第12話 クロスファイア!

砲塔前盾を削り取った砲弾は、あきらかに75ミリ以上の衝撃があった。


<もし、魔鋼状態でなければ、一撃で撃破されていただろう。

 あのKGも、魔鋼騎・・・なんだ>


リーンの額に汗が滲む。


「ミハル!アイツと闘うわよっ!全力<フルパワー>で!」

「はい!少尉っ!!」


リーンとミハルは、解っていた。

あのKGを倒さなければ仲間達が、いずれ倒されてしまう事を。

重戦車の魔鋼騎によって、全滅してしまうのを。


ミハルの瞳に、あの悪夢に出てくる重戦車の姿が思い起こされる。


<あの時、私達を全滅に追いやった重戦車。

 成す統べなく撃破されていった仲間達。

 今、私は再びあの重戦車の前に居る。

 ・・・でも、今度は違う。

 今度は対抗する術を手に入れた。

 私は闘う・・・私自身の悪夢を消し去る為にも>


照準器に写るKG-1の前面装甲に、あの日見たものと同じマークが目に入った。

それは、運命の再会。

再び出遭ってしまった運命さだめの宿敵。


「少尉!あのKG-1を倒して、味方を救いましょう。

 あのKG-1を倒して還るのです。私達の仲間の元へ!」


ミハルの言葉にキャミーも、ラミルもミリアも、そしてリーンも頷く。


「そうね。絶対勝って、帰りましょう。私達の仲間の所へ」


リーンも顎をぐっと引き、キューポラのレンズに映るKG-1重戦車を睨んで言った。


「ラミル!長距離は奴の方が有利だわ。距離を詰めてっ!機動戦を挑む位に!」

「了ー解!」


ラミルがアクセルを一杯まで踏み込む。

猛然と砂煙を上げて、マチハは進む。


KG-1も重戦車とは思えない機動で、接近戦を嫌って距離を取ろうと向きを変えて進み来る。


先手は相手の方だった。


KG-1が走行射撃を開始した。

ラミルが発砲されたのを知ると、微妙に速度や進路を変えた為、

砲弾は一発たりとも当たらなかった。


「いいぞっ!ラミルさん。その調子!距離1000メートル!」


キャミーがペリスコープを動かして捕捉を続ける。

ミハルは急機動を続ける車体に合せて砲塔を旋回させ続ける。


<奴が焦って、停止射撃する所を狙うしかない。

 今、撃っても当たりっこ無いんだから>


ミハルがその時を、じっと耐えて待った。


「ミハルっ!距離800メートル」


ミハルが一度も撃ち返さないので、キャミーが焦って急かして来る。


「まだ・・・まだです!」


ミハルが自分に言い聞かせる様に言った。


  ((ガッ))


車体の何処かに至近弾が擦れる。


「くっ!まだかミハル。もう避けれないぞ!」


ラミルも操縦しつつ、ミハルに叫ぶ。


「ラミルさん。このまま接近してください。

 私が停車を命じたら急停止して。一発で勝負を決めますから!」

「おっ、おいっ!大丈夫かよ!?」


ミハルはみんなとの約束と絆を信じて、決意を胸に秘めた。


「信じて下さい。次の一撃で切り開いて見せますから」


己の陰我と退路を切り開く為に瞳の蒼き光を輝かせて、ミハルは全てを次の一撃に賭けた。


「ミハル。私達も一緒だからね。次の一発に全てを賭けよう!」


キャミーがミハルを信じて笑い掛けた。


「私も、先輩を信じますっ!」


ミリアも砲手席のミハルに力を与える。


「任せておけ!どんなタイミングでも、合せてやるさ!」


ラミルは前を見ながら、親指を立ててミハルに同意した。


「ふふっ、みんなミハルを信じてるから。

 皆の力を合せて打ち破ろう。生き残る為に!」


リーンの言葉に全員が答える。


「はいっ!」


ラミルは突撃する、悪魔の如く立ちはだかる重戦車へ。

キャミーは監視する、重戦車と周りに他の敵が居ないかを。

ミリアは構える、次の1発の為に。


リーンは強く祈る、敵を打ち破る力を放つ為に。

魔法衣は白く輝くように金髪に映える。


そして、ミハルは想う。

 数多あまたの戦友との約束を。


<みんな、私に力を貸して。

 私の陰我を打ち破る為、みんなを守る為に。そして、生き残る為に!>


照準器の中で敵重戦車KG-1の紋章が強く輝く。

これ以上接近されては側面か後方を取られると考えたのか、

KG-1は足を止めて一撃で勝負を決めようとする。


<今だ!この一撃で全てを終わらせてみせる!>


「ラミルさん。右反転急停止っ!」


ミハルの叫びに左転輪のギアを抜いて、急角度の方向転換を図るラミル。


「みんな!いくよっ、力を貸してっ!!」


ミハルが照準器にKG-1の正面装甲を捕えてトリガーに指を掛ける。

リーンもミリアもキャミーもラミルも、想いは同じ。


「力をっ!」


光が車内と車体を満たし、蒼き聖なる輝きが紋章と共に放たれる。


ミハルの指がトリガーを引き絞った。


  ((ズグオオオォム))


