魂の生まれるところ
豊口栄志
少年 トォイ 1
今年の夏も蝉は騒がしく鳴いている。遮光ガラスを突き抜けて注ぎ込まれる大音声に紛れ込ませるように、木製椅子にふんぞり返る女所長は整列するぼくらへ訓示を述べた。
「諸君らは昨夜の最終換装で十五歳になった。今の身体が最終躯体だ。来春から軍役に就く君らの肉体はすでに現役の鋼人と何ら変わらないものになっている。正式配備されるまではコンバットシステムの起動が封印されているが、その五体全てが軍事兵器なのだ。言っている意味が分かるか」
手狭な小会議室に都合三十人の鋼人が居並ぶ。十五歳の少年少女と遜色ないぼくら全員をねめつけて、所長は白いものの混じり始めた髪をかき上げる手を止め、ひとりの鋼人を指差す。
「そこのおまえ! 護国のために銃を取れるか!」
五十絡みの痩せた指に射すくめられたのは、誰あろう、このぼくだった。
「銃でしか守れないなら、取るんじゃないでしょうか」
「馬鹿者! おまえたちはネジ一個からケーブル一本に至るまで兵器なのだ! すべからく戦争するべく構築された戦闘機械だと自覚せよ! 諸君らに人権は無い。人間と同等の扱いを受けるのは法の下だけだ。戦場には一切の法の甘えは無い。戦うために戦い続けよ。いずれその日が来ると肝に銘じておくがいい」
稲光を伴なう夕立のように所長の怒号が三十人の人型兵器の列を通り過ぎた。
「冬期講習でも同じことを注意するだろう。忘れないでおけ。今日この日から諸君らは兵器の肉体を手に入れたのだ。例え武装が使えずとも、戦闘機構を開放できなくとも、その身の内には圧倒的な戦闘力を秘めている。……わたしから言うことはそれだけだ。諸君らが生涯最後の学生生活を息災に全うできることを願っている」
最後まで鉄面皮を崩さずに、所長はぼくらへの訓示を締めくくった。
ぼくは新調されたコアエンジンの鼓動を抑えて、他の鋼人たちと共に小会議室を後にした。
「小心者」
廊下に出た途端、不名誉な呼び名で肩を掴まれた。
振り返ると、ぼくより少し背の低い少女が立っていた。人間以上の高機動戦闘を実現する長い脚を見れば鋼人と分かる。いや、犬みたいに黒目の大きなその顔を見れば、彼女が誰かくらいすぐに思い出せた。
「やあフロン、久しぶりだね。春の講習は会わなかったものなぁ」
「あたしは強襲隊だもの。トォイみたいに鋼人のくせに通信隊の適性が出るようなのんびり屋とは違うのよ」
「あれぇ、なんでその話知ってるんだよ。恥ずかしいなぁ、もう」
ぼくとフロンは生まれてから尋常小学校入学までの八ヶ月余りを一緒に過ごした、いわゆる幼馴染だ。でも、その八ヶ月でぼくとフロンの関係はほとんど全部決まってしまった。
「まったく、そんなだから所長に指差されてビクつかないといけないのよ」
「別にビクついてなんて……」
「同期はコアエンジンの固有振動がおんなじなのよ。整備用の周波数帯でちょっと共振させれば、あんたがビクビクしてるのなんてすーぐ分かるんだから」
「いいじゃないか……そのくらいさぁ……」
唇を尖らせて調整棟への道を歩く。横並びに歩くフロンはこちらへ微笑みを向けた。
「でも面白いこと言ったわね。『銃でしか守れないなら』なんて、トォイらしくてよかったよ」
「そ、そうかい」
「うん。甘えんぼのトォイらしいじゃない」
フロンは意地の悪い笑みを浮かべてぼくの頬をぶにぶにと指で突いた。にわかに突っ張る新しい外皮が彼女の指先でほぐされていく。
「ぼくだってたまにはちゃんと怒るよ」
「あはは。それじゃ今日は夕立が降るわ」
彼女の笑顔に苦笑を返して、ぼくらは機械の身体を持て余す。
十五歳の夏。ぼくたちは軍事兵器になった。
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