第10話少女期① 神殿編 2

 魔力を持つ人間は総じて長寿だ。  

 この国の平民の平均寿命は60歳前後。

 比べ魔力を持つ貴族の平均寿命は200を優に越える。特に魔力の多い王族や魔法師長クラスになると過去には300歳を越えた人間もいるという。

 例外には《神使》と呼ばれる存在があるが、その数は一国に数人いるかどうか。


 魔力持ちは成人ーー平民ならば14歳。

 貴族ならば16歳の辺りを境に成長が緩やかになり、早ければ20代の前半から遅くとも30代の後半辺りの年齢で一度完全に成長が止まる。

 一説では心体が一番充実している時期が長く続くのだというが真実かは定かではない。

 そうして寿命が後10年程の時期を向かえるとその十年の間でジワジワとまた年を取り始める。

 そうはいっても腰の曲がった老人にはならない。

 だいたい50代前後の姿で寿命を迎えるようだ。


 リリアは短くとも後100程は今のまま20代の姿で生きるのだろうし、スカーレットもまた後何年かすれば成長が止まって長く生きるのだろう。

 前世のように寿命を迎える前に死ななければだが。



 瀟洒で繊細な彫刻の施された建物に入り、長い廊下を歩いていく。

 街の中には神殿が3つある。

 一つは中級以上の貴族神官たちが所属する蒼の神殿。 

 一つは中級以下の貴族神官と一部の裕福な平民出身の神官が所属する翠の神殿。

 最後の一つが、スカーレットのような神官見習いと平民出身の神官が所属する緋の神殿である。


 建物の正面上部に張り出すバルコニーからは、それぞれ蒼、翠、緋の巨大な幕が垂らされている。


 奥に向かって廊下を歩いていると、幾人もの子供たちがスカーレットとリリアの姿を見て端に寄ると跪き頭を下げる。

 揃いの白い神官服を身に付けた子供たちは下は5、6歳から10歳まで。

 まだそれぞれ家族の元からここへ来たばかりの子供たちだ。

 神殿に迎えられたばかりの子供たちが最初に行うお勤めは神殿内部の床掃除である。

 10歳を過ぎると午前中は文字や数の計算を勉強し、昼からは祭壇の掃除を行った後で礼儀作法やそれぞれに合った楽器や絵画、踊りや裁縫や歌を教わる。

 14歳を過ぎると見習いから正式な神官となりそのまま緋の神殿に残る者、蒼や翠の神殿に上がってそれぞれの神殿の貴族神官に仕える者、楽器や歌、踊りを極め楽士あるいは舞技神官になる者、地方の町や村の教会へ派遣される者と別れる。


 ごく一部の例外ーー特に魔力が多いと判断された者。そのために《神使》の可能性があると見做された者。

《神使》とはその呼び名の通り“神の使い”。

 神によって選ばれ特別な加護を与えられた者。

 身体のいずこかに御印を戴く者。


 スカーレット・オーギュスは《神使》だった。

 与えられた加護は“特別な瞳”。


 また今のスカーレットも《神使》である。 

 加護と御印は成人の儀の後、およそ7日以内に与えられる。

 前世のスカーレットなら2日後の朝に突然見える景色が変わった。

 まるでほんの少し先の未来を見ているかのように行くべき道、その道筋が見える。

 戦場に於いては特に顕著で、どれだけ入り組んだ森の中でも、乱戦の最中でもスカーレットの瞳には自身がどう動くべきか、どちらへ向かうべきか、その道筋が光りの帯となって見えた。

 まだ成人していない今のスカーレットには御印も加護もない。

 それでもスカーレットはこの神殿内で誰よりも《神使》の可能性が高いと想定され、扱われているし、スカーレット自身も多分そうなんだろうなぁ、と思っていた。


 何故ならスカーレットの魔力は前世のそれよりも多いくらい。

《神使》に選ばれる者に身分や身体的特徴はないが、一つだけ他と比べて子供の頃から魔力が多いというのがある。


 スカーレットはリリアと共に神殿の奥、祭壇の間の重厚な扉を開く。

 内側には大人の神官が7人。

 スカーレットと同じ年頃の少女が一人。

 14、5歳の少年少女が二人。


 部屋の内には少しばかり段差の高い階段があり、それを上がった上に祭壇がある。

 スカーレットはリリアに手を引かれ、緋の絨毯が敷かれた階段をゆっくりと上がった。


「お勤めを始めます」


 祭壇の傍らで控えていた神官にジュビを肩に掛けられ、神官服を整えられる。


 くるりと振り返ると階下でかしずく神官と少年少女たちに厳かに告げてから、祭壇に向き直った。


 跪き、胸の前で手を合わせる。

 この五年、毎日何度となく行ってきた姿勢はすでに意識せずとも息をするように自然と形作られる。


 祈り。捧げる。

 魔力を。


 それがスカーレットのここでのお勤め。 

 スカーレットに与えられた役目だった。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る