蒼き輝きの紋章と共に、砲弾が放たれた。


敵KG-1も、此方に向って発砲する。


両方の砲弾がクロスして、飛び交わした。

紅い曳光弾がKG-1目掛けて飛び往く。


ミハルの放った一撃はKG-1の正面装甲を喰い破り、砲塔バスケット内の予備砲弾をも撃ち抜いた。


  ((ガッ!  グオオォンッ))


淡い紫の光と共に、砲塔を天に吹き飛ばされてKG-1は撃破された。

あの魔鋼騎の紋章と共に。


KG-1の撃った一撃はミハルが急反転停止を命じた為、

照準が狂い僅かに狙いが逸れて、


 ((ガッ!ガーーンッ))


左側面後方に命中した。


「ぐっ、何処をやられたのかしら?」


リーンが衝撃でおでこをキューポラでぶつけて一瞬気を失いかけたが、

車内の様子を見て誰も怪我人が居ない事を確認して口に出す。


「車内は異常有りません。おそらく左舷の側面です」


ミリアが周りを見て報告する。


「どうやらその様ね。他に被害は?」


リーンは少しほっとした表情で言って、ミハルに視線を向けた。


<ミハル。

 貴女の戦友たちの仇、討てたわね。

 解っていたわよ。

 あのKG-1が、あなたの部隊を壊滅させたのでしょ。

 これであなたの呪縛が解けたことを願うわ>


ミハルは流れ落ちる涙を拭こうともせず、肩を震わせながら泣いていた。


<みんな、私、やったよ。

 みんなの仇を討つ事が出来たよ。

 私はあの悪夢から解き放たれたよ>


ミハルの思考を遮る様に、ラミルが叫ぶ。


「車長!左舷駆動状況がおかしいです。

 敵弾によってどこかがやられたみたいです!」

「何ですって!此処から脱出するまでもつかしら・・・」


リーンが血相を変えて訊くと、


「それは・・・やれるだけやってみますが・・・」


ラミルが苦悶の表情を浮べて、操作に専念する。


「各員、見張りを厳にして。

 今、敵と出会ったら、魔鋼騎状態でもどうなるか解らないわ」

「敵重戦車撃破後、敵部隊は後方に留まっています」


キャミーの報告に、


「第1連隊と交戦中の部隊は・・・どう?」

「はい。双方引き下がって重砲の撃ち合いになっています」


ミリアが双眼鏡を使って、観察を続ける。


「ふうっ・・・取敢えずは、安心みたいね。

 でも、何処から敵が現れるか解らないから。注意を怠らない様にしないとね」


リーンがキューポラから外を見ながら言う。


「リーン少尉。

 あの、そろそろ魔鋼状態を解除しても宜しいでしょうか?

 ・・・何故か疲れが酷くて。

 その、力がはいらなくなってきてしまって・・・」


ミハルの髪が、もう碧くなくなり何時もの黒髪に戻っている。

いつの間にか、服装もフェアリア戦車兵服に戻っていた。

唯、瞳の色だけが碧く輝いている状態だった。


<そうか。全力を使って魔法力が底を衝きそうなんだわ。

 もうミハルを休ませてあげないと・・・>


「うん、ミハル。あなたは良くやってくれたわ。

 少し休みなさい。私だけでも魔鋼の力を使ってみるから」

「すみません。そうさせて頂きます」


そう言ったミハルは、砲手席に座り込んで重い瞼を閉じてしまった。


<あらあら。よっぽど疲れていたのね。無理も無いけど>


リーンはそんなミハルを見て微笑んだ。


   ((ガクンッ))


