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あの真面目な神村が声優?
だって声優ってアニメが好きな奴だったり、演劇部だったりが目指すものじゃないのか? 委員長で優秀で大学だってほとんど決まってる様な神村が声優・・・・・・。
俺は声優と聞くと姉貴を思い浮かべてしまうせいか、あまりいいイメージはない。
いや、そりゃあ有名な人とか、凄い人なんかはたくさんいるんだろうが、それでもやはり神村と声優は結びつかなかった。
「・・・・・・へえー・・・・・・。そうなんだ・・・・・・」
俺はなんてリアクションを取れば正解なのか分からず、気の抜けた返事をした。
それを気にしたのか、神村は更に顔を赤くして、もじもじと手を動かした。
「・・・・・・やっぱり・・・・・・、変・・・・・・かな・・・・・・?」
「いや、変とかそういうのじゃないけど。意外だなって・・・・・・。もっとこう、神村は一流企業の社員とか、公務員とかになるイメージだったから」
「・・・・・・やっぱり、あたしってそう見られてるんだ・・・・・・」
「まあ・・・・・・。俺だけかもしれないけど・・・・・・。え? でもなんで声優? 言っちゃ悪いけど、周りが思ってるほど華やかな世界じゃないと思うよ」
少なくとも姉貴の周りはそうだ。
なんて言うか、芸能人的な感じをあんまり受けない。
有名声優と違い顔出しなんてほとんどないから、化粧だって最低限するだけだし、これといった役得みたいなものもなかったりする。
たまにプレゼントとか貰ってるが、それも大したものじゃない。
大抵エロゲグッズだ。うちわとかクリアファイルとかいらないものばかり家に溜まっていく。姉貴はそれを大事に保管していた。
俺が理由を聞くと、神村はもじもじしながら辺りをきょろきょろと見回した。
そして誰も話を聞いてない事を再確認し、俺の方へ向き直した。
「あの、あのね・・・・・・。中杉君って『その声を』っていうアニメ知ってる?」
「ん? ああ、そう言えば少し前に話題になってたな」
『その声を』とは、互いに話したことのない高校生の男女が、あるきっかけで文通だけを頼りに愛を育んでいくという恋愛ストーリーが話題になった作品だ。
最初はこのままでいいと思っていたけど、次第に相手の声を聞きたいと言う願望が二人に芽生えてきて、しかしいざ会おうと思った時、女の子が遠くへ転校してしまう。
・・・・・・みたいな話だったと思う。正直俺はそこまで興味があるわけじゃないので、あんまり詳しくない。
しかし、姉貴はその作品に出ている声優が好きでよく見ていた。ここ凄いよねとか言われても、まあ凄いんじゃないとしか返せなかったのを覚えている。
俺に演技はよく分からない。特に若い女の声優なんてみんな同じに聞こえる。動いてる口が違うだけに思える。
声も似てるし、姉貴じゃだめなのかなと思うことも多々あった。
神村は『その声を』の話を誰かとしたかったらしく、嬉しそうに話し出した。
「あたし、あの作品に感動しちゃって。今まではあんまりアニメとか興味なかったんだけど、女の子役の人の演技が凄かったでしょ? もう何回も見て、その度に泣いてるんだ。あの手紙を握りしめて泣くシーンとか、もう思い出すだけで・・・・・・うう・・・・・・」
神村は勝手に思い出して勝手に涙ぐんでいた。忙しい奴だ。
俺にとっては面倒くさい恋愛アニメだったが、神村にとっては特別な作品らしい。
そう言えば姉貴も最後は泣いていた。
泣くほどだったかとは今も思う。
「ああ、うん・・・・・・。いい、作品だったよね・・・・・・」
「でしょ!」
「おぬわっ!?」
神村はいきなり顔を近づけた。俺は思わず驚き、変な声が出る。
微かにシャンプーの良い香りがしてどきっとした。
俺は両手を胸の前で広げ、落ち着けと神村を制止した。
神村ははっとして、また顔を赤くしながら席に座り直した。
「ご、ごめん・・・・・・。こういう話できる友達っていないから、つい・・・・・・」
「いや、別にアニメとかに偏見あるわけじゃないし、謝らなくていいよ。・・・・・・ちょっと驚いたけど」
オタク友達がいない、か。まあそうだろうな。委員長ってオタク女子と一番遠そうなポジションだ。
でも、これだけ楽しそうに話すんだ。よっぽどあの作品が好きなんだろう。
