2018年4月10日「いけませんお嬢様」

一日一作@ととり

第1話

私のパパは外交官、いつも世界中を飛び回っている。私のママはジャーナリスト、やっぱり世界中を飛び回っている。だから私は小さなころからひとりでお屋敷に暮らしているのだけれど、パパともママともチャットをしたり、タブレットの画面で話せるから別に寂しいと思わない。

私には私を育ててくれる家政婦の女性がいる。その人は無口だけど、しっかり私の面倒を見てくれる。部屋の掃除もしてくれる。怪我をしたら手当てしてくれるし、病気になったら看病してくれる。私は何も不自由なくすくすくと育った。


ある日13歳の誕生日にパパがプレゼントをくれた。見上げるような大きな包み紙に、大きな箱。あけるのも一苦労だった。中に入ってたのは、人と同じ大きさのロボット。人と同じ姿をしていて、人と同じように動く。スーツを着たじぇんとるまん。執事ロボットというんだって、パパが教えてくれた。


その執事ロボットは家政婦に変わって私の面倒を見てくれるようになった。私は執事ロボットとたびたび午後のお茶を飲んだ。そして学校のことや、勉強のこと、友達のことを、彼に話した。「それはようございますね」執事ロボットは上品にほほ笑む。


背の高いじぇんとるまん。外車で学校まで送り迎えしてくれて、学校の女子の間でも話題で持ちきりだ。誰も彼をロボットだと見破れない。私のハンサムなじぇんとるまん。


私はいつしか彼に恋をしていた。ある秋の夕暮れだ。私はお庭を素敵な執事とお散歩していた。紅葉が散って小径を赤く彩っている。銀杏の木は黄色くて、夕暮れの太陽の光を浴びて輝いてる。世界が終焉のように赤く美しく、空の雲がうっすらと青み帯びた光を放って、その美しい色彩に私はすっかりロマンチックな気分になっていた。


私はひときわ美しい紅葉を拾って、私の素敵な執事に渡した。「お前にこれをあげるわ」彼はうやうやしくそれを受け取ると大切にハンカチに包んでスーツの胸ポケットに収納した。彼は足元のドングリを拾うと珍しそうにそれを見た「なあに?そんなものが珍しいの?」私はもっと沢山のドングリが落ちているところに案内した。そして二人で一緒にドングリを集めた。


私が15歳になった時、パパとママが離婚した。私はママとお屋敷を出ることになった。ママはお屋敷にほとんど居なかったから何も寂しくないだろうけど、私は身を引き裂かれるように辛かった。


執事のロボットとも別れなくてはならない。私はいつかのドングリを鉢に入れて育てていた。私は最後の命令をじぇんとるまんにいった「これをあげるわ」そういってドングリの樹の鉢を差し出した。じぇんとるまんはニッコリと笑ってそれを受け取った。


20年が過ぎた。私は大学に行って就職して結婚して離婚して、一人で暮らしていた。

ある日、父が暮らしていた屋敷の近くに行くことがあった。懐かしくなって、屋敷のあったところまで足をのばしてみた。


そこは小さなアパートになっていた。築30年は経ってる。私は不思議に思った、屋敷はどこに行ったのだろう。近くに公園があった、大きな銀杏と紅葉とどんぐりの木が生えている。ふと、世界が交錯するのが感じられた、私のお屋敷のお庭の木はたしかにこの木だった。屋敷の記憶が急速に消えていった、美しい白い壁はアパートの汚れた壁に、規則正しいレンガの塀は、アパートのブロック塀に。


私を育ててくれた家政婦はいつも無口な祖母だった。じゃあじぇんとるまんは?彼は誰だったの?私はそばにあった図書館に行った。入り口に、見たことのある風景が描かれていた。25歳で夭逝した地元の画家が描いた、彼の心の中の風景。それは秋の夕暮れに、大きな屋敷で落ち葉を拾う、おとなと子どもの風景画だった。


その景色は私の心の中のあのお屋敷の姿だった。ふっと涙がこぼれた。じぇんとるまんは死んだのだ。私は公園に戻った。どんぐりの木のそばを探したけれど、彼と私を結びつけるものは何もなかった。


私は公園で遊ぶ子どもたちを見ていた。私の寂しかった子ども時代、さみしさを埋めるように私は空想の羽を広げた。そのイメージが彼にインスピレーションを与えた。そうだ。そういうことなのだ。「いけませんお嬢様」そういってお菓子を食べすぎる私を優しくいさめてくれた、彼を私は静かに思い出した。


(2018年4月11日 了)

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2018年4月10日「いけませんお嬢様」 一日一作@ととり @oneday-onestory

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