ミハルの魔鋼力が無くなった途端に、車体が元のマチハの姿へ戻る。

リーンの力だけではレベル4の姿を維持出来なかったのだ。

元へ戻ると先程まで何とか動いていた駆動系が、いきなり停止してしまった。


「車長!左舷駆動系故障!動きませんっ!!」


ラミルの切迫した声が響いた。


「私一人の能力では、どうする事も出来ないの?」


リーンは悔しそうに唇を噛む。


「こんな所を敵に見つかったら、軽戦車でさえ、カモにされちまうぞ!」


キャミーが周りを観測しながら悔しがる。

駆動系を何とか稼働させようとしていたラミルがふとバイザー越しに稜線を見て、


「しまった!敵だっ!左舷前方から近付くっ!」


車内に緊張が走る・・・





リーンがレンズ越しに、ラミルが見つけた敵を探す。


背の低いその車両を確認するが、


<味方の方から来るなんて。

 此方を視認しているのに攻撃してこようとしないのか。

 それに真っ直ぐ此方に向ってくるなんて・・・ まさか?>


リーン少尉はキューポラの天蓋を開けて、

半身を乗り出し双眼鏡で此方に向って来る車体を観測する。


「あれは!?」


低い車体の荷台で、手を振り続けている男。


「マクドナード軍曹!」


リーンの声が、車内にも聞こえた。

みんなの顔色がぱっと明るくなり、


「整備班が来てくれたのか。助かったな」


ラミルが心底ほっとした表情で言う。


「これで帰れるぞ。よかったな、おい」


キャミーがミリアに、親指を立てて喜ぶ。


「はいっ!軍曹の野戦修理術は完璧ですから」


ミリアも整備班に居たから、軍曹の事を信じている。


「ミハル、どう気分は?」


呼び掛けられたミハルがゆっくりと目を開ける。

リーンが砲手席のミハルに聞くと砲手席から立ち上がったミハルは、

側面ハッチから出てキューポラに半身を出しているリーンを見上げる。


眩しそうに瞳を細めて、


「少尉、生き残れましたね。・・・なんとか」

「そうね、この隊での初戦。なんとか・・・ね」


2人はお互いを見て、ほっと息を吐く。


マクドナードが率いてきた野戦力作車が、マチハの前に着いた。


「ようっ!皆無事か?怪我はしていないか」

「あっ、はい。マクドナード軍曹、皆無事です!」


ミハルが空元気に返事したのを聞いて頷き、


「どうだ、皆と共に生き残れた感想は?」


マクドナードがミハルに、悪戯っぽく訊くと、


「はいっ、生き返ったみたいです。・・いえ、嬉しくて」


ミハルは、少し照れて笑った。


そうこう話をしている間に、整備兵達が損傷箇所を見ていたが、


「軍曹、こいつは此処では直せませんぜ。牽引して行きましょう」


整備兵の一人が、軍曹に伝える。


「そうか。

 ・・・じゃあ車長、オレ達が引っ張って行きますから。

 力作車に乗ってください」


マクドナードが、リーンに移乗を勧めたが、


「いいえ、軍曹。私はこのままマチハに残ります。ここが私の居場所ですから」


リーンは微笑みながら申し出を断った。


「車長が残るなら、砲手の私も残ります」


ミハルが軍曹とリーンを交互に見て、そう告げた。


「そうですか。別にいいですよ。

 その他の乗員は力作車へ移して下さい。

 少しでも軽い方がイイですからね」


マクドナードは、からかい半分そう言って力作車に戻り、指揮を始めた。


「ミハル、ありがとう。

 もし貴女が居なかったら、私達は多分死んでいたと思うの」

「少尉、それは違います。

 私が居たからじゃなくて、少尉以下皆の力があったからこそ・・・

 私達は生き残れたのです。

 私の方こそお礼を言わせて下さい。ありがとうございます」

「あはは、ミハルはオトナね。・・・ほらっ!」


リーンは右手をミハルに差し出す。

その手をそっと握り返してミハルも笑った。



力作車に牽引されて、後方の味方陣地へ向うマチハ。

その砲塔に腰を掛けて、ミハルは激しかった戦場へ目を向ける。

黒煙がそこらじゅうから上がり、油の燃える匂いが鼻をついた。

遠く離れた所に、敵味方の斯座車両が煙を上げている。


<一つ間違っていたら、私達も同じ運命を辿っていたかもしれない>


リーンはミハルと同じ様に戦場を見渡し、


「凄い・・・光景ね」


一言、ポツリと呟いた。


「ええ。全く・・・」


ミハルも一言だけ返した。


はなりたくは無いわね。まだ・・・」


リーンは見ていられなくなって、目を背けた。


「・・・これからですよ。

 私達は、まだまだ闘わなくてはいけないのですから・・・少尉」


ミハルはリーンを見て微笑んだ。


「そうよね。まだまだこれからだよねミハル」


リーンはそんなミハルに頷き返す。

そしてミハルの手が、震えている事に気付いた。


<私だけじゃないんだ。

 ミハルだって恐かったに違いない。

 恐ろしかったに違いない。

 自分の手で敵とはいえ、人が乗っている戦車を撃つ事が。

 その結果、どうなると言う事を知っているから。

 命の大切さを知っているから>


リーンは遠く離れていく戦場を振り返って、

もう一度黒煙を上げて燃える戦車達を見てそう思った。



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