姉貴と会わせたらいつまでも話してそうだ。
俺も一般男子よりはアニメやゲームに詳しい方だ。
けどそれは俺が好きだからというよりは、事ある毎に姉貴が色々と勧めてくるからで、別にそういった話題で本気になる事はない。
一方姉貴はアニメが大好きで、DVDやグッズなんかも買ったりしている。
誰が見ているのかは知らないけど、買ってきたものの写真をよくSNSに上げている。
姉貴が声優になったきっかけも確か昔のアニメだったはずだ。
しかし、ここで一つ問題がある。
神村はヒットアニメに出ている様な有名声優に憧れてるわけだ。
当たり前だ。
名前の売れてない二流声優に憧れろと言う方が難しい。
だけど、うちの姉貴は二流どころか、アニメの世界に限っては三流どころだ。
主役や、主要人物はもちろん。名前のついた役をやる事も滅多に無い。
この前やったアニメのキャラも『通りすがる女子生徒C』とかいう、もう居ても居なくてもストーリーには関係ない様なキャラだった。
それでも姉貴は嬉しそうにたった二言しか話さない役を演じ、その台本を大事に取っている。
そんな姉貴が果たして神村の夢の為に何かが出来るんだろうか? 今のところに限れば難しいだろう。
俺は言いにくいが、神村の為にもある程度の真実を話す事にした。
「あー、・・・・・・そのさ。確かにうちの姉貴は声優なんだけど、ろくに売れてないんだ。だから、あんまり神村の役には立たないと思うんだけど・・・・・・」
俺がそう言うと、神村は目をぱちくりとさせ、次には眉をひそめた。
「売れてないって、深夜アニメとかに出てるんでしょ?」
「出てるっちゃ出てるけど、ちょい役だし」
「ちょい役でも役は役だよ! そういう役からステップアップしていくんじゃないの!?」
何故か会ったことすらない姉を擁護する神村に、俺は気押されてしまった。
「い、いや・・・・・・。確かにそうかもしれないけど・・・・・・。それでも姉貴なんて名前も売れてないし、声優オタクだって知ってるかどうかってレベルなんだ。神村が好きな声優とは全然別物だって」
「う~ん。そうかな~。それでもちゃんと仕事としてやってるだけであたしは凄いと思う。あたしが憧れた水鳥田(ミドリダ)さんだって、少し前まで脇役ばっかりだって言ってたし」
「へー・・・・・・」
悪いが知っていた。
多分神村はネットの記事とかインタビューとかを読んでそう言ってるんだろう。
でもその水鳥田さんとかいう人は確か姉貴と同い年だ。事務所は違うが、同期になる。
一方は有名アニメの主役で一躍トップ声優に踊り立ち、もう一方はアニメの仕事がなくてエロゲ声優をやっている。
プロ野球で言えば、球団のエースと二軍の中継ぎみたいな関係だ。
そもそも同じ舞台に立ててない。
境遇に差がありすぎる。
残念ながら神村の夢の参考にはならないだろう。
そして、それは多分姉貴が一番分かってるはずだ。
「・・・・・・中杉君? どうしたの?」
気付けば心配そうな神村の顔が目の前にあった。俺は慌てて身をひいた。
「え? 何が?」
「だって、暗い顔してたから・・・・・・。ごめん。あたし何か嫌なこと言った?」
神村は左右に視線を泳がせてから、申し訳なさそうに俺を見た。
暗い顔? 俺が? まったく自覚がなかった。なんでだろう。なんか、変に悲しくなってた気がする。
「いや、全然関係ないから気にしないでいいよ。そうか・・・・・・。神村はその水鳥田って人みたいになりたいんだな」
「う、うん・・・・・・」
神村は下を向いて恥ずかしそうに頷いた。
「じゃあ、やっぱりうちの姉貴じゃ力になれないと思う。話って姉貴を紹介して欲しいって事だろ? でも、相談に乗れる様なとこまで姉貴自身もいってないんだ。多分姉貴も自分の事で精一杯だろうし」
「そ、そっか・・・・・・。でも、やっぱりプロでやってる人ってだけで凄いと思うんだ。お仕事貰ってる人はすごく尊敬してる。だから、一応会って話をしていいかだけ聞いてくれない?」
「尊敬って・・・・・・、姉貴の事知らないだろ?」
「安土桃花さんでしょ。一応、ネットで調べたりしたよ。事務所はスタンエッジプロダクションだよね。サンプルボイスも全部聞いたよ。小さな女の子役が可愛かった。それに声優さんってナレーションとか商品説明もするんだね」
「・・・・・・よく調べたな」
