舞いしてたんだよ」
――それぞれが、それぞれの思いをヒカルに伝えていく。中にはもう涙を浮かべている奴もいた。
――ヒカルは皆の姿を不思議そうに見つめていた。その違和感に気付いたのか、ヒカルは俺を見上げて悲しげに笑った。
[ヒカル]「あの・・・・・・、もしかしてわたし・・・・・・、ずっと寝てました?」
――俺は俺に出来る限り優しく頷いた。
[至流]「ああ。五年も寝てたんだぞ。お前が遅いからみんなもうとっくに高校卒業しちゃったよ。先輩なんてもう子供までいるんだ」
[ヒカル]「あ・・・・・・、それは、大変長らくお待たせしました・・・・・・」
――その言葉にみんなが笑った。笑い声を聞いて、ヒカルはほっとしていた。大丈夫だ。ここにいる誰も、ヒカルを待つことに疲れちゃいない。
[至流]「うちの高校って在学6年までなんだよ。だから、今日でヒカルは退学になる。でもそれじゃあんまりだろ? だからさ、今日は俺達でヒカルの卒業式をやろうと思って集まったんだ。ほら、ここに卒業の時に校長室に忍び込んでもらった名前が書かれてない卒業証書がある」
――みんなから拍手が起こった。これくらいならあの堅物の校長だって許してくれるはずだ。
――思えば屋上解放部の活動は校長との闘いだった。それも今はいい思い出だ。
――俺は筒から卒業証書を取り出して、ヒカルの前に立った。
――俺は校長がやってたみたいに、証書を広げ、体の前に持った。そして、ゆっくりと読み上げた。
[至流]「卒業証書。あなたは本校において非公式の部活動である屋上解放部において、他に類を見ない輝かしい成果を残しました事をここに証します」
[至流]「思い出して見れば、あなたはどんな時でも笑顔でした。その笑顔にどれほど俺達が救われたかは分かりません」
[至流]「その笑顔は無力で、無意味な俺の人生を照らしてくれました。それは文字通り光でした」
[至流]「あの日、俺は海で誓いました。一生ヒカルを離さない。どんなことがあってもヒカルから離れないと」
[至流]「最近はいつも寝顔ばかり見せられますが、その気持ちは今でも変わりません」
[至流]「この五年間で俺は確信しました。俺の人生はヒカルの為にあるんだと。ようやく覚悟が決まりました」
[至流]「だから、今日俺は胸を張って言えます。好きだ。ヒカル。この気持ちは一生変わらない」
――俺はヒカルに卒業証書を渡した。空白だった名前の欄には、俺の名字をつけたヒカルの名前を書いた。
[ヒカル]「・・・・・・これって・・・・・・」
――俺はポケットから小さなケースを取り出し、跪いて開いた。中には大学に入ってからバイトで貯めて買った指輪が入っている。
[至流]「俺と・・・・・・、結婚して下さい。ヒカルが起きた時、隣にいる資格を下さい」
――ヒカルは指輪を見つめた。ヒカルに取っては学校生活は遂この前の事だ。混乱させてしまっているのは分かっている。それでも、これをここで伝えられるのはヒカルが生徒である今日までしかない。
――この屋上は俺達の学園生活の象徴だった。ここで俺とヒカルは出会い、ここでヒカルは眠った。だから、新しい人生を始めるならここからだって決めていた。
――ヒカルの目から涙がポロポロと流れ落ちた。まるで五年間、ずっと我慢してたかの様にとめどなく流れていく。ヒカルは涙を小さな白い手で拭った。
[ヒカル]「で、でも・・・・・・、わたし、またいつ眠るか分からないんですよ? そしたらもう、起きないかもしれないんですよ? こんなわたしが、あなたの一生を奪うなんて―」
[至流]「今更、そんな事で悩むな。もう俺の人生は全部、何一つ欠けることなくお前の物だよ」
[ヒカル]「・・・・・・でも、もっと楽しい事とか、幸せな事とか」
[至流]「お前といる以上に楽しいことなんてない。お前と話しているいる以上に幸せなことなんて俺にはないんだ。
[至流]「俺の幸せを願ってくれるなら、これを指に通してくれ。それ以上に幸せな事なんてこの世にないんだ。誰が何を持ってこようとも、俺はお前を選ぶよ」
――ヒカルは口をぎゅっと閉めた。涙はまだ止まらない。けど、その顔が笑っているのに、俺は気付いた。それを見て、俺もまた泣いていた。
[ヒカル]「な、なんでリュウ君が泣くんですか?」
[至流]「・・・・・・だって、俺も、もうお前と話せないって思った事もあったから・・・・・・。今、ちゃんと立ってるヒカルを見て、話してるヒカルを見て・・・・・・」
――泣かないと決めていたのに、気付くと涙が溢れて止まらなかった。起きてるヒカルを見れただけで、もう答えなんてなんでもよかった。
――二人共泣いていた。馬鹿みたいに泣いていた。笑いながら、泣いていた。
――ヒカルが指で涙を拭い、微笑んだ。
[ヒカル]「なら、ずっと見せてあげます。これからもずっと、起きてるわたしも、寝ているわたしも、話してるわたしも、立ってるわたしも、どんなわたしも、全部見せてあげます。だから――」
――ヒカルは左手をそっと差し出した。
[ヒカル]「わたしを幸せにしてくださいね」
――その一言だけで、それまではっきり見えなかった俺の世界が鮮やかに色づいた。俺は頷いて、指輪をヒカルの薬指にはめた。そしてそのまま込み上げてくる気持ちを抑えきれずに抱きしめた。
[ヒカル]「きゃっ! もう、みんないるのに」
[至流]「ヒカル! 好きだ! 大好きだ!」
――胸の奥がぽかぽかと暖かくなっていくのが分かった。全身の細胞が喜んでいるのを感じ、俺は飛び跳ねた。
――周りの仲間も俺達を祝福してくれた。皆目に涙を浮かべている。
――俺達は優しいキスをして、遠くの空を見つめた。昼なのに、満月がはっきりと見えた。
――あの海で見たのと同じ月だった。
FIN
*
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