安土桃花は姉貴の芸名その1の事である。
簡単に言えば表の名義になる。
まったく美鈴の奴、話し過ぎだ。もっと深く調べたらエロゲ声優だってばれるだろうが。
クラスメイトに姉貴がエロゲ声優やってるなんて知られたら、絶対色々言われる。
変なあだ名をつけられて、いじり倒されるはずだ。
お前の姉貴にお世話になったなんて言われた日には不登校へ一直線に伸びる道が見えるだろう。
目を輝かせる神村を見ながら、俺は密かに汗をだらだらとかいていた。
本当は会わせたくない。
それでも、俺にとって夢という言葉は魔力を持っていた。
神村は声優になりたくて、その為に少しでもいいから姉貴から話を聞きたいって思ってる。
例え姉貴が売れて無くても、何かのきっかけになればともがいてるんだ。
普通、高校生の、それもこの前までアニメに興味自体なかった奴が声優を目指すとしたら、漠然としすぎてどうしたらいいのか分からないだろう。
そんな中で姉が声優をやってるって奴を見付けたら光明に見えるのは当然の成り行きだった。
俺も姉貴がただの売れない声優だったら紹介するのを渋ったりしない。
でもアニメには出てないが、ゲームにはもう何十本と出演してる。
神村が想像すらしていない成人向けゲームにだ。
経験という意味では積んでるわけだ。歪んだ経験だけど。
「・・・・・・だめ・・・・・・かな?」
迷ってる俺に神村はうるうるした目を向けた。これが怪しい壺の販売とかじゃなくてよかった。買ってしまうところだった。
だめかだめじゃないかで言えばだめに決まってる。
俺の学校生活がかかってる。せめて周りが大人になるまでは姉貴がエロゲ声優だって知られたくない。
大人になればある程度寛容に受け入れてくれる人も多いだろうけど、高校生なんて一番こういう事に過敏だって事は俺自身が一番よく知ってる。
少し考えて、色々言い訳を考えようとしたが、結局神村の思いに負けてしまった。
「だめ・・・・・・ではないけど・・・・・・。分かったよ。一応聞いてみる」
「ほんと?」
神村は嬉しそうに笑った。くそ、かわいいな。背景に花が見えるぜ。
そんな神村の前に俺は肩の前で指を三本立てた。
「でもだ。条件がある。俺は姉貴が声優だって学校で知られたくないんだ。だからこの事は絶対に誰にも言わない事」
「うん。絶対言わない」
神村は頷き即答した。
「それにあっちも色々話せない事とかあるから、その事については聞かないでやってくれ」
「うん」
「あと、プライベートな事もあるからあんまりネットで調べないで欲しい。アンチが作った変なイメージとか、根拠のない悪口とか色々書き込まれてるからな。あとお前も書き込むな」
今の時代、調べられたら簡単に姉貴の芸名その2である真澄みなもに辿り着かれてしまうからこれが一番大事だった。
「そんな事しないよ! あたしは将来の先輩として話を聞きたいんだから」
むっとする神村を気にせず、俺は話を続けた。
「けど、一応聞いてみるだけだからな。姉貴も仕事の都合とかあるし、断っても恨むなよ」
「うん。大丈夫!」
と、言いながらも神村は既に姉貴と会える気でいた。もう目を見ても何話そうかなと考えてるのが分かる。ていうかぼそぼそとそう言っている。
そんな神村の姿を見て、俺は少し嫉妬した。
夢があって、その為に一生懸命になれる。少しでも目標に近づこうと行動できる。
俺も夢を持てればこんな風にちょっとした事で楽しそうにできるんだろうか?
「中杉君!」
突然神村が立ち上がり、俺の手を握った。神村の手は小さくて、少しひんやりしていた。
俺は顔を赤くして固まった。
「・・・・・・なに?」
「ありがとね♪」
恐らくクラスメイトの誰も見たこと無いような満面の笑みに俺は思わず釘付けになっていた。
この笑顔が消える事を出来れば避けたいと思ってしまう。
それでもこれは俺だけの問題じゃなかった。
「だ、だから、まだ決まってないって」
そう言いながらも姉貴なら会っていいよと言うんだろうなと予想していた。
未来の事を思うと、勝手に溜息がでる。
そんな俺の心労も知らずに、神村は欲しかった物を買ってもらえる約束をした子供みたいにウキウキしていた。
眩しくて、俺は直視できなかった。
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